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VR―02 Dream Come ……

アルリカ王国最北端、北の同盟国カナド帝国との国境に位置する都市――セルトポールの南の城門に一人の少女がフラフラと近づいてきた。

足取りは覚束なく、今にも倒れそうである。


薄赤色の髪をサイドで纏めて肩から流しており容姿は整ってはいるのだが現在は目に光が宿っておらず、表情に意志を感じとれない。

革鎧を纏っており腰に小振りな短剣を差しいる。

それは――もしアマネが見ていたなら、初期装備ですね、わかります、と言っていたに違いない――駆け出し冒険者のよくする格好であった。


サウスセルトポール城門、熟練警備兵のキャスティーロはその少女の接近に警戒していた。

ここは同盟国との国境であり、ましてや本国からの襲撃などないはずであるが警戒するに越した事はない。

魔物が化けている可能性もあるのだ。


キャスティーロは仲間の兵士と共に少女がどのような行動をとってもいいように装備を整えて待つ。

ふらりふらりと少女はこちらに近づき……。


薄暮の空、橙と青のグラデーションに照らされて少女は城門から約10mほどの所で操り人形の糸が切れるように倒れた。

少女は倒れ伏したまま死んだようにピクリとも動かなかった。



―――――



パチパチと薪が燃える音だけが響いている。

藁にシーツを敷いただけの簡素なベッドの上で少女アマネは目を覚ました。


「こ、ここは……。」


見慣れない部屋。二人の女神と別れてからの記憶がないアマネはゆっくりと起き上がる。


「ようやく起きたか。」


答えたのは大柄な男、焦げ茶色の髪を短めに切り揃え、胸に鷲を象ったエンブレムが刻まれている所謂プレートアーマーと呼ばれる物を着込み、木でできた丸椅子に座っている。

口調はぶっきらぼうであるが、どこか心配の念を感じられた。


「ここはサウスセルトポール城門の詰所だ。」

「サウスセルトポール?」

「ああ。城門前で倒れたのでここに運ばせてもらった。事情も訊かずに街に入れる事はできないからな。」


アマネはここまでの記憶が全くないがどうやら助けられたらしいと理解する。

しかし、事情を説明しようにも説明できない。

アマネが頭を抱えているのを混乱していると勘違いしたのか、大柄な男は口を開いた。


「今は疲労して頭が働かないだろう。事情聴取は明日の朝行う。」

「わかりました。僕……いえ、私はアマネと言います。よろしければお名前を伺ってもいいでしょうか。」

「すまない、名乗っていなかったな。サウスセルトポール城門警備兵のキャスティーロだ。」

「キャスティーロさんですね。何から何までありがとうございます。」

「……。気にするな。」


キャスティーロは顔をすぐに逸らすと足早に部屋から出ていった。

アマネは、彼はツンデレなのだろうか、と大変失礼な事を内心思いながら彼を見送った。


足音が遠ざかっていくのを確認した後、アマネはこれからの事を思い浮かべる。


(どうやら僕……いやいや私だな。私。これからはこの体なんだから私でいかないと。私は現在警備兵さん、つまり前の世界の警察にお世話になってるって事かな。話によると目の前で倒れたらしいけど、あの姉妹が連れてきたって事だよね。まあ森の中に取り残されるとかよりは幾分マシだけどね。服装もジャージからそれっぽい革鎧に変わってる。初期装備ってことかな。いろいろ便宜を図るって言ってたしこれもその一つか。と言うことは持ち物もあったりするって事だね。でもあったとしても回収されてるかも。)


アマネはしばらく頭を整理していたが、これ以上は明日以降にならないとわからないな、と思い直し、先程の警備兵、キャスティーロの言う通り眠る事にしたのだった。



―――――



少年は夢を見る。


それは、魔法がありドラゴンがいる事が当たり前の世界。

少年はいつだって自由で、信頼する仲間と共に冒険する。

ある時は地面から火を吹く灼熱の地を。

またある時は氷に閉ざされ全ての時を止める地を。


冒険は終わらない。

少年が止めない限り。


歩みは止まらない。

少年が諦めない限り。


空に浮かぶ雲のように、少年は自由だった。



でも……。


そんな夢も必ず終わりを告げる。

それは幻想だから。現実ではないから。



ああ……。ほら、夢から覚めてしまった。


現実は、時間と人に縛られるのが当たり前の世界。

少年はいつだって窮屈で、信頼できない友と共に今日も自分を演じる。



なんて……。


なんて現実って……。


つまらないんだろう。



―――――



薄赤色の髪の少女アマネは、どこか自信無さげでおどおどした女性の声によって眠りから覚めた。


「あ、あの。朝なんで、起きて下さると、嬉しいんですが。」

「うぅん……。もう朝ですか?」

「は、はい。キャスティーロさんから起こしてこいと言われまして。あっ、わ、私の名前はコフィーです。」

「そうですか。ありがとうございます、コフィーさん。」

「い、いえ。」


コフィー――黒みがかった紫色の髪をポニーテールにしており、愛嬌のある顔をしている――は、アマネの顔を見ると、少し戸惑いながら続けた。


「あ、あの、何か悲しい事でもあったのですか?」

「え?」

「アマネさん、今泣かれていますよね?か、悲しい事でもあったのかと思って。」


アマネは頬を拭う。確かに濡れていた。

原因は昨晩見た夢しかないだろう。

アマネがまだ男で、もっと小さかった頃の夢。

現実と夢の境が曖昧だった頃の話。


「ちょっと小さかった頃の事を思い出しちゃったようです。」


アマネは小さく微笑む。

コフィーは、アマネの儚げな、触れたら壊れてしまう繊細なガラス細工のような美しさに少し見惚れながらも、何か意を決したかのように表情を引き締め、こう続けた。


「あ、あの!私では力不足だと思いますが、何かお悩みのようでしたら、いつでも私に相談してください!アマネさんの力になりたいので!」

「あ、ありがとうございます。」


コフィーの何時になく力強い発言にアマネは若干気圧されながらも返答する。

コフィーは満足そうに頷くと、アマネに、準備ができましたらお呼び下さい、と言い残して部屋から出ていった。


(いい……人……なのかな……?)


アマネは短くため息を吐くと、意識を切り替えこれから行われるであろう事情聴取について思考する。

女神に連れてこられたなどと言うと確実に怪しまれるだろう。

ならば言い訳を考えなければならない。


「取り敢えず、正直にここまでの記憶が無いとは答えようかな。キャスティーロさんやコフィーさんもいい人そうだからちょっと申し訳ない気がするけど少し嘘も吐かないとね。」


アマネはとりあえず身だしなみを整え――といっても革鎧を着て髪も結んだまま寝ていたので寝癖を少しなおすぐらいであったが――コフィーを呼び、部屋を後にした。


アマネがいた部屋はどうやら二階に位置するようで、本来は警備兵が泊まるための簡易休憩室のような部屋であった。

コフィーに連れられ、一階に下りると一つの部屋に入る。

中は中央に机や椅子以外の物は置いておらず、大変簡素な部屋だった。


椅子に座るよう促され少し待っていると二人の男が入ってきた。

一人はアマネも知るキャスティーロで、もう一人はまだ顔にあどけなさが残る黒髪の青年であった。

黒髪の青年は紙と羽ペンを手に持っている。

おそらく記録係なのだろう。


「待たせたな。これから事情聴取を始めようと思う。」


二人はアマネの対面の椅子に座る。

コフィーは扉の前で見張りをするようだ。


「まず最初にアマネ殿、見たところ冒険者のようであるが、貴女はどこの出身でどこから来たか教えてくれないか。」

「……。すみません。一つも覚えていないもので。」

「そうか……。記憶喪失なのか……。」


いきなりそこから来たか、とアマネは冷や汗をかいたが、キャスティーロは少し訝しんだものの、城門に来た時のアマネの状態から何か相当ショッキングな事があったのだろうと納得した。

それだけ昨日のアマネの様子はおかしかったのだ。


「では覚えている事だけでも教えてくれないか。」

「正直、名前と年齢、職業ぐらいしか覚えていないんです。」

「ふむ。続けてくれ。」

「名前はアマネ。歳は14歳。職業は召喚武具士です。」

「召喚武具士か。ここらではあまり見ない職業だな。南の共和国では結構いるらしいが……。」


キャスティーロは腕を組み、ぶつぶつと独り言を呟いたあと、アマネに視線を真っ直ぐ合わせて、口を開いた。


「見たところ悪人には見えないが、しばらくの間監視をつけさせてもらう。持ち物は返しておこう。入城税の300ギルはあらかじめそこからとらせてもらった。身分証明書も持っていないようだが冒険者組合で作ってもらうといい。もしかしたら既に登録しているかもしれないがな。」


そう言ってキャスティーロは大きめの麻袋を手渡した。

中には小振りの短剣と幾らかのお金が入った巾着袋、動物の革でできた水筒が入っていた。

これらが持ち物、つまり女神のいう『便宜』というやつであろう。


「監査はコフィーに頼もうと思っている。何かあれば彼女に聞くといい。」


そう言い残してキャスティーロと黒髪の青年は部屋から出ていった。

コフィーは出ていった二人と入れ違いにアマネに近付いた。


「アマネさん。これからしばらくよろしくお願いします。」

「はい。よろしくお願いします。」


コフィーは少し恥ずかしげに微笑む。

その笑顔は可愛らしく、アマネも思わず釣られて笑みになる。


早速ではあったが、アマネは先程から気になっていた事をコフィーに尋ねる事にした。


「夢の話は聞かなくていいんですか?」


そう、昨晩見た夢である。

アマネは小さい頃の夢と発言したのだ。

必ず訊かれると覚悟していたにも関わらず、事情聴取では訊かれなかった。

するとコフィーは少し困ったような顔をした後、口を開いた。


「何があったかはわかりませんが、悲しい事があった事はわかりましたので黙っていました。アマネさんは悪い人には見えないので。警備兵としては失格なんですけどね。」

「コフィーさん……ありがとうございます。」


アマネはコフィーの優しさに感謝した。

ここで根掘り葉掘り聞かれたらいつかボロが出る。

するとたちまち怪しいと判断され捕まってしまうだろう。

コフィーはアマネが頭を下げようとしているのを慌てて制し、話を変えようと口を開いた。


「ではアマネさん。まずは冒険者組合に行きましょう。とりあえず身分証明書を作らなければならないので。」

「そうですね。では行きましょうか。」


二人は個室を出て、詰所の事務机で作業していたキャスティーロに挨拶をしてから詰所を後にした。



サウスセルトポール城門警備兵団の詰所は城門の傍に建てられている。

時刻は朝と昼のちょうど中間あたり、城門にはどっしりとした馬が轢く馬車に乗る商人や、革鎧などの防具を着込み腰に大小様々な武器を差す冒険者達が行き交っている。

警備兵達は朝から城門を通るたくさんの人々に忙しそうに対応している。


アマネはコフィーと共に詰所から外に出ると午前特有の活気づく街の喧騒にあてられた。

城門から広めの舗装された道路が街の中央へ真っ直ぐのびており、道路に沿って店が何軒も連なっている。

道具屋、服屋、武器屋、防具屋、雑貨屋、薬屋などなど様々な店が軒を連ね、行き交う人々の呼び込みや開店準備に勤しんでいる。


種族入り乱れた住民の顔はみな笑顔が多く、この街の生活に満足している様子が伺われる。

天気は街の人々の明るさに影響されたかのように雲一つない快晴で、アマネの頬も知らず知らずのうちに緩んでいた。


アマネがまるでおのぼりさんのようにキョロキョロと見てまわっているのをコフィーは微笑ましそうに見る。


「あの、少し観光しながら冒険者組合へいきますか?まだ時間はありますし。」

「いいんですか!ありがとうございます!」


アマネは嬉しそうにコフィーの手をとり、早速近くの武器屋さんに向かった。

普段奥手のアマネには考えられないほど大胆な行動である。


武器屋の店員は身長150cmしかないアマネよりも小さいが、アマネの太ももぐらいの腕で胸まである立派な髭を持つ所謂ドワーフと呼ばれる種族の男で、店前で体より大きい箒を用いて掃除をしている。


「おお、コフィーちゃんじゃないか。今日はどうしたんだ。仕事は休みか?」

「い、いえ、彼女の案内役をしているんです。」

「そっちの嬢ちゃんか?えらい別嬪さんじゃねえか。」


アマネは夢にまで見た様々な武器が目の前に並んでいるのを見て歓喜に酔いしれ、ドワーフの男が『別嬪さん』『嬢ちゃん』などと中身が男であるアマネにとって頬が引き攣るようなワードが出てきている事に気がつかない。


「アマネさん。こちらは武器屋『エルドア』の店主ウィーポさんです。ウィーポさん、彼女は昨日ここに来られたアマネさんです。」

「よろしくお願いします、ウィーポさん。」

「おう!よろしく頼む!」


ウィーポは立派な髭に埋もれた口で人懐こそうな笑みを作った。

一通り武器を見たアマネの興味はウィーポとの会話を皮切りに、自身の存在がファンタジーであるウィーポに移った。

アマネはじぃーっとウィーポを観察する。

ウィーポは先程まで興味津々に武器を見ていた女性が今度は自身を同じように見ていると気づいて、身長に似合わず老けた顔の頬を赤く染めた。

アマネの中身がいくら普通の男性であっても、外見は美少女である。

男なら照れるだろう。


「おいおい、嬢ちゃん。あんまし見つめないでくれよ。照れちまうじゃねえか。」

「す、すみません。ドワーフの方と初めてお会いしたので。」


アマネは慌てて謝罪し言い訳を述べる。

しかし、自身が女になっていたのを忘れ他人を凝視していた事を恥ずかしいと思うと同時にもう男でない事を再確認して一種の喪失感のようなものを感じた。

アマネは思わず溜め息を漏らす。


「まっ、武器に興味あるならゆっくり見てってくれ。うちのはどれも自慢の一品だからな。」

「ここ武器屋『エルドア』は、サウスセルトポール中央通りの中でも有数のお店なんですよ。」

「よせやい!照れるじゃねえか。」


ウィーポはコフィーの合いの手を否定してはいるが、満更でもなさそうである。

それだけ自分の店に自信があるのだろう、とアマネは納得し、同時に少し羨ましく感じた。


(こんなに自信が持てるような事は私にはあったかな。ゲームは確かに愛しているといってもいいほどやっていたけど、現実でやりとげた事なんて私にはなかったな。)


アマネはゲームに現実逃避していた過去の自分を情けなく感じ、目を伏せうつむいた。


急に黙りこくってしまったアマネを心配してコフィーはアマネの手を取り、なるべく明るめに声をかけた。


「セルトポールはまだまだ色々あるんです。私はこの街が大好きですから私がアマネさんを案内します!」


アマネは目を見開き驚いたが、すぐに口を緩ませ微笑むと首を縦に降り首肯した。


「はい。よろしくお願いします。コフィーさん。」


アマネの表情は先程より幾分明るく、南に高く上った太陽が手を繋ぐ二人の少女を優しく照らしていた。






アメリカ→アルリカ王国

カナダ→カナド帝国

セントポール→セルトポール


城門→puerta del castillo(スペイン語)→キャスティーロ

自信→confidence→コフィー

武器→weapon→ウィーポ


地名はまんまですね。一から名前考えたら多分作者がネーミングセンスが壊滅しているのがばれてしまうのでやめときました。

人名みたらひどいですよね。なんだよウィーポって!初めて聞いたわ!って自分で突っ込みそうでした。

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