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第八話 一条さんの危機その1

「本当に朝から行くの?」

「理事長から言われてるしね」

 僕と一条さんは、学校に向かいながら今後の方針を話し合っていた。

「それってサボりじゃないの?」

「理事長が言ったんだよ? 月曜の朝で構わないって。これは業務命令じゃないかなぁ」

「私たちは生徒なんですけど?」

 ──僕は一条さんの『ボディガード』を請け負ってるけどね。

「どっちでもいいさ。とにかく顔出して、後でって言われたら後から行けばいいし」

「あのねー。あんたはいいでしょうけど、私はどうすんのよ。もし朝からずっと話し込まれてたら、学業に支障を来すでしょ!」

「……、ああ!」

 そうでした。一条さんの方向音痴は皆には秘密だ。僕がそれとなくフォローしているので、まだ誰にも気付かれていない。朝から僕がいない事態になったら一条さんは大変だ。別教室やトイレへの移動が不可能になる。

「不可能! あんた今、私を思いっきりバカにしたな!」

「いや、何も言ってないよ」

「顔に出てる!」

「え? そうかな?」

 僕は顔を両手で覆った。

「隠しても無駄! ってあんた、ホントはバカでしょ!」

「まぁ、とりあえず行ってみようよ。無駄足ならそれはそれでいいんじゃない? もし何かあったら困るし」

「何かって何よ?」

「さぁ」

「……やっぱりあんたはバカだわ!」

 どうも、機嫌が良くないなぁ。

「朝ご飯ちゃんと食べた?」

「ちゃんと食べたわよ!」

 機嫌が悪いながらもちゃんと答えて来る。

 ならいいか。

 僕は本日の一条さんのご機嫌レベルを、ちょっと良くないくらいに設定した。

「とにかく。学校に着いたら、一応香川先生に断って理事長室に行く。一条さんはどうする?」

「あんたが行くんなら、私も行く」

 即答だった。

「左様で……」

「じゃ、そういう事で」

「何がそういう事なんだ?」

「わぁ!」

 香川先生が後ろに立っていた。この僕が香川先生の気配を感じないとは。とんでもない失態だ。

「朝から仲睦まじい事だな」

「違いますっ!」

 僕たちは口を揃えて否定した。

「そうか? まぁいいや。で、私に何の用だ? 職員室に行く手間を省いてやる」

「実は、カクカクシカジカでして」

 僕は、理事長に呼ばれている旨を端的に(大分端折って)説明した。

「ああ、そう言う事なら。皆には私から言っておく。それだけか?」

「はい」

「分かった。本来なら試験も近い事だし、あまり授業のコマを落としたくないが、理事長の命令なら仕方がない」

 そう言う香川先生の目は笑っていた。

 どうせ単位やら点数やらで苦労するのは僕たちだ。後は知らん。そんな目だった。

「じゃ、用事が済んだら速やかに教室に戻るように」

「はーい」

 一応教育者らしい事を言い、香川先生は職員室に向かった。

「さて。許可も出たし。行きますか」

「いいの? 私は何とでもなるけど、あんたの成績は中の上でしょ?」

「何とかなるんじゃない? 一個くらい赤点採っても、まだ高校二年だしね」

「あんたはホントお気楽ねー」

 一条さんは呆れたようだ。

 でも僕には香川先生への『貸し』が二つある。最終手段だが、もしどうやってもダメならそれらを使う。保険があるに越した事はないのだ。


「あら、いらっしゃい」

 理事長室に行くと瀬川さんがいた。理事長は席を外しているようだ。

「ええと、おはようございます」

「おはようございます」

 ニコッと微笑む。その笑みには一部の隙もない。完璧な挨拶だった。

「とりあえず座ったら? 理事長は午前中は会議で不在。気楽にしてていいわよ」

 瀬川さんはそう言うと部屋の奥に消えた。

 僕は例によって腰まで沈むソファに腰掛けた。

「さてさて。何が聞けるのかなー」

「何か嬉しそうね」

「嬉しいわけじゃないんだけどね」

「鼻の下」

 僕ははっとして、鼻を手で覆った。

「……あんた見てると、この世の男子って皆そうなのかと思えて来るわ」

「む、……正常な反応だと思うんですが」

「つん!」

 一条さんは僕から顔を逸らした。なんでだろう? 怒っている気がする。

「どしたの、一条さん?」

「何でもないわよ!」

 と言いつつ、顔は背けたままだ。

 ──まぁいいや。今日は何か機嫌悪いモードだったし。

 とかやっている間に、瀬川さんが戻ってきた。手に持つトレイにはコーヒーカップが三つ。

「ブラック?」

「いえ、ミルクを」

 静かな部屋にかちゃかちゃと食器の音が響き、珈琲の香りが漂った。

「千寿様は?」

「様はいりません。一条さんで」

「あらごめんなさい、いつもの癖で」

 瀬川さんは、ほほほと笑った。

「──で、本題なんですけど」

「あらもう本題? 焦っても話す内容は同じなのに」

「担任から速やかに戻るように言われてますので」

「あらやだ。結城君ってそんなに真面目な生徒だっけ?」

 瀬川さんは一条さんに顔を向けた。

「え? 私に訊いてるんですか?」

「まさか本人に『真面目ですか?』って訊けないでしょう?」

「……た、確かに」

「で、実際どうなの? 結城君とは上手くやってるの?」

「は、話が飛んでます! このバカとはそんなんじゃないですからっ!」

「ムキになるのが怪しい」

「む、ムキになんてなってませんっ!」

「若いっていいわねー」

 すっかりからかわれている。僕は話をどうやって戻したらいいのか、もうどうでも良くなってきた。

「で、本題ね」

 いきなり話が戻った。どうやらこの場におていは、瀬川さんに主導権があるようだった。

「橘先生。本名橘薫(たちばな かおる)。二八歳、独身。授業に対しては厳しく、突発的に小テストを実施する。突発的とはいえ、その内容は中間や期末のテストと同等のレベル。一応裏を取ったけど、自宅で試験問題を作成してるみたいね。学校内ではそんな素振りは見せなかった」

「家で問題を?」

「凄いわよねー。教科書が頭の中に入ってるみたい。何ページの設問五の答えは? とか訊いても即答しそう」

 まぁ、見た目が研究者タイプなので、それくらいの芸当はこなしそうだ。

「それから時間にも厳しい。就業開始三〇分前には職員室にいて授業の準備をしてる。で、帰りは定時ぴったりに学校を出る。ここ数ヶ月残業の形跡がない」

「あれ? 物理部の顧問なんじゃないですか?」

「休み時間を利用して、部長からの相談とか指示とかしてるみたい。一秒たりとも無駄にしない。そんな性格みたいね」

 ──ふうん?

 僕は、核心を突く事にした。

「先月の『不審者騒動』。覚えてますよね?」

「一条さんがねじ伏せたって事くらいは」

「わ、私は別に、ねじ伏せたわけじゃなくて、その」

 僕は、一条さんの言葉を無視して続けた。

「一条さんの事はどこまでご存じですか?」

「方向音痴でも地図は完璧」

 知ってるんだ。ならいいや。

「──事件当日、僕と一条さんは学校の手前で別れて、時間差で登校してました。始業五分前くらいには教室に入れるようにしてました。つまり一条さんが『不審者』をねじ伏せたのは遅刻寸前。おかしいでしょう?」

「だからねじ伏せてないってば! 軽く腕を捻り上げただけよ!」

 いつもなら三〇分前に職員室にいるはずの橘先生が、遅刻寸前の時間帯にそこにいた。

「おっと、それは盲点だったわ。こちらの調査不足ね。一条さん、その時の橘先生の服装覚えてる?」

 瀬川さんも一条さんの言い訳を無視する事にしたようだ。

「もう……」

 一条さんは目を閉じた。記憶を遡って当時の映像を探しているのかな。

「……ええっと、黒いスーツ姿で鞄を持ってた。これから出社するサラリーマンみたいね」

「ほら、ここでおかしな点が出て来た」

「そうね。当日のタイムカード見ても『その日だけ』打刻ミスで訂正されていた。まぁ警察とか関係者各位に連絡したりしたから、何時なのか不明と言っていたわ。理事長の配慮で遅刻扱いにはしなかったけどね」

「知ってたんですか?」

「データではね。でも現場にいたわけじゃないから、裏を取ろうにも出来なかった。一条さんのおかげで情報が正確になったわ」

 そうか。瀬川さんはこの学園のデータにアクセスする権限を持ってるんだ。

 僕は話が発散しそうだったので、流れを強引に戻した。

「『不審者』が元・教師で、この学校の先生だった。で、柔道部の顧問だった件は?」

「もちろん、それは知ってる。でも、それをねじ伏せるんだから、一条さんは凄いわね」

「だーかーらー、あっちが抵抗しなかったんだってば」

「そう。抵抗しなかった。そしてこう言った『俺はハメられた、やってない』」

「おかしいわよね」

 別に面白いわけではない。

「そうなんです。その元・先生は、自ら不審者である事を認め、訊かれてもいない事を答え、抵抗もしなかったんです」

「その『不審者』になった理由が必要なのね?」

「はい」

「理由は単純。その元・先生──田中先生って言うんだけど、その先生、女子生徒と淫らな行為をしたという通報があったの。匿名でね」

「み、淫らなっ!」

 一条さんの顔が瞬時に沸騰した。

「その連絡を受けたのは橘先生。違いますか?」

「そう。ここでも橘先生が出て来る。いつも定時で帰る先生が『たまたま』残業していた。出来過ぎでしょう?」

「その女子生徒は?」

「ウチの生徒じゃないから……そこまで辿れなかった」

「うーん」

「……み、淫らな……」

「その田中先生は、当然否定したんですよね?」

「……淫らな行為……」

「もちろん。だから相手の名前も学校も分からない。事実もはっきりしない。虚偽の可能性があった。ただ……」

「……ああ……」

「誰かが、それを学校に広めたんですね」

「そう」

 瀬川さんは、カップに口をつけた。

「ああ……いやらしい……」

「人の口には戸は立てられない。学園側でも苦慮してね。事実がどうであれ、悪い噂が立つと言う事は、なにかしらの行為があったのではないかって事になって」

「性善説は通りませんでしたか」

「元々人当たりのいい先生ではなかったし、勤怠も悪かった。ここだけの話、暴力行為もあった」

「解雇する正統な理由を得たってトコですかね?」

「大人の事情って嫌よねぇ」

 僕もここでカップに口をつけた。味なんて全然しなかった。

「これで一人、人生から足を踏み外して『堕ちた』わけですね」

「そう。『堕ちた』のよ」

 さて。そろそろ一条さんをフォローしないと。

「一条さん?」

「……いやらしい……」

 まだショックが抜けてないらしい。ならショック療法だ。

「一条さん、興味あるの?」

「……こ、こ、この大バカっ! 変態! スケベバカっ! 言うに事欠いて『興味があるの?』だとぉ!」

「ほら。僕も、健康な男の子だしさ」

「あんたなんか大っ嫌い!」

 ものすごい勢いでそっぽを向かれた。

 でもこれで一条さんの『もやもや』は吹き飛んだと思う。

「僕の事は置いといて。次に進めるけど、いい?」

「え?」

「あまり思い出したくはないけど、トラック事故の件」

「ちょ、ちょっと待ってね」

 一条さんは深呼吸した。頭を切り換えているらしい。

「──はい、どうぞ」

「では。当日、僕と一条さんは現場にいました。近藤っていうクラスメイトもいました。で、事故が起きた」

 当時の光景は頭に焼き付いている。散乱した瓦礫や──人。

「そう……」

 瀬川さんは思案顔になった。

「『堕とし屋』の話は理事長から聞いてるわよね?」

「え? ええ、はい」

「先に出た田中先生の調書の中にね、こんな供述があったの。『人が堕ちる時、それはどんな感覚だろうな』」

「それ、警察の調書か何かですか?」

「企業秘密」

 瀬川さん、底が見えないです……。

「それから、例の無人トラック。制御装置は、解析結果から判断して、そこら辺のおもちゃ屋で売っているような部品で構成されていたそうよ。だから犯人は、あの時あの場所にいなければならない」

 僕はもう情報の出所を訊かなかった。きっと無駄だ。

「これでこっちの話はお終い。個々に事件を見ると別々に見えるけど、それを俯瞰するとちょっと違う意見が出て来る」

「え?」

「これは私の私見ね。それを踏まえて聞いて」

「ええ、はい」

「不審者騒動、無人トラックの暴走。そこには、なぜか橘先生が登場する。でもそれだけ。でも、タイミングが良過ぎる」

「そうですね。一昨日もいたんですよ、事故現場で。見たのは香川先生ですけど」

「へぇ……それは新しい情報だわ。香川先生が橘先生を見間違えるはずがないから、いたのは確かね」

 変な信用があるんだな、香川先生は。

「……で、全体をひとつの事案として捉えた場合、誰が得をするのか、誰が損をするのかが見えてきたの」

「メリットとデメリットか……」

「ここから先はさっきも言ったけど私見。そして仮定の話。いい?」

 僕と一条さんは、黙って頷いた。

「学園の周囲を不審者が徘徊している。なぜ学園の周辺だけなのか。これは、田中先生の供述に『嫌がらせのつもりだった』と記録されてる。つまり、意図的に学園に悪い印象を与えようとしていると考える事が出来る」

 ここで瀬川さんは、自分のカップに口をつけた。

 僕らもそれに倣い珈琲を飲んだ。カップの中身はすっかり冷めていた。

「そして無人トラック暴走事件。さっきも言ったように、犯人はそこにいないとトラックを制御出来ない。幸いにして学園側には被害者はいなかったけど、近藤君がもし轢かれていたら……」

「せ、瀬川さん!」

「仮定の話よ。落ち着いて」

「……はい」

「近藤君でなくてもいいわ。学園関係者が被害者だったら、学園は対応に追われる。生徒手帳にも書いてあるでしょ? 保護者同伴って」

「守ってないですけどね」

「そう。でもそこに書かれている以上、生徒の誰かが被害にあったら監督責任を問われる。つまりどちらの事件も学園側としては不利益しか生まない。現状は不審者は学園側で処理し、トラックの件では学園側に直接の被害はない。学園の運営に何の影響も出ていない。それどころか、教師が持ち回りで巡回すると申し出て商店街の皆さんに感謝されてる」

「そうなんですか?」

「そういう声が出ているのは事実。でも結果として、また『橘先生』の名前が登場する。良くも悪くもね」

「うーん」

 僕は首を捻った。

「手際がいいですよね」

「そうね。仮定の話で申し訳ないけど、事故の目的が学園側に不利益を与える事であるのなら、それは失敗した事になる。そこで、失敗した時点で計画の修正を図り、事故が起きる前以上の信頼を抱かせた」

「こうなると、次はって思ってしまいます」

「全体の目的が分からないからね」

 瀬川さんは手に持っていたカップをテーブルに置いた。

「もっと直接的な手段で来るなら分かり易い。対処のしようがある。でもそうじゃない。広範囲で第三者を巻き込みつつ包囲網を狭められる感じがしてて……。正直、私も動きにくくなってる」

「面倒臭いから、先生に直接訊いてみたら?」

 一条さんがとんでもない事を言い出した。

「あなたが犯人ですか、とでも訊けばいいのよ」

「そんなの、答えてくれるはずが……」

 と、ここで閃いた。

「それ案外いい作戦かも」

「ちょっと結城君?」

 瀬川さんが止めに入った。

「あまりに短絡過ぎるわ」

「そうでもないですよ。瀬川さん、一条さんの特技がマップ生成だけだと思ってます?」

「ん? どう言う事?」

「一条さん」

「ん」

 一条さんは僕の考えを汲み軽く頷いた。

 そして、瀬川さんへ目を向けた。

「瀬川さん。お祖父さまとはどこで?」

「え? 私は秘書として知人から紹介されて……」

「嘘ですね。私には分からない世界だけど、これが『裏』の世界なのかな? 知人は、真っ当な人間じゃない……」

「──!」

 瀬川さんの表情が硬くなった。

「あまり踏み込むと危険。そう思っている。私もそう思う。この人格を構築するのは私が危ない」

 そう言う一条さんの額には汗が滲んでいた。

「一条さんそこまで! ストップ!」

 一条さんは目を閉じ、ソファに深くもたれかかった。

「まさかあなた……」

 瀬川さんは信じらないという表情だ。

「そうです。一条さんはその人の思考を脳内に構築出来る。まるで地図を作るみたいに。一言二言会話して観察すれば、それで大体の背景は把握出来るそうです。僕も驚きましたけど」

「……友達が出来ないわけね」

「そう。私は人と会話するとその人の思考が読める。読めると言うか、その人の人格を構築しちゃう。そうすると、その人が私をどう思っているか、次に何を言うか分かる。大体は気味悪がって近付かなくなる。このバカ以外はね」

「バカで悪かったね」

 僕は、ちょっとふて腐れて見せた。

「まぁ、僕も変な能力があるから、耐性があるのかも」

「バーカ」

「それはともかく」

 僕は一条さんを無視して瀬川さんに向き直った。

「ちょっと危険ですけど一条さんの提案、やってみましょうか?」

「……私は反対。危険よ。さっき結城君が途中で止めたのは正解。これ以上深入りすると、あなたたちは私を軽蔑する」

「大丈夫よ。お祖父さまから色々聞いているし。過去がどうであれ、今がどうであれ、お祖父さまは瀬川さんを信頼している。それなら私が軽蔑する理由がない。でも、これ以上瀬川さんに潜るのはやておくわ」

「そうね。その方がいいわ」

「でも橘先生には潜る。これは私にしか出来ない」

「一条さん」

「分かってる。危険なのは分かってる。でも、瀬川さんの言った『計画』がもし成功していたら、誰かが死んでいたかも知れない。それを未然に防げるならやる意味があると思う」

 僕は一条さんと同意見だ。ただ一点心配がある。一条さんの危険をどこまで軽減出来るだろうか。『ボディガード』として考えると、今出来る事は一つしかない。

「瀬川さん」

「何?」

「手伝ってくれませんか? 僕だけだと一条さんの身を守れない。瀬川さんの助けが必要みたいです」

「そういう話になるとはね」

「目的を探るだけです」

「三回目が起こる前に防ぐのね?」

「そうです」

 瀬川さんは立ち上がった。

「理事長から朝にあなたたちが来るからと聞かされた時、予感があったの。調べているとね、妙な関連性が浮かび上がった。私と同じ臭いがする。だから諭して手を引かせるつもりだった」

「無駄ですよ。僕の好奇心はたとえ瀬川さんでも止められない。一条さんもそう。僕たちは頑固ですよ?」

 瀬川さんがふっと笑った気がした。

「分かったわ。給料分は働きます。ただ、直接本人に会わせるのは難しいわね」

「呼び出してもらえば」

「校内放送で?」

「その反応だけで何かが動く。そんな気がします。ね、一条さん?」

「そうね。それなら、瀬川さんのメンツも保たれる。お祖父さまから止めるように言われてるんでしょ?」

「……理事長は千寿さんを見誤ってたわね。それとも結城君かな?」

「両方ですよ」

 僕はそう断言した。


『橘先生、橘先生。理事長がお呼びです。至急理事長室までいらして下さい』

 瀬川さんの張りのある声が、校内にあるスピーカから鳴り響く。

 今は授業中。

 それをあえて無視して放送を流した。

「これでいい?」

「はい。後は向こうの出方次第です」

「じゃ、私は部屋に戻ってるわ」

「『監視室』ですか」

「……先読みし過ぎると嫌われるわよ?」

「自覚してます」

 僕と一条さんは理事長室を出た。後は橘先生の動き次第だ。

「今日は授業どころじゃないね」

「私はいいけどあんたは大丈夫なの? さっきも言ったけど、中の上なんでしょ?」

「大丈夫。ちゃんと『貸し』を作っておいたし」

「あんたは綱渡りが好きなの? それとも破滅したいの?」

「どっちも嫌だなぁ」

「バカみたい」

「これくらバカな方が、一条さんも話しやすいでしょ?」

「やっぱりバカだわ、あんた」

 その時だった。

 ジリリリリ──

「な、何?」

「誰かが火災報知器のボタン押したんだ!」

 僕は一条さんの手を握った。

「な、ななな何すんのよ!」

 今僕たちがいるのは、北校舎と東校舎の接続点だ。生徒が溢れだしたらパニックになる。

「すぐにここは混乱した生徒で溢れかえる。一条さんは僕を見失ったら一歩も動けない」

「! これが『回答』なのね」

「ああ。つまり橘先生は一条さんの秘密を知っている。それと公されていない理事長との関係も知っている。強攻策に出たのかも」

「……いえ。橘先生は動かない。たぶん今頃生徒の誘導をしている。『手際良く』ね」

「そうか!」

「私たちには理事長室が一番安全。戻るわよ!」

 と一条さんが宣言したが、遠い。ここから北校舎の最上階に戻るまで、何が待っているか分からない。

「ダメだ。遠過ぎる。逆に職員室に行った方が安全かも知れない」

「それ……ダメ。途中で一旦渡り廊下を通る」

 校舎を出なきゃいけないって事か。でもそれって──。

「第三者が入り込んでる? いくら何でもさっきの放送から五分も経ってないよ?」

「準備していたのか、計画を変更したのか分からない。でもその可能性がある」

「くそ」

 見る間に廊下が生徒で埋まっていく。先生たちはそれを押さえるのに必死だ。何せなにも情報がない警報だ。そもそも嘘かホントかも分からない。

 だから校庭に黒いワゴン車が走り込んだ事に気づいたのは僕たちくらいだった。

「しまった!」

 東校舎の端の通用口から、何人か目出し帽で覆面した黒ずくめの男たちが入り込んできたのが見えた。

 その連中は生徒や先生を殴り飛ばし、まっすぐこっちに向かって来る。

 ──ヤバい、かな?

 僕は一条さんの『ボディガード』だ。一条さんの安全に責任があるのだ。

 と思ったのだが、一条さんは平然としていた。

「あんたは下がってて」

「ちょ、一条さん!」

「そんな事出来ないよ!」

「言ったでしょ? 私は合気道や剣道を……」

 ──無理だよ!

 僕がそう言おうとした矢先だった。

「一条千寿。抵抗は無駄だ」

 覆面の奥からくぐもった声。

 男の一人が適当な女子生徒を捕まえ、のど元に刃物を押し当てていた。

「大人しく俺たちと一緒に来い。さもなくば……分かっているな?」

 橘先生は『不審者』だった元・先生を、一条さんが取り押さえた事を知っている。柔道部の顧問を取り押さえるほどの力量を持った一条さんを無力化するには、別の生徒を盾にすればいい。

 ──くそ、どこまで知ってるんだ?

 僕は最善の策を探った。

 まずあの女子生徒を助ける。

 それにはどうすればいい?

 と考える前に体が勝手に動いていた。

 僕は凶器を持った男に体当たりした。男から女子生徒が離れた。

「く、このガキ!」

 隙は作った。

 後は──。

 男たちは四人。その全てが宙に舞った。

 廊下の中央には一条さん。

 自然体だが隙がない。

「このガキ!」

 体格のいい男が再び一条さんに襲いかかる。一条さんはすっと半身を引き男の腕を掴む。それだけの動作で男の巨体が一回転した。

 ──おっと。見とれてる場合じゃない。

 僕は携帯電話から警察を呼び出した。

 男たちが逃げようがどうなろうが、一度警察に来てもった方がいい。

「動くな! 今警察を呼んだ。お前たちはもう逃げられないぞ!」

 僕は携帯を手にかざして叫んだ。

「……くっ」

 男たちの行動は迅速だった。

 僕の宣言と同時に撤退。

 校庭の車に向かわず、それぞれが別々の方角に逃げ出した。

 ──くそ! あれじゃ警察が追えないじゃないか!

 車を逃走手段に使わないのは、足が着かないようにするめだ。

 纏っている黒装束は脱ぎ捨てれば、もう誰が誰だか分からない。

 ──『手際が良過ぎる』

 と。

 一条さんの体が、急に力が抜けたように傾いた。

「あ、危ない!」

 駆け寄って抱き留めた。

「一条さん! 大丈夫か!」

 返事がない。

「一条さん!」

「……が抜けた」

「──は?」

「腰が抜けたの!」

 腰が抜けた……。

「何だよもー……」

 僕も一条さんを抱きかかえたまま、くたっと廊下に座り込んだ。

 とりあえず怪我とかじゃなくて良かった。

 が、なぜか一条さんは僕を睨んでいた。物凄い形相だった。

「ど、どうしたの?」

「あんた、どさくさに紛れてどこ触ってんのよっ! このバカっ!」

 見ると僕の手は、一条さんの胸と腰にあった。

「はっ! い、いやこれは一条さんが倒れるから支えようとして……」

「いいからこの手を離せっ! このドスケベっ!」

 僕の顔面に一条さんの右ストレートが炸裂した。

 意識を失う寸前、瀬川さんが走って来たのが見えた。

 ──とりあえず安全は確保出来たかな。

 そして僕は気を失った。


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