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見渡す限り緑色の広い草原に、テントがたっていた。テントの側ではたき火が起こされ、それを囲むように三人の人間が座っている。一人は十代半ばほどに見える少女で、セミロングの金髪を風に揺らしている。青を基調としたワンピースを着ており、その上に簡素な胸当てを着用していた。
残り二人は全身鎧の男で、フルフェイスの兜は側に置いていて素顔がさらされている。黒髪の男と青髪の男だ。黒髪の男は仏頂面で、青髪の男は軽薄そうに笑っていた。
少女はたき火を利用して料理をしているところだ。村を出発する時にもらった野菜をふんだんに使った特製のスープだ。お玉でゆっくりと混ぜている。青髪の男はそれを期待のこもった眼差しで見つめており、黒髪の男は興味なさそうに顔を逸らしていた。ただ、その視線は時折鍋の方に向いているため、きっと食べたいのだろう。
よし、と少女は頷くと、お椀を手に取った。お椀の数は四つ。一つずつにスープを入れて、二つを男二人に手渡す。青髪は嬉しそうに、黒髪はぶっきらぼうに礼を言って受け取った。
「くーちゃん、ごはんだよ」
少女がそう言うと、たき火の中から小さなドラゴンが姿を現した。可愛らしい小さなドラゴンで、少女の元へと歩いてくる。地面に置かれたお椀を傾けて、器用に食べ始めた。
「うん! 美味い! 美味いっすアリスさん!」
青髪が破顔してそう言う。アリスと呼ばれた少女は照れくさそうに微笑んだ。
「そう言ってもらえると嬉しいです。たくさんあるので、遠慮無く食べてくださいね」
「感謝する」
黒髪の短い礼の言葉。言葉数は少ないが、悪い人ではないようだ。
この男二人の名前を、アリスは知らない。ここで野宿を決めたアリスの元へと、ふらりと現れた。どうやらこの近辺で魔物を狩っていたらしい。よければ少しだけたき火に当たらせて欲しい、という二人に、アリスは快諾した。
本来なら二人を疑うべきだろう。だがアリスには優秀な護衛がいる。アリスの側で美味しそうにスープを食べる小さなドラゴンだ。このドラゴン、くーちゃんは見かけこそ小さなドラゴンだが、危機察知能力は異常に高い。くーちゃんが二人に対して警戒していないのなら、この二人は信用できる人物だ。少なくともアリスはそう信じている。
「おかわり!」
青髪がお椀を突き出してくる。アリスはにこやかにそれを受け取り、スープをよそう。青髪に手渡すと、今度は黒髪が無言でお椀を突き出してきた。小さく苦笑しつつ、そちらにもスープをよそってやる。二人とも気に入ってくれたようで、作ったかいがあったというものだ。
「お二方はこの後どうするんですか? どこかで野宿されるのでしたら、ここでしてもらっても構いませんけど。くーちゃんがいるので安心して寝られますよ」
くーちゃんは普段はアリスの荷物の上で寝ている。その代わりに、夜はずっと起きており、アリスを護衛してくれる。そのためくーちゃんとの二人きりの野宿であっても、アリスは安心して眠ることができる。
男二人は顔を見合わせると、首を振った。
「必要ないさ。たまたま見かけたから声をかけただけだし、スープをもらっただけで十分だからね。あ、何かお礼いるよね。えっと、何にしよう……」
青髪が荷物が入っているのだろう小さな袋を漁り出す。それを見たアリスは慌てて言った。
「必要ありません。私が好きでしていることですから」
「すまない。感謝する」
先ほどから黒髪はそればかりだ。ただ気持ちはしっかりと伝わってくる。アリスが笑顔を見せると、黒髪は少し頬を赤らめて顔を逸らした。アリスが首を傾げ、青髪がいたずらっぽく笑った。
「悪いね、アリスさん。こいつ照れ屋でさ。この間も他のギルメンに……」
「余計なことを言うな」
黒髪が慌てて青髪の口をふさぐ。仲の良さがよく分かる光景だ。二人の関係を少しだけ羨ましく思ってしまい、アリスはくーちゃんの頭を撫でていた。
スープを食べ終わり、小一時間ほど歓談してから、男二人はそろそろ行くと立ち上がった。もう周辺は真っ暗だ。明日にした方がいいとアリスが言っても、男二人は何故か首を縦に振らなかった。
「でも、危険ですよ?」
「大丈夫大丈夫! 俺たちはもう落ちるから!」
「落ちる?」
「そうそう、ログアウト……」
黒髪の手が青髪の口をふさぐ。青髪ははっとしたように目を見開き、黒髪に小さく手を合わせた。ろぐあうと、というものが何なのかアリスには分からないが、二人にとっては秘密にしておくべきことなのかもしれない。
「それじゃあ、アリスさん。また、機会があれば」
「またね! スープありがとう!」
二人が手を振って歩き出す。すぐに夜の闇へと姿を消し、見えなくなってしまった。
アリスはそれでもしばらく手を振り続けていたが、やがて小さくため息をついた。
アリスは時折こうして冒険者と出会い、話をすることがあるが、誰もがこうして夜であっても旅だってしまう。中には共に野宿をする者もいるが、本当に稀だ。少しだけ寂しく思ってしまう。
その場に座って項垂れるアリスの頬を、くーちゃんが優しくなめてきた。どうやら励ましてくれているらしい。アリスは柔らかく微笑むと、くーちゃんを抱きしめた。
「ありがとう、くーちゃん。くーちゃんはあったかいね」
くーちゃんを抱きしめながら、その温もりに身を委ねる。やがてアリスはそのまま眠りに落ちてしまった。
壁|w・)VRMMOものを書きたくなったので書いてみました。
基本は短編連作形式にしたいので、飽きたら完結すると思います。
ではでは。