第三案件 その1
『――死者行方不明者400名以上、負傷者数千人という規模の何かがあったと言うことですが、ナカムラさん』
『警察は、バスとの大規模な玉突き事故、デパート等の火災が重なっただけで、個別の事件であるという発表ですが、
まぁ、そういう個別の案件が重なれば、ああいう悲惨な被害にもなるでしょう。
とは言え、あまりにもおかしい』
『おかしいとは?』
『大規模な交通事故が起こり、消防車両が到達出来なかったって言いますが、
スプリンクラー等の防災設備の故障も重なったって言うんですよ』
『運が悪いとしか言い様が無い?』
『悪すぎるでしょう』
『確かに』
『そもそも交通事故にしたって、玉突き事故って言いますがね――
どうやったら、大型バスがひっくり返って潰れるっていうんですか』
『そうですね。被害者の方々にインタビューしたところ、要領を得ないと言いますか――』
『化学溶剤が火災により変化、充満したとして、集団幻覚――だなんて言ってますがね、そんなことがある訳が無い』
『とは言え、世界がひっくり返った等と言われましても――』
『何かを隠しているとか思えない。
これは政府による情報統制、誘導――』
『ここで一旦、CMです』
応接室に設けられたTVがCMに切り替わる。
男が、リモコンを使ってTVを消す。
黒くなった画面に、ふたりの男とひとりの少女――蒔田真希の姿が映る。
「まぁ、見て貰った通りだ。規模が大きすぎてコントロールし切れていない」
「はい」
年配の男――しっかりと鍛えられたがっしりとした体つきの男が、コントローラーをテーブルに起きつつ、真希へと話しかけた。
この男、名を碧鋼琉一と言い、真希の上司――と言うよりも、東京支部の長である。
「報告書は見せて貰った。このふたりの男――中野の人間なんだな?」
「――明言した訳ではありませんが、中野の人間だと言っていました」
「ふむ――」
「蒔田君。――残念ながら、中野には、そんな連中はおらんそうだ」
「――そ、そうですか」
もうひとりの男、月長憲司が、淡々と報告する。
それを聞いて、真希は、何とも言えない複雑な心境だった。
やっぱりかという思いもあるし、嘘を吐かれたくやしさ、それを報告する羽目となった脱力感――そう言ったモノがごちゃ混ぜとなった気分だった。
「まぁ、そんな顔するな」
「ぁ。いえ、別に、その――」
「そいつらは、恐らく野良の連中だろう」
「野良――ですか?」
「俗に言うところの野良とかハンターといった連中ですよ」
「――ハンター」
蒔田真希が、ふたり組のハンターと遭遇、逆さまになった建物の中で得体の知れない男と戦闘を繰り広げてから2日が経過していた。
真希が気がついた時には、ふたりの姿は見えなかった。
改装中のデパートの中で落下したにしては、怪我ひとつ無く、ブルーシートの上で横たわっていた。
恐らく――ではあるが、彼らがそこに横たえたのだろう。
真希には、解らない事だらけではあったが、バイト先――建前上、バイトと言っているが、事実はもっと複雑だ。
大人の事情も色々と絡んでは来るのだが――バイト先、対特の東京支部へと出向き、事件のあらましを報告していた。
対特――内閣直轄対特殊事象警備部というのが正式名称である。
警備部と言っているが、警察庁に連なる組織では無い。
相互に連携を取ることは多々あるが、あくまでも内閣に連なる組織である。
そんな特殊な組織に、真希のような女子が属しているのにも訳がある。
彼女は、希有な力の持ち主なのだ。
白い刀に力を通わせ、特殊事象に対応する力の持ち主――
そう言った力を持つ人間というのは、決して多くは無い。
老若男女、貴重な戦力としてスカウトされ、人知れず――国家安寧のために尽力しているのであった。
「まぁ、ハンターのことまで手が回らないな」
碧鋼が、頭をがしがし掻きながら、そう言って資料を投げ出す。
真希は、どこか別の事を考えていた意識を引き戻した。
「ハンターって――彼らは、今回の黒幕を倒したってことですよね。
それ専門のってことでしょうか?」
「専門かどうかは解らないが、大抵、雇い主がいて――
何らかの目的を持って行動していると考えられるね」
月長が、変わらず淡々と応える。
「彼らの目的――と言うよりも、雇い主の意向が、たまたま事件解決と一致した――という所だろう」
「――力があるのに、勿体ないですよね」
真希は、そう思った。
あれだけの力を、得体の知れない雇い主のために振るう。
彼らが、その力をもっと正しく使っていれば、ここまで犠牲は出なかったのでは無いか。
そんな想い――どこか八つ当たりに近い考えが首をもたげてくる。
冷静に考えれば、あの解決は――少なくとも、あの場、あの時、あの状況では、最短だったはずだ。
そう解っていても、どこか勿体ないという考えが、ぬぐえなかった。
その後、報告書に関する質疑が続き、真姫が解放されたのは2時間後であった。
最初から口頭で報告した方が、報告書を仕上げるために四苦八苦した時間も省略できて楽だったんじゃ無いか――そんな風に思える程度には疲弊していた。
午後一に会議が始まって――あと少しで夕方という時間である。
ぐったりと疲弊した心に、時間を無駄にしたという印象が上乗せされ、さらにぐったりとした印象を与えていた。
とは言え、せっかく東京支部まで出向いたのだ。
無為にするつもりは無かった。
建物の中をずかずかと歩いて行く。
道すがら、幾人もの職員とすれ違うが、白いブレザー姿の真希は異質だ。
異質なのだが、取り立てて気にされた様子も無い。
時折、顔見知りの職員が、今日はどうしたのと挨拶をしてくる程度だ。
真希が、報告書のことで尋問されてたのと明るく返すと、ご愁傷様と気さくに返された。
珈琲でもどうと誘ってくれる職員もいたが、真希にも目的があったので丁寧に辞している。
そうして、真希は、資料室と書かれた部屋の前にいた。
「いるかな?」
そう呟きながら、部屋の中を覗き込む。
金属ラックに、資料が詰まった段ボール箱が押し込められている。
薄汚れた段ボール箱が、どこか汚らしくも見えたりするのだが、部屋が明るいからか、はたまた掃除が行き届いているからか、清涼な――どこか図書館のような印象を与えていた。
部屋を入った正面に、それこそ図書館ばりにテーブルが備え付けられており、PCを前に司書――資料室の主が仕事をしていた。
「翠央さん」
「――ありゃ。蒔田っちじゃん。どったの」
翠央碧――対特資料室の主と呼ぶ者もいる。
大きな眼鏡を掛けており、どこか垢抜けない――そんな女性である。
二十代――ヘタをしたら真希よりも少し年上程度にしか見えないのだが、実際の所は、誰にも解らない。
資料室の主と呼ばれるだけあって、資料に関する事は、彼女に聞けば、即座に返ってくる。
むしろ、生き字引と言っても過言では無い。
資料以外のことでも、大抵のことは、打てば響くように返ってくる。
「ちょっと聞きたいんだけどさ――」
そう言いながら、パイプイスを引き、翠央の前に陣取った。
手帳を取り出し、スチャと音をさせつつボールペンを構える。
そして、おもむろに絵を描き始めた。
その様を、翠央は、ふんふん言いながら見つめていた。
やがて、そこにひとりの男子学生――? が描き出された。
「ふむふむ。蒔田っちにも春が来たかね」
「――ッ、ち、違いますッ」
一瞬、言われた意味が解らなかったが、理解すると顔を真っ赤にして否定する。
翠央は、その様を見て、楽しそうに笑った。
「この学生服――どこのモノか解りますか?」
「思い人がそこにいるんだね?」
「ち、違――もう、そのネタはいいです」
翠央は、笑いながらも真希の描いた絵を見つめる。
こう言っては何だが――決して上手いとは言い難い。
この絵だけで解れというのは無茶にしか思えなかった。
「写真無いの?」
翠央が絵を指差しながら、真希に問う。
あれば、こうして絵になんかしないだろう。
それでも思わず確認せずにはいられない――
もう少しちゃんとした情報が欲しかったのだ。
「ごめんなさい。写真を撮る余裕が無かったんです」
「だよね。あれば出してるよね。うん」
「はい――」
翠央は、時たま顎に手をやり、目をつぶるようにして考え、思い出したかのように目の前のPCで何かを検索する。
と言う動作を何回か繰り返した。
その間、真希は、翠央の邪魔をするまいと、だまって見守っていた。
何分間そうしていただろうか。
やがて、翠央が、PCのモニターをくるりと真希へと向けた。
そこには、何の写真かは解らないが、男子学生の写真が並んでいた。
「13程度まで絞ったけど、どう?」
「ありがとうございます」
そう言って画面を見つめる。
あの絵を見て、都内だけでもどれだけの学校があることだろうか――それを13にまで絞り込む――その見識には、ただただ驚かされる。
写真には、ご丁寧に学校名、所在地のキャプションまで振ってあった。
見れば、都内に限らず関東六県にまで及んでいる。
一つ一つ、丁寧に記憶と照合していくと――記憶の彼らと一致する写真があった。
「ありました」
「お。どれどれ? ――中原学園だね。結構、いいとこだよ?」
「中原――中野って、馬鹿にして――」
彼らは、真希に問い詰められて咄嗟に嘘を吐いたのだ。
しかしながら、咄嗟だったためか、真実のエッセンスを含んだ物になっていた。
それがまた腹立たしい。
その苛立ちが表に出ているのだが、それにも気付かず、翠央がプリントアウトしてくれた紙を乱暴に掴むと席を立った。
「ありがとうございました」
「はいは~い。お気を付けて~」
つっけんどんとした声になっていたが、一応礼を述べて部屋を出る。
そんな真希に対し、翠央は、手をひらひらと降りながら見送るのだった。
Twitter @nekomihonpo




