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第五話 一条さんとお弁当

#第五話 一条さんとお弁当


 さて。

 僕は、誰もいない家で何とか自力で起き、歯を磨いて顔を洗った。

 ただ。

 ギリギリだった。

「くっそー、朝飯食べる時間すら与えてくれないとはっ!」

 僕は天に悪態をつきながら、ダッシュで一条さんとの『待ち合わせ場所』に向かった。

 昨日付で僕は、一条さんのボディガード兼ナビゲータとなった。理事長直々の命令なので何が何でも守らないといけない。破ろうものなら何をされるか分からない。

「遅いっ!」

 僕を見つけた一条さんは、挨拶なしでいきなり怒鳴りつけた。

 長い黒髪を風に棚引かせ。両手を腰に当て。全身で怒っていた。

 まずは彼女の『ご機嫌取り』からスタートだ。ハードル高いなぁ。

「二分しか遅れてないよ」

「二分もよ! あんたは私の二分をかっさらう気なの?」

 僕はため息をついた。

「まぁ、とにかく歩きながら話そうよ。ここじゃ目立つでしょ?」

 僕と一条さんが『待ち合わせ場所』として使っているのは、彼女の家から五〇〇メートル程離れた曲がり角だ。

 つまり、残り一キロ少々、時間にして一〇分少々で、僕は一条さんの『機嫌』を取り戻さないといけない。

「今僕がおかれてる状況と事情は昨日説明したよね? ね? ついでに目覚まし時計以外僕を起こしてくれる人がいないんだ。いやいい。一条さんが言いたい事は分かってる。僕がちゃんと目覚まし時計に気付いて起きていれば『二分』の損失はなかった。そう、その通りなんだ。だから僕が悪い。とにかくいくらでも謝る」

 僕は一方的にまくし立てながら、次の作戦を練った。

 一条さんの反応はここ数日で大体は把握出来てきた。と思う。

 それに照らし合わせれば次の手が打てる。

 なので打ってみた。

「大丈夫だって。二分遅れたくらいじゃ遅刻なんかしないよ。充分余裕を持ってるじゃないか。それに今学校に着いても、せいぜい日直が黒板消し叩いてると思うよ」

 正論を真っ正面から突く。

 脇道に逸れる事なく、わずかな隙も余裕も見せず論破する。

 一条さんはマージンゼロな攻撃には反論出来ない。

 が。

「……マイナス五点」

「マイナス? 五点?」

 何の点数なのか意味が不明だ。

「一晩悩んで、フィフティフィフティ。だから作ったの。でも今のでマイナスになった。これであんたのお昼ご飯はなくなった」

「は?」

 僕は今どんな顔をしているだろう?

 お昼ご飯?

 フィフティフィフティ?

「このお弁当は猫か鳩にでもあげる事にする」

 そう言うと、一条さんは僕を置き去りにして歩き出した。明後日の方向に。

「ちょちょっと待った、一条さん」

 一条さんは、僕を振り向かえらずに怒鳴った。

「何よっ!」

「お昼って何の事?」

「何でもないっ!」

「だってフィフティフィフティとか、それってどういう意味?」

「うるさいっ! 付いてくんなっ!」

 そうは言っても、付いていかないと一条さんは永久に学校に辿り着けない。

「だって学校、そっちじゃないよ。方向が逆だよ」

「……う」

 一条さんの足が止まった。

「何を怒ってるのか、ちょっと分からないけど……とりあえず学校に行こうよ、ね?」

 僕は一条さんを足止めしている間で、状況分析。

 キーワードは二つ。

 お昼ご飯。

 フィフティフィフティ。

 さて、これから導き出される答えは何だ?

「……私が方向音痴でさえなければ……」

 絞りだすようにそう言い、一条さんがその場で振り返った。

 ぎぎぎ、と音が出そうだった。

「あんたなんかと一緒に学校行かずに済むのに……」

 はて?

 僕はそこまで嫌われるような事はしていないはず。

 でも一条さんにそこまで言わせるのであれば、きっと僕が悪い。

 男女間のケンカはと言うのは、ほぼ男性が悪い事が多い。ような風潮がある。

 僕の家でもそうだし、何となく僕もそう感じていた。

 なので謝った。

「ごめん」

 余計な事は言わない。何が悪いのかなんて訊いてはいけない。とにかく謝る。

「あんたはいつもそう。謝れば何でも済むと思ってんの?」

「……ごめん」

「何か言い返しなさいよ。いつもしてるみたいに。どうせ私は方向音痴ですよ! 一人で学校にすら登校出来ない。家の中でまで迷うような人間ですよーだ。どうだ! これでも何も出てこないのっ!」

「……ごめん、僕が余計な事を言わなければ……」

 一言沿えてみた。どうやら、僕の失言が一条さんの逆鱗に触れたらしい事は分かった。

「そうよっ! あんたはいっつも一言余計なのっ!」

「だから……ごめん!」

 ──ここだ!

 僕は思いきり良く頭を下げた。

 数瞬の後。

「……分かればいいのよ。別に私は、あんたに怒ってるわけじゃないし」

 じゃ、一体誰に怒ってたんだ?

 と思いつつも、とりあえず黙っておく。

 程なくして、何となく一条さんから『怒りのオーラ』が消えた気がした。

「はいこれ」

 顔を上げた僕に突き付けられたのは、ハンカチで包まれた四角い物体だった。

「何だろ、これ……?」

「あんたのお昼ご飯」

 え?

 一瞬、僕の頭の中は真っ白になった。

 ──ええええええっ?

「こ、これを僕に?」

「他に誰がいるのよ」

 僕は辺りを見回した。確かに僕と一条さんしかいない。塀の上に猫が乗っていたが、まさかソレではないだろう。

「言ったでしょ? フィフティフィフティだって。決められないから作ったの。そしたら、いきなりマイナスで減点。どっちに減点されたか説明が必要?」

 僕は首を力一杯振った。

「その減点分の謝罪は受け入れます。で、それ。あんたのお昼。文句ある?」

「何もございません」

「よろしい」

 一条さんはそう言うと歩き出した。今度は自分の家に向かって。

「い、一条さん、そっちじゃないよ、こっち、こっち」

「ああっと、ゴメン」

 慌てて戻り、僕の前を歩き出す一条さん。

 僕は呆然としたまま、一条さんを眺めていた。

「置いてくわよ」

「え?」

 ああ、そうだ。

 学校だ。時計を見る。充分だった余裕は、二分からマイナス五分に減っていた。

「ちょい急ぎ足だね、これは」

「あんたのせいだからね」

「はいはい。ごめんねー」

「はいは一回」

「はいはい」

「もう」

 いつもの日常が始まった。

 ただ一点。

 僕の手に収まっている一条さんが作った弁当を除けば。


「おお? なんだそれ」

 前の席に座る近藤が、僕が持つモノを目聡く見つけた。

 ──なんでコイツはこう言うネタには敏感なんだ?

 普段は注意力散漫でまかり通っている近藤は、面白そうな事となるとどんな事でも見つけ出し、ほじくり返す。ある種の才能かも知れない。

「ああ、これは」

 さて、何と返すか。正直に言うのは当然ダメだろう。何となく横からの視線を感じたからだ。きっと一条さんが僕を横目で睨んでいるに違いない。

「ええと、これはさ」

 僕は言葉を探しながら視線を上に向けた。

「兄貴がね、寝ぼけて作った。何の夢見たのかボケたまま作ったらしい。なので開けてみないと中が何か分からない」

「俺には弁当に見えるぞ?」

「僕もそう思う。でも、ウチの寝ぼけた兄貴の行動力は凄いぞ。誰にも想像出来ないアート作品かも知れない」

「それをわざわざ学校に持って来るお前はその上を行くわけか?」

「まぁ朝はね。僕と兄貴は寝ぼけると凄いぞ? 今度画像見せてやろうか?」

「その繊細な柄のハンカチも兄貴のか?」

 近藤が核心に迫ってきた。

 兄貴ボケ理論でどこまで行けるか。

 これは勝負だ。

「兄貴の彼女の話、この間したよな?」

「いたのか?」

「おいおい。我が長兄は、仮にも理工系の大学生だぞ? 一人くらいいるだろうさ」

「まぁ二人いたら壮絶だけどな」

「僕には想像も出来ないよ」

 そう言いつつ、僕は一条さんからの殺気立った視線が気になっていた。側頭部がちりちりする。

「で、そのどっちかの彼女のハンカチなわけか?」

「まぁ、男物じゃないからね」

 僕はカウントダウンを始めた。後二分。

「普通、自分で作った何かを他人のハンカチで包むか?」

「だから兄貴の寝ぼけはハンパないんだって。いつだったかな。いつの間にかスーツに着替えて、ご丁寧にネクタイまでして、そのまま寝ていた話」

「それは初耳だな」

「そうか? 僕もまだ寝ぼけてるのかも」

「で、そのスーツはどうしたんだ?」

「そりゃ決まってるよ。スーツ姿でベッドに潜り込んだらどうなるか。確実なのはワイシャツがしわしわになる」

「だろうな。それより何でスーツなんだ? 紋付袴でも良かったんじゃないのか?」

「そんなの僕の家にあるわけないだろう? まだ需要がない」

「分からないぞー? お前が高卒と同時にどっかの誰かと結婚したら必要になる」

 近藤の口から『結婚』のキーワードが出た途端、一条さんがいる方向から大きな音がした。僕はそれを強靱な精神力で無視した。

「お前、ウチの両親を侮ってるな?」

「準備するには早い方がいいだろう? お前、この間だって加藤さんから呼び出されてただろうが」

 ぬぐ……。話の流れが嫌な方向に進んでるかも。でも後一分だ。

「……ま、まぁ、そんな古い話は、なんだろうね、良くは覚えてないなぁ」

「しらっばくれても無駄だぜ? 俺の情報網を侮るなよ? 加藤さんが、何の用でお前を呼び出したのか」

 近藤は身を乗り出した。

 隣でも同じような気配がした。

「いいねぇ、モテる男はさ」

「そんなんじゃないよ。加藤さんは男を見る目がないんだよ」

「そうか? じゃ認めるんだな? 加藤さんから『告白』をされたって事を」

 ガタン。

 隣で大きな物音がした。き、気になる……!

「む……いや、それは……」

「いいねぇその反応。まぁ、ここから先は俺の情報だ。聞きたいか?」

「いや」

 僕は即答した。これに引っ掛かると、この後がきっと大変な事になる気がしたからだ。

「別に」

「ほぉ?」

 近藤は大げさに驚いた表情を浮かべ身を引いた。

「いいのかなぁ? 下手するとお前、兄貴の二の舞になるぞ?」

「そ、それは複数人って意味でしょうか?」

 まずい、それはまずい。

「さぁ? 人数はまだはっきりしない。けど、ここから先の情報が欲しいなら、それなりの代価ってのが必要になる」

 近藤は勝ち誇った顔をした。後三〇秒。何してんだ香川先生は!

「代価、代価ねぇ。昨日僕の財布の中見ただろ? 今は手持ちがないんだよ」

「何もジュースとかパンとかだけが代価じゃない。他に色々ある。情報には情報を、と言う手段もある」

「? 何が言いたいんだ?」

「お前の兄貴がゼミ合宿でいない事は、俺の耳に入ってる」

 んなっ!

 なぜそれを!

「それと、お前の父ちゃん母ちゃんもいない。社員旅行だっけ? とにかく、食事の用意をしてくれる人がいない。それなのに、お前の財布は空っぽ。これはどういう事かなぁ?」

 僕は近藤の情報網を甘く見ていた。

 謎は多いが、この男が僕の家庭の事情を知っているのは事実だ。

 近藤の目が一条さんから渡されたモノに向けられた。

 香川先生! 早く来てくれー!

「なぁ、結城」

「何だよ」

「俺とお前の仲じゃないか。な? 素直に吐いた方が後々楽だぞ?」

「吐くも何も。僕が一体何をしたと?」

「ほほー? じゃその女物の、見るからにお手製のお弁当に見えるソレは一体……」

「ホームルーム始めるぞーっ!」

 香川先生の声が、教室中に響いた。

 勝った!

 僕は近藤の追撃をとりあえず凌ぎきった。

 後は授業の合間の休憩時間が勝負だ。

「全員、起立!」

 僕は近藤を手で制し、声を張った。

 楽しい楽しいホームルームが始まった。


「……学校側からの周知は以上。今日も踏ん張って授業を乗り切れ」

 短いながらも、香川先生の体育会系らしい言葉でホームルームの終了が告げられた。

 その間一条さんからの殺気は消えないし、近藤はすぐにでも話の続きをしようとそわそわしている。

 ──ここは逃げの一手だ。

 僕は何通りかの逃走手段を用意した。

 考えつつ号令をかける。

「起立!」

 どうする? 走ってトイレに閉じこもるか。

「礼!」

 香川先生に泣きつくか? 何も用事はないが。

「着席!」

 僕は『着席』と言いつつ腰を浮かした。

 ──決めた! ここはトイレだ!

「あー結城」

 香川先生が僕を呼んだ。

「は、はい?」

「ちょっと来い」

 ──やった!

 僕は心の中で小躍りした。

 これでこの教室を離れる大義名分が出来た。

「はいはい、ただ今参ります」

 僕は様々な制止を振り切って、香川先生の元へ駆けつけた。

「何でしょう、先生」

「お前に渡せと言われてな」

 ほれ、と渡されたのは、これまた女物のハンカチ、にしては大きい布に包まれた箱のようなもの。

「……これは、何ですか?」

「……お前の今日の昼飯だ」

 香川先生は、珍しく小声だった。

「は?」

 僕は目が点になった。初体験だった。

「いや、センパ……じゃない、お前のお母さんから頼まれててな。学園内に私情を挟むのは私のポリシーに反するのだが……断り切れなくてな」

 んなモン断って下さい!

 と言えないのが辛い。

「はぁ……」

「駅に着く寸前に思い出したのだそうだ。今、お前のお兄さんも家にいないんだろう? お前が飯を作れるはずがないから、弁当を作ってやってくれないかと」

 僕の足元に一陣の風が吹いた。いや、暴風の前触れかも知れない。

「ちゃんと渡したからな。それと言っておいてくれ。今後はこう言った用事は……いや、いい。後が怖い……」

 僕の母親が、香川先生の大学の先輩にあたる事は知っていたが、香川先生を怖がらせるほどの人物だったとは……。

 いやいや。

 それより。

 僕はプランBを発動した。つまり、香川先生に『無理矢理』『用事』を作る事だ。

「た、確かに受け取りました。で、先生、実は相談がありまして」

「何の相談だ? 今ここでか?」

「いえ、出来ればどこか余所で」

「結城」

「はい」

「お前は、親子揃って私をどうする気だ?」

「はい?」

「いや……すまん。昔を思い出してな。相談か? でも時間がないぞ? 授業が始まる。五分で終わる相談なのか?」

「先生!」

 声を上げたのは、近藤だった。

 ──しまった。先手を打たれた!

「『事情』は分かりました。結城の相談はきっとソレの事です」

 香川先生は、僕の手に収まっている『香川先生謹製のお弁当』を見た。

 そして、僕を見た。

「……やはりあの人の子だ……私に無理難題を押し付けるだったのか……」

「ち、ちちち違います! そんな事で相談なんてしません。もっとこう、何と言うか」

「あの人もそうだった。絶対違うと言って相談されて、なぜか結果が違う。いつの間にか私が……いや、忘れてくれ。おっと、もう時間がない。結城、席に戻りなさい。じゃ私はこれで」

 香川先生は、逃げるように教室を去って行った。

 残された僕はクラスメイト人数分の視線を背中に感じた。その中の一人分は殺気を帯びていた。

 

 一時限目は数学だった。

 数学の先生は伊東先生だ。いつも神経質そうな顔をして血色が悪い。

 伊東先生はいつも通りに授業を進め、いつも通りに黒板に数式を書き、そして消した。板書をノートに書き写す隙がない先生なのだ。

 必死にノートと黒板を交互に見て、教科書をめくる。時間はあっという間に過ぎていった。

 そして授業の終了を告げるチャイムが鳴った。

「おっと時間か。では宿題はさっき言った三四ページの練習問題だ。次の授業で小テストするからそのつもりでな。以上」

「起立! 礼! ──」

 僕は、再び「着席」の瞬間に逃げ出せるよう、足を踏ん張った。

「着席ぃぃぃっ?」

 がしっと、腕を掴まれた。

 近藤だった。

 逃がさないぞ。目がそう言っていた。

「何だ? どうした結城?」

 伊東先生が不思議そうに声をかけてきた。

 助けて下さい。

 などと言えるわけもなかった。僕は近藤に口を塞がれ、もがもがと抗議をするも言葉にならない。それを近藤が代弁した。正反対の意味で。

「いえいえ。何でもないです」

「そうか? まぁ……宿題忘れるなよー」

 伊東先生は去った。

 僕は近藤に無理矢理席に座らせられた。

 僕は一条さんを見た。一見すると一条さんは無関心を装っている。でもその実、そうではないようだ。手にしている教科書が逆さまだった。

「これで二つになったなぁ」

「そうだね」

「一個は出自が判明している。残り一個だ──吐いてもらおうか。その弁当の作り主を」

「いや、それはほら、兄貴のアート作品かも知れないしさ」

「理工系が何でアートするんだよ」

「建築工学ってアートな面があるだろう? 建築美? ってヤツとかさ」

「いいか結城」

「は、はい?」

「人間往生際が肝心だ」

 僕は必死で言い繕える『何か』を探した。

「な、なぁ近藤」

「何かな、結城君」

 我ながら酷い時間稼ぎだと思った。

「僕はお前の言う『状況』にある。これは認める。結果、香川先生の善意でこの」

 僕は香川先生から頂いた弁当を示した。一条さんのより一回りは大きかった。

「昼の弁当を頂いた。これはどんな物であれ、感謝しなけりゃならない」

「まぁそうだな。でも先生が生徒に弁当を作るなんてな。しかもあの香川先生がなぁ」

「僕も意外だったよ。新たな一面を見た。歴史的な瞬間に立ち会ったんだ。これはこれで受け入れなきゃならない」

「ああ、そうだな。で?」

「で?」

 僕はオウム返しに質問を返した。

 近藤はニコニコ笑っていた。何かを面白がっている、そんな笑みだった。

「お前はこの状況下にあって尚、説明が必要だと言うんだな?」

「せ、説明?」

 きっと声が裏返ったいたと思う。

 僕はもう、この場から逃げる事しか考えていない。

 今ここにいては全てが崩壊する。下手すると命に関わる。そんな気がしたからだ。

「説明って何だ?」

 近藤は、もう一方の包を指さした。

 一条さんからもらったブツだ。

「このどう見ても女物のハンカチで包まれた──恐らくお手製の弁当。それを誰が作ったのか」

 近藤は、ニヤリと口元を歪めた。

「このクラスの誰かなのか、あるいは別な誰かなのか、それを明確にする必要がある。そう思わないか?」

「お、思わないなぁ」

「俺はな、結城」

「は、はいぃ?」

「心配してるんだよ。お前の事だ。来るものは拒まずがポリシーなんだろう? そうすると、今日の昼までにお前の机は弁当で埋まるぞ?」

「そんな大げさな」

「大げさ? そうか?」

 近藤が顔を上げた。

 僕は後ろを振り返った。

 そこにはクラスメイトの加藤さんがいた。

「結城くん、今日大変なんでしょ?」

「何が?」

「昼食が」

「まーその、大変と言えば大変だね」

「私ね、実は近藤君から聞いてて……結城君の分、お弁当作ってきたの」

 ──何でっ?

 僕は近藤を睨みつけた。近藤は素知らぬ顔で明後日を向いた。

 実はひと月程前、加藤さんから『告白』された。僕なんかに好意を抱いてくれるのは大変嬉しい。ただ、ここ最近まではクラスの女子とお付き合いするなんて、全然考えていなかった。だからその時は、やんわりと断ったつもりだった。

 なのに弁当を作った?

 何の冗談だ、それは?

「いいの、何も言わないで。先月の事は忘れる。だからこれはクラスメイトとしての『善意』だと思って」

 『善意』

 そう言われれば無下に出来ない。

「あ、ありがとう。でも香川先生からもその『善意』を受け取ったし」

「でも、あの香川先生よ? 中身がどうなのか心配じゃない? 果たして食べられるのかどうか」

 ひどい言われようだった。

「人間が食べられるモノだとは思うけど……」

「私一度だけ、香川先生のお弁当見た事があるの」

「へ、へぇ?」

「どんな中身だったと思う?」

「いや、想像も出来ないよ」

 これは本心だった。

「一面に海苔があって、その下はご飯だけ」

「は?」

「シンプルなのはいいけど、栄養バランスがおかしい」

 確かにおかしい。が、香川先生らしいとも思った。

「まぁ、エネルギーさえ補給出来ればいいと思っているのかも」

「それじゃ、育ち盛りの結城君には不足してるじゃない? その点私のは、ちゃぁんとバランスを考えて作ったんだから」

 加藤さんは胸を張った。

 と同時に、ドンと、これまた女物のハンカチで包まれたお弁当らしきものが僕の机に置かれた。

 拒否は受け付けないぞ。弁当がそう言っているようだった。

「だから、もし良ければ」

「あー加藤! 抜け駆けするなー」

 女子の複数の声が上がった。

 今度は誰だよ一体?

 見ると、何人かの女子がずらっと並んでいた。それぞれの手にはお弁当が乗っていた。

「な? 大げさじゃないだろう?」

 近藤は面白そうな声色でそう言った。

 僕はもう気が気じゃない。

 隣からバキッと鉛筆が折れる音が聞こえた。一条さんが折ったに違いない。

「ちょ、ちょっと待って。皆の気持ちは嬉しい。嬉しいけど、僕の胃袋はそんなに大きくない」

 僕は必死に抵抗した。

「でも加藤さんのは受け取った」

 そう言ったのは佐々木さんだ。佐々木さんは気が強い。ついでに押しも強かった。

「それで私のを受け取らないのは不公平。そうでしょう?」

「いや、何か問題が違ってませんか?」

「いいえ!」

 佐々木さんは言い切った。

「これはメンツの問題。香川先生と加藤さんは良くて、私たちがダメなんて言う理屈は通らない。学級委員長でしょ?」

 僕は天を仰いだ。

 そして悟った。

 抵抗は無駄だと。

 そして。

 僕の机は、クラスメイト(女子)の厚意なり善意で埋め尽くされた。

「な? だから言っただろう?」

 近藤がしたり顔でそう言った。

「……お前がリークしたからだろう?」

「リーク? 俺はお前の食糧危機を憂いてクラスの女子に伝えただけだ。香川先生のはイレギュラーだったけどな」

「お前なぁ……」

「それにこんなに集まるとは思ってなかった」

 近藤はケロッとした顔で言い切った。

 そこに悪意はない。

 だが善意でもない。

 面白ければそれでいいのだ。

 僕はため息をついた。

 ──これ、食べ切らないと信頼なくすよなぁ……。

 五人分のお弁当の山を見て、僕はため息をついた。

 隣の一条さんをそっと見ると、鉛筆をへし折り、消しゴムを千切り、何事かをノートに書き込んでいた。

 きっと僕にとって良くない言葉を書いている。そんな気がした。


 昼休みになった。

 近藤は「今日は焼きそばパンが並ぶ。これを逃すと来週まで待たなきゃならない」と言い残し、購買にパンを買いに行った。「その弁当の件、ゆっくり訊かせて貰うからな」と言い残して。

 もちろん、僕が近藤の帰りを持つはずはない。逃げるなら今だ。

 ガタガタと机を移動する音が教室中に響いた。

 ここ二年二組は、好き勝手なグループにまとまって昼食を摂る。そこに男女の垣根はない。

 男女平等。

 クラスの中に仲間外れがいてはいけない。

 僕の地道な活動の成果だった。

 だが。

 一条さんだけがポツンと一人で、自分の弁当を広げ始めた。

 そう言えば、一条さんが他のクラスメイトと話しているのを見た事がない。

 転校してきて間もない事もその理由の一つだろう。

「一条さん」

 僕は出来るだけ穏やかに一条さんに話しかけた。

 一条さんは当然のように無視した。

 だがここで引き下がっては、今までの行動が無に帰す。

「一条さん、一人で食べるの?」

 返事はない。

「良ければなんだけど、一緒に食べない? 一人より二人の方が楽しく食べられると思うんだけどさ」

 それでも返事はない。

 ──これは、怒ってるな。

 何に怒っているかは分からない。でも何かに怒っているのは確かだ。

 僕は声を潜めた。

「……ねぇ、何を怒ってるの?」

「……あんたには関係ない」

 返ってきた回答から察するに、僕が原因らしい。

「……朝の続き?」

「……違う」

 そう言いつつ一条さんは箸をへし折った。一条さんは冷静に鞄から新しい箸を取り出した。

「……マイナス五〇点」

「は?」

「……私が作った弁当返せ」

「へ?」

 一条さんはゆらりと立ち上がった。

 クラスの皆はそれどころではない。食事の真っ最中だ。

「それだけあれば要らないでしょう?」

 僕の机は弁当の山。果たして食べきれるかどうか。

 でも、もらったものは全て食べる。人の善意や厚意を無駄にはしない。これは僕の信条だ。

「いやいや。ちゃんと食べるって。残さないから見ててよ」

 僕は食べきれないと判断されたのかと思った。

「こう見えても胃袋は丈夫なんだ」

「そういう事じゃない! いいから返せ!」

 一条さんは自分のお弁当をささっと鞄に仕舞うと、僕の机から一条さんが作った弁当だけひったくって教室を飛び出した。

 ──あ、マズイ!

 一条さんは方向音痴だ。一体どこに向かうのか、後を追わないと見当もつかない。

 僕は机の上に乗っている弁当を全部鞄に押し込め、一条さんの後を追った。

 教室を出る時「おーい結城、どこ行くんだ?」と近藤から声をかけられた気がしたが、それはきっと気のせいだ。そう思う事にした。


 一条さんは、西校舎を真っ直ぐ北に向かった。えらい早足で。

 ちょっと待ってよ、どこ行くんだ一条さん!

 と大声を出すわけにはいかない。

 とにかく後を追う。方向音痴な一条さんが向かう先は、きっと一条さんにも分からない。

 そして行き着いたのは。

 屋上だった。

 ──なんでわざわざ逃げ場のない場所を選ぶかなー。

 一条さんは立ち止まった。

 僕も止まった。さすがに大量の弁当の重みで息が上がっていた。

「い、一条さん、どうしたのさ。急に教室飛び出して」

「……あんたに食べさせるお弁当はないっ!」

「何を怒ってんのさ」

「怒ってなんかない!」

 取り付く島もなかった。

 ただ時間は待ってはくれない。僕はこの時間内で全ての弁当を食べきる義務がある。きっと味の感想やら何やらを訊かれるからだ。

「とりあえずご飯にしよう。話はそれからで」

「あんたと一緒に食べる気はない!」

「まぁそう言わずに。それにあんまり大きな声出すと、周りに迷惑だよ?」

 一条さんは、やっとここがどこなのか気がついたようだ。

 周囲には、上級生下級生問わず、何人かの生徒が思い思いの場所でお弁当を広げ舌鼓を打っていた。

「とりあえず、そこのベンチが空いてる」

 僕は一条さんの真後ろのベンチを指し示した。他のベンチは埋まっていた。

「ほら、早くしないと。時間制限があるんだからさ」

「……私にはあんたの感覚が分からない」

 そう言いつつもベンチに腰掛ける一条さん。僕もそれに倣い隣に腰掛けた。

「お腹が空くとロクな事考えない。まずご飯にしよう」

「……」

 一条さんは無言のまま自分の弁当を広げた。

 僕は、一条さんかの荷物から『僕の分』として作って貰った弁当をひょいとつまみ上げた。

「あ、何をするっ!」

「だって作ってくれたんでしょう? それなら食べないと。それが僕に課せられた使命だと思うんだ」

 僕はそう言って胸を張った。

「あんた、自分が何言っているか分かってんの?」

 一条さんが機嫌悪そうに、そして不思議そうに僕を見た。

「だってさ、気になるじゃないか」

 僕は箸を構えながら、一条さんお手製の弁当の蓋を開けた。

「おお!」

 見事だった。

 卵焼き、タコさんウィンナー、ブロッコリー。

 彩り良く、そしてバランスもいい。

 ご飯もごまが振られ、中央に小粒の梅が乗っている。

 これぞ、ザ・弁当だ。

「これを一条さんが?」

「……あんまり見ないでよ。とっとと食べちゃって」

 一条さんはそう言いつつ、自分の弁当に取りかかった。

 ──さぁ僕の胃袋はどこまで耐えられるかな。

 ベンチの脇に寄せた大量の弁当。

 まだ開けていないが、香川先生の料理の腕も気になる。

「あ、そう言えば」

「ぶへ?」

 口に物を入れながらなので、うまく喋れない。

 僕は、口の中の物をゆっくり飲み込んだ。

「何?」

「ええっと、何で私のから手を付けたの?」

「それは──だって、今日一番初めにもらったでしょ?」

 僕の答えは単純。もらった順に片付ける。それが平等だと思ったからだ。

「それにさ」

 僕はタコさんウィンナーを箸で摘み、こう言った。

「目の前に作った人がいるからね。感想聞きたいでしょ?」

 一条さんは目を見開き、次いで目を逸らした。

「……バカ」

「ふぁに?」

「何でもないっ! いいから早く食べちゃって。次のがあるんでしょ?」


 僕はやり遂げた。

 一条さん、加藤さん、佐々木さん、小泉さん、鈴木さん、七倉さん、そして香川先生。彼女らの『善意』を食べ遂げた。

 もう何も入らない。押せば何か出てきそうだ。

 座ったままだと辛いので、ベンチに横になった。

「大丈夫なの? こんなに食べて」

「ぐぷ……だ、大丈夫、だと思う」

 声を出すのが苦しかった。

「もう、無理しちゃって」

「だってさ、断れないよ。皆が心配してくれるのは嬉しいし。それに美味しかったし。まぁ香川先生のは論外だけど」

 香川先生の弁当は、ある意味凄かった。ステンレス製のボックスにご飯を敷き詰め、上に海苔一枚と梅干し。やっぱり香川先生はこうだろうな、と思える内容だった。

「でもさ」

「え?」

「やっぱり一条さんのが一番美味しかったかな」

「そっそれは……一番初めに食べたらじゃない?」

 僕はお腹を刺激しないようにゆっくりと起き上がった。

「いや? 加藤さんの唐揚げも良かったけど、ちょっと油が残ってたし、佐々木さんのは海苔が二重なのはいいけど、醤油の使い過ぎかな、ちょっと濃い目の味だった。小泉さんのサンドウィッチは、パンをトーストしたのはポイント高いけど、具のトマトが崩れてた。ちょっと惜しいね。七倉さんのバラエティおむすびは面白いけど、おむすびが緩くて、箸使わないと食べにくかった」

「香川先生のは?」

「あれは論外。炭水化物しかない」

「……呆れた。全部覚えてるの? 誰が何を作ったのか」

「そりゃね。間違えたら失礼だし。この手の記憶力はちょっと自信があってね。でも最終的な評価として、一条さんのタコさんウィンナーが絶品だった。塩加減が絶妙。いいお嫁さんになれると思うよ」

「は? わわっ!」

 一条さんは膝の上の弁当箱を落としてしまった。

「大丈夫?」

「ええっと」

 一条さんは弁当箱を掴み箸を拾うが、なぜか何度も失敗した。

「手伝おうか?」

「いや……いい。自分でやる」

 僕は、どうにも上手く片付けられない一条さんを眺めつつ、食べ終えた各種弁当をそれぞれのハンカチに包んだ。これ、洗って返さないとなぁ。

「あんたに渡した分、返して」

「へ?」

「お弁当箱」

「ああ、ちゃんと洗って返すよ」

「いい。それに明日返されるより、今返された方が手間が少ないし」

 まぁそうかも。朝に待ち合わせて空の弁当箱もらっても荷物が増えるだけだ。

「うーん。そういう事なら」

 僕は、一条さんからもらった弁当箱を返した。

 その時、ちょうど予鈴が鳴った。

「やっぱり制限時間いっぱいだったか。あー危ない」

 ふと周りを見ると、もう生徒はまばらで、それぞれの教室に戻っていくところだった。

「プラス五〇点」

「はい?」

「意味はないわ。さっきマイナスした分を戻しただけ」

「それは、何だろ? いい事なのかな?」

「どっちでも。それより私たちも戻らないと」

「そうだね」

 と言う事で、僕は膨れあがったお腹を支えつつ、一条さんに方向の指示を出しつつ、教室に戻った。


 若いと言うのは素晴らしい。

 あれだけ膨れあがっていたお腹は、帰る頃には引っ込んでいた。

 僕もまだまだ育ち盛り、伸び盛りと言う事なんだろうか。

「結城」

 近藤が声をかけてきた。なぜかバツの悪そうな顔をしていた。

「何だい?」

「悪かった」

「ん? 何で?」

「いや、あんな事になるなんてさ。俺の予想を超えてた」

「ああ、弁当の事か? いいよ、おかげで晩飯がいらなくなった。それに今日だけだしな」

「彼女らが味を占めなきゃな」

 近藤が恐ろしい事を言った。

「さすがに毎日は無理だ。いくら『善意』でも。そこは近藤、お前の責任で止めてくれよな」

「ああ、それは了解だ。皆には言っておくよ。せめて持ち回りにしてくれってな」

「いや……それも勘弁なんだが」

「味の感想、訊かれてないか?」

「僕の余裕のなさを見たら、明日でいいってさ。それに洗い物をしなくていいって。まぁそうだよな。空っぽの弁当箱を渡されても、邪魔だろうし」

「そっか」

「まぁ、これに懲りて変な策は講じないように、気をつけてくれたまえ」

「はっ、承知」

「分かればよろしい。って事で僕は帰る。さすがに胃袋の疲労回復が必要らしい」

「だな。まぁせいぜい労ってやってくれ」

「おう」

 近藤はバットを担いで教室を出て行った。万年一回戦落ちでも練習する事に意義がある。背中が雄弁にそれを物語っていた。

「さて。僕らも帰る?」

 僕は隣の席にいるはずの一条さんを見た。

 いなかった。

 ──いないっ!

 慌てて鞄に荷物を仕舞い教室を出た。一条さんはつまらなそうな表情で廊下の壁にもたれかかっていた。

 ──何だよー。

「驚かさないでよ、どこに行ったかと思ったよ」

「だって、近藤君との話が全然終わりそうもなかったから」

「ああ、そっか……ゴメン」

「また謝る」

「え?」

「今後私の前では謝罪禁止。なんか丸め込まれそうで嫌だ」

「や、そんなつもりじゃ」

「とにかく帰るわよ」

 一条さんは、西校舎の奥へ足を踏み出した。

「だから反対だってば」

「おっと」

 一条さんは、くるっと回った拍子にバランスを崩した。

「危ない!」

 咄嗟に一条さんを抱きとめた。一瞬の間が開き、僕は思いっきり突き飛ばされた。

「わわっと」

 辛うじて踏みとどまる。

「何だよ、どうしたのさ」

 見ると一条さんの顔が赤い。

「いや……そのちょっとびっくりして……」

「びっくりはこっちだよ、いきなり突き飛ばしてさ」

「……ごめんなさい」

「一条さんが言う分にはいいのかな?」

「何を?」

「『ごめんなさい』って」

「あ、いえその」

 なぜか一条さんはしどろもどろになった。

 なんだろう? まぁいいか。

「帰りましょうか? 我が主?」

 僕の茶化した台詞が気に入ったのか、一条さんは平静を取り戻した。らしい。

「うむ。では案内いたせ」

「御意」

 こうして僕たちは家路に就いた。


 何やら下らない会話をしつつ歩くと、二キロなんて距離はあっという間だ。

 僕たちは『いつもの待ち合わせ場所』に到着した。

「じゃ、また明日ね」

「うん、また……じゃなくて、あんた今日の晩ご飯どうすんのよ」

「おお……言われてみれば。誰もいないんだっけな」

 人間の体は不思議なもので、昼にあれだけ食べたのに『晩ご飯』と言うキーワードが出た瞬間、お腹が空きだした。

「でもまぁ大丈夫。今日の昼で一日分のエネルギーは補充したと思う。家に戻ればパンがあったと思うし」

 僕は強がって見せた。財布は空だし、水と、あるかないか分からないパンで凌ぐしかない。

 減量中のボクサーかと思った。

「……一人分も二人分も一緒だし、どうせお祖父さまの分も作らなきゃならない」

「はえ?」

「お祖父さまね、最近帰りが遅いの。だから私はいつも一人で食べてる」

「そ、そうなんだ」

 脳裏に理事長の顔が浮かんだ。そんなに忙しそうには見えなかった。

「『一人より二人の方が楽しく食べられると思う』」

「は?」

「あんたが言ったのよ? お昼に」

 はて。

 そんな事言ったかな?

「思い出せない」

「あんたねー」

 一条さんはため息をついた。

「自分の言動くらい責任持ちなさいよ」

「責任……」

「そう。と言うわけで家に来なさい。晩ご飯をごちそうしてやる」

「な、なな、何を言い出すのさ」

 僕はなぜか照れた。

 一条さんも同じらしい。

「あんたが照れると私も照れるじゃない! いい? これは『善意』なの! 本日限りの!」

 何と言う事か。日に二食も一条さんの手料理が食べられる。

 これはどうなんだ?

「とにかく来いって言ってんのよ」

 一条さんの言葉がだんだん乱暴になってきた。ここは素直に従った方が身のためかも知れない。

「んじゃ遠慮なく」

「始めからそう言えばいいの!」


10

 一条さんが晩ご飯を作る間、僕はリビングから一歩も出るなと厳命された。

 一階建て平屋の家。理事長が高齢なのと一条さんが下手に迷わないための配慮だろうか?

 それはともかく。

 食卓に並べられた料理は、素朴ながらも大変美味しく食が進んだ。

 一条さんからは「まだ食べるの?」と呆れられた。

 もちろん、おかわりを要求したのは言うまでもない。

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