主君を探して
天が泣き、雷鳴轟く夜。
「ずっと、こんな日を夢見ていた」
私の髪を鷲掴み、かつての親友がそう囁く。
「朧、なんでこんな事を…」
掠れる声を振り絞り、未だ混乱する頭で辺りを見回した。
そして、最後にあちこちに血黙りを作り上げた張本人を見上げた。
そこにはもう、私の知っている眼立たない内気な少女はいなかった。
恐ろしく美しい死神が、口元に弧を描き私に刃を振り下ろす。
「さようなら、リョカ…」
翌年の江戸城内。
「上様!上様はどこ!?」
私は慌ただしく、広い廊下を歩き回る。
今朝からまったく姿が見えない城の主を探して。
第24代将軍、徳永鶴吉。
齢17にして当主となった我が主は、今この国で一番の話題の人物。
城下町では誰もがその人物像について語り合い、話に華を咲かせている。
ただし、決定的に困ったことが一つ。
見ての通り、目に余る放浪癖がかなり際立つお方なのだ。
「リョカ殿!リョカ殿っ!」
世話役の橋場殿がそう叫ぶと、私は軽く返答しすぐさま声のした方へ向かう。
「橋場殿、見つかったのですか!?」
「それが…」
橋場殿が沈んだ顔で差し出した紙を見て、きっと私は何とも言えない静かな怒りを顔に出していた事だろう。
「あの…っ!バカ殿がー!!」
橋場殿から紙を受け取ると、私は怒りのままにそれを破り捨てた。
そこにはただ一言、『下町を見てくる』とだけ書かれていた。
「鶴吉様。リョカに内密にして来てしまいましたが、宜しかったんですか?」
城内で今、最年少である忍の氷雨が、美味そうに菓子を食べながらそう尋ねて来たので、頭を軽くなでてやった。
「お前が居るなら心配はないだろう。それにアイツが居ると色々と五月蝿くてかなわないからな」
「そうですか、まぁ…確かに五月蝿いですよね」
氷雨は理解のある子で良い。
だが、旅装束で顔を隠しながら子供を連れていて、人さらいが変質者に間違われないか不安にはなってきた。
実際周りにかなり人集りが出来ているような気もする。
「それと氷雨、今の俺はただの下町のツル吉だ。よろしく頼むよ」
「はーい、ツル吉兄さん」
あまり関心が無さそうにそう言う氷雨を連れて、茶屋を後にした。
近頃、この辺で悪い噂があると言う。
人の皮を被った化け物が、夜な夜な現れては頭から人を喰らうのだと。
「それで、何か気になる情報は手に入りましたか?」
本来自分の仕事であるにも関わらず、まったく悪びれずにそう尋ねた氷雨に、視線を送ると、再び前を見て告げる。
「あぁ、収穫はあった。行くぞ」
氷雨は菓子を取る手を少し止め、ジト目で此方を見ると、黙ってそのまま俺の後に続いた。
「あのバカ殿〜、一体あいつどこ行ったのよ…」
町娘に化け、途方に暮れながら彼方此方を歩き回る。
私の気分とは裏腹に、町は活気で満ちており、華やかな独特の賑わいが伺えた。
近代、外国からの輸入で開発が進まむこの江戸では、華街に似つかわしくない機械や工場が目立っていた。
まぁ、根っからのアナログ人間の私には余り縁のない世界だ。
あのバカ殿、仮にも将軍なら携帯くらい持ち歩いてくれないものかしら。
とはいえ私が扱えなければまったく意味を持たないのだけれど。
「もし、何方か…ちょっとムカつくくらいサラサラな髪を結い上げてる黒髪の男と、生意気そうな異国風の着物を着た子供を見ませんでしたか?」
私が引きっつた笑顔でそう言うと、下町のお嬢さん方は頰に手を当てて答える。
「あぁっ!あの素敵な方と可愛らしい坊やね、見ましたとも!」
…割と聞いた方が早かった。
拍子抜け過ぎて少し歳をとった気がしながらも、気を取り直して尋ね直す。
「それで、その人達はどこに?」
「お寺の方に向かったけど…大丈夫?今からそっちに向かうと日が暮れるよ?」
「構いません、ありがとうっ!」
お嬢さん達に礼を言うと、人目のない小道を抜け、屋根ずたいに風を切りながら走った。
黄昏時、薄暗くなった辺りを伺いながら、問題の寺に近づく。
最早廃墟に近い状態のそこは荒れ果てており、なるほど中々の不気味な空気を漂わせていた。
「当たりのようですね」
「あぁ、後は獲物が釣れてくれるといいんだがっ…!」
そう言い切った所で、殺気を感じその場を飛び退いた。
それと同時に、背後から迫っていた人物の手が地面に突き刺さる。
見た目はただの町人、しかし骨骼の位置が明らかにおかしい。
「鶴吉様っ!」
氷雨がそう叫ぶと、間一髪で迫って来た化け物の手から逃れる。
「鬼め、一体何人の町人を平らげた?」
人の皮を被った鬼にそう告げると、ただただ低い雄叫びだけが帰ってきた。
どうやら人語を話すのはまだ無理らしい。
「…早めに見つかってよかった。これで少しは被害を食い止められる」
大きく唸り声を上げ、鬼が遂に皮を突き破ってその鋭い爪で襲いかかってくる。
そこで風が通り過ぎた、一筋の花びらと共に。
「薙ぎ払え、リョカ」
大きな鉄扇が閃いた。
一閃を受け、鬼が跡形もなく闇に消えていく。
一つに縛り上げた紙と、黒と桃色の忍装束を風に遊ばせな、リョカは足を砂利道に滑らせながら降り立った。
「上様っ!氷雨を連れ回したりし下町に降りたりして、一体何を考えているのです!」
私が今日一日分のうっぷんを晴らすべく叫ぶが、このバカ殿はまったく微塵も話を聞いていないのかサッサと歩き出す。
「もう用は無い、帰るぞ氷雨」
「御意」
その姿を見て怒りを通り越して脱力する。
あぁ、どうして私の主君はこんなにも自分勝手なのかと頭が痛い。
しかし視線を感じて顔を上げると、こちらに振り向いて氷雨と共に私を待っている上様の姿があった。
「何をしている、また置いて行くぞ」
そう言って上様はまたスタスタと氷雨を連れて歩いていく。
「ちょっとっ…!待ってくださ〜い!」
私の訴えを聞かずに、自由気儘に闊歩する上様。
我らは鬼環番衆、将軍家に仕える江鬼人である。