星の墓場
恋をするのは簡単で、失うことはそれより余りにも簡単だ。
何気なく交わされた頷きも、意味もなく送られてきたメールすら、一瞬で古い星のように消えて光だけが残る。
そこにあるのは虚しさと、自分を中心から侵食する自分への愛しさだけ。
それなのに、人は何度も恋をする。
新しく生まれた星に、或いは消えてしまった光に。後者に恋をするのは、即ち報われないことを知ることだ。それでもいいと、そう思ってしまえるほどに、消え行くものは魅力的なのだ。
恋など知らなかった。
わたしが身につけた知識では、人は愛に死ぬことができる。でも、少なくともわたしが実際に感じたことは違ったのだ。
人は、愛故に生きようとするが、愛故に死のうとはしない。
人は、愛故に生きようとして、恋故に死のうとするのだろう。
その事を感じてしまった時、ずぶずぶと深くて暗いブラックホールに落ちてゆくような感覚を憶えた。ありきたりな感覚で、どこか激しさを孕んだこの想いは、そう表現するのにぴったりだった。
彼には一度会ったことがある。「こんばんは」と声をかけると、長い睫毛がふるりと揺れて、返事をくれた。少し会話をした、その10分に満たない時間でわたしはあっさり落とされてしまったのだ。
いや、その前からだったかもしれない。鈍感で自分に関心のないわたしには、恋を知ろうという意欲すら無いので、気が付かなかっただけだったのかもしれない。
「恋」という名目上だけは綺麗な気持ちに気づいた時、息が詰まるような気持ち良さに飲み込まれた。欲しいものが目の前に置かれているのに、届かない焦燥と、届くかもしれない期待がごちゃ混ぜになった心には、誰の言葉も、自分の声すらも聞こえていなかった。耳の奥で響いていたのは、電話越しにくすくすと笑う声と、三ツ矢サイダーのキャップを捻るしゅわっとした音だけだった。
クリスマスイヴの前夜の23時、突然の告白をした。呆気なく初恋は終わってしまった。少しだけ涙が出た。その涙が余りにも美しい涙で、嗚呼、自分はこんなに綺麗な気持ちをもらっていたのだ、と思って更に涙が零れる。人の心が夜空なのだとしたら、この涙は星だ。手に、床に、きらきらと落ちてなお光り続けるこれは、何十億年前に消えてしまった星の光だ。この手は、星の墓場なんだと思った。
2度目の恋を初めた。星は巡り巡って、もう一度わたしの心で光ることを決めたらしい。燃えるように赤く狂気すら感じていた星は、冷たく光る青白い星へと姿を変えていた。また、自分の中の煌めきが尊くなったことがわかった。いつまでも留めていたい。この星の名前を「恋」と名付けて、燃え尽きて消えてしまって「愛」を知るまでに、この手の中のいくつもの過去の輝き達を、彼に見せてあげたいと思った。