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第二十話

 5月 達也の会社は社名を変え定款(ていかん)変更登記を済ませMRIの生産工場を立ち上げた、工場は芝浦の整備工場裏に建つ1000坪の空き倉庫を借り内部を製造工場に改修した粗末な工場であった。


昨年 第二種医療機器製造販売業の承認を受け整備工場の片隅でX線TV検査機や歯科用機材の製造を僅(わず)かながら行ってきたが新工場立ち上げに伴(ともな)い製造品目はMRI一本に絞った。


工場規模及び製造人員数から月産一台が精一杯であろうが採算さえ合えば来年にも工場裏の空き地も借り工場を拡充し増産に入る計画を立てていた。


これに先立つこと1月、新型MRIの国際特許を出願した際 請求項の一つである室温超伝導が世に知れるや国内はもちろんのこと海外でもセンセーショナルに報道された。


連日テレビや新聞で大きく報道され海外メディアもこぞって達也の会社へ取材に訪れ 達也もテレビ出演が相次ぎ 気が付けば時の人になっていた、またノーベル賞候補も巷(ちまた)では囁(ささや)かれるようになってはいたが達也はそんなことは気にもとめず次の特許構想を開始していた。


そんな中、室温超伝導の実施権許諾・設定を申し込んでくる国内外の大手企業は40社以上に上りその対価は超豪華クルーザー何十艘分であろうか…。


達也は当初の計画通り国内大手の電線メーカ2社に実施権許諾・設定を行った、これは達也の会社で室温超伝導コイルを生産するにあたり線材から造っていては採算にあわないと判断したからだ。


新型MRIの生産は月1台と計画したが案の定 室温超伝導コイルの製造遅れが足を引っ張った、ほぼ手作りに近い自社製の超伝導ワイヤー生産設備は1日フル稼働させても1000m作るのがやっとで 達也は勿体(もったい)ぶらずもっと早くに国内最大手の電線メーカーへ実施権許諾・設定を行うべきだったと悔(く)やんだ。


しかしさすがに電線大手である、9月には試供として室温超伝導ワイヤが達也の元に届けられ、試した結果その品質安定性に驚喜しすぐにもお墨付きを与え増産開始を依頼したのだった。


それ以降銀行からの借り入れもスムーズと言うよりメインバンクは幾らでも貸すとまで言ってきた、これにより資金の憂(うれ)いも消え来年の増産計画実現も見えてきた。


10月 気付けば夏は去っていた、あのワイキキ沖に豪華クルーザーを浮かべてやろうという夢は予想外の金を握った時から忘却してしまうものと達也は苦笑した。


その代わり兄の孝夫に4億円の貸し付けを行い条件として父の帰還を許してくれるよう兄に懇願した、兄はよほど金に困っていたのか達也の申し入れをあっさり受け入れ拍子抜けの感は否めなくも 超先進医療の論文を世に出した父は日本医学界に再び受け入れられ ようやく五十嵐家は全員揃っての賑(にぎ)やかな正月を迎えることになった。



 1月 達也の父と信勝の父という2柱を失ったためかノースショワ・ハレイワの日本人組は解散した、そして彼らはそれぞれ日本の郷里へ帰ったことが知らされ、また同月後半にはイタリア組も解散し全員イタリアの郷里に帰ったと父から知らされた。


残るはドイツ組であるが彼らは一向に解散する兆(きざ)しは見えなかった、2月父に会ったとき達也はドイツ組の残留目的は何でしょうかと聞いたが 父は放(ほお)っておけの一言であった。


3月ノースショワの地よりドイツ組全員が突如(とつじょ)霧のように消えたと父から知らせが有った、達也は確認のため即座にノースショワの地に飛びその地を望んだとき愕然(がくぜん)とした、あの鬱蒼(うっそう)とした森も沼地もかき消え茫漠(ぼうばく)とした更地(さらち)が目の前に広がっていたのだ、もはやあの壮大なる地下研究施設も埋め尽(つ)くされているだろうと達也は思った。


それにしてもドイツ組は一体どこへと消えたのだろう、母国に帰ったとあらば思念で容易(たやす)く見つけられる、しかし達也の思念網には全く引っ掛からなかった、彼らは思念バリアを張り巡(めぐ)らしているのか…それとも上級世界に再び赴(おもむ)いたのか、しかしあれほどの超先進機材や驚異的武器を携(たずさ)え彼らはどこへ行き何をしようというのか、達也は最悪な事態を想像し一瞬身震いした。



 季節は春になっていた、達也は上級世界のことは次第に忘れていった。

それより己に与えられた素晴らしい能力を現世でいかに活用するかだけを考えていた、それは欲を超越し日本経済を活性化し、工業国日本の威信(いしん)を取り戻すことに重きを置いていたと言えようか。


そんなある日 ひょっこりと早坂教授が達也の会社に訪れた、あれから3年が過ぎ早坂教授の老いは目に見えて進んでいた。


教授は達也に会う前に父に会ったらしく上級世界のことは熟知しているようだ、教授は出されたコーヒーを啜(すす)りながら静かにこの3年間の研究成果を話し始めた。


それに聞き入りながらほんの僅かなヒントでよくもここまで推理したものと達也は舌を巻いた、しかし今年の3月末で教授は大学を辞任したらしく語る言葉にも以前のあの力強い抑揚(よくよう)はなかった。


「達也君、この研究成果は発表することなく儂の棺桶(ひつぎ)に入れることにしたよ、だから君も今後は安心して活躍して下さい」そう言うと教授は杖に掴まるように立ち上がると寂しそうな顔を見せ応接室を出て行った。


達也は教授のことは忘却していた、考えてみれば教授はこの現世人類で唯一(ゆいつ)達也が上級人と知っている人間、もし彼が脳スキャンとゲノム解析それとこれまでの研究成果を携(たずさ)え暴露(ばくろ)に及んだならセンセーショナルな事態へと及んだろうか…。

いずれにしろ苦労して得た研究成果を闇に葬(ほうむ)ると言ってくれた教授の胸の内を達也は寂しく慮(おもんぱか)った。



 達也の会社は驚異的に躍進し気が付けば5年の歳月が流れていた。

わずか5年で会社は急成長し大企業へと発展していた、今や超先進医療機器製造に留まらず小型安全核融合炉や反引力装置など上級世界より得た技術情報を駆使し次から次に先端機器を世に送り出し もはや日本工業界に於いては独走状態にあった。


そんな5月の或る日 達也が早くに帰宅したとき息子一翔の異変を知った。

妻の志津江が青ざめた顔で「お父さん最近一翔ったら学校に行ってないみたいなの」と言ってきたのだ。

「きょう担任の先生から電話で、この一週間達也君は学校を休んでますが病気でしょうかと…でもあなたも知ってるでしょ毎日行ってきますって一翔が出ていくのを」


「お前一翔には聞いてみたのか」


「ええ、先程達也の部屋に行ってノックしたんだけど…あの子ったら内側から鍵を掛けて開けてくれないの」


「そうか…分かったじゃぁ俺が聞いてみよう、それとお前は当分一翔に干渉しないで俺に任(まか)せて欲しい、男対男で何とか解決してみるから」

そう言うと達也は立ち上がった、しかし志津江は納得(なっとく)出来ないのか達也を非難するような目で見詰めていた。


一翔は今年中学2年になっていた、成績は極めて優秀で性格も快活に育ってくれたと達也は思っていた、一翔が小学4年生になった時は上級人類の兆(きざ)しが現れやせぬかと心配したがその兆候(ちょうこう)はなかったためこの数年は安心していたのに…。


達也は階段を上りながら今頃になって上級人類の兆しが出てきたのか…或いはただの反抗期にすぎないのか、達也はどう対処すればいいかを幾通りも考えながら一翔の部屋前まで歩いた。


「一翔いるのか、いるんだったらこのドアを開けなさい」

言ってから達也は耳を欹(そばだ)たせドア前に佇(たたず)んだ、しかしいっこうに開ける気配はなかった。


「一翔!開けなさい」

達也は少し苛(いら)つき声が大きくなってしまった。


暫くすると中で鍵を操作する音が聞こえドアが開いた。

「うるさいなぁ何だよ父さん」


気が付かなかったが一翔は知らぬ間に達也の背丈を僅(わず)かに超(こ)えていることに気付いた。

「お前父さんに向かってうるさいとはどういう言い草だ!」

達也は声を荒げ部屋内に押し入った、部屋内は特に荒れはなく少し安心してベットの端に腰掛ける。


「お前最近学校に行ってないようだが…毎朝定刻に出ていって何してるんだ!」


「……授業も部活もつまらないから…図書館に行ってるんだ」

ブスっとしたもの言いで一翔は下を向いた。


「そうか…じゃぁ受ける授業も先生も友達もみんなつまんないんだ、お前いつからそんなふうになったんだ」


「もうずーっと前からだよ、でももう我慢が出来なくって…」


それを聞いた瞬間 父の持論は崩れたと達也は思った、父は確かに3代目以降に上級人が誕生した事例はなくこれ以上上級人が誕生することはないだろうと言っていた、しかし現にこうして一翔が芽生えを見せたではないか。


達也は暫し考えた、全て話すべきかそれとも徐々に慣(な)れさせていくか…。

しかし一翔は中学2年、父や達也の如き小学低学年の芽生えではない、全て話しても耐えて受け入れられるだろうと思えた。


「一翔、これから父さんの言うことをよぉく聞きなさい、ちょっと難しいかもしれないがお前が今抱える悩みを解消してくれる話しだからな」達也は言うと己の小学4年の新学期の出来事から話を始めた。


話しが一時間をこえたとき「お父さんもそうだったんだ…病気なんかじゃなかったんだ」

一翔はようやく笑顔を見せ安心したように肩の力を抜いた。


「でっ父さんは区立図書館の本は全部読めたの」


「うん、高校2年のとき全部読み終わったかな、お前は今どうなんだ」


「僕はまだ3分の1くらいだよ、でもこんなことしてていいのかと思って…」


「心配しなくていい、現に父さんや爺さんもお前と同じ道を歩んできたんだから、さてこれより本論に入っていくがいいかな」そう言ってから達也は蟻の知覚の話しから脳構造やゲノム解析 そしてラピュタ世界や上級世界へと時間を掛けて話しを少しずつ広げていった。


この話しにはさらに1時間を掛けた、その間一翔の疑問を一つ一つ丁寧(ていねい)に潰していったのだ。


「そっかぁ僕も上級人だったんだ…じゃぁ空間移動も出来るはずだよね」

達也は一翔が相当衝撃を受けるものと心配していたが…当人はあっけらかんとしたものである。


「さぁそれはどうだろう、父さんはあの世界に行って初めて会得出来たから…その前に一翔はまだ幻視の兆候はほんの僅(わず)かなんだろ、それらが鮮明に見えてこなければあの世界にも行けやしない、まだ10年早いといったところかな」


「なんだ…まだ空間移動は出来ないんだ、もし出来たらこの部屋からすぐにコンビニへ行けるのにな、じゃぁ父さん本当に移動が出来るんだったら1度見せてよ」


「よし見せてやろう驚くな」そう言うと達也は立ち上がると目を瞑りフッと消えた。

一翔の驚愕(きょうがく)は聞くと見るとでは桁違いであったろうか目を大きく見開き口を開けたまま部屋内に父の陰を求め体を大きく身震いさせた。


10秒後、達也は誇(ほこ)らしげにドアを開け再び部屋内へと入ってきた。

「一翔、驚いたか手品みたいだろ」言うと自慢げに再びベット脇に腰を下ろした。


一翔は恐怖に駆(か)られたように呆然(ぼうぜん)と佇(たたず)み「これって…マジ本当なんだ…」と呟(つぶや)き震えた。


「一翔 これで分かったろう、お前も上級人類なんだ やがて空間移動も混血種集合階層や上級世界も知覚できるようになってくるが…そんな過渡期(かとき)には意識の混濁(こんだく)や混乱も生じるがお爺さんやお父さんも経験してきたこと、けして病気なんかじゃないから安心しなさい。


それと辛(つら)いかも知れないが自分が天才ということは決して人にも母さんにも知られてはならない、成人するまでは一般人を装(よそお)って学校にも行ってほしい、それは母さんを安心させることになるからね、母さんは現世人でけしてお前や父さんの真の姿は理解出来ないと思うんだ、だからその辺りをよく考慮し今後は母さんを心配させないと約束して欲しい」


こんなやりとりがしばらく続き、ようやく一翔の納得(なっとく)が得られた。

達也は階段を下りながら一翔の昂奮に満ちた顔を思い浮かべ短兵急(たんぺんきゅう)に過ぎたかと想うも、直面して悩み苦しませる方がもっと忍びないと思い教示した親心…一翔には耐えて欲しいと願い、またこの日は一翔にとって生涯忘れ得ぬ日になるだろうと思った。



 6月、父の誕生日を祝うため中野の実家で誕生会を催(もよお)すとの母の誘(さそ)いがあり達也の一家は日曜の昼に中野へと赴(おもむ)いた。


実家は正面が病院造りで裏に住屋が有った、達也等は病院横の路地を進み建屋裏に回って玄関の呼び鈴を押した。


出迎えはにこやかに微笑(ほほえ)む母であった「あら一翔ちゃん、よくきたね さぁお入り」

居間に通されると父の横にちょこんと信勝が座っていた「あっ、信勝さん来てたんだ」達也はいいながらその横に座った。


信勝は5年前に父が他界し それ以降は達也の父や兄と仕事柄か昵懇(じっこん)にしていた。

達也と言えばあれ以降は仕事に追われ信勝と会うことも年に数度しかなく昔のようにベタベタくっついて付き合う様なことはなくなっていた。


「さぁ達也等も来たことだし、誕生会を始めようか」兄はそう言うとビールのコップを掲(かか)げ「お父さん誕生日おめでとう」と言った。


父は「おいおいこの歳で誕生日が目出度(めでた)いなどとは…」と照れた。

達也は父の実家への帰還を心配していたが…この五年で父は実家に融(と)け込んでいた、案ずるより産むが易(やす)しと達也の心は和(なご)んでいった。


居間の壁に設(しつら)えられたテレビが午後のワイドショーをやっていた、しかし誰もが飲み食いに興(きょう)じ見ていないことに気付き達也はテレビを切ろうとリモコンを探した。


その時テレビからの喧(かまびす)しい音声が一瞬途切れ慌てた様にアナウンサーが画面中央に現れた。

「突然ですが番組を中断しアメリカ国務省発表の臨時ニュースをお知らせします」と音声が流れた。


「発表に寄りますと現地時間17時16分オワフ島のホノルル空港沿岸に於いて着陸体勢に入っていた米国籍の旅客機2機及び空軍機3機が相次いで空中爆発を起こしママラ湾に墜落した模様、なお現地とは現在無線などは連絡が取れず、日本国籍の航空機が被害に遭(あ)ったという報告は現時点では入っておりません、米国務省の発表によればこの事故はテロによる可能性が高いとしてアメリカ全土の空港に離発着禁止措置がとられたということです、繰り返し発表します……」


「おやまたテロか…しかし空軍機3機が入っておるにテロとは合点(がてん)がいかぬ、それと無線通信が出来ぬとは如何(いか)なる事よ」父は画面を見ながら首を傾(かし)げた、父の独り言のような呟(つぶや)きを耳にして全員が画面を注視しだした。


テレビの画像は観光客が偶然撮ったという空中爆発瞬間の動画を流していた、父は暫くこれを眺めていたが突然「おい!これはテロなんかじゃない…明らかに遮蔽(しゃへい)ドームよ…」と唸(うな)った。


父は立ち上がると「達也と信勝君…一翔もちょっときてくれや」と3人の名をあげた。

3人はエッという顔で釣られるように立ち上がった、兄も母もその挙動を何事かといった顔付きで見詰めている、父はそんなことはお構(かま)いなしに3人を自分の部屋に先導していく。


父は部屋に入ると「おい扉を閉めろ」と一翔に言い 皆座れと促した。

「お前らさっきの動画を見ただろう、あの爆発はどう見ても何かに衝突した爆発よ、自爆か或いはミサイルなどによる攻撃であれば爆炎は航空機の速度慣性で進行方向に流れるはず。


しかしあの爆発の炎はその場で放射状に開いて真下に落ちていった…明らかに透明な壁に衝突したという証(あかし)よ」


「透明な壁…」信勝が不審(ふしん)げに父を見た。


「そう…あれは10年も前の事じゃったか上級世界で連邦軍の訓練場を仲間3人で密かに見に行ったことがあっての その時あれと同様の場面を見たのよ、その時は航空機じゃなくミサイルの様な物だったが 数発が空中で爆発し先の動画のように爆炎は放射状に広がり その際球形な巨大なドーム状のものが一瞬見えたことを覚えておる、後から調べたことじゃが あれは飛翔体防御システムの一つで遮蔽(しゃへい)ドームということが解(わか)ったんじゃが…」


「遮蔽ドーム…そのシステムの詳細は分かるんですか」達也は膝(ひざ)を進め父を凝視(ぎょうし)した。


「いや儂は専門外ゆえ調べなかったがドイツ組の連中はその後顔色を変えて調べとったから彼らなら解るじゃろう」


「ドイツ組ですか…しかし彼らはどこに行ったか皆目(かいもく)検討もつかない…。

父さんひょっとして上級世界で何らかの異変が起こったということは…例えば以前父さんが言ってた最上級世界からの侵攻(しんこう)とか…その連鎖(れんさ)で今度は上級人類がこの現世に侵攻してきたとか」達也は言ってから父を震える目で見詰めた、


「あの時儂は数百年後にはその可能性はあるやもしれぬと言ったまでで…この様に早くその兆候(ちょうこう)が現れるなどは到底考えられぬ、達也よ もしそんなことになったら現世人類などひとたまりもないぞ」

父は言ってから頬を撫で天井を見詰めた。


「本当に上級人類の仕業(しわざ)なのか…」達也は言ってから大きく息を継(つ)いだ。

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