表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/20

第二案件 その4

 蒔田真希(まきたまき)が、エスカレーターに近づく。

その視界は、悪くなる一方だった。

下からの煙が、エスカレーターを一種の吹き抜けとして、駆け上がってきているからであった。

火災が発生する前は、幾人かが移動に使用したのだろう。

天井――いまでは床に当たる部分がべこべこにヘコんでいた。

下からは黒煙が上がり続けている。

紫水彰(しすいあきら)千石武臣(せんごくたけおみ)は、姿勢を低くしたままうなずき合い――じゃんけんを始めた。

無言で手を振る。

あいこ、あいこ、決着――

彰が自分の手を不満げに見つめる。

そして、先行した。

エスカレーターの背面――床となる斜面に足を載せる。

ギユッ――スニーカーが滑り落ちる身体を支えるべく摩擦で音を立てた。

姿勢を低くしたまま、斜面を駆け上がって行く。

武臣がそれに続く。

真希も離されまいと続く――姿勢を低くしているとは言え、息苦しいし、何より目が痛い。

涙が止まらない。

目をつぶる――手前の薄目にし、エスカレーターを駆け上がった。


 2フロア分駆け上がり、3階に到着した。

上に進めば進むほど、煙の中に突っ込むような形になると思ったのだが、思った以上に煙が少ない。

なによりイベントフロアのためだろう――床まで――頭上の高さが2フロア分ある。

それに加え、1階の出入り口が大きく口を開けているため、そこから外へと出ていることが大きかった。

地階は、煙の逃げ場が無く、悲惨なことになっていたが――真希には知る術もない。


 彰と武臣は、足下の天井にあるフレーム上を、余裕が出来たため、背を起こして素早く駆けていった。

真希も置いて行かれまいと慌てて付いていく。

フロア中ほどに連絡通路が見えた。


 アコーディオン状の門扉が、だらんと斜めに垂れ下がっている。

彰が近づいて、門扉をグッと2度、3度と引っ張ると、ギギッと金属同士が擦れる音がした。

慌てて手を離す。

支柱に上からはめてあるだけの簡単な作りだ。

逆さまになることなど想定されていない。

彰が引っ張ったことで、1、2センチほど抜け駆けたのだ。

少し離れていた武臣の元に戻る。


 天井――足下のフレームから連絡通路の切り欠きまで2メートルはあるだろうか。

ふたりして壁へと全力で駆ける。

そして、ジャンプ――壁を一蹴りして更に上へ――腕を上へと伸ばし、通路へと手を掛け、勢いそのままに身体を引き上げる。


「ええッ!?」


 思わず真希の口から、驚きの声が出てしまう。

一瞬の出来事であった。

打ち合わせをするでも無く、アイコンタクトすら見受けられなかった。


「ま、待って――」


 真希が、そう言った所で、ふたりが待つ理由にはならない。

彰は、一瞬だけ――ちらりと真希の方を振り返ったが、そのまま奥へと姿を消してしまう。

――別段、彼らの仲間という訳では無いのだ。

置いて行かれるのも当然ではあったが――


「なによ。引き上げてくれてもいいじゃない」


 思わず、そんな愚痴が漏れてしまうのも仕方の無い事であった。


 やり方は解っている。

彼らに出来たのだ。

真希にも出来る――ハズだ。

何度も壁と通路を見やる。

行ける。

行ける――ハズ。


「行けるんだからーッ」


 壁へと一直線に走り出す。

迫り来る壁。

もう飛んだ方がいいだろうか。

まだ早いだろうか。

――意を決して壁へとジャンプ。

上へと手を伸ばす。

一歩、蹴るが届きそうに無い。

もう一歩、蹴る。

身体が、壁から遠ざかる。

だが、右手は――届く。

図面ケースを持った左手も、大きく振りかぶり通路へと載せる。

両手が掛かれば、こっちの物だ。

身体を引き上げる。

壁を2度、3度と駆け上がるようにして、身体を押し上げた。


 別館への連絡通路には、人の姿は無かった。

ふたりは、既に別館へと入ったのだろう。

連絡通路の大半は、足下が透明だった。

ガラス張り――ガラスでは無く、透明な樹脂板なのだが、真希にはそこまで解らなかった。

透明な天井だった。

フレームは、極細と言っても過言では無い。

1センチか2センチ――あるか無いか。

さすがに、透明な板の上を歩く気は起きなかった。


 恐る恐る、フレームの上へと足を載せる。

ギチィッときしむ音がし、思わず足を引っ込めてしまった。

先ほどまでとは違う。

足下の天井が抜けたところで、その下に落ちるだけだった。

今は違う。

足下には晴天が拡がっていた。

落ちたら――どこまで落ちて行ってしまうのか。

それを確認する気も、したいとも思わなかった。


 ごくり――知らず知らずの内に喉を鳴らしていた。

目をつぶり斜め上を見やる。

目をつぶっているのに、自然と視線が足下へと向かう。

2度、3度と深呼吸をする。


「よしッ」


 下を見ないように――正面を見据え、心を決めた。

上半身を屈め、身を低くしながら飛ぶように大きな一歩――

僅かな幅しか無いフレームへと、勢いと体重の載った右脚が触れる。

ギチィともミシィとも付かない音が、真希の不安を煽った。

勢いを殺さず、駆け抜けるつもりで左脚を踏み出す。

ミシィときしむ音が通路の中を満たす。

真希の足下、前方、そして後方から襲ってきた。

両腕に鳥肌が――ずわっと走るが、今更止まる訳にはいかない。

更に1歩、真希の体重が移動する毎に、きしむ音が響く。

最後の1歩――真希の身体が、連絡通路の反対側へと到達した。

ほぅと大きな息を吐き出しつつ、変な荷重から解放されたきしみ音が真希の後ろから響く。


 たったこれだけの距離なのに、息が上がっていた。

はぁはぁと荒い息を吐きながら後ろへと振り返る。

特にひびが入って白濁したりすることも無く――何事もなかったかのように青空を見やることが出来た。

息を落ち着かせ、別館の中へと視線を移す。

大規模改装中――その名に偽りなし――という様相を呈していた。


「早く追いかけないと」


 先刻の水魔法が、このデパートを示しているのならば、彼らは、別館の中ほどを目指しているはずだった。

化粧板も無く、フレームがむき出しになっている天井へと足を下ろす。

不安定な足場ではあるが、先ほどの連絡通路に比べれば、しっかりとした足場に思える。

本館と違い、明かりが少ないのが心許なかったが、ぽつんぽつんと点灯している非常灯がある。

そのお陰で、暗闇という訳でも無かった。

スプリンクラーが吹き出している形跡は無い。

火災が発生していないのだろう。

呼吸が楽になるのはありがたかった。


「誰も、いないよね――」


 そう呟くが、ソレに応える人はいない。

民間人に目撃されるのは避けたかったので、図面ケースのまま持ち歩いていたが、人の目が無い――と判断して図面ケースを開ける。

留め金を外し、白木造りの鞘を掴む。

いつでも抜刀可能なように――心構えをしつつ、フレームの上を走り出した。

ふたりに追いつくために――


Twitter @nekomihonpo


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ