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ヤマト西事記  作者: 玄弥
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秋の章 ~第一場・第二幕~

〈冒険者〉が遣わされる。

 この報せは、この地方の重鎮である「キビツ大神殿」をして、激震させるに充分だった。

 何故なら、この〈神聖皇国ウェストランデ〉に於ける〈冒険者〉とは、「人の子に友誼を見せる大妖」や「肉体を持った下級の神霊」などとして捉えられており、ここビゼン伯爵領での扱いは後者だからである。

 しかも、当初「二日ほど待て」と言っていた伯爵の説明によると、〈冒険者〉の総領その人から援助を申し出られ、いかに工面をしようとも話を通すだけで二日はかかると思っていた軍勢が明日には到着する、との事であり、これは神々の住まう〈天津処(あまつどころ)〉からもたらされた慈悲に他ならなかったのだ。

 おかげで、大神殿どころか城の地頭まで巻き込んで、夜を徹して迎幸の準備が慌しく進められたのだった。


 そして当日。

 初秋の日差しの中、神殿長エーリヤ、村長ヒュビネをはじめとしたキビツ村の総員が、碌に足腰も立たぬ老人から乳飲み子に至るまで一人の欠けも無く、村の入り口に整列していた。無論、〈冒険者〉を出迎えるためである。

 それから二十分ほど経過した頃、一人の村人が異常に気付いた。

「姫巫女様、あれは……?」

 村人が指差した方を見ると、南方の空に黒い点が三つほど。それが、だんだんと近付いてきていた。点はやがて異形の姿に変わり、皮膜の翼が空を叩く羽音が伝わってきた。

「っ?! あれは……〈紅翼竜(ワイバーン)〉! 何故このような所に……」

〈紅翼竜〉とは、前肢が翼となっている竜の亜種である。真の竜のように竜の壊息(ドラゴンブレス)を吐いたりはしないものの、長く伸びた尾には猛毒があり、たった一匹で村を全滅せしめるだろう恐ろしい怪物である。それが三匹も。

 だが、〈紅翼竜〉は最寄りでも東方は〈ボクスルト山地〉のような高山周辺にしか棲まぬはず。このビゼンに姿を現すなど論外である。しかし、現実にあれらは存在している。

 恐慌を起こして浮き足立った村人たちを落ち着かせ、避難させるべく、そしてせめて時間稼ぎに障壁呪文を唱えようとエーリヤが〈紅翼竜〉を見据えたとき、その背にある物に気が付いた。

(斎宮家の……御紋? そしてもう一つは……)

 そうだ。あれは〈冒険者〉の、〈Plant hwyaden〉の家紋(ギルドフラッグ)ではなかったか。それに気付くが早いか、エーリヤは声を張り上げて言った。

「皆さん! あれは……あれは、〈冒険者〉様です!! 恐れず、御迎幸を!」

 エーリヤが何度も繰り返して声を上げ、何とか人々を鎮まらせたのと、着地した〈紅翼竜〉の背から武装した集団が降りてきたのは、ほぼ同刻であった。


 先頭の〈紅翼竜〉には、頭から爪先まで重厚な鎧で覆い、盾を携え、腰に剣を()いた戦士。その手には先ほどエーリヤが目にした旗が握られており、この一団の指揮官と見られる。そして細身の体に法衣を纏った男。戦士は種族や性別すら窺えないが、法衣の男は衣から覗く肌に刻まれた刺青から、法儀族だろう。

 右は、同様の重厚な鎧で全身を固めた男。その後には軽装の男が続く。鎧の男はその短躯と兜から覗く髭、そして首に下がった女神ユーララの聖印からドワーフの聖職者と知れる。もう一人の男はヒューマンだ。軽装の中、腕にだけ籠手のようなものを着けている。

 左から降りてきたのは一組の男女だ。その武装は、各所を覆う中程度のもの。男は長い耳をしたエルフで、腰に差した短剣を弄りながら、周囲に気を配っている。女は頭頂部から突き出た獣のような耳と、幾つもの尻尾を生やした狐尾族だ。手にしているのは武器ではなく、竪琴だった。

 そして、彼らからやや遅れて、黒を基調とした揃いの侍女服に身を包んだ少女たちが降りてきた。〈冒険者〉たちの身の回りの世話役を仰せつかっているのだろう。甲斐甲斐しい様子の彼女らは、皆一様に〈神〉に仕えるに相応しい、若く麗しい娘たちであった。


 彼ら六人は呆然と静まり返る村人たちの前まで来ると、先頭の鎧姿の人物が一歩前に進み出て、声を発した。

「皆さん、御免なさいね。驚かせちゃったみたいで」

 エーリヤをはじめ、人々の目が驚きに見開かれる。あろうことか、喉元まで覆う兜でくぐもったその声は、女性のものだったのである。そしてそれを証明するように兜を脱いだ瞬間、黄金色の長い髪がこぼれ、美しい素顔が露わになった。

(えっ?! まさか……。女性が、軍勢を率いるなんて……)

 そう。国の運営……政治や軍事などは男のものであり、女はその隣に(はべ)るもの。それは東西を問わず、かつて〈ウェストランデ皇王朝〉であった地域の常識である。例外は、その実力を以てして〈東跋将軍〉の座を掴み取ったミズファ=トゥルーデぐらいだろうか。

 そんな思いが皆の顔に出ていたのだろう。女性は訝しげな表情をすると、「……私が女だったの、そんなに変?」と問うてきた。

 途端に、人々は土下座の格好で地面に這い(つくば)り、畏れに震え始める。ヒュビネ翁が何とか勇気を振り絞り、喉をつかえさせながら弁明を始める。

「そっそそそのような事は、一切、ございません。 ……もし、お、お気に障られましたならば、そのっ、……平に、ご、御寛恕(ごかんじょ)、頂きたく……」

 相手は不老不滅の肉体を持ち、〈紅翼竜〉の如き恐ろしい怪物を乗騎として飼い馴らす〈神〉である。その勘気に触れ、ひとたび〈荒魂〉(あらみたま)に変ずれば、このような村など瞬きの間に消えてしまうかも知れぬ。そのような畏れが、一同を支配していた。

「ああもぅ、そんなに畏まらないでよ。ほら皆さん、顔を上げて」

 慌てたように言う〈神〉の苦笑顔を恐る恐る見上げて、その勘気が解けたと知り、ようやく人々は安堵するのだった。


「自己紹介が遅れましたね。アタシの名前は七瀬(ななせ)。この先行小隊を率いる指揮官で、〈守護戦士(ガーディアン)〉。暫く、この村でお世話になります。宜しく!」

 鎧姿の女性〈冒険者〉はそう言って、ぺこりと頭を下げた。その様子は溌溂としていて、背の中ほどまですっと伸びた金髪とともに、優しげな、やや垂れ気味の翠の瞳とよく似合っていた。神らしからぬ、威厳に欠けた姿ではあったが、それが逆に人々に親近感を与える結果をもたらしていた。

 本来は、このような明るい雰囲気で皆を纏め上げる類のカリスマの持ち主なのだろう。


「私はドミノ。この小隊の〈軍師〉を務めております。また〈吟遊詩人(バード)〉として、方々の支援を承っております。どうぞお見知りおきを」

 続いて、狐尾族の女性が挨拶する。

 またもや女性、しかも狐尾族の者が副士と名乗り、僅かに村人たちに動揺が走る。しかし、先ほどの失態を繰り返したくはないのか、〈冒険者〉たちには気付かれずに済む程度のものだった。むしろ、この村にも少数ながら住まう獣人族に希望の表情が浮かぶ。

 普段より蔑まれてきた我らの種族にも〈神〉はおわすのだ、やはり我らも〈善の種族〉なのだと天も認めておられるのだ、と。


 更に続けて、ドワーフ〈施療神官(クレリック)〉のタカヒロ、エルフ〈暗殺者(アサシン)〉の朧夜、法儀族〈妖術師(ソーサラー)〉のウィンザー、ヒューマン〈武闘家(モンク)〉の孔雀たちが代わる代わる挨拶を済ませてゆく。

 最後に、三人の侍女たちが完璧に躾けられた仕草で頭を下げてゆく。 と、エーリヤはその中の一人に目を(みは)り、思わず声をかける。

「貴女、もしかして……メーライ?」

「はい、お姉様。 お久し振りで御座います」

 それは、三つ年下の妹、メーライだった。

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