第二案件 その1
「人降り」と呼ばれる伝承がある。
文字通り、人が空から降ってくる伝承だ。
空が怪しく曇り、空から紅い雨が降ってきたかと思えば、それは――人の血だった。
そして、その血の元となった人も降ってくる。
こうした伝承は、世界各地に散見される。
もっとも、人が降ってくるという伝承は希ではあるが。
アメリカでは、「牛の落下」や「羊のあられ」と呼ばれている。
もっとも、「キャトルミューティレーション」の方が有名になってしまっているが――
元々は、牛などの家畜が降ってくることに端を発した事象である。
牧場を見に行ったら、牛が大量に死んでおり、中には木の上に突き刺さっている牛もいたという――
血をほとんど出し尽くしていた個体もいたことから、何者かが内蔵を抜き取ったという話に化け――
宇宙人の仕業に違いない――という話に変化した。
単に家畜が降ってくるという話よりショッキングであり、面白味もあり――
そして与太話であり――真面目に考えるのはバカバカしいのだと思わせる力があった。
日本には、モズの速贄がベースとなったのだろう。
巨大な鳥の妖怪による速贄であるという伝承があるくらいである。
オウズの速贄として伝わる地方もある。
大きなモズ、そこから転じての王モズ――それが変化してオウズとなったと思われる。
宇宙人や妖怪の話となるくらい超常現象的な力で無いと、説明が付かないのだ。
牛、羊、豚――主に家畜での伝承が多い。
共通しているのは、空から降ってきたとしか思えない事象を伝えていることである。
木に突き刺さっているなど、どうやってそこまで持ち上げたのか謎となっている。
人の力では不可能なため、いたずらの可能性は限り無く低い。
アメリカでは、竜巻の仕業というのが通説であるが、竜巻が発生していたという証拠も無い。
遙か遠くで巻き上げられた家畜が、降ってきたという可能性も否定できなくは無いが、現実的では無い。
【◇】
蒔田真希は、駅前のデパートに立ち寄っていた。
これからバイト先へと顔を出そうと考えていたため、休日にもかかわらず制服姿である。
白のブレザー、学生カバンに図面ケースという出で立ちであった。
バイト先に行くのだから私服の方が相応しいかと言えば、そうでも無い。
前に一度だけ私服で出向いたのだが、余りにも場違いな感じがして居心地が悪かったのだ。
決して、真希の私服が奇抜だとか言う訳では無い。
周囲が制服姿やスーツ姿の大人たち――そんな中に、私服姿の女子学生なんてのは、余りにも浮きすぎるのだ。
これなら、まだ制服姿の方がマシだと、当時の真希は思ったのだった。
時刻は10時を回ったばかり。
デパートの開店直後である。
店内のエレベーターを上がって行く。
開店直後と言うこともあり、客の入りはまばらであった。
もっとも天気は晴れ、休日と言うこともあり、これから混むことが予想出来る。
まずは、本屋に寄って、いくつか気になっていた本を見てから、隣にある小物店を見て回ろう。
あの小物店は、たぶんおもちゃ屋さんなんだと思うが、可愛らしい小物が多い。
本屋はともかく、そう言った小物店を見るのに、友人と一緒では無い事が悔やまれた。
やはり、そういうお店は、友人ととりとめも無い話をしながら見て回るのが楽しいのだ。
エスカレーターでゆったりと登っていく。
3階――4階――
フロアが切り替わる際に、ちらりと見えた洋服が可愛かった。
下りてくるときに見て回ろう。
――そんなことを考えつつ、真希は、エスカレーターに運ばれるがままになっていた。
【◇】
「ここか?」
「ああ、ここだと聞いている」
「こんな所でか?」
「ああ――」
ブレザーの学生服姿をした男がふたり、デパートを見上げながら会話をしていた。
剣道部なのだろうか――ふたりとも木刀袋を持ち歩いている。
ひとりは、ぼさぼさヘアーと言うには、人の意志が介在したとは思えないぼさぼさっぷりの快活そうな男子生徒。
もうひとりは、対照的にきちんとしており、理知的な印象を与える。
が、フレームがやたらとゴツいメガネをかけており、どこか野暮ったい印象を与えることに一役買っていた。
「時間は解っているのか?」
「いや。――はっきりとした時間は解らないようだ」
ぼさぼさヘアーの少年が周囲を見回しつつ問うた。
それに対し、眼鏡の少年は、スマートフォンへと視線を落としつつ返答する。
画面を操作し、メール本文の確認をするが、時間までは書かれていない。
ひとつ、大きな溜息を吐くと、スマートフォンをズボンのポケットへと仕舞い、顔を上げた。
「こんなに人出が多いと、犠牲者も半端ないぞ」
「だが、だからって、俺たちじゃぁどうにもならん」
「それはそうだが――」
「一秒でも早く解決するしかないだろ」
そう言ったまま、ふたりは黙ってしまう。
ぼさぼさヘアーの少年が、睨み付けるようにして見つめてくるが、眼鏡の少年は気にしたようには見えない。
やがて、根負けしたかのように「ちッ」と舌打ちしつつ、ぼさぼさヘアーの男子が視線を逸らした。
「悪かったよ。武臣に言ってもしゃーないこった」
「そうだな。俺に言われても困るな」
「その追い打ちを掛ける癖、止めろ」
「それは無理だ。彰は、隙がありすぎる」
ぼさぼさヘアーの少年――彰と呼ばれた少年は、大きくため息を吐くと、「隙は無いつもりなんだがなぁ」と頭を掻きつつ呟いた。
それを見て、眼鏡の少年――武臣と呼ばれた少年は、ハハと軽く笑うのだった。
「仕方が無い。野郎とウィンドウショッピングとしゃれ込みますか」
「――ふぅ。仕方ないな。開演時間まで時間を潰しますか」
そう言ってふたりは、デパートの人混みへと紛れていくのであった。
【◇】
真希は、ちょっとよさげなカバンがあったので、ついでにと他のカバンも見て回っていた。
値札は見て回らない。
バイトのお陰で買えないことも無いのだが、女学生が買うには高すぎる。
それでも掘り出し物があるかも知れない。
――と思い、ついつい値札を見てしまうのだが、ほぼ全ての場合において、彼女の懐に控える大蔵大臣から許可の出る値段では無い。
買えないこともないのでタチが悪い。
だからこそ、値札は見ない。
そう心に誓って回っているのだが――誘惑に負けてついつい見てしまっていた。
その値段に、軽く呻く。
気分を切り替えるべく、手首を返し、腕時計を確認する。
「お昼か――」
お昼ご飯はどうしようかと考え始めた。
1階の珈琲チェーンが扱っているサンドウィッチは、おいしいのだが、値が張るのが難点だった。
ファーストフードのハンバーガーという気分でも無い。
アイスカフェラテとタマゴサンドという気分なのだ。
バイトをしているとは言え、学生の身分には――コンビニのサンドウィッチがお似合いだろうか。
バイト先へと向かう道中でコンビニを経由し、バイト先で食事――という形だろうか。
それはそれで、折角のお休み、折角のランチだというのに――
「ちょっと、味気ないかな?」
そう、思わず声に出てしまった――時だった。
真希の足下から重力が失せる。
「えッ?」
階段を踏み外し、何も無かったかのような感覚――
そんな感覚を一瞬だけ味わった後、飛行機で乱気流に突入したかのような、身体が浮くような――
背骨に掛かっていた荷重が抜け、重心が背中を駆け上がっていくような――そんな感覚を味わった。
そして、天井へと落ちていく。
足下は、すでに床の感触が無い。
無重力になった――と言う訳では無い。
全身が天井に向かって引っ張られている。
頭へと血が上っていく感覚――
迫り来る天井――
視界の中の人、物、そして自身が天井へと落ちていく。
一瞬の出来事ではあったが、頭を護る程度の時間は許されていた。
「うッ」
天井へと衝突した際に声が漏れた。
周囲でも色々な物がぶつかっている音が聞こえてくる。
打ち所が悪かったのだろうか――蒔田真希の意識は、そこで途絶えてしまった。
Twitter @nekomihonpo




