第二十二話
3人はホノルル港周辺や水辺に漂う幾体もの死体に暫し釘付けになっていた。
子供の頃テレビで見た「史上最大の作戦」という映画の1シーンでノルマンディー上陸に際し砂浜が米兵の死体で埋め尽くされた光景を思い出していたのだ。
これまで死体など見たことのない3人のショックは尋常ではなかった ただ息付くだけの放心状態で余りのむごたらしさに言葉さえ出なかった。
真っ先に思念で語り出したのは哲也である(達也さん…もう行きましょうよ)
その語りに達也と雄三は哲也の方を見た、哲也は悲しげに遠くワイキキの浜辺を見ていた。
その浜辺には無数の黒点が点在して見えた…たぶんあの黒点も死骸であろうか、達也は気鬱な想いで(そうだな…ワイキキに行ってみよう)と呟いた。
3人はワイキキの水際に立つヒルトン・ハワイアン・ビレッジを目指して飛行を開始した。
次第にワイキキの浜辺が目前に迫ってくる、ホテルの屋上付近を通過すると高度を下げ以前達也が泊まったロイヤル・ハワイアン前のビーチへと下降を開始した。
やはりビーチに点在する黒点は無数の死体だった、その数は数え切れないほどビーチに横たわっており着地点を見つけるに暫しの時間を要したほどだ。
降り立った周辺には子供や大人、白人から東洋人と人種は雑多で 腐敗した死骸は一様に腹が膨れあがりそのビーチ全体を隙間無く埋め尽くしていた。
その光景に呆然と佇み声さえ出なかった、この水辺で一翔と戯れたのはいつの日だったか、陽の光も水の色もあの時と何ら変わっていないのに…今 達也の目の前はあの時と同じ陽の光が浜辺の惨状を照らしているのだ、白昼夢…まさに悪夢としか思えなかった。
達也は二人が止めるのも聞かずロイヤル・ハワイアン正面の階段を上がり建屋内に横たわる死骸をすり抜けてあのホテル裏へ滑るように進んだ。
やはり裏庭も予想したとおり無数の死体が横たわっていた、もしバリアがなかったらこの街全体は腐臭漂う地獄世界であろう、達也は足下に横たわる遺体にそっと手を合わせ二人の元へと戻った。
(この周辺に生きている人はもういないだろう、ここも電気は止まっているし逃げ込むなら水辺しかなかったはず…)
達也は思い直したように
(雄三君と哲也君、ここで時間を費やしても意味がない そろそろ発電源を探そうか、場所は多分島の中央付近と思う、バリアすれすれの上空まで上昇し赤外線装置で発電源を探ってみよう)
達也は言うと高速で300m程上昇し2人が付いてくるのを確認すると島中央部ミリラニ・タウンに向けて飛行を開始した。
オワフ島の最高峰はカアラ山1,220mである、ゆえに遮蔽ドームの天井部は1500m程度と見当を付け少しずつ高度を上げていく、やがて眼下にミリラニ・タウンが灼熱に揺れながら見えてきた。
真下にミリラニ・タウンを望む位置に3人は停止した、この高さだとほぼオワフ島全域が視界に入った、達也はリュックを肩から外すと落とさぬように中から赤外線センサーとiPadを取りだしセンサーのストラップを口に咥えiPadは手に握って再びリュックを担いだ。
次いで胸のポケットに差し込んだバリヤ発生器を引き抜くとクリックを1クリック弱にし再びポケットに差し込み赤外線センサーのケーブルをiPadに挿入し電源を入れた。
達也は下界に向けゆっくりとセンサーを移動した、目はiPadの画面に注がれている。
(達也さん発電源と思しき場所は表示されますか)雄三が心配げに聞いてくる。
(地表が熱すぎて画面全体が真っ赤になっているんだ、感度を下げないと…)
達也は言いながら画面下の感度メーターを指で徐々に下げながら画面色に見入っている。
(おっとこれくらいだな、しかし熱線で私の体も焦げそうだよ)言いながらセンサーを再度移動させていく。
暫く操作していた達也は(おや…これだろうか、温度はおよそ550度近くある)と呟きiPadの画面から目を逸らすとセンサーが向けられた方向を注視した。
(あれはミニラニ・マウカ ラウナニバレーの西斜面辺りか…、他にはないのだろうか)
達也は再びセンサーを動かし始める。
およそ10分ほどかけ島全体をセンサー走査した達也は
(んん150度近辺の表示点なら無数にあったが…500度を超える表示点は1箇所だけのようだ、やはり発電源はミニラニ・マウカラウナニバレーの西斜面だな)
達也は二人に指をさしてポイントを教えた。
(ふーっ熱い もう限界だ)達也は背からリュックを外すと急いでiPadと赤外センサーをリュックに放り込みバリヤ発生器のクリックを元の“中”に戻した。
(達也さん、これから行きますか)と哲也が震えを帯びた思念で聞いてきた。
(いや…日が沈むのを待とう、それとこのまま上空で待機するのは敵に見つかる恐れもあるから一旦地上へ降りようか)達也は汗を拭きながら二人の目を見詰め指を下に向けて目配せした。
3人は急降下しミリラニ・タウンのメレマヌ・パーク西側に降り立った、北にはゴルフ場が広がり西は畑が点在していた 達也らは畑の横の林へと移動し枯れた草上に座った。
(ここからミニラニ・マウカラウナニバレーの西斜面まではおよそ8km、現在時間は4時…日没まで2時間ちょっとだから ここを7時に出発しよう、今夜は夜を徹して調査するからそれまでは仮眠しておこうよ)達也は言うとリュックを肩から下ろし草むらに置いてそれを枕に仰向けに寝た。
(くーっ熱い、草が焼けてるよ)達也は背中をさすって跳ね起きた。
(このバリアは熱線は遮断するが直伝熱の断熱効果は薄いようだ、何か敷かないと…)言いながらリュックを開けてビニール茣蓙を取り出した。
(こんなもんじゃ薄すぎるか…)
(達也さん冷めるまで待つしかないようです)哲也は苦笑しながら大きなおにぎりを頬張り出した。
(君…握り飯を持ってきたのか用意がいいじゃない、じゃ俺も食うか)達也はリュックから水筒と来る途中マクドナルドで買ってきたハンバーガーを取り出した。
(あっ雄三君は用意してこなかったの)達也はゴルフ場を見詰めている雄三に聞いた。
(あっ、僕ですか…ええビスケットを持ってきました)雄三は気が付いたように慌ててリュックからビスケットの袋を取り出した。
(考えてみればその都度日本に転位すれば旨い飯が食えたよね、何故かハワイに来ているとすぐに日本に帰れない…そんな想いで握り飯を持ってきたけど バカみたいだね)哲也は飯を咀嚼しながら苦笑した。
達也も数年前8時間ほど掛けてこのオワフ島に家族と訪れた、来る前来た後も車移動やら待ち時間やらで数時間を費やした、そんな時間感覚が潜在下に残っているのだろう、わずか1秒足らずで東京に転位移動が出来ることを忘却するは致し方ないと達也も苦笑した、現にここで3時間も待つくらいなら東京の自宅に転位しゆっくり寝ればいいものをと。
ふと気付くと雄三が物思いに沈んでビスケットを頬張っていた。
(雄三君何か心配事でもあるのか)達也は食べ終わった包み紙を丸めながら雄三に問いかけた。
(ええ、去年の初め結婚して今年3月に長男が生まれたのですが…上級人類がこのハワイだけの侵攻で留まってくれればいいのですが、もし日本に侵攻してきてこの遮蔽ドームを架けられたなら…)
雄三は言ってから再び溜息をつきビスケットをかじった。
(雄三君、相手の真意も分からぬ今 取り越し苦労に心配するのは止めようよ、私も哲也君も一度は同じ事を考えたと思う、だから我々はその遮蔽ドームを消す方法を探りにここへ来たんじゃない、今はそれだけに想いを絞ろうよ)達也は極力快活を装って雄三に応えた。
(さぁ寝よう 草もだいぶ冷えたことだし)言って達也は仰向けに転がった。
体の冷えにブルっと震え眠りから目覚めた、バリア内20度の環境は寝るには寒いのだろうか それとも昼間の夥しい死体が悪夢を呼んだのか…達也は顔を擦って辺りを覗った 周辺は漆黒の闇に包まれ腕時計の蛍光針は7時20分を指していた。
数米離れたところに雄三と哲也が寝ていた。
二人とも熟睡状態で起こすには忍びないと思ったが(時間だぞ!)と二人に思念を送った。
二人は眠り足らぬのか欠伸を噛み殺し 大きく伸びをしながら半身を起こした。
(5分後に出発するよ)そう思念を送るとリュックに水筒を放り込み達也は脚を屈伸しだした。
やがて3人は立ち上がると互いに目を見合わせた、準備が整ったという合図である。
達也が頷くと林からフッと3人の陰は消えた。
再び現れたのは例の550度の温度を放っていたミニラニ・マウカラウナニバレーの西斜面から2km西方の雑木林の中であった。
達也は肩のリュックからライフル銃を抜き出し銃口を上に向けて抱えた、二人もそれに倣い散弾銃を取り出して抱えた。
(ゆっくりと前進するよ)そう言うと地上より2mほどの高さに上昇し緩やかに前進を開始した。
途中雑木林や丘を抜けて行く際 照明がないため木々への衝突の憂いはあったが高度は極力低めをとり秒速3mほどで飛んだ。
目的地まで後1kmを切ったとき前方に明かりが見えてきた、低い丘の中腹辺りだ。
達也等は一旦立ち止まり木々に隠れるようにして前方を覗う、明かりは300mほどの広範囲に渡っていた。
(もう少し前進しないと分からないな、500mまで近づこうか、敵が斥候を出しているかも知れないから注意して行こう)今度は歩くほどの速度で辺りに気を配りながらジワジワと進んだ。
やがて明かりの正体が見えてきた、それは山の中腹の平地に直径100mほどのドームが浮き上がっていたのだ。
3人は顔を見合わせ頷いた。
(あれに間違い無い、しかしここは正面すぎて隠れる場所がない…全方右手のあの森を迂回し側面にまわろうか)
達也はそう言うと横に滑り出した。
ドームからおよそ300m離れた森に朽ちた大木が倒れていた、彼らは一旦そこに潜んだ。
(達也さんあれを見て下さい)哲也はいいながら指を指した。
その指差すドームの右直近に直径1m高さ10m程の塔がそそり立ちその塔の先端から薄青い光りが天に噴き上がるように放射されていた。
3人はその光景をただ黙って暫く見とれた、正直美しいと感じてしまったのだ。
達也はふと気付きリュックから赤外線センサーを取り出し急いでiPadに繋げた、電源を入れると画面を注視しだした。
(あの塔の右奥に見える5mほどの箱体から熱を発している…どうやらあれが発電機のようだな)
達也は画面と実物を交互に見ながら二人に囁いた。
(しかし…ここからあの箱体までは身を隠すものが何もありません…どうやってあそこまで進むんですか)哲也は周囲を見ながら呟いた。
達也はリュックから双眼鏡を取り出すと発電機周辺からドーム内部に焦点を合わせていった。
(そうだな…身を隠せるような物は見当たらないな、それにしてもドーム内には人影が見えぬが…どうやらドーム内に建つあのテントみたいなものの中にいるのだろう、ならば一気にあの発電機まで転位し破壊すると同時に東京へ転位する策はどうだろうか)
(達也さん破壊するって…爆薬でも持ってきたんですか)哲也が疑問顔で聞いてきた。
(そんな物有るわけないじゃない、破壊するって言うのは発電機の操作基板に散弾銃を数発撃ち込むことだけど…)
(そんなんじゃすぐに復旧されちゃいますよ、壊すなら徹底的にやらないと)
それまで黙っていた雄三が突然口を開いた。
(ここはハワイでしょ ホノルルに行けば米軍の施設があり きっと爆薬もあるはず、今から僕が探しに行って来ますよ)雄三は意気込んで達也を見た。
(そうは言っても爆薬の知識、それと操作も扱いも分からず起爆なんて出来るの)
達也は到底無理と言った顔で雄三に応えた。
(達也さん俺こう見えてもミリタリーマニアなんです、それが高じて防衛大学へ進んだのですから、でも卒業後 陸上幹部候補生学校を途中で中退しましたけどね…しかし米軍の爆薬や起爆の知識はプロ級と自負してるんです)雄三は苦笑しながら頭を掻いた。
(それは知らなかった、でも爆薬なんて基地のどこに仕舞ってあるんだろう、君はわかるの)
(それはもう…マニアはそういうことにも詳しいんです、じゃぁ行ってきます ここで御二人さんは待ってて下さい)
(おいおい一人でいくのか)
(はい、だいたい見当は付いていますから…すぐにもどってきますよ、では)
そう言うと雄三はフッと消えた。
残った二人は顔を見合わせた、あの寡黙な雄三が軍事オタクだったとは…。
その時哲也が(達也さんアレと叫んだ)
哲也はドームの方を見ていた、達也はつられるようにその視線の先を見た。
ドーム内に人影を認めたのだ、達也は首に掛かった双眼鏡を慌てて手に取るとその人影を追った。
人影は双眼鏡一杯の視野に拡大され顔付きさえリアルに望めた。
人影は二人並んで左方向に歩いていたがすぐにテント内へと消えた、時間にしてほんの数秒だったが着ているものはあの上級世界で見た衣装だった。
(やはり上級人の仕業なのか…)達也は急に怒りがこみ上げ気付くと拳を強く握っていた。
(達也さん写真を3枚撮りましたよ)と哲也がカメラをかざした、用意のいい奴と哲也を見直した、日本を出るときはこの若い二人が足手まといにならなければ良いがと思ったが…今は逆に自分が彼らの足手まといになっているのではと憂うほどである。
それ以降ドーム内に人影は現れなかった、時計を見ると雄三が消えてから既に1時間が経とうとしていた、爆薬はやはり見つからないのかと達也は思った。
時間は9時時を回った、二人は雄三の帰りが余りにも遅いと感じようやく何事かあったのかと狼狽え始めた。
達也は辛抱できず立ち上がって思念で雄三に囁きかけた。
(おい雄三君、どうかしたのか)
(あっ達也さんごめんなさい、C-4爆薬はすぐに見つかったのですが時限雷管が見つからなくって、でも先程見つけましたので今から帰ります)
会話を切って数十秒後 雄三はボッと達也の隣りに浮かび上がった。
(遅くなりました、雷管だけは厳重に管理されているのかあちこちひっくり返してようやく見つけました)そう言うと二人に一抱えの爆薬の箱と雷管と思しき小振りの箱を見せた。
(しかし達也さん、あの発電機を破壊したら彼らはどう出てくるのでしょう、まさか現世人類に上級人類が紛れ込んでるなどは知らないでしょうから…彼らは怒りに任せオワフ島以外にも報復の爪を伸ばすんじゃないでしょうか、そうなったら藪蛇でしょう…)哲也は心配顔で達也を見詰める。
(それは言えるかもしれん…んん俺たちの判断だけで勝手に事を運ぶのはマズイかもな、仕方ない親父に相談してみるか)そう言うと達也は思念を集中し東京の父に語りかけた。
(父さん、敵の小型住居用ドームと発電機を見つけました、雄三君が米軍の爆薬を手に入れましたから これから発電機を爆破しようと思うのですが…これが藪蛇になるかも知れないと いま躊躇しているんですが…)
(達也か、発電機を見つけたとは上出来よ、それでそっちの市民の現状はどうよ、まだ生きとるのか)
(父さん遅すぎました、こちらの気温は70度を超え住民の殆どというか…これまで死体は数千体見ましたが動いている人は一人も見かけません)
(やはり遅きに失したか…くそぉどうしてくれよう、達也爆破するなら敵の施設を根こそぎ破壊し尽くし現世での足がかりを完全に消去しなけりゃ効果は薄い、だからちょっと待て…いや3人今からこちらに帰ってこい、至急皆で協議しよう…そうじゃなぁ落ち合う先は一人暮らしの信勝のとこがええじゃろう、皆には儂から招集を掛けておくからすぐに帰ってこい)そう言うと会話は途切れた。
(雄三君、折角苦労して爆薬を調達して貰ったがすぐには使わぬようだ、それと親父の口振りからだともっと大量に爆薬が必要みたい、君が行った施設にはあとどれほどC-4の在庫はあったの)
(達也さん、ホノルル港に浮かんでいる巡洋艦4~5隻は破壊出来る量がありますからご安心を)
(えっそんなにあるの、こりゃ驚いた じゃ今度来たとき私も行きますから案内して下さい)
達也は言うと双眼鏡をリュックに戻しライフル銃をリュック側部に差し込んだ。
(信勝さんのとこへ集合か掛かりましたからこれより向かいましょう)
達也は言ってから昨日の信勝の顔を思い出した(あいつ…どうせ迷惑な顔するんだろうな)そう考えると気が重かった。