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ヤマト西事記  作者: 玄弥
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秋の章 ~承前~

〈神聖皇国ウェストランデ〉の西方、ビゼン伯爵領。その中心たる〈窯の街ガルドクロウ〉城下から徒歩で三時間ほどの距離に「キビツ大神殿」はあった。

 季節は春。咲き乱れる桜の中、大神殿の離れに据えられた「占殿」において、毎年恒例の神事が行われようとしていた。


 小さな民家ほどの占殿から、透き通るような、それでいてよく響く女の声が拡がる。聞けば、それは祝詞(のりと)であった。

 中では蒸籠(せいろ)(しつら)えた釜で湯を沸かしており、その目の前では赤い袍衣に紫袴の装束を身に着けた女〈神奉官(カンダチ)〉……〈冒険者〉にとっての〈神衹官(カンナギ)〉にあたる職業……が座し、祝詞を奏上している。

 美しい女であった。

 腰の上辺りで切り揃えられた真っ直ぐな黒髪は、金色の(ティアラ)とよく似合っている。切れ長の瞳の目尻と薄い唇には紅が引かれ、白皙の肌を際立たせている。年の頃は二十歳を越えてはおるまいが、その身に湛えた威厳は、このキビツ大神殿の神殿長たるに相応しい。

 己が家門の重みに対する自覚と、それに耐えうる修行を積んできた自負によるものだろう。

 彼女の名はエーリヤ・カーイェ。周辺に五つの分神殿を配し、仕える神官は三百家に及ぶ「キビツ大神殿」の神殿長であり、アルヴの文明が崩壊した〈混乱期〉よりその地位にあり続けたカーイェ一門の若き当主である。


 殷々(いんいん)と響く祝詞に呼応するかのように蒸籠から湯気が立ち昇る頃、エーリヤに向かい合う形で釜の前に立つ巫女が米を蒸籠に入れ、混ぜ始める。

 これぞ〈鬼唸りの神事〉。かつて、このビゼン伯爵領で暴虐の限りを尽くした末に封印された〈悪鬼〉(オニ)の王、〈鬼王ウラ〉を祀り、怒りを鎮めるものだ。

 巫女の手より神饌を捧げ、その見返りとして一年の吉凶を鬼の唸り声の様な音にて告げられる――はずだった。


 祝詞が終わりを告げた直後、突如として耳障りな重い金属音がその場に鳴り響いたかと思うと、朦々(もうもう)と湯気が立ち込め、同時に熱い湯が床を濡らした。

「あ、熱っ! 一体何が……」

 エーリヤが慌てて立ち上がり、両手で湯気を振り払いながら周囲を見回す。 と、(もや)の向こうに巫女の姿が見えた。部下の無事に安堵しつつ近付き……ぎょっとして足を止めた。

 巫女の顔は驚愕の表情に固まり、全身をわなわなと震えさせているではないか。そして、視線はある一点に据えられたままだ。

 その視線の先を追ったエーリヤもまた表情を凍りつかせ、ぞっと全身を粟立てる。唇が震え、悲鳴すらままならぬ。

 外で待たせていた高位の近侍や侍女らが、異常を感じ取り「神殿長、何事ですかっ!」「エーリヤ様?!」と口々に言い立てながら扉をくぐる。 ……そして、見てしまった。


〈鬼王ウラ〉への慰撫の(しるし)にして封印の要たる大釜が、真っ二つに割れている光景を。


 あまりの出来事に誰もが声を失い、場がしんと静まり返る。 長いようで短いような、時間の感覚さえ狂う重苦しい静寂を破ったのは、エーリヤの言葉だった。

「皆、これは決して口外してはなりません。 いいですね?」

 一様に皆が頷く。 話せるはずがない。

「〈鬼唸りの神事〉はこれまでとします。各々の仕事に戻りなさい」

 神殿長の言葉に従い、一同はばらばらと散っていく。 そうして一人になったエーリヤは、毅然とした態度で立っていたが、皆の姿が見えなくなると途端にその場に崩れ落ちた。

(どうすればいいの? どうすれば……)

 独りの少女は、ただただ俯くばかりだった。

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