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VR―03 The Same Province As Me

ちょいと短めです。

アルリカ王国、国境都市セルトポールは所謂放射状都市である。

中心にはセルトポールを代表するセルトポール大聖堂が聳≪そび≫え建ち、そこからノウスセルトポール、サウスセルトポール、ウェストセルトポール、イーストセルトポールの東西南北にわかれた区画へ放射状に道がのびている。


東西南北の区画はそれぞれ異なる役割を持っている。


北のノウスセルトポールは、同盟国であるカナド帝国との国境に面しているためか、カナド帝国の大商人、貴族などのための高級宿屋や高級料理店などの、庶民が見たら卒倒してしまうほど値段に0がついているような店が建ち並んでいる。

当然、そこ周辺に住むには桁が二つほど多くても気にならないほどの富豪でなければならず、高級住宅街となっている。

国境のため兵士も多く巡回しているため治安も良く、清掃員なども雇われているためゴミ一つ落ちていない綺麗な街としても有名である。


西のウェストセルトポールは、大河川ミシルーピ川に面しているため古くから住民が住んでおり、セルトポールの住民の約4割がここに住んでいる。

また、ミシルーピ川は流れが緩やかで川幅も広いため運河として利用されており、下流にある港町チルクエ・テットとの交易が行われている。


東のイーストセルトポールは、新しい住人達によってできたニュータウンと呼ばれる街である。

引退した冒険者や他の街や他国から来た人達がセルトポールに移り住み、次々と家を建てたのがこの区画だ。

現在も続々と住民は増えており、子供がいる新家庭が多いため学校や公園などの施設がある。


南のサウスセルトポールは、所謂商業地区である。

南の城門から多くの人が行き交い、城門から続くメインストリートであるサウスセルトポール中央通りは朝から夜まで四六時中賑わっている。

『なんでも手に入る道』と呼ばれるほど店の種類が豊富であり、その名の通り金さえ積めばほぼなんでも手に入れる事ができる。

冒険者組合もここ、サウスセルトポールにあり、通りを行き交う人々の中には防具をつけた冒険者達も多く見受けられる。

そのため居酒屋や宿泊費が安い宿屋などの冒険者のための施設が豊富で、冒険者にとって大変住みやすい地区となっている。



―――――



アマネはコフィーにセルトポールについて説明してもらいながら、サウスセルトポール中央通りをぶらぶらと歩いていた。


日はすでに高く上り時刻は昼をまわっていた。

中央に行くにつれ通りを歩く人々は段々と増えていき、周りは人で溢れ帰っている。

それは元日本人都会暮らしのアマネであっても目眩がするほどであり、録に周囲を見回せない。


「人、すごく多いですね。いつもこうなんですか?」

「いえ。いつもはここまでではないですよ。昨日からここセルトポールは『労働者の週』というお祭りのようなものが開催されてまして、今週一杯まで続くんですよ。」

「『労働者の週』ですか。」

「いつも働いている人のための一週間という意味ですね。家畜の品評会や芸術展、料理ショーなどのイベントが催されていて楽しいですよ。アマネさんも今度私と行きませんか?」

「はい!ぜひ行きたいです!」


アマネとコフィーはお互いに自然と笑顔になり、楽しそうに会話をする。

その時だけは、普段大人びている二人も仲の良い年頃の少女のようであった。


会話を続けながら歩いていると、何やらタレの香ばしい香りが漂ってくる。

そこでアマネは朝から何も食べていない事に気づく。

それだけ私も不安だったのか、と苦笑していると、くぅー、と可愛らしい音を腹の虫が鳴らす。

アマネの頬は紅潮しお腹を慌てて押さえてちらりとコフィーの様子を伺った。

コフィーは少し目をぱちくりさせたものの、すぐに満面の笑みに変わり、アマネに若干興奮気味でまくしたてた。


「お腹が空いたんですね、アマネさん!それなら早く言ってくださいよ!私オススメのレストランがあるんですから!」

「は、はい。」


コフィーは満足そうに頷くと、アマネの手を取りずんずんと道を進んでいく。

幾らか冷静になったのか、ここでアマネはようやく年頃の女性と手を繋いでいる事に気づいた。


(わ、私はなんて大胆な事を!というか確か何回か私から手を繋ぎにいっていたような気がする!ああ、思い出しただけで恥ずかしい!男だった時は恥ずかしくてそんな事全然できなかったのに!女になったせいで精神が体に引っ張られたのかな。)


アマネは耳まで真っ赤になりながらコフィーに連れられていく。

その様子はさながら、恥ずかしがり屋の妹とそんな妹の手を引く姉のようであり、周りの住民は暖かい視線を彼女らに送っていたのだった。



数分手を繋ぎながら歩くと、目的地に着いたのかコフィーが突然立ち止まった。

アマネはそのままコフィーの背中にぶつかり、鼻を強打。

「っ~~~~~!」と声なき呻き声をあげ、赤くなった鼻を抑えながらコフィーに抗議の目線を送った。


「ご、ごごごごめんなさい!だ、大丈夫ですか?すみません!私が不注意なばかりにアマネさんに怪我を!慰謝料は幾らでしょうか?一万ギルですか?二万ギルですか?ああ、それとも十万ギルでしょうか!?私の今月の給料を待っていただければ払う事はできますのでどうかそれまではご容赦を!」

「いやいやいやいやいや!待って待って!払わなくていいですから!鼻ぶつけただけですから!そんなに深刻な問題じゃないですから!!」


コフィーは、本当に?とでも言いたげに上目遣いでアマネに視線を送るので、アマネはブンブンと勢いよく首を縦に振る。

するとコフィーは明らかにホッと胸を撫で下ろした様子を見せた。


「アマネさんが優しい方で良かったです。十万ギル払ってしまうと来月生きていけるかわからなかったんですよ。」


と、良い笑顔でアマネに返すコフィー。

そんなコフィーを見て、アマネは決意した。

もう二度とこの子に謝らせるような事は催促しまい、と。

でなければこの子は命さえ簡単に対価で出しそうだ、と。

アマネの背中には今だかつてないほど大量の冷や汗をかいていた。


「そ、それはそうとコフィーさん。おすすめのレストランに着いたんですよね?」

「そうでした!こちらが私おすすめ、レストラン『ストラーダ』です!」


コフィーは胸を張って指をさす。

そこには、瓦葺屋根、漆喰の壁、鉢に植えられた盆栽、どうみても日本家屋な平屋の家があった。


「に、日本家屋……。」


アマネの口は思わずヒクつく。

周りの家々がきっちりファンタジー世界を体現しているにも関わらず清々しい程に妄想をぶち壊すその建造物はあまりに異質。

あたかもそこだけ別世界を切り取ってきたかのようである。


「さあさあ、入りましょう!」


コフィーはアマネの背を押して、日本家屋のレストラン『ストラーダ』へと案内するのだった。



―――――



着物を着こなす女性の店員――ご丁寧に東洋人のような顔立ちをした美しい黒髪の女性であり、まさに大和撫子と言える――に二人は茶室のような部屋に案内された。


「ここ、おもしろいですよね。靴を脱いだり、地べたに座ったり、全く知らない料理が出たり、何もかもが新鮮で今若い子に大変人気なお店なんですよ。」


確かに畳のイグサの香りは心地よく、障子の隙間から覗く日本庭園風の庭は大変風流でアマネの郷愁を刺激する。

しかし、しかしながらである。

アマネは渡されたメニューを開く。

『スパゲッティ』『カレー』『ハンバーグ』『ピザ』……。

メニューをそっと閉じた。

ふぅーーーっと長いため息をつきながらアマネはこめかみを押さえる。


(おそらくこれは私と同じ『命の漂流者』の仕業だろう。わかるよ。すごくわかる。故郷の味は忘れられないし、食べたいよね。でもさあ、拘るのなら最後まで頑張ろうよ。何で一番肝心な所を諦めちゃうかなあ。せめて和食に留まろうよ。『カレー』とか『ハンバーグ』とか食べたいのはわかるよ。でも建物をここまで完成させたら料理もちゃんとしないと風流もへったくれもないよ。一発で台無しだよ。)


思わず心の中でおそらくいるであろう同郷の者に悪態を吐く。

そんな事は知りもしないコフィーは、店員を呼び早速注文をしようとしていた。

アマネはせめて和食にしようと『天ぷら』を選択。

対するコフィーは『オムライス』をチョイスした。


「ここの『オムライス』っていうお料理、すごく美味しいんですよ。中のチキンライス?っていうのと卵が絶妙にマッチしてて、美味しすぎてほっぺたが落ちちゃう程なんです。」

「ソ、ソウナンデスカー」


表情を取り繕うために棒読みをするしかないアマネ。

なぜか棒読みのアマネに対してコフィーの頭の上にはハテナマークが浮かんでいたが、全く知らない料理や建物を前にして緊張しているのだろうと都合の良い勘違いをして納得した。


しばらくアマネはコフィーと視線があわないようにきょろきょろと目を泳がせていると、すーっと息をひくような音で襖が開いた。


「お待たせしました。『天ぷら』と『オムライス』でございます。」


和服美人が盆に『天ぷら』と『オムライス』を乗せて運んでいる光景は筆舌に尽くしがたく、さらに和服美人の動きが無駄に洗練されているばかりにシュールさがさらに際立っていた。


店員は中央の卓袱台に『天ぷら』と『オムライス』をそれぞれ配膳し、一礼してから退出していった。

その一連の動作をコフィーは尊敬の眼差しで見送る。


「かっこいいですよね!『ストラーダ』の店員さんの動きはこう背筋がピンと伸びていると言いますか、全てが洗練されていると言いますか。なんというかとにかく憧れちゃいますよねえ。」

「ソ、ソウデスネー。」


これまた棒読みで返すアマネ。

その動きが余計にシュールでした、とか死んでも言えない。


食器はしっかりと箸が用意されていて、コフィーも違和感なく使えている様子。

なぜ使えるのか、とアマネはそれとなくコフィーに聞いてみると、なんでもかなり昔からある食器なんだとか。

これまた過去の『命の漂流者』のせいであろうか、とアマネは当りをつける事にした。


食事はコフィーが自慢するだけありかなりおいしく、日本の食事にも引けを取らない程である。

二人は食事に舌鼓を打ちながら、他愛のない事を話したりして、昼食を堪能した。


さて問題は会計である。

コフィーは自分がどちらの分も払うと主張しているのだ。

幸い女神の『便宜』により一ヵ月ほどは暮らせるお金を持ち歩いているアマネは、中身が男である事もあって自分が払いたい。

しかしそんな事も言えるはずがないので、アマネはこう主張する。


「コフィーさんは私の監視役兼案内役であるんですし、私の分を払う必要なんてありませんよ。」


しかし、コフィーは一向に首を縦に振らない。

それではコフィーの立場に立ってみよう。

自分は監視役兼案内役ではあるが、相手の見た目は身長150cm、童顔の少女。

18歳であるコフィーは姉妹で言えばまず確実に姉であろう。

年下に払わせてしまうのは忍びない。

そしてこの場も自分が案内したレストランである。

よってコフィーはこう主張する。


「お姉さんである私が払いますよ。」


決してお姉さんと言いたかっただけではない。

コフィーは少し誇らしげで胸を張っているが、ないはずである……多分。


結局コフィーは首を縦に振らず、推されると弱い日本人であったアマネが折れた。

アマネの心の中の男性の誇りはもうズタズタである。

男性の象徴と共に宇宙の藻屑となったのだ。

元々そんな物なかっただろ、とは言ってはいけない。


そして二人はレストラン『ストラーダ』を後にして、遂に目的地は冒険者組合……


「次はどこに行きましょうか。アマネさん。」

「そうですね。次は……。」


とはならなかった。

彼女らはもはや本来の目的を覚えていない。

少女二人の観光はもうしばらく続くのだった。

ミシシッピ川→ミシルーピ川

道→strada(イタリア語)→ストラーダ


日本家屋なのにイタリア語とはこれ如何に。

次話から更新遅れます。申し訳ございません。

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