表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/20

第二案件 その5

 紫水彰(しすいあきら)千石武臣(せんごくたけおみ)のふたりは、組まれた足場を飛び移るようにして下へと移動していた。

彼らが進む別館は、大規模な改装中らしく、床材、天井材が全くなく、ぶち抜きとなっている箇所も見受けられた。

足場が組まれ、上から下へと移動が可能なように見えるが、しっかりと固定されている訳では無く、この逆さまになった状態では、長時間、体重を預ける気にはならなかった。

ギギギと金属を引っ掻く音がしたかと思うと、彰が掴まっていた足場が、わずかにではあるが、下へとずれた。


「彰ッ!」

「うわっと」


 そう、声を上げながら、近くの柱へと取り付く。

彰が乗っていた足場が、自重に耐えきれず崩れ落ちていく。

鉄パイプが、ガランガランッと大きな音を反響させつつ落下していった。


「バレたかな?」


 彰が、近くまで寄ってきた武臣に問い掛ける。

問われた武臣は、下を覗きながら――どうかなと応えた。


「時間経過による落下物が皆無と言うこともあるまい」

「そりゃ、そうかも知れんが」

「なんだ。バレていたいのか?」

「そういう訳じゃ無いさ。バレていないことに越した事は無い」

「バレるとかバレないとか、そういうことを認識するだけの頭が無いかも知れないしな」

「そう言う事もあるか」

「可能性として――な」


 そして、下への移動を再開するのだった。


 【◇】


「な、なに!?」


 蒔田真希(まきたまき)は、どこかから聞こえてきたガランガランという音に驚き、その場で身を固くした。

右手は、柄へと添えられる。

周囲をゆっくりと見回し、すぐにでも抜刀できるだけの心構えをした。

――ゆっくりと2往復、視界内に動くモノは無い。

ほぅと息を吐き出し、力を抜いた。


 大がかりな改装なのだろう。

階段すらも改装を行っていた。

天井に当たる部分に化粧板すら張られず、鉄で作られた無骨な姿をさらしている。

化粧板が張られていたら坂となってしまう。

そんな坂を下る必要が無いのはありがたい。

真希は、階段を駆け下りた。

急いでいるとは言え、足音には注意を払い、しなやかに――それでいて素早く下っていく。


 4階分下りようかとしたとき、どこかから物音が聞こえてきた。

金属のぶつかる音。

人の声。

そして――オオォォォという声。

声と言って良いのか解らない。

風の吹き抜ける音にも聞こえるが、こんなところで風が吹き抜けるだろうか。

真希は、それを彼らの戦闘音と判断した。

身を隠しつつ、通路を覗く。

人の姿は見えない。

音は先ほどより大きく聞こえた。

このフロアか、もしくは下である可能性が高い。

天井の板が張られていないフレームの上を駆ける。


 衣類売り場の予定地で戦闘が開始されていた。

半分くらい化粧板の貼り付けられた壁や柱を蹴るようにして――彰と呼ばれていた少年が駆ける。


「武臣、採取は?」

「ダメだな」


 ふたりは、ひとりの男と相対していた。

男――外見の特徴から男と呼んだが、人なのかは微妙だった。

フロア内の高さ、およそ3メートル、男の身長が1.7メートルほどだろうか。

その男は、フロアの中ほどに浮いていた。

つまり、足下が70センチほど――宙に浮いているのだ。


 彰が、フレームの上を走る、跳ぶ、壁を蹴って男の後ろへを回り込む。

背後の柱を蹴って、手にした黒い刀を振るう。

男が、その場で回転し振り返る。

その動きにぎこちなさは感じられない。

回転椅子に座って振り返るかのごとく、スムーズなモノだった。

男が、無造作に腕を振り上げる。

目の前を跳んでいる羽虫でも払うかのような、そんな所作だった。

ただし、指先から黒い何かを伸ばしてだが。

それは、真っ黒な爪のようにも見えた。


「うおッ」

「彰ッ」


 振り下ろしていた刀を引っ張り上げるようにして振るう。

黒い爪に合わせるようにして振り抜く。

チッと何かを擦るような音がしただけだった。

黒い爪は、中程から綺麗に刈り取られた。

先端は、ボロボロと瞬く間に粉となり、黒い(かすみ)を残して――それもすぐに霧散して消えた。

その様を見ても、男は表情1つ変えること無く、振り上げた手を見つめていた。


 背後から、武臣が、彰の刀と同じ黒い刀を真横に振るった。

男の右脚を膝下から切り落とす。

ぼてッと鈍い音と共に下へと落ちた。

男は、宙に浮いているにもかかわらず、右脚に体重を掛けられなくなったからかバランスを崩す。

崩れながらも、上半身をひねり斜めに回転を加え――振り下ろすような形でバックブローを繰り出した。

先ほど刈り取られてしまった黒い爪が、今、まさに伸びている最中だった。

武臣は、その爪を防ぐかのように左腕を前へと突き出す。

とてもでは無いが、生身の身体で防げるとは思えない。


「危ないッ」


 思わず、真希は、叫んでしまった。

別段、息をひそめて隠れていた訳では無いのだが、大きな声を出すことが邪魔になるような気がして、はばかられたのだ。


纏繞(てんじょう)ッ」


 武臣が、言葉を発する。

突き出した左腕が、一瞬、像をぶらせたかと思うと、ぶよぶよと膨らんだかのように見えた。

それは液体であった。

多量の液体が、彼の腕にまとわりつき、波立っていた。

男の黒い爪が手に触れる。

その瞬間――黒い爪も液体に包まれる。

とてもそんな液体程度で、勢いを殺せるとも思えないのだが――確かに動きが鈍る。

武臣は、突き出して左手をくるりとひねり、手のひらを外側に出すようにして爪を誘導した。

液体の効果のあるのだろう――爪は、力が逃げるようにして手のひらに沿って移動し、腕の外側を舐めるようにして流れていく。

男の上体が流されていく。

振り抜いていた武臣の刀が、取って返すようにして斜め下から振り上げられる。

そして、音も無く、男の右上腕を切断した。


「でぇいッ!」


 背後から、彰が壁を蹴った勢いを載せ、刀を頭へと突き刺した。

眉間から黒い刃を突き出すような形で動きを止める。

それも一瞬のことであった。

眼窩(がんか)から赤黒い液体を流しつつ、身じろぎ、動き出そうとする。


「しッつこいんだよッ!」


 突き刺した刀に体重を掛ける。

ズズズと眉間から喉へと移動し、そして身体の中へと――

そして気合いを入れて横へと振り抜く。

V字と言うよりは、L字に近い形で斬り割いた。


 傷口からは、赤黒い霧が拡散していた。

赤黒い液体が、流れ出た瞬間、蒸発し拡散しているように見えた。

男が首をひねり、彰の方を見ようとする。

身体を縦断している赤黒い線が捻転(ねんてん)する――


 武臣が、液体に包まれた腕を突き出し男の腹へと突っ込んだように見えた。

真希の位置からは、そうとしか見えない。

一瞬のことであったが、即座に腕を引き抜く。

真希には見えなかったが、手に小瓶を隠し持っていた。

その小瓶に、赤黒い液体を詰めていた。

手早く蓋を閉める。

瓶の中身は、すでに液体では無くなっていたが、赤黒い霧を捕まえることには成功したようだった。


 武臣が、彰に対し、首をくいッと動かす。

それを見た彰が、嬉々として刀を上段へと構えた。


「よっしゃぁぁッ!」


 そこから斜め下へと振り下ろし、横へと振り回し、更に斜め下へと――雷かのような軌跡を描く。


「はッ」


 武臣が、背後から――横に一閃、そこでくるりと手首を返し、下から上へと一閃、そして返して一閃と三角のような軌跡を描いた。

ふたりの刀は、止まらず、更に男を細切れにして行く。

身体の部位が、ぼとぼとッと落ち、血肉の代わりに赤黒い霧を撒き散らしながら消えて行く。

それは、極々僅かな時間での出来事であった。

真希が口を挟む余裕など、微塵もありはしなかった。

原形を保つことの出来なくなった男に、興味でも失ったかのように――とどめは刺し終わったと言わんばかりに、ふたりが刀を払い鞘へと納める。


「ちょっと」


 真希が、ふたりに話を聞こうと声を掛けたときだった。

ふたりが周囲を見回し、近くの鉄パイプに腕を回した。


「お嬢ちゃん、気をつけ――」


 彰が、そう声を発したかと思うと、真希は、足下が消失する感覚を味わった。

一瞬にして内蔵が上へと引っ張られるような気持ちの悪い感覚――つい先刻、味わったばかりの感覚だった。

首を動かし、落ちていく先を見つめる。

まっさらな床が目に入った。

ぶつかる――と目をつぶった。

身体は防御姿勢を取ったつもりだが、一瞬という時間の中で、どこまで身体が動いたかは怪しい。

彼女が、覚えているのはそこまでだった。


Twitter @nekomihonpo


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ