VR―07 Dress-up Doll
サウセルトポール中央通りの一画に、ある人気なお店がある。
その名は婦人服店『カトア』。
若い子から年配の婦人まで多くの女性が利用するそのお店に、薄赤髪の少女と猫の獣人の女性の姿があった。
前者は目を泳がせておどおどしており、心なしか顔が青い。
対して後者は彼女の特徴でもある猫耳をピコピコと動かし、尻尾も嬉しそうにフリフリと揺らしている。
薄赤髪の少女アマネは、ご機嫌に服を眺めるカトールの裾を引っ張り、不安そうにカトールに声を掛ける。
「カ、カトールさん。話が違います。カトールさんのお家に行くんじゃなかったんですか?」
カトールはきょとんとしてアマネの顔を見るが、すぐに得心がいったのかアマネの疑問に答えた。
「ふふっ、ここが私のお家なのよ」
「え?」
「『カトア』は私の両親が経営している店よ」
「ええっ!」
アマネの驚嘆の声が響いて周囲の客がざわつくが、アマネはお構い無しにまくし立てる。
「と、とと、というわけは、私は一ヶ月ここの女性服に着せかえられるって事ですかぁ?」
アマネは周囲を見回す。
どれもこれもフリフリで可愛らしく、スカートの丈もかなり短い服ばかり。
これを着ると想像するだけで鳥肌が立つ。
一方カトールは顔に笑顔を咲かせて答えた。
「大丈夫!」
「な、何が大丈夫なんですか?」
「私の母がアマネちゃんのを新しく仕立ててくれるらしいわ」
「むしろダメじゃないですか!!」
「何言ってるの。『カトア』でオーダーメイドなんて若い子達の憧れなのよ?」
「いや、でもですね。私は特殊と言いますか。女であって女じゃないと言いますか……」
「ごたごた言わないで大人しく覚悟を決めなさい!女の子でしょう?」
「そこは男の子じゃないんですか」
「そうだっけ?」
「そうですよ」
「まあ細かい事はいいじゃない。ほらほら行くわよ~」
カトールは「そんなー」と悲鳴をあげるアマネの背を押して職員待機室のほうへとずんずん向かっていくのだった。
職員待機室の中には中央にベンチ、周囲に木製のロッカーが並んでいる。
職員の着替えをするための部屋といったところだろうか、とアマネは地球でのアルバイト時代を思い浮かべ、ここで着替えるのかと一瞬身構えファイティングポーズをとる。
しかし、カトールはそこを素通りしてもう一つ奥の扉へと入っていった。
アマネはファイティングポーズがスルーされたのが恥ずかしくて顔を赤くしながら先へ行くカトールについていくのだった。
二人は階段を登って上の階へ行く。
そしてある部屋のウォークインクローゼットへと入っていった。
中は服を掛けるポールがそこら中に張り巡されており、そのポールにはびっしりと服が並んでいる。
いわば服の森と言った所だろうか。
アマネの口からは思わず「うわぁ……」と声が漏れてしまっている。
「驚いた?まずはこの中からアマネちゃんの服を選びましょう。聞いた所によるとアマネちゃん、その革鎧以外持っていないみたいだからここにある服をあげるわ。これ全部私のおさがりだから無料だしね」
そう言ってカトールは片目を瞑ってウィンクをする。
対してアマネは『これ全部私のおさがり』の部分で白目を剥いていた。
女の子はこんなに服を持っていなければならないのかとアマネは絶望しているようだが、こんなに普通は持っているはずがない事は恋愛経験ゼロのアマネには知るよしもないのだった。
カトールは「ふふふふ」と声を漏らしながらアマネの手を取ると、興奮気味に口を開いた。
「さあ!早速着替えましょうか!アマネちゃん!」
アマネの地獄が始まる。
―――――
「次!次はこれお願い!」
「ま、まだ終わらないんですか……」
「まだまだよ~。今夜は眠らせないんだから~」
あれからかれこれ五時間程カトールによって着せ替えさせられているアマネであったが、その手は一向に止まる気配はない。
もしかしたら自分は着せ替えられるために生きているのではないか、とアマネの思考がよくわからない方向に向かっていく。
そして、そうか私は人形なんだ、と変な結論を出して、アマネはブツブツと呪詛のように呟きだした。
「私は人形。私は人形。私は人形。私は人形。私は……」
「あちゃー、やりすぎちゃったかしら」
世話がかかるわねえ、と自分のせいである事を棚にあげて呟くカトール。
そして、機械のように同じ事を呟くアマネの頭をまるで昔の故障したブラウン管テレビのように手刀で思いっきり叩いた。
ズドンと鈍い音が響き、同時にアマネの声なき悲鳴が漏れる。
アマネは突然の激痛でようやく正気に戻り、涙目になりながらカトールに訴えた。
「何するんですか!」
「あら、正気に戻ったわ。思ったより効くのねえ」
自分の手刀をまじまじと見ながら暢気に返すカトールに、アマネは頭を押さえながら恨みがましい目を向ける。
「正気じゃないのはカトールさんのせいですよ! うぅ、そもそもいつまで服を選ぶんです?」
「そうねえ。これといって決まってはないわね。強いて言うなら、これ!っていうのが見つかるまでかしら」
「そんなー」
「まあこれから一ヶ月もあるんだし、今のうちに慣れておくのね」
カトールの言う通り、『一ヶ月着せ替え人形生活』はその名の通り一ヶ月ずっと住み込みであれこれ着せ替えさせられる。
つまり、ここで慣れておかければアマネは一ヶ月この苦痛を感じ続けなければならないのだ。
アマネは真剣に『アマネ中身まで女化計画』を実行しようかと考えるのだった。
―――――
光陰矢の如しと言うように、アマネの異世界生活は怒涛のように過ぎ去っていった。
初日のうちにアマネが下着も一着しか持っていない事や髪の洗い方が男のように乱雑であった事を知られ、こっぴどく怒られてしまったアマネは、結局の所カトールに全てをチェックされるようになった。
そしてアマネが月の日も髪の結び方も簡単な料理の仕方も何もかも知らないことに呆れられながらもその度に丁寧に教えられる事になったのだった。
アマネは思う。
あれ? これって花嫁修業だったっけ?っと。
そして季節は巡り――といってもここセルトポールに四季などないのだが――ついにアマネの一ヶ月着せ替え人形生活は終わりを迎えていた。
「アマネちゃん。もうあなたに教える事は何もないわ」
「はい!ありがとうございます!」
「これは餞別よ」
そう言ってどでかい袋に入った大量の衣服を渡す。
アマネの粗雑な生活態度のせいでカトールが満足に楽しめなかった分の衣服である。
とは言っても、カトールの指導以外の時間はずっと着せ替え人形になっていたので十分であるはずなのだが。
アマネは思わず口が引きつるがなんとか笑顔を取り繕う。
「……。ありがとうございます」
「今のあなたならどこにでもお嫁に行かせられるわね」
カトールは嬉しそうにアマネの背中をバシバシと叩く。
カトールの為すがままになりながら、あれ?花嫁修業じゃなかったよね?、とアマネは再び訝しむのだった。
カトールはそんな事は気にせず上機嫌に話を続けた。
「約束通り知り合いの召喚武具士を紹介してあげるわ」
そういえばそのために着せ替え人形になったんだ、と本末転倒な事を考えながら首肯するアマネ。
カトールは南の方を指差しながら口を開いた。
「セルトポールから南に丸一日行った所にレムの村っていう小さな村があるわ。そこにいる狩人が召喚武具士よ。あらかじめ連絡してあるから、交易商人の馬車に乗せてもらってそこに行きなさい。彼が教えてくれるはずよ。」
それと、と言いながら鞘に納まった刀剣を手渡す。
アマネは恐る恐る受けとりながら、これは?と首を傾げる。
「それは私が昔冒険者だった頃に使ってた剣よ」
「えっ!カトールさん冒険者だったんですか!?」
「当たり前よ。受付嬢はある程度戦闘ができないといけないからね。私は金級冒険者になった時に受付嬢に仕事を変えたわ」
カトールはあっさりと金級冒険者と言っているが、実はかなりの凄腕である。
基本的に銅が初心者、銀が平均、金が熟練、ミスリルが天才、オリハルコンは超越者と言った具合だ。
また、ミスリルが天才の者がなれるとは言ってもそれなりに時間がかかり、多くの者が若くはない。
そして金もまた、銀にいる者が経験に経験を重ねてやっと上がれるようなレベルなのだ。
カトールがこの若さで金級冒険者である事は正直異常なのだ。
そんな事は知りもしないアマネは当然のように受け流し、ほえ~と間抜けな声を漏らしながらカトールからもらった刀剣をスラリと抜く。
刃渡り50cmの肉厚な両刃の剣で、刀剣としてはやや短めである。
地球ではグラディウスと呼ばれるこの剣は、古代ローマ時代にローマ軍や剣闘士が用いていた事で有名な剣だ。
お古とは言ってもよく手入れされており、未だなおその輝きに鈍りはない。
アマネはありがとうございますと言いながらペコリとお辞儀をした。
カトールはひらひらと手を振ってそれに答え、アマネに微笑む。
「まあ近いとは言っても一応セルトポールから出るんだから、そんな短剣じゃ心許ないでしょ?」
アマネはもう一度深くお辞儀をして感謝を示す。
カトールは気恥ずかしいのか、「ほら行った行った」とアマネを急かし、アマネはありがとうございました!と満面の笑みで言いながらサウスセルトポール城門へと走っていくのだった。
受付嬢カトールは、走り行く少女の背中を見ながらポツリと呟く。
「どうかあの子に双星の女神の御加護があらん事を」
―――――
ゴトリゴトリと馬車が揺れ、舗装されていないボコボコの道を一つの商団が南へ向かう。
太陽は高く昇っており、周りに遮蔽物のない平原には敵影の一つも見当たらない。
商団にとっては願ったり叶ったりではあるのだが、護衛として雇われていた冒険者は当然暇である。
しかし、今日の商団の護衛達は手持ち無沙汰な様子を見せていない。
その原因は一人の少女であった。
「そこで俺がズバッと奴の横っ腹を掻っ捌いたってわけよ!」
「うわあ!凄い凄い!それで!それでどうなったんですか!?」
「それでエイミーの奴があせってどでかい魔法をぶっ放しやがってさ。残りの一体は灰になっちまったんだよ。あれは困ったぜ。報酬を受け取れなくなっちまったからなあ。」
「あ、あれはしょうがないじゃない!最後の一体かどうかもわからなかったんだし!違うわよアマネちゃん。お姉ちゃんがびびって魔法を撃った訳じゃないからね。本当だよ!」
「ふふ、わかってますよ。エイミーさん!皆さんお強くて素敵です!私も皆さんみたいに早く強くなりたいです!」
目をキラキラさせながら尊敬の眼差しを向ける少女。
周りの冒険者は皆満更でもなさそうに照れている。
屈強な男の戦士やローブを着込んだ女の魔導士に囲まれているその少女は、周囲の冒険者に比べ余りに華奢で弱々ししい外見をしているが、冒険者の武勇伝を早く早くとせがんでいた。
そして冒険者達は寄ってたかってこの薄赤髪の少女に自身の武勇伝を語るのだった。
「そういや、お嬢ちゃんはどこ行くんだっけ?」
「私は次のレムの村ですね」
「おお、あそこか。あそこはいいとこだぞ? 何てったって酒がうまい」
「全く。アマネちゃんはお酒まだ飲めないでしょうに」
「おお、そうだったそうだった。まだ嬢ちゃんにゃ早いな。まっ、お酒以外もおいしいもんたくさんあるから楽しみな」
「ありがとうございます!」
年少の者に自身の話をするのが楽しいのか、冒険者の武勇伝はまだまだ続く。
一行の旅は順調に進み、穏やかなままに終わるかと思われた。
しかし、それほど冒険者という仕事は甘くはない。
御者台に乗っていた冒険者が声を上げる。
「敵影十!シルバーファングに囲まれた!」
馬車で休んでいた冒険者はアマネとの談笑を止め、一瞬で戦闘への準備を整え外へと飛び出す。
その間わずか五秒。
これがプロの動き、とアマネは生唾を飲む。
「馬車を止めろ!護衛対象を中心に展開!敵影十!油断するなよ!」
「「おうっ!」」
命を賭した戦いが始まる。




