殲滅せよ
心地の良い朝。
心地の良い天気。
心地の良い春風…。
何と素晴らしい日なのだろうと、お茶をすすりながら縁側でホッと一息をついていた。
くノ一のリョカ、久々の至福の一時であります。
あのバカ殿もとい鬼将軍に振り回される事もなく、歳下の氷雨にグサリとくる一言を言われるでもなく…何と幸福なのでしょうか。
茶菓子を一口大に切り口に運ぶと、またより一層眺めが良くなった気がするこの頃。
そんな事を延々と考えながら、私は休みを満喫していた。
至福の時との別れは、至極あっさりと訪れた…。
「リョカは居るか」
音を立てながら戸を全開にされ、思わず菓子が皿からこぼれ落ちそうになったのをなんとか阻止する。
そんな動作をした後固まったまま唖然とする私に、上様は不機嫌に眉を寄せると、ピシャリと一言、言い放つ。
「何をしている…、下町に降りるすぐに用意しろ!」
そしてまた戸がまた音を立てて閉まった。
…くノ一のリョカ。
本日は、休日返上でお勤めになりそうです。
城下町出てどれくらいだった事か。
私達はまたより一層、一通りの多い場所を堂々と歩き回っております。
正直ひやひやするんですが…。
「あの、上様? おしのびなワケですし、もう少し人目を避けられては…?」
しかし上様は振り向きもせず地図を見ながら淡々とまた答えられた。
「バカ者、上様と呼ぶ奴があるか。ツル吉と呼べ。むしろ余り周りを気にし過ぎると目立つぞ」
…多少ムカッとくるところは有りますが、そこは一先ずこの場は心の片隅に置いといて、本題に入りましょうか。
「一体何をお探しですか?命じて下されば 調べて参りますが?」
「それには及ばない。既に氷雨を偵察に向か
わせてある」
それを聞いて稲妻に打たれたような衝撃が私の体を駆け巡る。
「上様…失礼ながらあの氷雨にで御座いますか?あの?」
先ほどまで茶を啜って置いて言うのも何ですが、あの煩悩の塊に!?
…絶対に寄り道している。
そう確信しながら上様の様子を伺った。
「あぁ、だから氷雨が道草を食っていそうなところを回っている」
平然とそう答えられ、もう魂が抜けそうになった。
成る程、これはでは休日返上で駆り出されますよね…。
「では私一人で探して参りますので、上様はお城に…」
胸に手を当てそう申し出たところで、上様にそれを制止されてしまった。
「そう急くな、氷雨ならば放って置いても大丈夫だろうし城に戻れと言っても戻らんからな。…そんな事をより仕事だリョカ」
いつの間にか人気が無くなった通りで、上様が立ち止まりそう言った。
静まり帰った通りで、不気味な気配を感じ私は周りに警戒し身構える。
「…命令だ、一体残らず殲滅しろ」
素早く忍装束を纏い、鉄扇を構えながら上様に答えた。
「仰せのままに」
「…まったく、かったるい」
べっこう飴をなめながら、ついあくび混じりに呟いてしまった。
上様も、たまにはゆっくりしてもいいと僕は思うんだけどなー。
リョカは今日休みか、いいな…。
そんな事を考えながら問題の通りに踏み込み空気が変わった。
バサッ…。
突然弾丸のように飛んできたつぶてにより、持っていた袋のべっこう飴が軽い音を立てこぼれ落ちる。
「………。」
黙ってそれを眺めた後、反射的に怒りに任せ、後手で氷の手裏剣を投げる。
そして、投げた方から鈍い音と雄叫びが響くと、物陰に隠れていた鬼が消え失せた。
しかしそれを聞きつけたのか、ワラワラとウザいくらいに小物が群がって来るのがわかる。
「まったく本当にかったるい。…食物の恨みを知れ」
掌上に飛びっきり大きな手裏剣を創り出すと容赦なくそれを怒りのままに投げつけた。
殲滅しろ…か。
本当に、簡単に言ってくれる。
そう思いながら鉄扇を片手に広げ、セッセと沸いてくる鬼を薙ぎ払い続けた。
「切りがありませんね…」
流石に私の息も少し上がり始め、中々にピンチと言うところでしょうか。
また一際大きな鬼を倒した所で、動きが鈍り対応が遅れた。
「上様!?」
鬼達が私を避け、上様の方へ向かって行く。
そうはさせないと鉄扇を大きく開いた時、一筋の笛の音が響く。
その音が辺りを包むと同時に、群がって行った鬼達が、光と共に吹き飛んだ。
「…魂鎮めの笛!?」
私は思わず飛び退き、鉄扇で飛んでくる鬼から身を守った。
そうしている間にも笛の音で、残りの鬼達も苦しみ出し動きが止まる。
その隙を見て、私は笛による上様の簡易結界の中に身を寄せた。
「まったく持ってるんなら早く使いなさいよバカ殿…」
「何か言ったか?」
「いえ何も」
上様の追求の視線を受けながらも、最早虫の息の鬼どもに向け、渾身の力で鉄扇を振るった。
「次は迷わずあの世へ行くことね」
そう言ってまた一つ、鉄扇を振り払った。
嫌な空気が消え去り、町にいつもの活気が戻ってきた。
もう暫くはここも安心でしょう。
そんな所へ、見慣れた顔がひょっこりと姿を見せる。
「あぁ!?」
「あれ…? 何やってるのリョカ、今日休みだったよね?」
最早堪忍袋の限界でありました。
「元はと言えば…アンタが〜!!」
グリグリと容赦なく氷雨のこめかみを挟んで締め上げる。
「アダダダっ!ちょっと待って何!?僕さっきまで働いてたから疲れてるんだけど!?」
「問答無用!」
私達の様子を、上様がため息をつきながら眺めている。
私は今日一日潰された分、気の済むまで氷雨と追いかけっこを続けた。
「待ちなさい氷雨ー!」
「…もう勘弁してよ〜!」
夕暮れ時、川沿いに私と氷雨の影が夕日を浴びて長く伸びていた。