第四案件 その2
「ねぇねぇ、何だったの? ナンパ?」
「学校内でナンパなんてしないよぉ」
「えーッ。する人はするでしょ」
「そうかなぁ」
「それでそれで、何だったの?」
「何か、人を探してるみたいよ?」
「人捜し? 誰を?」
「さぁ? 理由までは解らないけど、2年の人かなぁ?」
「ふぅん」
「でもでも、結構格好良かったよね」
「だよねー」
そんな会話をしつつ、女生徒が廊下を歩いて行く。
蒔田真希は、友人たちと昼食を取るべく食堂へと向かっているところであった。
私立夕祓学園の食堂は、お世辞にも美味しいと言える食堂では無い。
席数は十分にあるのだが――その味から、食事時とは言え、満席になると言うことは希であった。
そんな微妙な味の食堂へ彼女らが何故向かっているかというと、もちろん食事をしに行くからである。
もっとも、持参の弁当での食事であるが――
こういった女生徒は、多い。
味はともかく、日当たりが良く、心地の良い風が通り抜けるのだ。
そんな食堂へと向かう彼女らの耳に、先ほどの会話が聞こえてきた。
別段、聞き耳を立てていたわけでは無いのだが、どこかテンション高く、自然と大きな声になっていて聞こえてきたのだ。
「ナンパだって」
石綿真穂里が、真希らへと話を振る。
「人捜しだって言ってたじゃない」
真希が、苦笑を浮かべつつ応じる。
「飲み物どうする?」
土井垣朱音が、自動販売機の方を指差しながら問い掛ける。
「私、イチゴ・オレ」
「ん~、カフェラテかなぁ」
「私は、ミルクティーね」
三者三様の希望を言い終えると、手を構える。
無言のまま――手を繰り出す。
繰り返し、繰り返し――じゃんけんによる無言の勝負が続く。
数回のあいこを経て、決着が付いた。
真希の負けという形で――
「んじゃ、真希、よろしく~」
「私、ハニーレモンに変更」
「カフェラテはどうしたのよ」
「ん~。はちみつな気分になった」
「まぁ、いいけど」
「んじゃ、席、取っとくから」
そうして、ふたりは食堂の奥へと歩を進める。
それを見送りつつ、真希は、自動販売機に並ぶ列に軽くため息を吐くのだった。
真希が、飲み物を買い、ふたりと合流するべく移動をしていると、男子生徒と女生徒が立ち話をしているのが目に付いた。
男子生徒の制服は、夕祓の物では無く、他の学校の物である。
スマートフォンを女生徒に見せ、その女生徒が周囲を見回した後、一方を指差した。
真希の視線も、そちらを向く。
待たせている友人ふたりの姿が見えた。
別の生徒を指していたのかも知れないが、真希には、ふたりを指しているように思えた。
男子生徒は女生徒と別れ、もうひとりと合流した。
そして、そのまま真穂里たちの方へと歩いて行く。
真希は、慌てて席へと向かう。
「私の友達に何のご用?」
男子生徒に声を掛ける。
ふたりは、驚き、歩を止め、真希の方へと振り返った。
「ちょっと、ともだ――ゲッ」
ぼさぼさ髪の男子生徒が、真希の顔を見て眉根を寄せる。
それは、先日、自己紹介をしあった仲であるところの紫水彰であった。
「しっつれいしちゃうわね」
「いや、済まない」
もうひとりの男子――千石武臣の方は、特に驚いた様子も見受けられない。
それはそれで――そう、可愛げが無いというヤツだった。
「なになに? どうしたの?」
真穂里も朱音も興味津々という表情を浮かべながら合流してきた。
真希は気がついていなかったが、他校の男子生徒と真希――と言う構図は、食堂の中では耳目を集めていた。
ざわつくとまでは言わないが、どういう関係なのか、どう展開していくのか――そんな興味、期待と言った欲望が見て取れる。
「彰、行くぞ」
「ぇ? ぉ、おい。いいのか」
「彼女の知り合いだぞ」
「そりゃぁ、そうだが――」
小声で、そう言いつつ、ふたりは立ち去っていく。
真希からすれば、拍子抜けだ。
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ」
「いや、済まない。急ぐんでな」
「ぁ、ちょっと――」
取り付く島も無く、人を掻き分け、食堂から消えていった。
真希は、追いかけるか――と悩んだのだが、止めることにする。
「さぁ、食事にしよ――」
真希が振り返って、ふたりに声を掛けると――
真穂里と朱音が、好奇心一杯ですとでも言わんばかりの表情を浮かべ、待ち構えていた。
真希は、失敗したと思った。
それすらも既に遅い。
「何々何々? どういうこと? どういうこと?」
「まぁまぁ、朱音くん。落ち着きたまえ」
ふたりのテンションに、うわぁという気持ちである。
まぁ、自分がそちら側の立場だったら、自分もこんな風になっていただろうか。
何で自分は今、餌を与える側になってしまっているのか――
そもそも彼らが、こんな所に来ているのが悪い。
間違いなく悪い。
そう真希は、彼らに責任を転嫁することで、目の前のハイテンションなふたりから目をそらすのだった。
「でで、まずは名前からでしょ」
「か、関係も気になります」
「それは気になるね」
「飲み物でも飲みながら、じ~っくりと聞きましょうか」
彼らが、何故、学園に来ていたのか――と言うことを思索したかったのだが、とてもでは無いが、無理に思われた。
彼女らの好奇心を満たすまで、解放される事は無いだろう。
そう考えると、ぐったりと疲れを感じる真希であった。
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