最終話
テレビでは連日にわたりオワフ島近況ニュースが流され沸き立っていた。
遮蔽ドームが消えていることに気付いたのは達也等が発電機などを破壊した明くる日の8時20分という、およそ6万の米軍が臨戦態勢で島に上陸し具に島中を捜索したが遮蔽ドームを架けた犯人らは見つからなかった言う。
オワフ島周辺海域は米海軍が完全に抑えており、また空は空軍が日夜捜索に当たっていたため犯人らが逃げ出す隙など有り得ない、以来日夜その謎について報道が繰り返し流されていた。
一方奇跡的に助かった島民も数千人を数えた、洞穴の奥深くに潜んでいた者、大型冷凍庫・冷蔵庫に避難して助かった者 或いは自家発電機で地下室を冷やし生き残った者らである。
彼らの証言に依れば6月11日の夕方 突然衛星放送が途切れ深夜には電話やインターネットも繋がらなくなったという。
停電は翌日の昼頃に発生し 島民や観光客はようやくただ事ではないと気付いて警察やハワイ州政府庁舎に殺到したが係員らも右往左往するだけで何の解決にもならなかった。
6日目には島の気温は50度を超え暴動が相次いだ、マーケットやコンビニ レストランは打ち壊され食料強奪に死傷者は後を絶たず飢えと高熱に人々は次から次へと倒れていったと言う。
10日目には気温は70度を超え島民や観光客の多くは川・池・海を目指したが途中灼熱と飢餓に倒れ、行き着いた者も湯と化した水辺で絶命した。
米政府はホノルルに特別救難本部を設けるとおよそ10万人の米兵やボランティアが島中を捜索し5200人余りの避難者を救出、避難者らは米軍艦船で本土へと送られた。
また日本人観光客10,623人の死亡を確認したが未だ1,000人近くは行方不明で、熱に依る死体の腐敗が進んでいるためDNA鑑定に時間が係るとも報道されていた。
災害から1ヶ月後、米政府より公式見解が発表されたが多くは謎に包まれたままで歯切れの悪い見解に終始し、責任追及の矛先は米議会・大統領府に向けられたが何の解決にもならなかった。
オワフ大災害から1年が経ったころ、次第に災害放送もめったに見られなくなり人々の心から被害の爪痕は消えていった、そんな頃 再び都内のホテルで日本に住む上級人らが一堂に集い会合を開いていた。
「お集まりの諸君、昨年のオワフ大災害は拡散すること無く無事終息した、無事という言葉はオワフ島民や犠牲になった観光客の御霊に対し礼を失するやもしれぬが あそこでくい止めることが出来ねば被害は全世界に拡散していたであろう。
ゆえにあのとき勇敢にも現地で奮闘し拡散を未然に防いでくれた達也・雄三・哲也・祥一君の4人には皆を代表しこの通り御礼申し上げる」
達也の父は居並ぶ達也等に頭を下げにこやかに笑った。
「なお捕らえた一人は混血種集合階層へ放り込んだ、そのさい懸念していた最上級世界の侵攻、つまり上級世界への侵攻のことじゃが…上級世界に行き6日間哲也君と留まって最上級世界の情報を集め分かったことは、20年前とは異なり最上級世界の環境は国策での環境改善が功を奏したのか100年以上前の自然環境に戻っているらしい、このことからこの100年は最上級世界→上級世界→現世といった侵攻の連鎖は起きぬであろうと儂は推論する。
但し今回のような上級世界北方民族の如く法の届かぬ辺境の民が違法なる時空越境により現世に災いをもたらす事件は起こらないとは言えない、よって自警団と命名するは些か面はゆいが我々交代制で今後はこの現世警備と上級世界での情報収集を徹底すべきと存ずるが皆さん賛同は戴けるじゃろうか。
それと先月イタリア組のニコロ・ナッツオーニからも本件については協力の申し出があり、来る10月にイタリアのミラノで合同会議を…」
父の話はその後延々と30分ほども続いた。
しかしあれ以来ミニラニ・マウカラウナニバレーの西斜面奥に有るはずの遮蔽ドーム放射装置と発電機及び関連機器やテント状施設に関しては全く報道に上っていない、辺境の民らはあれから再度オワフに侵入し撤去していったのか…それとも米軍が密かに持ち去ったのか…。
秋が終わる頃、達也の会社では新型円盤状飛翔体の実機完成に色めき立っていた。
6年という異例の速さで試作研究開発を行い実証機3機を経てようやく実機へと漕ぎ着けた反重力飛翔体の完成だ。
ロールアウト(完成披露式典)の日、達也は工場長に案内され工場南のグランドに立った、目の前には黒光りを放つ円盤状の飛翔体が輝き その周囲を多くの報道陣らが取り囲んでいた。
飛翔体は直径30m高さ8m、ちょうど円盤投げの円盤を大きくした形状であろうか、飛翔体の外皮は特殊炭化珪素×ジルコニア断熱複合材で覆われ耐熱温度は優に1600度を超える、また耐圧にも優れ水深2000mに耐える外殻と骨格から成る耐圧飛翔体でもあった。
最高速度はマッハ12、飛翔体内部の重力加速度はGM/R2 と地球上とほぼ同じで地球に対する反発斥力及び引力は-10~+10Gまで調節可能であった。
推進は斥力リニア推進方式で360度どの方向にでも推進可能とし、乗客は機内の万有引力定数が地球と同等に設定されているためマッハ12から一気に零速度になろうとも重力慣性は感じることなく快適な飛翔が体験できる。
但し飛翔体が傾こうが垂直になろうが乗客は気付くことはなく また飛翔中の外の景色は自己が動いているのに景色が後方へ流れていく様に感じ、高速飛翔の醍醐味を味わうことは困難となる、たとえて言えば縁側から見る庭の景色が勝手に斜めや横へ移動しているといった感じであろうか。
達也は案内されて飛翔体のタラップを上った、機内には革張りの優雅なシートが円形に100席ほど配置され既に招待客で満席状態にあった。
達也は案内された席に座ると「まもなく飛行を開始します」と言われ扉が閉まる音が聞こえた。
やがて機体が浮き上がったのか小さな窓から見える工場の屋根は下へ消えていった、その現象は機体の振動・音・加速度が全く感じられないことから あたかも窓にモニターが嵌め込まれているようにも感じられた。
続いて窓には雲が猛烈な速度で下方に走るのが見えた数十秒後 真っ青な空間が目の前に広がった、その時「ただいま上空2万mに達しました、これより当機はマッハ10の飛行速度で米国ロサンゼルス国際空港へ向かいます、到着までの30分間 窓からの景色をご堪能下さい」とアナウンスが流れた。
乗り合わせた招待客らはロサンゼルスまで30分と聞き大きな喚声が沸き上がった、達也は飛翔体の量産と今後の航空業界や宇宙産業の変わりようを考えると思わず笑みが零れ出るのを禁じ得なかった。
その年の12月、スウェーデンのストックホルムでノーベル賞授賞式が行われ、達也は妻志津江と一翔を伴いノーベル物理学賞の受賞式に臨んだ、この数年間何度も受賞候補に挙がったが今回ようやく核子塊超振動による斥力発生(反引力挙動)の実証研究で受賞となったのだ。
授賞式に臨むため達也らは実証機である円盤状飛翔体でストックホルム・アーランダ空港へ飛んだ、空港では一目円盤を見ようと数十万人の見物客で溢れかえっていた。
午後7時、空港のサーチライトに照らされたターミナル脇上空に黒く輝く円盤(UFO)が音も無く現れた、それは直径30mの美麗な円盤で 見物客が見守る中 静かに下降を開始した。
円盤の着地と同時にターミナル中に喚声が沸き上がった、やがて円盤外周の一部が突出すると中からタラップがスイングし そのタラップから達也等が手を振って降りてきた、円盤周辺には数え切れないほどのフラッシュがたかれ ターミナルからは達也等に惜しみない拍手喝采が送られたのだった。
翌年3月、茨城に円盤状飛翔体の生産工場が完成し型式証明取得後の5月より本格生産に入っていった、達也の会社はこの円盤状飛翔体を20年間で2,000機以上の販売を目指していた、これは70-100席クラスのリージョナルジェットが20年間で4,200機になるというJADCの需要予測に基づいて計画されたものだった。
7月、JR東海の中央新幹線に使用の超電導電磁石の発注先が達也の会社に決まった。
従来超電導電磁石のコイルはニオブ・チタン系合金で超電導状態を保持できる温度は4K(-269度)であり、常にこの温度に冷却する必要があった。
中央新幹線の超電導リニアでは、液化ヘリウムを用いて超電導電磁石を冷却し超電導状態を保つ工夫がなされている、しかし達也が開発した超電導電磁石は数年前よりMRIで実証済みの室温超電導のためヘリウム冷却が不要であることが今回の発注に繋がったのだ。
このヘリウム冷却不要に依り、重量及びスペースを取る液体ヘリウム格納容器が削除できること、また動力系も従来の1/2とコンパクト化と軽量化が可能になったことで客席増及びランニングコストの低減に大きく寄与すると新聞各紙に取り上げられた。
これにより達也の名声はさらに高まり今年度のノーベル物理学賞の再受賞が巷で囁かれるようになっていった。
そんなある日、青田教授と8年ぶりに銀座の料亭で落ち合った。
「達也君またまたノーベル賞候補に名前が挙がっていると噂されとるが実際の所はどうよ?」
「さぁ…どうでしょう2年連続なんて有り得ないでしょう、あんなもの1回貰えれば充分でしょうから」
「おっ、達観したことを言いおって、使えきれぬ財を手にしても人間の欲求は際限がないと言うが達也君はそうでもないみたいじゃ、だったら儂らのような貧乏人に多少なりとも散財して欲しいものよ、ハハハッ」
「教授は相変わらずですね、じゃぁ今度は赤坂の超一流の料亭で芸者を呼んで派手にやりましょうか、父も呼んでね」
「おっと、そう言えば君の親父さんだが先月 うちの大学の名誉教授にと招聘の申し入れがあったはず…しかし米国ハーバード大の医学部からも同様の名誉教授招聘の申し入れが有ったと噂を耳にしたが この件で親父さんから何か聞いてない?」
「教授のお話ってこの件でしたか…ええ聞いてますよ、でもこの話 言ってもいいのかなぁ」
「なあに誰にも喋りゃせんよ、実は儂も今年で64になるが来春には身を引こうと思っているのよ…しかし君の親父さんが大学に復帰するとあればもう少し頑張ってみようかなんて考えてね」
「ほぉ教授はもう64にもなられるのですか…そうですよね私が今年50歳になるんですから、まっそう言う話しなら言いましょうか、父には内緒ですよ」
「誰にも言いやせんよ」
「分かりました、この件について父は有り難い話しであるがもう東大もハーバードにも行く気は無いって言ってました、余生は今までの研究成果をゆっくりと纏め過ごしたい…どうやら決心は固いようです」
「そうか…それなら致し方なし儂も辞めるとしよう、しかし親父さんほどの天才 惜しい限りよ、儂なんぞはどう足掻いてもハーバード大から名誉教授で招聘などは有り得ぬ話しじゃからのぅ」
言いながら青田教授は寂しく俯いた。
8月、マウイ島沖2kmの海域に一隻の豪華クルーザーが南に向け航行していた、乗員は達也の家族や父と母であった。
このクルーザーは達也が50歳になったのを記念し購入したものである、本来ならばワイキキの沖に浮かべたかったがオワフ島の大災害は未だ復旧の目処さえ付いていない事からマウイ島の 海に面した入り江に別荘を建てクルーザー停泊施設を設けたのだ。
クルーザー後甲板の側舷を取り囲む様に設えられた柔らかなソファに達也は寝そべっていた、空は深い藍色に染まりカモメが飛び交う大海原にあって達也は薄目を開け回想に耽っていた。
あの混血種集合世界が朧に見えだしてから9年の歳月が経とうとしている、初期は脳の病と苦しんだが…それが上級人の証と分かり故郷とも言える上級世界に憧れた時期もあった。
しかしその夢は脆くも破れ、代わりとして報復の想いも込めその超先進技術を盗み取ろうと足掻いた、その功であろうか今はこうして念願の豪華クルーザーを手に入れ暖かな光りに包まれながら回想に耽っている。
あの苦悩の時期、早坂教授が言った言葉が思い出された。
早坂教授は机上の資料の1枚を裏返すと白地の左端に「アリ」と書き、中央に「人」と書いて右端に丸を書いた。
「さて、アリと人の知能レベルはこれくらい離れているとしよう、それと同じくらい離れているこの右端の丸印に該当する生物は…存在するのかな」
教授は丸印の中にχと描き込んで達也の目を窺う様に見詰めた。
「人が進化の頂点ゆえこの右端のχの存在など君は考えたことも無かろうが、しかしもし存在するとしたら…その生物をアリレベルの人間が知覚できるかということよ…」
あの時…己がまさかχであるなどとは到底考えもせず教授の荒唐無稽な仮説に薄ら笑いさえしたのを今でも覚えている、しかし今は教授の仮説が的を射ていたことに驚きは隠せない。
その早坂教授は昨年世を去った、遺伝子研究に一生を捧げ死ぬ前に達也の父から時空に4つの世界が存在することを教えられ、仮説実証に満足したのかその死の間際 教授は一度は訪れたかったフィンランドのヘルシンキへ連れて行って欲しいと父に懇願した。
父はその要望を快諾すると教授を抱いてヘルシンキへと転位した、遠くにエストニアを望む砂浜で教授は満足げに息を引き取ったと言う。
回想が際限なく続いていく中 波の飛沫が達也の脚にかかり回想は途切れた、達也は半身を起こすと海を見詰めた、遠くオワフの東端にダイヤモンドヘッドが微かに見える、あの頂上に志津江と一翔と登ったのはいつのことだったか。
達也はそう思い反対の側舷を振り返った、志津江と母がソファにもたれ達也の方を見ながら会話をしていた(どうせ俺の悪口でも言っているのだろう…)達也は苦笑しながら再び空を仰いだ。
その空には飛行機雲が大きくたなびいている、その一条の雲の先端に小さく光る点が見えた、あの航空機は方向からして米国本土に向かっていよう、しかし数十年後にはあの飛行機雲はもう見られないだろうと達也は思った。
その時フッと以前父が上級世界で聞いたという最上級世界に昔から伝わる伝説を思い出していた、
それは中期旧石器時代の物語である。
アフリカの奥地に突然変異の双子の女子が誕生した、彼女らは成長につれその超能力は部族の土俗的なシャーマンらを怖れさせ為に故郷から追われた。
彼女らは何故か逃げる様に北を目指した、途中クロマニヨン人らと交配し移動部族を成して60年が過ぎようとしたとき、アラビア半島を目前に年老いた二人の彼女らは相次いでこの世を去った。
そんな或る日、残された子供と孫等48人はクロマニヨン人の父を残しその姿を忽然と消したのだ。
だが子供と孫等は姿を消したわけではなかった、アリの脳ではヒトは知覚出来ないと同様 現生人類の脳レベルでは彼らを知覚することも叶わない最上級人類に変貌していたのだ…。
この短い夏の休暇が明ければ新たに開発する技術は目白押しに迫っている…この先 上級世界より得られる超先進技術には際限は無いだろう、これにより現世未来の技術歴史を大きく変えて行くことになり それは自然界を支配する理法を逸脱する行為となろうか…。
その時達也の胸に一抹の不安が過ぎった、それは自然摂理を犯すことを怖れたわけではない、あの日 闇に忽然と消えたドイツ組を想ったからである。
しかし達也はその想いを振り払うように頭を振ると眼を閉じて再び回想に耽っていった。