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VR―04 The Brave Union

遅れてすみません。

サウスセルトポール中央通りに二人の少女の姿があった。

二人揃って右手にはソフトクリーム、左手にはクレープを持ち、二刀流の重装備である。


「さてさて、コフィーさん。」

「はいはい。なんですかアマネさん。」

「私達の目的はなんでしたっけ。」

「それは冒険者組合に行ってアマネさんの身分証をつくる事ですね。」

「今の時刻を教えてくれませんか。」

「今は夕刻の六時ですね。」

「朝詰所から出て何時間ぐらいこの通りにいましたっけ。」

「そうですね。朝は十時ぐらいに出たので八時間ぐらいでしょうか。」


アマネは天を仰ぐ。

空は茜色に染まり、左には半分ほど隠れた太陽が、右には頭が出始めた月が覗いていた。

一番星がキラキラと輝き、これから夜が始まろうとしている事を教えてくれている。


「……。冒険者組合に……行きましょうか。」

「そうですね……。」


少女二人は夜の帳≪とばり≫が下りるなか、とぼとぼと冒険者組合への道を歩いたのだった。



―――――



冒険者組合は二十四時間営業である。

もう辺りは薄暗く帰路につく者がほとんどであるが、冒険者組合周辺はまだまだ終われないとばかりに灯りを爛々と輝かせている。

居酒屋と思しき店からは馬鹿笑いや怒声、悲鳴など、誰かともわからないような大声が渦を巻いて周囲に響き渡らせていた。


そんな渦の中心にセルトポール支部冒険者組合が鎮座している。

周囲の建物と比べて一際大きく、『鎮座』という言葉に相応しく荘厳な趣を感じさせており、さながら台風の目であるかのように周囲に比べて静寂を纏っている。


「思ったより立派ですね。」

「そうですね。セルトポール支部は本部の次に大きいのでこれほど大きい支部は他にはないと思いますよ。」

「こういう所には入り慣れていないので緊張します。」

「ふふ、大丈夫ですよ。すぐに慣れます。」


二人は観音開きの扉を開け、中へと入っていく。

アマネは外見に圧倒されてビクビクしながら扉を通り抜けた。


「「「「「いらっしゃいませ!」」」」」


複数の人間の声が二人を出迎えた。

もっと無愛想な感じだと思っていたためアマネはあたふたした後、なぜかペコペコとお辞儀をする。

それを見たカウンターの奥にいる従業員達はクスクス笑い、他の冒険者も微笑ましそうに見ている。

アマネは耳まで真っ赤になりながら肩を縮ませてどんどん先へ行くコフィーに慌てて着いていった。


コフィーは手招きする猫の獣人――獣耳と尻尾が付いている人間に近い人種――の女性のカウンターへ向かった。


「お久し振りです。カトールさん。」

「お久し振り、コフィー。今日はどういった御用件かしら?」

「ここにいらっしゃるアマネさんの冒険者登録をしようと思っていまして。」

「あらあら、後ろの可愛らしい子の?」


カトールは未だに顔が赤いアマネに視線を向ける。

そこで何故かカトールの眼が妖しく光った。それはまさしく獣の眼光。獲物を見つけた時の肉食獣のようであった。

アマネは背筋にゾクリと寒気を感じ、慌ててコフィーの後ろに隠れる。


アマネがコフィーの後ろから顔を少しだけ出しているのを見たカトールは、手を口にあてて「あらあら。」と言って楽しそうに微笑み、話を続けた。


「じゃあアマネちゃんでしたっけ?ここに必要事項を記入してくれないかしら。わからないところは未記入でも構わないわ。」


カトールはそういって羽ペンと地球と比べて遥かに質の悪そうな紙を渡した。

アマネは物珍しそうに紙を受け取り、内容を読み取る。

ここでアマネはある重大な事実に今更ながら気がついた。


(そういえば私全く知らない言語読めるし喋れるんだけど。あまりに自然に使ってたから気付かなかったよ。これも女神様の言う『便宜』なんだろうか。これは凄くありがたい。私あんまし賢くないから覚えるとなったら絶対数年かかっただろうなあ。)


アマネは心の中で白黒女神に感謝の念を送った。

昼食や街の看板で普通気づくのだが、アマネにそんな事は要求してはいけない。基本的にアホの子なのだから。


アマネが急に黙りこんでしまったので、カトールは伺うように補足した。


「もしかして文字読めなかったかしら?代筆してあげれるけどどうする?」

「い、いえ。書けますので大丈夫です。」


アマネは慌てて羽ペンをとって書き込みはじめる。

といっても名前と年齢、職業ぐらいしか書けないのだが。

そこでちらりと職業を見たカトールが口を挟んだ。


「召喚武具士なら契約した精霊も書いといてほしいわ。」

「契約した精霊?」

「そう、契約した精霊。」

「……。」

「……。」

「……。」

「もしかして……契約していない?」


カトールが訝しげに問いかけ、ドキリとアマネの心臓が跳ね上がる。

召喚武具士など聞いた事もやった事もないのだ。

契約した精霊なんていないし、ましてや必要である事さえ知らない。

もしアマネがゲームを起動する前に説明書を読んでおけば少しはマシな返答ができたであろうが、そんな事は後の祭りだ。

アマネが急に目を泳がせてきょろきょろしたり髪を無駄にいじりだしたりして落ち着きがなくなったのを見て、カトールはだいたい察したのか、短く溜め息を吐くと口を開いた。


「じゃあ今のあなたは召喚武具士だけど腰の小さな短剣しか使えない、という事かしら?」

「は、はい……。すみません。」


しょんぼりと肩を落としたアマネをカトールはちらりと一瞥し、目を閉じて少し考えこんだ後、ピッと人差し指を立ててアマネに提案した。


「一つ条件があるけれど、私が知り合いの召喚武具士を紹介してあげてもいいわ。」

「本当ですか!?」

「ええ。でも条件があると言ったでしょ。」

「そ、その条件とは一体何でしょうか?」


カトールはニヤリと不敵に笑う。

どこかの全身が白い女神のようだ。

アマネは一体どんな無理難題を押し付けられるのだろうと、生唾をゴクリと飲み込んだ。


「これから一ヶ月、私の着せ替え人形になってもらうわ。」

「…………へ?」


アマネは予想外すぎて思考が停止、コフィーはやれやれと肩を竦めた。


「カトールさん。まだそれやめてなかったんですか?」

「そりゃそうよ。私の趣味なんですから。それにこんな逸材そうそういないわ。誘拐してでも私の着せ替え人形にしてたかも知れないかしら。」


フフフフフ、と悪役のような笑みを浮かべるカトール。

ようやく話を呑み込んだアマネは再びコフィーの背中に隠れてガタガタと震えている。

一体どんな辱しめを受けるというのだろうか。絶対あんな事やこんな事をされるに違いない。

アマネは想像してさらに顔を青くして、震える肩を抱いた。

そんなアマネの様子を憐憫の目で見たコフィーはアマネの頭を撫でて落ち着かせた後、口を開いた。


「アマネさん。カトールさんはこんな趣味を持っていますが基本的にいい人ではあります。決して悪い様にはしないと思います。私はカトールさんの話に乗るべきだと思いますよ。」


「ちょっと!こんな性格ってどういう事かしら!」と、後ろでわめく人物は置いといて、アマネはコフィーの意見に思考を巡らせる。

確かに普通に考えれば破格の条件だ。

しかしそれはあくまで『普通は』であってアマネの場合は少し違う。

アマネは元日本人男性なのだ。

もし一ヶ月もの間着せ替え人形になってしまったらその後どうなってしまうか想像に難くない。

おそらく男性としての誇りはズタボロになり羞恥でしばらく外出できなくなってしまうだろう。

ぐぬぬ、とアマネは眉間に皺を寄せながら唸る。

アマネが逡巡しているのを見て、コフィーはさらに付け加えた。


「それにアマネさん今のままではきっとこれから生きていけないですよ。か弱い乙女のままです。」


これが決定打となった。

特に『か弱い乙女』の部分である。

アマネは苦虫を噛み潰したような顔で渋々頷いた。


「くっ……。わかりました。やりましょう。」

「フフフ、契約成立ね。」


《命の漂流者》アマネ、異世界生活最初の職業は着せ替え人形に決定。



話が一段落すると、カトールはパンッと手を鳴らして先程のおちゃらけた様子とは打ってかわって口を真一文字に結んで真面目なな表情に変わった。

仕事モードといったところだろうか。


「さて、では真面目な話をしようかしら。」


どうもふざける空気ではなさそうだと、アマネも思わず背筋を伸ばし、聞く態勢に入る。

カトールはそんなアマネに淡々と告げた。


「アマネちゃん。冒険者活動はやめときなさい。」

「えっ!?で、でも……。」

「言い方が悪かったわね。冒険者登録はしてもいいわ。でも冒険者活動はやめときなさいという事よ。召喚武具士には他にももっといい仕事がたくさんある。あなたには荷が重すぎるわ。」

「そ、それはどういう……。」


意味ですか、とアマネが言葉を続けようとした瞬間、カトールの視線が鋭くなる。殺気といってもいいのかもしれない。

アマネの背筋が凍り、顔が強張る。


「あなた、冒険者稼業を嘗めているんじゃないかしら。冒険者は体を売る職業よ。そんな生半可な実力で本当に生きていけるとでも思っているのかしら。この際だから言っとくわ。カウンター越しであってもあなた程度、私でも5秒で殺せるわ。」


カトールの殺気が一段と強くなり、アマネの膝はガクガクと震え、涙が目から止めどなく流れて歯の根が合わなくなる。

腰が砕けたアマネを冷めた目で一瞥し、カトールは溜め息を吐いた。


「これは警告であって強制じゃないわ。あなたの人生なんだから、あなたが自分でよく考えなさい。とりあえず冒険者登録だけして、明日あなたの答えを聞かせてちょうだい。」



―――――



「はぁ~~~~。」

「大丈夫ですよ、アマネさん。これは冒険者なら誰しもが通る道だと聞いた事があります。」

「それはそうかもしれないですけど。そうかもしれないんですけどね……。」


街灯が照らす中央通りに二人の少女の姿がある。

一人は首を項垂れ大きな溜め息を吐く薄赤髪の童顔の少女アマネ。

もう一人はそんなアマネを元気づけようとしている黒紫髪の少女コフィーである。


二人は先程ギルドでの事を話していた。

猫の獣人カトールの警告は、アマネにとって衝撃であると同時に納得もしていた。


アマネは命を賭ける事とは無縁の元日本人だ。

体を売る冒険者稼業といっても明確には想像する事はできない。

心のどこかでまあなんとかなるだろうという甘い考えを拭いきれないでいる。

その弱さを看破し自分には荷が重すぎると評したのだろう、とアマネは推測し、そんな自分が情けない、と肩を落とす。


「ま、まあ今日は宿屋に泊まってよく寝てください。考えもまとまるかもしれないですし。」

「そう……ですね。」


その後コフィーは心配そうに何度もアマネに話しかけたが、アマネが立ち直る事はなく落ち込んだまま宿屋の近くでコフィーと別れる事になったのだった。



コフィーと別れた後、アマネは項垂れながらも歩き続け、目的地に到着した。

宿屋『エリージェ亭』――カトールに紹介された宿屋であり、風呂がついていて、女性に人気の宿屋だ。

外観はごく普通のログハウスであるが、花壇の花もよく手入れされていて、質素ながらも清潔感が伺える。

なるほど女性に人気があるわけだ、とアマネは一人ごちた。


中に入ると扉についていたベルが鳴り、パタパタとスリッパで足音を鳴らして若い女性の店員が近付いてきた。


「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか。」

「はい。とりあえず一泊お願いします。」

「かしこまりました。一泊ですので8000ギルになりますがよろしいでしょうか。」


今更ではあるが、通貨価値はだいたい1円=1ギルである。

また、硬貨は1ギル硬貨、10ギル硬貨、100ギル硬貨とあり、1000ギルからは紙幣となっている。

紙幣を用いている事はそれだけこの国が成熟している事にもあるが、この世界に魔法が存在する事にも大きく関係している。


この世界では紙幣の偽造が地球に比べ極めて難しい。

紙幣に付与されているのは固有化魔法。

この魔法が付与された物はある特定の魔力波形を帯びるようになり固有化する事ができる。

固有化されたものはこの世で一つだけのものになり、偽造はほぼ不可能になるのだ。


閑話休題それはともかく

この宿の一泊8000ギルというのは、現代日本でいうと少し安めの宿といったところであり、もう少し高いと思っていたアマネはいい意味で裏切られ、快く首肯した。


「御食事は今日の晩、それに翌日の朝の分を用意させていただきます。一階レストランにて係員にお申し付けください。大浴場の解放は朝6時から夜11時までとなっておりますのでお気をつけください。お客様のお部屋は302号室になります。あちらの階段から三階におあがりください。何かご質問はありますでしょうか。」

「いえ、大丈夫です。」


予想以上にサービスが行き届いている事に驚きを隠せないアマネ。

思った以上にこの世界は発展しているようだ、とこの世界の文化レベルを改めた。

実を言うとこれもまた神々の『異世界交流』のおかげなのだが、被害者のアマネにはそんなことは知りもしない。


アマネは早速三階に上がり荷物だけを置いて食事のために一階に下りた。

係員に食事の用意をお願いして空いている席に座り、これまた予想外な程おいしい食事に舌鼓をうち、おとなしく今日は寝ようとアマネは自室に戻った。


自室にはベットが一つとドレッサーが一つ、それに窓際に小さめなテーブルと椅子がある。

アマネはベットに腰掛け、改めて女となった自分の体を確認する。

髪は髪色に合わせた赤色の紐で纏めてはいるが腰まで届きそうで絹糸のようにさらさらとしている。

肌も女性特有の白くて柔らかいきめ細やかな肌で、体型も少し丸みを帯びている。

どこもかしこも自分が女性である事を主張していた。

まあ胸はほとんど主張していないのだが。


(本当に女になっちゃったんだなあ。)


しみじみと自身の状況を確認したアマネ。

そして1日しかたっていないのに妙に濃かった異世界生活に思いを馳せる。


(今日は本当に色々な事があったよ。)


とにかく真面目でお堅いが心の優しい青年キャストール。

初対面の人にはおどおどとしているが仲良くなると意外とお喋りなコフィー。

自分の仕事に誇りをもつ気の良さそうな男ウィーポ。

可愛い子の着せ替えを趣味としていて一見おちゃらけているが冒険者という仕事を熟知している優秀な受付嬢カトール。

見たことがない種族の人々や見たことがないファンタジーな街並み。

夢にまで見た現実が今目の前にある。

それだけでアマネの心は踊り、自然と口が緩む。

しかし一抹の不安や心配は拭いきれない。


これは私の夢じゃないだろうか。

私はここで生きていけるのだろうか。


はぁ……と思わず溜め息が漏れ、アマネは慌てて口を押さえた。

こんなんじゃダメだとぶんぶんと首を振って悪い方向に行く思考を止め、ベットに横になる。

そしてぽつりと一言。


「どうかこれが私の夢ではありませんように……。」


アマネの独り言は誰もいない部屋にやけに大きく響いた。

猫→cat→カトール


これから毎日更新は無理そうです。

遅筆ですみません。できるだけ早めに更新しますのでこれからもどうかよろしくお願いします。

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