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江鬼神のリョカ  作者: 辻村深月
3/6

在りし日の夢

黒い影が迫っている。

町の娘がまだ幼い子供を連れて、細い道を逃げて行く。

ダメだ其方に行ってはいけない、その先は行き止まりだ。

泣いて震える彼等の前に、黒い大きな影が落ちる。

そして…。





ハッと目を開け、無駄に広い部屋の天井を見上げた。

重い体を起こし、片手で両目を覆う。

また、この国の民が死んだ…。

暫くして徐に目を覆っていた手を離す。


「鬼め…」


目にものを見せてくれる。

そう思いながら、今日もまた再び刀を取った。





「氷雨!ゴロゴロしてないでたまには掃除でも手伝いなさい!」

「はーい」


やる気のない声で答えたのみで、まったく動こうとしない氷雨を布団から転がすように引っ張り出した。


「乱暴だなぁ…」

「アンタ少しはそのたるんだ精神なんとかしなさい。ロクな大人にならないわよっ!」


私がそう言うと、氷雨は妙な顔をしたまま黙り、再び手にしていた本に目を落とした。


「大人になる日なんて来ないよ」

「…氷雨」


部屋に重い空気が漂う。

私は何て話しかけたら良いかわからず、ただ氷雨の小さい肩に手を伸ばす。


「ごめん氷雨私は…」


しかし触れた瞬間、氷雨の姿が煙と共に消えた。

切りから反射的に顔を庇ってやり過ごすと、氷雨のいた所に『バーカ』と書かれた張り紙が落ちていた。


「氷雨ったら…もう変なことばっかり覚えて」


そう言いため息をついながら、紙を見つめ肩を落とした。


「おいおい嬢ちゃん、うら若き乙女がため息なんざ随分悩ましそうだな?」


不意に落とされた渋い声につられ、まるで気配を感じなかった背後を振り向く。


「雷蝉殿!いつお帰りに!?」


振り向いた先の影から現れた男性に、つい口元が緩む。

そんな私の頭を雷蝉殿は掴むと、グリグリと大胆に掻き回すように撫で下ろした。


「なーに嬉しそうな顔してんだ、この嬢ちゃんは」

「ちょっ、雷蝉殿!髪が乱れますっ!!」


グリグリとなお撫で回す雷蝉殿にそう訴え、ようやく私の頭が解放された。


「…そうそう土産だったな。ちゃんと買って来たぞー、俺様は律儀だからな」

「わー!ありがとう御座います!!」


風呂敷を広げ土産の品を並べる雷蝉殿に、待ってましたと言わんばかりに手を合わせて喜んだ。

我ながら現金な女です。


「ところで氷雨はどうした?厠か?」


煙管を加えながらそう雷蝉殿が切り出すと、途端に気分が沈んだ。

そんな私を見て、雷蝉殿は何か悟ったのか一度煙を吐き出すと考え深そうに告げる。


「まぁ、何だ。鬼に呪われ生き残っちまった者の道は二つに一つ。星の数ほどの鬼を滅し鬼神となるか、魔道に堕ち自らも鬼となるかだ」

「…はい、わかっています。しかし」


視線を落とし押し黙る私に、雷蝉殿は一つまた煙を吐き出すと、ポツリと呟いた。


「わかっちゃいても割り切れねーか…。難儀な事だ」


雷蝉殿の言葉に、私は更に肩を落とした。

氷雨はどこにいるだろう。

きっとまた、屋根に登り空でもみつめていると言ったところだろうか。

私は皆の力になれているのだろうか。

弱い私は、自分の行く道すら曖昧でこの力を持て余している。


「悩んでも答えなんか簡単に出やしねーよ。まぁ、ちっと頭冷やせ。いいな」

「はい…」


首を一つ立てに振りながら、雷蝉殿の煙管を見つめた。





一年前。

奇跡的に生き延びた私は、鬼の呪いを受け朧への憎悪の所為で著しく鬼になりかけていた。


「近寄るな…!決して許しはしない…人間、全て消え去ればいい…!!」


そんな私を近隣の村人が鎌や鍬を持ち寄り囲む。

それも相まって、最早意識は鬼の力に殆ど呑まれてしまっていた。

私の恨言に更に騒ぎ立てる村の住人達。

そこへ、一つ、また一つ。

ある足音が近ずくにつれ、あんなに騒いでいた者達も皆黙り込み、その人の為に道を開けた。

黄金の鶴の描かれた白い衣を纏い、その人は全て見透かしたような目で私を見ていた。




スパンと音を立て、戸が勢い良く開かれ私はハッと我に返る。


「おぉ!?久しいのぅ鶴坊。今日も威勢がいいことで…」


悪戯っぽく雷蝉殿がそう言うと、上様はケラケラと笑うその姿を視線で黙殺した。


「鬼が出た、行くぞ。…雷蝉お前も来い」

「へいへい、仰せのままに」


スッと立ち上がり直ぐさま上様に着いて行く雷蝉殿を見て、私も顔を両手で軽く叩いた後それに続いた。





深夜。

月明かりに大きな影を落とし、揺らめきながら彷徨う鬼の前に立ち塞がり鉄扇を大きく広げる。


「…やっと現れたわね」


私がそう言うと、鬼はなんとも言えない情け無い唸りを上げた。


「おぅ鶴坊。こいつで間違い無さそうですかい?」

「あぁ、間違いない。…存分に相手をしてやれ」

「そいつは楽しみだ。久々に腕が鳴る」


そう言ってニヤリと笑った雷蝉殿に向かってプッキュー

シンアが戻ったらビクビクしながらも正気だとわかると普通に合流。

目が赤くウルウルしている。

シンアの呼びかけに飛びつく。

顔を仮面にスリスリ。

、鬼が手にしていた金棒を飛ばす。

雷蝉殿はそれを軽々と片手で受け止めると、あたかもそれを待っていたと言わんばかりに笑う。


「…おいおい、カーちゃんに習わなかったか?鬼に金棒持たせんなって!!」


雷蝉殿は自身の身体より一回り大きな金棒を振り回し、まるで風船か何かのように鬼を弾き飛ばす。

しかもそれで終わりではなく、追撃で鬼の頭上より雷鳴と共にその体に金棒を突き刺す。

金棒はその凄まじい攻撃に耐え切れず、鬼の身体の一部と共に朽ちた。


「チッ…。全くこの程度に耐えられんとは脆い得物だ」


雷蝉殿の気がそれた内に、いそいそと逃げようとする鬼の背後をとり、そのまま鉄扇を振り下ろした。

月明かりが、何処と無く少し柔らかくなった気がする。


『ありがとう』


一瞬、上様の頭上に白い手が見えた気がし目を擦り上げて再び上様の上を見上げる。

しかしそこには何もなく、私はただ小首を傾げた。


「何を見ている。用は済んだ、サッサと帰るぞ」


…働いたのは私達なのに何たる言い草。

少し不機嫌に上様を真似て眉を動かすと、雷蝉殿に肩を叩かれ仕方なく主人の後を追った。




早朝。

寝ぼけ眼で目を開けると、どこからともなく笛の音が響いている。

気配がしたので横を向くと、珍しく氷雨が布団から顔を出してそれに聞き入っていた。


「ねぇリョカ、考えたんだけどさ…」


氷雨がそう言ったと思ったら少し黙り込み、考え深そうに私を見ながら少し照れた顔で告げた。


「僕…いつか鶴吉様みたいに成りたいなぁ」


その言葉に、私の顔は著しく盛大に崩れていったに違いない。


「止めときなさい!あんなの一人居れば十分でしょう!?」

「なっ、何だよそれ!何でリョカが怒るんだよ!?」

「知らないわよそんなの!」


小突き合いが枕投げに発展しながら騒ぐ私達に、奥で眠る雷蝉殿の深いため息が漏れた。




在りし日。

小刀を放ると、その人は言った。


「そのまま人を呪い、鬼に呑まれるのならば今すぐこの場で自害しろ。人として死にたいのならな…」


私はあれ程口にしていた恨言も言わずに、黙ってそれを聞いていた。

そして思った。

死にたくはないと。

そんな私にその人は真っ直ぐ畳み掛けるように告げる。


「死ぬのが嫌なら闘え。国の為、民の為、そしてお前自身の為に、世の手となり足となって悪鬼共をねじ伏せよ」


朧…私は立ち上がる。

この人の元で。



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