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第三案件 その5

 紫水彰(しすいあきら)は、男子生徒――だったモノの脇を抜けるようにして坂道となった体育館を駆け上がる。

相手の鞭のようにしなる腕――すでに2メートルはあろうかという腕――だったモノが眼前に迫る。

――前転。

坂道を登るような前回り受け身を取りつつ、手にした黒い刀を振るう。

振るうと言うよりは、自身の横に置いておく――と言った方が近い。

だが、それは相手から見れば、回転する刃――害を為すという意志を持つ攻撃だった。

鞭のような腕を躱しつつ、男子学生の脚を斬る。

彰の手に、刀が何か柔らかいモノにぶつかったという感触が伝わってくる。

「はッ」と息を吐くと、回転し、床へとぶつからないように気を配りつつ、刀を振り抜いた。


「ギャガアァァッ」


 男子生徒の発する悲鳴が、体育館に響き渡り、余韻が残る。

今の回転で、傷口が開き、出血したのか――右目の視界を阻害する。

「くそッ」と悪態を吐くが、視界は回復しない。

左目とぼやけた右目――そんなアンバランスな視界の中、男子生徒の脚が舞った。

傷口から赤黒い霧を振りまきながら――

痛みを感じてはいないのだろうか。

特に顔が苦痛に歪む――と言うことも無い。

先ほどの悲鳴は、反射だったのか――

ただ、そこに脚が無いのだ。

ゆっくりと、男子生徒が姿勢を崩し、床に転がる。

――そして、世界が廻った。

今まで坂道となっていた床が壁となる。

そしてその壁もまた坂に――


「きゃあぁぁぁッ」


 蒔田真希(まきたまき)は、突然の出来事に悲鳴を上げてしまった。

彰と男子生徒が繰り広げる戦闘を手助けするべく――と意志を固めたいたわりに、あっさりと悲鳴を上げてしまった。

そのことに、真希自身、驚いていたし、また、恥ずかしくもあった。

それまで体重を預けていた床が、突然消失したかのような錯覚に襲われる。

そして、宙を舞った。

男子生徒を中心として発生した回転は、遠くなればなるほど、激しい移動となる。

真希の立ち位置ですら、その身体が宙に舞い、彼女を無重力の住人にするほどなのだ。

宙に投げ出された真希に残された手は決して多くない。

手にした白い刀を鞘へと収め、身体を丸める。

彼女に取れた行動はここまでだった。

否、これだけ行動することが出来たと言うべきだろう。

――そして、彼女の身体を衝撃が襲う。


 千石武臣(せんごくたけおみ)は、彰と立ち位置を入れ替えた後、距離を置いて魔法の用意をしていた。

不格好なまでに(つる)の太い眼鏡――スマートグラスを指先でいじる。

右手が蔓を撫でる度に、左目に青白い魔法陣が描かれては消える。

その小さな筐体では、扱えるCPU、メモリーに限度があり、決してスマートな反応とは言い難い。

武臣は、少しイラつきながらも操作を続ける。

気ばかり急いてしまうが、お望みの魔法陣が現れない。


「ちッ。検索に難アリだな」


 そう呟いた一瞬の後、武臣は足下をすくわれた。

彰の攻撃によって、世界が廻ったのだ。

だが、それが解ったところで、現状には何の寄与もしなかった。

体勢を維持しようにも、踏ん張るための地面が消失したのだ。


「なんだとッ」


 今まで床であった――斜面が眼前に拡がる。

直後、背中に衝撃――柔道で言うところの後ろ受け身で衝撃を減らすが、左手に刀を持った状態では、しかと逃がすことは出来なかった。

「ぐぅ」と呻きそうになるが、どうにか(こら)え――眼前に何かが迫っていた。

気がついた時にはもう遅い。

重力に従って、武臣の方へと落ちてきていた。


「ぐぁッ」


 武臣の腹の上へと真希が落ちてきたのだ。

絞り出すような呻き声が漏れる。


「いつッ」


 武臣の腹の上から声が聞こえてくる。

腹の上に彼女の身体が横たわる。

思わず声に出してしまったが、反射による声のような物で、冷静に(かんが)みれば、特に痛いという部位も無い。

人ひとりが載っかっているというのに、重たくは無い。

いや、人が載っかっているのだから重たいことには違いないのだが、やはり男性とは違うと言うことだろう。


「ご、ごめんなさいッ」


 やっと、真希が自分の状況を把握したのか、慌てて武臣の上から退くと、ぺこぺこと頭を下げる。


「い、いや。いい。――ケガは無いか」

「え? ぅ、うん。大丈夫」


 武臣は顔を赤くしながら、どこかぶっきらぼうに――それでいて、真希を気づかった言葉を投げかけた。

余りにもぶっきらぼうだったため、真希も最初は、自分のことを気づかってくれていたのだと気がつかないほどだった。


 ふたりがもつれ合っている間に、彰は、男子生徒との距離を取っていた。

起き上がり、追撃を加えようとしたところ、男子生徒の腕が2連続で振り下ろされてきた。

それを躱すべく、後ろへと転がりつつ避けた。


 片足を失った男子生徒が、ゆっくりと立ち上がろうとする。

それに追従するかのように世界が廻る。

ゆっくりと――立ち上がるにつれ、重力の掛かる向きが変わる。

つまり、この現象は、ヤツが中心となっているのだ。

片足の男子生徒が立ち上がり――バランスを崩して倒れ込んだ。


「嘘だろッ」


 ゆるゆると回転していた世界が、反対側へと急回転する。

目の前で見ていた彰は、まだ対応が出来た。

離れた位置で――しかも、お互いに照れてしまい注意力が散漫となっていた武臣と真希は、咄嗟に対応が取れなかった。

再度、良い様に転がされてしまう。

暗転――

武臣の視界を塞ぐようにして、真希の身体が横たわる。

お腹の柔らかさが、制服を通していても解る。

呼吸をすれば、彼女というフィルターを通した空気が入ってくる。


「ご、ごめんなさい」


 真希が謝っているが、そんなことよりも早くどいて欲しい――と言うのが、武臣の実直な思いだった。

なるべく呼吸をしないように――と心がければがけるほど、おかしな呼吸となって彼女の腹をくすぐった。


「ちょ。あッ。――やめて」


 真希が、くすぐったさに身もだえする。

それがまた、一段を武臣の煩悩を刺激した。


「武臣ーッ」


 どこか遠くで彰の呼ぶ声が聞こえる。

しかしながら、今の武臣には、その声に応えるだけの余裕は無かった。


 彰は、再度武臣を呼ぶが、(いら)えは無い。

視界の隅では、対特の女子と何やら絡まっているようだが――

正面に男子生徒を捉えつつ、その鞭のように繰り出される腕を、黒い刀で打ち払いながら、彰は、思考を巡らせていた。


 転ばせてはならない。

一撃で倒すには腕が邪魔だ。

と、なれば――その腕をまずは無効化する。

そう結論づけると、迫り来る腕に対し、刃を立て打ち払う。

刃のぶつかった場所を支点として、腕が刀に絡みつこうとする。

絡みつかれるより前に、刀を振り切り腕を切断した。


 実際、既に何度か腕の一部を切り落としてはいた。

切り落とされた腕は、足下に落ちると――赤黒い霧を撒き散らしながら表皮を残し潰れ、やがて表皮すらも霧散する。

そして、残った腕が――細く鞭状に伸びるのだ。

既に、男子生徒の両手首どころか、両上腕あたりは無くなっているハズだ。

しかし、それでも2メートル近い長さは維持されている。


「ええいッ。しつこいッ」


 そう悪態を吐きつつ、状況を打破するべく一歩踏み込んだ。

本当は、武臣に援護をしてもらいつつ――というつもりだったのだが、それが期待出来そうに無い。

元々、気の長い方では無い。

――辛抱が続かなかったのだ。

鞭とは――先端の速度が高速になることで威力を発揮する武器である。

で、あるならば、懐に飛び込んでしまえば、その威力は発揮できない。


 踏み込み、そして、刀を袈裟斬りに振り下ろす。

彰には、男子生徒がにやりと(わら)ったように見えた。

おそらく、それは気のせいだったのだろう。

男子生徒の身体に刃が届こうかという刹那――鞭状の両腕が両側から刀に絡みつく。


 ギィシと軋む音を立て、刀の動きが止まる。

両側から巻き付いた腕が、彰の刀を両側へとねじり上げる。

この腕が、どれほどの力を持っているかは解らないが、意図は解る。

折ろうというのだ。

折られてなるものかと引くがびくともしない。


「引いてダメならッ、押し通るまでッ」


 ギチィッという音は、刀の音だったのか、それとも男子生徒の腕の音なのか――

彰の腕に、何かが(きし)む感触が伝わってくる。

彰は、それを相手の悲鳴と捉えた。

腕が声では無い悲鳴を上げている。

そう捉え、一層の力を込めた。

ズッっと奥へ滑り込む感触を得る。


「はあぁァァッ」


 自然と、彰の口から声が漏れる。

それは、裂帛(れっぱく)の気合いとなって、彰の身体からオーラが立ちのぼっているかのような錯覚を与えた。


 プツリと音がすると同時に、刀に対する抵抗が消える。

彰の込めていた力が、逃げるようにして奥へと流れた。

そして刀は、そのまま男子生徒の肩口へと吸い込まれるようにして消えて行く。


「グギャアァァッッ」


 男子生徒の口から悲鳴と共に赤黒い霧が漏れる。

その霧は、傷口から漏れ出る霧と同じく、すぐに拡散し、中空へと消えていった。

両腕を切断され、肩口から肋骨までを断ち斬り、腹半ばで刀をくわえ込んだまま、仰け反るようにして悲鳴を上げていた。


 彰は、くわえ込まれた刀を引き抜くべく力を込めたが、抜ける様子が無い。

見れば、肩口の傷は徐々に癒着し、塞がっているようだった。

「ちぃッ」と悪態を吐くや否や、男子生徒の腹を蹴るようにして刀を引き抜こうと力を込める。

コレには対抗出来ず、ズズと刀を引き抜き、血でも振り払うかのごとく、サッと刀を一振り。

血――では無いのだろう。

赤黒い霧の粒子――とでも言うべきモノが振りまかれ、消えて行く。


 蒔田真希(まきたまき)は、そんな彰の戦いを坂の下からへたり込んだ姿勢のまま見上げ、見つめていた。

大地が回転し、転倒――周囲の状況を確認している間に、彰の戦闘が始まり――終わろうとしていた。

結局、彼女のしたことは何だったのか――と、自問をしてしまう。

何も出来ていない。

斬り倒す覚悟さえも――


 武臣は、二度目の回転から立ち直ると、坂上へと走り出していた。

懐から小瓶を取り出す。

茶色の硝子で作られた遮光瓶だ。

刀を左手に、小瓶を右手に移し替えつつ、親指で蓋を緩める。

ギュルと音を立てつつ、蓋が緩む。

蓋を落とさないように気を使いつつ、片手で蓋を開ける。


 武臣は、男子生徒を彰と挟み込むようにして、背後に回り込んだ。

ちらりと彰へ視線を送る。

顎をクイと動かし、お互いに合図を送る。


「いぃィィヤアァァァッ」


 彰が腰を、上半身を、身体全体を捻り、バネとして作り出した力を、その手の刀に載せ――男子生徒の頭を貫いた。

身体の回転が腕へと伝わり――そのまま刀をも捻る。

その一撃は、男子生徒の頭に丸い穴を穿った。

残心――は一瞬であった。

素早く刀を引き抜く。

背後への貫通痕を通して、武臣の姿が見える。


 そして、武臣は、素早く腕を伸ばした。

頭部に穿たれた貫通痕へと。

手首を捻る。

小瓶で周囲をこそぐ様に動かし、親指で蓋をしたかと思うと、素早く引き抜く。

引き抜いたかと思うと、素早く蓋をしかと閉める。

この一連の作業を、一瞬のうちに済ませていた。


 頭部へと突っ込まれた手は、赤黒く染まっていた。

が、すぐにぶよぶよと(うごめ)き始め、武臣が腕を振ると、ピシャリと赤黒く染まった水が飛び散った。

その実、手袋のように薄く(まと)った水が汚れたために打ち棄てただけであった。

得体の知れない物質を、直接触るという危険性は犯せない。

そのため、水を操れる武臣が、手に水で膜を作り、作業を行ったのだ。

依頼主からの厄介事は片付いた。

彰へと合図を送る。

彰は、唱えていた文言を止め、男子生徒を見やる。


「恨みは無いが、せめて安らかに眠れよッ」


 そう言いつつ、手にした刀を腰で溜め、一気に身体を捻るようにして繰り出す。

左から右へ大きく振り払い、勢いで身体が反対側へと捻られる。

手首を返し、その捻られた力を使い、右から左へ。

黒い刀の軌跡が左右に舞う。

男子生徒の身体を切り刻む毎に、赤黒い霧を伴って、その軌跡を彩った。

それは、赤い光を放つ黒い刀が左右に揺れているようでもあった。

――実際、彰の持つ黒い刀は、その刀身に幾筋もの赤い光の線を纏っていたのだが、刀の動きが素早く、真希の位置からは解らなかった。


 男子生徒の身体が切り刻まれ、切り取られ、肉片が落ちる側から赤黒い霧があふれ出し、潰れ――

それが人を構成する物であったことを感じさせない何かに変じていく。


 彰が腕を捻るようにして突き出す。

手にした刀も捻られ、男子生徒の胸へと音も無く吸い込まれていく。

それは心臓を貫き――心臓を貫いたはずだった。

男子生徒の背中を突き破り、彰の刀と、その刀に突き刺さった物が顔を出す。

心臓――なのだろう。

健全な内蔵の色では無かった。

赤黒い――ヘドロのような物につつまれ、脈動し――怨嗟の声を上げていた。

大動脈なのだろうか――手脚のようにも見える。

心臓に手脚が生えているというより、達磨(だるま)のような物に手脚が付いているような――

その様な奇怪な物が、脈動と言うよりは、苦しくて暴れているようにも見えた。


 それも一瞬のことであった。

赤黒い液体を撒き散らしつつ、それらはすぐに霧となって消えてゆきつつ――

その奇怪な物体は、動きを止め、しおれ、そして刀からずり落ちた。

バチャリとイヤな音が体育館に響く。


 それが合図――と言う訳では無いのだろうが、世界に平穏が戻った。

斜めに傾いていた世界は、元に戻り、壁に立っていた真希は、床へと落とされる。


「いったぁッ」


 刀を手にしていたこともあり、不自然な体勢で床に手を着いてしまった。

とは言え、特にひねると言うことも無く、ただただ痛かっただけだ。

痛めた手を振りながら立ち上がり周り――戦闘が行われていた方を見やる。

開け放たれた扉から、ふたりが駆け出していく後ろ姿が見えた。


「あッ。ちょっと、待ちなさいッ」


 真希も急いで追いかけるが、扉から外へと出たときには、既に校門の外へと駆け出していく姿が見えるだけだった。

溜息を一つ吐き、体育館へと視線を戻す。

男子生徒だったモノは、既に泡立ち、ぐじゅぐじゅになって消えようとしていた。

赤黒く汚れ、細かく刻まれた制服だけが、そこに誰かが居たのだという痕跡を示していた。

再度、溜息を吐き、ポケットからスマートフォンを取り出す。

カシャリと音を響かせ、写真を数枚撮った。

そして、そのままダイヤルする。


「パール436、蒔田真希ですけど――」


 状況の報告と対処をお願いし、通話を終了する。

体育館の扉から空を見上げた。

気分とは裏腹に、綺麗に晴れた空が拡がっていた。

どこか、遠くの方からサイレンの音が近づいてくる。

今日という日は、まだまだ終わりそうに無かった。


Twitter nekomihonpo


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