小鬼
僕が呪われたのは、生まれてすぐの事だった。
「忌々しい子…あの人とあの女の子…。お前は決して大人になれない、生まれながらに人間ですらないっ!」
顔はぼやけて全く覚えていないが、不思議とその女の言った言葉は僕の心に刻まれた。
息を軽く吹き込み、紙風船を膨らませる。
「…ほらよっ」
僕が放り投げると楽しそうに笑って遊ぶ頭一つ僕より小さい子供達。
無邪気だ、本当に。
日の光の下で生きている。
僕とは無縁の。
「…よう、待たせたな化け物」
傘を深く被った侍が、嫌味に笑う。
下から睨みつけてやると、そいつは上から見下ろしながら鼻で笑った。
「例の物、持ってきたんだろうね」
何時ものようにそう切り出すと、差し出された物を奪い取ってやった。
「全く変わった化け物だよお前は、金と一緒に菓子を要求するとわな」
そいつが話しかけて来るが、無視して渡された物を口に放った。
だがそいつは全く気にした風もなく、いつも通り依頼内容を口にした。
「次期将軍、最有力候補を殺れ」
それには流石に、僕も菓子を取ろうとする手を止める。
「出来るか?」
顔を向けずに尋ねてくるそいつに、暫くしてから一言答えた。
「やる」
夜になり、標的がいるらしい大きな屋敷の屋根を、木の上から見下ろす。
「今回狙うのは将軍の実子、鶴千代だ。何でもまだ十代なんだとよ。可哀想にな…て、お前…そろそろ菓子食うのやめないか?」
「あー…、気にしないで続けて」
話を聞きながらバリバリ食べると、そいつは一つ肩を落とした。
「頼むから…仕事中くらいは食べるのやめてくれ…。頼むから」
「うん、気が向いたらね」
僕がそう答えると、そいつはまた一つ肩を落とす。
気にせず屋敷を眺めていると、標的の居るであろう場所の明かりが消える。
「…さて、しょうがないから行くか」
まだ金平糖の入った袋を置くと、木の枝の上にから屋根に飛び乗った。
広い庭に降り立つと、すかさず背負えそうな程の氷の手裏剣を作り、標的が眠っているであろう場所に投げ込んだ。
奥で鈍い音がし、追いついてきた侍が歓喜の声を上げる。
「さすが氷雨だ!次期将軍候補も一撃とはもう笑いしか出ん!」
少し控えめにそいつが高笑いするが、何か納得のいかない違和感を感じていた。
「何か変」
「変なことなどあるものかっ!今の音聞いただろう、バッサリだぞバッサリ!!」
浮かれ過ぎなそいつをいい加減鬱陶しく思いながらも、何か来ると感じて迷わずそいつを屋敷の茂みに放り投げた。
低い悲鳴が響く。
そこに僕が投げた手裏剣が、比べ物にならない程の勢いで帰ってきた。
頬を少量の鮮血がつたう。
何だか面倒くさい事になってきた。
いつもは一撃目で相手が戦意喪失して、死んだことにして欲しいって色々くれるんだけどな。
侍は狙い通り完全に伸びてくれたようで、それはいいんだけど。
「あんまり興味なかったんだけどな。…暇つぶしには丁度いいかもね」
こんな威勢のいい反応は初めてだった。
柄にもなくどんなのが出てくるか少しワクワクしている。
「鶴千代…だったっけ、顔を拝ませて貰うよ!」
無数の氷の手裏剣を代わる代わる両手で交互に、これでもかと言うほど投げ込む。
それにまるで応えるように、それを全て弾く音がする。
間違いない。
中に僕と同じ、化け物がいる。
大体位置がわかった所で、よく滑りそうな氷の坂を作り出し、さっきの手裏剣に乗って一気に中に滑り込んだ。
屋敷の中は薄暗く、僕が滑り入って行くことで畳が無残にも紙切れのように吹っ飛んでいく。
その先に、パッと光を灯したような白い衣の若い男がいた。
物凄い速さにも関わらず、そいつに視線が止まる。
こいつが…鶴千代。
「…そこまでだ小僧!」
ムサ苦しい声が頭上から降ってくる。
それと同時に物凄く大きな奥義が、僕の視界を覆う。
やはりそうだ、僕と同じ匂いがする。
「待てっ!」
叫んだ声が聞こえたと同時に、後頭部に打撃を受ける。
あーぁ、まだ金平糖…食べきってないのに。
そう思いながら、僕は体が地に落ちる感覚を覚えながら静かに目を閉じた。
遠くから、誰かの声が聞こえる。
何か言い争っているようだが、よく聞き取れない。
「若様!子供と言えど賊ですよ賊!?」
「そうだぞ鶴坊。庭で伸びてたのは別として、こいつはちょっとばかし危なすぎる危険児だと俺様も思うよ」
騒ぐ二人が囲んでいる男は随分落ち着いた様子で茶を啜ると、一息置いたあと口を開く。
「子供は我が国の未来を担う国の宝。どのような事情があろうと、手にかけることは許さん」
そう言って落ち着き払ったまた男が静かに茶を啜ると、堰を切ったように他の二人が声を上げる。
「とか言いながら萌えてんじゃないでしょうね!このロリショタ野郎!!」
「萌えるんならこの俺様の男気に燃えろ!さぁ、朝まで熱く語り合おうぞ鶴坊!!」
乾いた、しかしスカッとする音がした。
瞑った目を開くと、男がハリセンを片手に二人を見下ろしている。
「お前達、少し黙れ」
化け物地味た残りの二人が恐怖している。
やばい、ちょっと僕も怖い。
「しかし、若様…?やはり無罪放免と言うわけには…」
「そうだぞロリショタ。子供には躾が必要なときもある」
また乾いた音が響く。
「私はロリショタではない。繰り返す、私はロリショタではない」
「まぁ落ち着け鶴坊、冗談だって」
掴み掛かられながら何だか嬉しそうなおっさん。
カオスだ。
その言葉につきた。
そこへ三人の視線が僕に向けられる。
やばい、変なヤツらに見つかった。
僕は生まれて初めて、凍りつくような旋律を味わう。
「あら〜、ボク起きてたの…?」
「心配するな小僧、俺様がたっぷり可愛がってやる…」
物凄く優しそうな声を出しているが、顔に落とされる影が怖い。
「…待て」
しかしそのため息混じりの声一つで、他の二人は僕から遠ざかって行った。
ホッとひとまず安堵する。
「お前の仲間は捕まった。時期に流刑になるだろう」
そう言いながら、代わりに例の男が僕の側に座る。
「そうなんだ…」
うざったかったとは言え、長いつき合いだったので流石に少し思う所はあった。
「宿が無いならここにいればいい」
続いて飛び出した言葉に、思わずその男を凝視する。
「わっ、若様ちょっとまっ…!」
「流石に正気の沙汰じゃねーだろ鶴坊!?」
声を上げる二人に、若様がまたハリセンを出すと、おずおずとその二人は襖の向こうに身を隠す。
「お前は選ばれた鬼の子。必ず鬼神になれることだろう。鬼退治、してみないか?」
正直この時点では良く意味がわからなかったが、額に当てられた手が冷んやりと冷たかった。
少し口籠った後、その手が離れていった時、こめかみに水気を感じながら言った。
「やる…」
もう忌々しい子などではない。
きっとここで、生まれ変わってみせる。