閑話1 その2
樫山真理江が、心神喪失状態で発見されてから3日が経過していた。
村人全員が死亡――というショッキングな事件に、TV各局は、ワイドショーで特集を組んだ。
すわ、凶悪殺人か――犯人の目的は――そして、犯人はどこに!?
と言う論調で番組を構成していたが、専門家により、竜巻による痛ましい事件では無いか――
TV局側からすれば、実に空気を読んでいない意見が出てしまい、それに反論するだけの新たな事実も無く――
数字の取れそうに無いコンテンツとして、早々に画面から消えていった。
そもそも、限界集落どころか危機的集落の話題が、どれだけ数字を持ってこられたのか疑問だったのだ。
気象庁に対し、竜巻を予測できないようでは困ると叩いてみたところで、数字には繋がらない。
そうして、事件発覚から3日しか経過していないにもかかわらず、すでにTVの話題に上ることも無くなっていた。
その日、村役場の前に拡がる駐車場に、黒塗りのランドクルーザーがやってきた。
キキュッとタイヤを鳴らしながら、白線を無視し、斜めに止まったランクルから、四人の男が降りてくる。
助手席に座っていた黒スーツの男が、すっかり物音のしなくなった村役場を見上げ――ゆっくりと周囲を見回す。
そして、スンと鼻を鳴らした。
「六町さん、手はず通り始めますよ?」
黒スーツの男、六町隆俊が、その声に振り向きうなづく。
「さっさと始めましょうか」
「了解です」
六町の許可に応じ、他の三人は村役場の中へと姿を消した。
六町は、何回か鼻を鳴らしながら、村の中を歩く。
「竜巻の被害ねぇ」
六町の目の前には、専門家曰く、竜巻の被害の証左とされた瓦の破片が散らばっている。
曰く、竜巻に吸い上げられ、天から振ってきたのだという。
人の身体も吸い上げられ、同じようにして天から振ってきたからこその被害なのだと――
六町は、内ポケットから携帯電話を取りだし、ある番号へと掛けた。
2回のコールで相手が出る。
相手を確認するまでも無く、しゃべり始める。
「六町だけれども、局長に回して貰える?」
『念のためにコードをお願いします』
「はいはい。アクア032、六町隆俊」
『確認が取れました。お繋ぎしますので少々お待ちください』
「はいはい」
そうして待つことしばし――
『六町か――どうだ?』
「竜巻じゃ無いですね」
『ほう』
「まぁ、竜巻って事になってた方が、ウチにはいいんでしょうが――
真っ直ぐ上に吸い上げて、そのまま下に落下って――
どんだけ行儀の良い竜巻なんだって話ですよ」
『ふむ。――それで、火元は見付かりそうか?』
「なんとも。今、調査中ですがね。
県警から、現場写真貰った方が良いですな」
『手配させよう』
六町は、携帯電話を片手に集落の道を進む。
黄色と黒の標識ロープに貼り付けられた立ち入り禁止という紙が風に揺れる。
この、人の居なくなった集落において、この立ち入り禁止という注意が何の役に立つのか――
そして、誰へ向けたメッセージなのか――
「局長、これ、ダメだわ」
『ダメかね』
「臭いが全くしねぇ。日をまたぎすぎたわ」
『初動が遅かったことは認めよう』
「まぁ、もうちょい見てみるけれども」
『頼んだぞ』
「はいよ」
そう言い終えると、携帯電話を畳み、ポケットへと収める。
そして、立ち入り禁止と書かれたロープをくぐり、一件の家へと入っていった。
家の中は、荒れ果てていた。
それが、事件によるモノなのかは解らない。
玄関から、庭から、土足の足跡がそこいら中を踏み荒らしていた。
この襖が外れ、中ほどから折れているのは、事件の所為なのか、それとも、形のはっきりと解るスニーカー跡の所為なのか。
庭に出ると、そこに住人の痕跡――白い枠線とすっかり乾ききった血溜まりが残っていた。
縁側から庭へと下りる石段に頭部を強く打ち付けたのだろう。
そんな形の白枠と血溜まりだった。
そのまま上へと視線を移す。
ひさしの一部分が欠けていた。
欠けると言うよりは、大きくえぐれていると言った方が正しいだろう。
これを警察は、どう判断しただろうか――
六町は、そんなことを考えながら、家々をまわる。
それほど人口の多くない集落だが、圧倒的に外で死亡した例の方が多い。
部屋内に枠線のある家が見付かったのは、4件目の事であった。
それはリビングにあった。
部屋の中は、これまでの家と同様に荒れ放題であった。
テーブルは横倒し、食器棚が倒れ、TVが割れている。
そんな、テーブルの下で死んでいたようだ。
胴体を真っ二つにするような形でテーブルが置かれていた。
これは、あとから置かれたのか――それとも、この下に死体があったのか判別が付かない。
血溜まりから判断するに、胴体を真っ二つにするような形で置かれていたと見受けられるが――
「やっぱ、写真待ちだなぁ」
六町は、頭を掻きながらそんなことを呟く。
胴体を真っ二つにするような位置に血溜まりがあるにも関わらず、壁に大きく飛び散った血痕が解らなかった。
まるでペンキをバケツで撒いたかのように、壁紙を大きく汚していた。
死体の位置から喀血した程度で付く量では無い。
額を中指でとんとんと叩きながら、壁を見つめる目が細められる。
それを見つめていたところで、答えなど出てきそうには無かったのだが、見つめ続けるのだった。
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