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第十八話

達也は波打ちぎわに遊ぶ一翔かずとを父親の前に連れてきた。

「一翔、この人はお父さんの昔からの御友達だよ、さぁ御挨拶なさい」


「お爺さんこんにちは五十嵐一翔です」


「一翔君か、大きゅうなって…何年生になるのかな」


「3年生です」


「ほーっ小学3年生か、夏休みにハワイに来れてよかったのぅ、おやこんなに砂を付けて…」

父は言いながら目を細め顔のしわあらわに一翔の体に付いた砂を丹念に払いだした。


「一緒に遊んでた可愛いお嬢ちゃんはお友達かい」


「ううん知らない子…でも僕についてくるから遊んであげてるの、クリーブランドからきたんだって」


「そうアメリカからか、じゃぁ言葉が通じないだろう」


「僕英語習ってるから少しなら解るよ」


「ほぉ一翔君は英語が喋れるんだ、それはえらい」父はあふれる笑顔で一翔をいとおしげに見詰めた。


「一翔君、ほら 女の子が先からこちらを見てるよ、さぁもう遊んできなさい」


「あっ、本当だ しょうがないなぁ」一翔は照れた顔を見せると元の波打ち際へと走って行った。


「達也、あの子は普通の子かい」


「どうでしょう、僕が普通の子じゃないと気付いたのは小学4年生の時だったから…1年後にははっきりするでしょうか…」


「普通の子ならよいがのぅ」父は波打ち際でたわむれる一翔を目を細めて見入っていた。


「ところで話しの続きですが、ハワイに住んでるって…いつからなんです」


「うん…もう2年になるかな、以前はあの世界と現世を頻繁ひんぱんに行き来しておったのじゃが数年前より取り締まりが厳しくなっての…。


原因の一端は儂にもあるのじゃが…ちょうど儂が上級世界に転位した頃 北方辺境…現世の地理で言えばバルト海周辺にあたるかの、この地域がひどい飢饉ききんおちいったんだが連邦政府はこれを無視したのよ、無視した訳は昔 連邦統一戦争の際 ここは最後まで抵抗した辺境地域での、その時の怨讐おんしゅうがいまだにくすぶっておるのよ。


儂が転位したときには多くの辺境の民が都市部に流入しておっての 都市の治安が乱れ そのため流民るみん狩りの真っ最中での、儂も流民に間違われ…いや儂こそ流民そのものなのじゃが彼らと共に都市から都市へと逃げ回りまた各地で抵抗運動もしたのよ。


そして8年も経ったころ 気付けば流民の抵抗組織ノースレジスタンスの幹部になっておっての連邦政府に危険人物とレッテルを貼られ追われる羽目はめになったのよ、そんなころ信勝君がひょっこりあの世界に転位してきおって…危ないったらありゃせん、儂は直ちに彼を隠れ家に連れてきて保護したのじゃが…。


あやつは隠れ家でじっとしとらんで街を勝手に出歩きおって…だから仲間を使ってちと脅してやったのよ、そしたら奴め這々のていで現世に逃げ帰ったのよ。


それ以降連邦政府は流民狩りを年々強化させ5年前には抵抗組織ノースレジスタンスの幹部はほとんど捕らえられ混血種集合階層に流刑るけいとなり組織も自然解散となったのじゃ。


儂もその頃より各地を転々と逃げ回る逃亡者になったのじゃが何処どこに逃げても取り締まりが厳重で とうとう現世に逃げ込む羽目になったのよ、ゆえにこの2年はよほどの用がない限り上級世界には行ってはおらん」


「それじゃぁいくら透視しても見つからないはずですね」


「何だ!お前 探しとったのか、そりゃ悪かったな…」


「お父さん、2年も現世にいるならどうして中野の母さんに連絡してくれなかったの」


「そうじゃのぅ…何度もまよったんじゃが 結局できなかった。

あれから16年どう弁解してもこの空白は埋められんよ、達也よ儂の突然の失踪しっそうのこと お母さんはさぞ怒っているだろうな」


「どうでしょう…母さんの心中は母さんでなけりゃ でも最近は待っているみたい、先日もお父さんのことを何気に聞いたとき 母さん目の色が変わってたから…」


「そうか…

まっ、お前には理解出来るだろうが一旦上級世界に居着くと現世人への愛着は薄れるもの、現にあの世界に行った当初は母さんやお前らのことは完全に忘れておったからな。


しかし16年…あの世界で逃げ回る生活に疲れこの5年は現世に度々逃避 最近は現世に入りびたっておるのよ、じゃから自然と現世人であった頃の自分に戻りつつあるようじゃ」


「だったらハワイなんかで暮らさず中野にもどってくればいいじゃない、僕が母さんを説得しますよ」


「そうは言ってもなぁ…母さんは夫婦じゃから手をついて何度もあやまれば許してくれんこともないが、あの一途いちずな孝夫は許してはくれんだろう」


「…………」

達也は兄の顔を脳裏に浮かべた…(兄さんは許さないだろうな)そう思えた。


「兄さんのことは僕が何とかするからお父さんは中野に帰ることだけを考えてくださいよ」


「分かった…そうしよう、それではついでと言っては何じゃが信勝君のお父さんのこともお前に頼みたいのじゃが」


「信勝さんのお父さん…」


「うん、以前信勝君が儂んとこに5日間ほど居候いそうろうをしてたことはさっき言ったが、その時儂はけ老人を演じ酔った勢いもあって彼にいらんこと教えたもんじゃから 変なことをしでかすんじゃなかろうかと彼を若い者に見張らせておったのよ。

そして去年じゃったか名古屋で偶然お前が彼と親交した事が分かっての、不思議なもんじゃて彼の父親も今は儂と共にこのハワイで一緒に暮らしておるのさ」


「えっ!信勝さんのお父さんもこのハワイに…」


「そうじゃ、儂が16年前上級世界を訪れたとき偶然にも信勝君の父親も同じ地に転位しとっての、二人して夜陰やいんまぎれ街を見物しとったんじゃが…儂が少し目を離した隙に捕まりおって…彼の救出に半年もかかったわ、それ以降 彼奴きゃつとはちょくちょく喧嘩けんかもするがずっと行動を共にしておるのよ」


「そうでしたか…お父さん達もねぇ、でっ今はオワフ島のどの辺りに住んでるんですか」


「うん、ここからだと北北西40kmくらいになるかのぅノースショアのハレイワというところなんじゃ…しかし信勝君の父親は今病気療養中での 末期の肝臓癌なんじゃよ…。


上級世界では数百年前に遺伝子操作で癌は撲滅されており 為に信勝君の父親はあの世界の病院には運べない、仕方なく儂が上級世界で学んだ医術を駆使しこのハワイで彼の命を取り留めたのだが…この数年は癌転位の繰り返しで そのたびの手術で彼の体はもうボロボロなんじゃよ。


彼の余命は長くてあと1年といったところか…最近は信勝に会いたいとかくなら東京でとかいいおっての、出来れば彼の意をげさせてやりたいのじゃが お前力をかしてくれんか」


「いいですとも…僕は何をすれば」


「うん、今から儂とノースショワへ行き そこから信勝君を呼んでくれると助かるのじゃが…」


「今からですか…いくら何でも一翔を海辺に放って行くわけには、どうでしょう明日信勝さんをここに呼びますから彼を連れてノースショワに行くというのは」


「おおそれでええ 父親も喜ぶじゃろう、では今からハレイワ周辺と家の映像を送るから記憶に留めてくれぬか」そう言うと父は思念で映像を達也に送った。


「それじゃぁ明日、待っとるでな」父は言うとフッと影が薄れていった。



 翌朝9時、妻の志津江に昨日偶然会った友人に会うから2時間ほど出てくると言い残しホテルの裏庭へと出た。


裏庭には小径が敷かれ椰子が各所に植えられベンチも置かれてあった。

達也は裏庭を少し散策し出口左のパナマ帽を売る店前に置かれたベンチに座り煙草をくわえた。


煙は朝のさわやかな風にながされていく。

昨夜妻が寝たあと信勝に思念で語りかけた、今ハワイのワイキキにいるが何と今日父が会いに来たこと、それと君の父上と私の父が現在ノースショアで同居していることを伝え、明日そこへ行くが君も来ないかと伝えた。


信勝はその報告に驚喜したように「行く行く!」と叫び、会う時間とホテルの裏庭映像を送って欲しいと言ってきた。


煙草を吸い終え達也は時計を見た、信勝には日本時間で伝えたから間違いはないだろうが今頃日本は1日前の午後2時…就職してまだ1ヶ月の彼がこの時間帯職場から抜け出せるのかと思った。


時計を見ながら2本目の煙草に火を点けたとき達也の目の前にボッと陰が浮かび上がり次第に虚像が鮮明になっていく、時間通りの信勝であった。


「おや今日は時間通りに来れたんだ」達也は少し嫌味いやみを込め信勝に微笑ほほえんだ、しかし顔が強張っているのに気づき慌てて顔をこすった。

信勝もいつもの彼と違い硬くなっている、お互い心のわだかまりがそうさせるのだろう。


彼はいていつもの快活さをよそおい「いやーっまいった、急用があると言って抜け出てはきたけど…4時半に診察が入っているからそれまでに帰らないといかんのよ」と言いながらも瞳が揺れるのは隠せない。


「……そう、じゃぁ急ごうか」言うと達也は父の家の映像を信勝に送った。

二人は辺りをうかがい誰もこちらを注視する者がいないことを確認するとフッと消えた。



 二人はペンキで白く塗られた農家風の家の前に浮かび上がった。

辺りは人影もなく周囲は森で囲まれた静かな場所である、二人は一瞬顔を見合わせ歩き出した。


「達也君ここに親父が居るという話し未だ信じられぬ、昨日君の連絡を受けた以降眠れんかったよ」信勝は言いながら欠伸あくびこらえ目をこすった。


玄関扉前の木造の階段を上ると白い大きな扉があった、扉には洒落しゃれたノッカーが設けられ達也はそれを手に取ると2回ノックした。


すぐにドアが開いた出迎えたのは父である。

「おうよう来た、おお信勝君も来てくれたんだ さぁ入りなさい」


「お、お爺さん…お久しぶりです」言うと信勝は涙を溢れさせた。


「おやおや君は未だに涙もろいのぅ、さぁお父さんが中で待ってるから入りなさい」


二人は案内されて中へ入る、すると奥から父より少し年かさの老人が車椅子で出て来た。


「おおっ信勝や…」


「あぁぁお父さん!」信勝はその老人の前まで行くと膝をついて老人を抱きしめた、そして二人とも抱き合いながら泣き崩れた。


「おやおやこの二人は相変わらず感激屋じゃのう」笑いながら父は泣きじゃくる再会場面にもらい涙を零した。


暫くして二人の嗚咽おえつが静まったのを見計らうと父は「久々の再会じゃ、積もる話もあろうて…気の済むまで話しあったらリビングにおいで」そう言うと達也に目配めくばせを送った。

信勝親子を残し達也は父に案内されてリビングへと入った。


リビングには30歳を少し越えた若者3人が椅子に座って何やら話していた。


3人は達也等を見ると一斉いっせいに立ち上がって一礼する。

「この3人は最近上級世界に転位した者達じゃ、右から大島敏也君・足立雄三君・水谷哲也君、彼らはここに来てもう半年にもなるかな、それと今日ここに来たのは儂の息子で次男の達也じゃ、それと小田君の息子の信勝君…今玄関横で父親との再会を果たし涙に暮れておる最中よ」

そう言うと父は達也を見た。


「五十嵐達也と申します、お見知りおきを」そう言うと達也は3人に一礼した。


「達也さん座って下さい、コーヒーでいいですか」3人の内一番年上と思われる水谷哲也と紹介された男がカップにコーヒーを注いで達也の前に置き椅子に座った。


「達也よ、この者等以外にこの16年の間 上級世界に転移した者は35人にも及んでの、現在ではいずれもこのノースショワの地に点在し隠れ住んでおるのよ」


「ええっ、35人も…」

達也は自分と同様幻視に悩まされ、ついには上級世界へと転位した者らがこれほど多く居ようとは想像だにしなかった。


「お前もすでに知っておろう、爺さんが中国吉林省の長春から20km南の粉房という小さな町に昭和17年最上級世界から突如落ちてきたことを。


爺さんらはなぜ現世に落草らくそうしたのかは未だ儂らもわからぬが、その数は12人前後であったろうとおおよその検討は付いておる。


彼らは現世に落草し散った先は日本に5人、ドイツに4人、イタリアに3~4人とな、しかしなぜ彼らがこの3国を選んだかは当人達がもうこの世に一人もおらんから正確なところは解らぬが…多分当時の日独伊3国同盟が切っ掛けではなかったのかのぅ。


日本に散った上級世界人の5人は現世の女と婚姻を結び上級人5人を誕生させ、さらにその5人から5人の上級人が生まれ、つまりここに居る3人と信勝・達也の5人よ、お前が35人最後の上級世界に転位した者であろうか。


ドイツ・イタリアに散ったもの達も同様に1人に1人の上級人が誕生しておる事を考えると上級人子孫が誕生する確率は1:1のようじゃ、それと不思議なことにいずれも女児は誕生していない。


現在、3代目以降に上級人が誕生した事例は聞いてはいない…儂は遺伝学は専門じゃないからはっきりしたことは言えぬが もうこれ以上に上級人が誕生することはないのかもしれんがこれであの一翔が上級人であれば儂の持論はくつがえるがの。


それと前に座る3人のうち水谷と足立の父親らは上級世界に転位し向こうで隠れ住んでおったのじゃが…儂らは油断していたのよ、去年の3月頃彼らは相次あいついで捕まり今は混血種集合階層に送られ流刑の身なんじゃ…彼らを助けてやれなかったことが今でもやまれる。


よって儂らとドイツ・イタリア組もこの数ヶ月間混血種集合階層を透視し誠意探索中なんじゃが なにせあの浮島は全世界数万の数に及び常に移動しておるためとても探しきれるもんじゃない…困ったものよ」


「お父さんその…その混血種集合階層に送られた御二人の父親はなぜ現世か上級世界に転位逃亡が出来ないのですか」達也はその疑問を父に投げかけた。


「うん、彼らは混血種集合階層に送られる際 どうやら脳に手術をされたようなんじゃよ」


「手術ですか…あっ そう言えば私が初めて混血種集合階層をのぞき見た際、くさりつながれた奴隷の様な行列を見ましたが混血種集合階層の人々にはそれが見えていないようで 確か先頭を歩く男が私がかくれているのを見つけ逃げろと思念で送ってきたことがありました、その行列ってひょっとして上級世界から送られた者達では」


「何!そんな行列を見たのか、お前その場面を今でも思い出せるか」


「ええ、鮮明せんめいに思い出せますよ」


「ならここに居る全員にその場面を今すぐ送ってみよ」そう言うと父は眼を閉じた。


「送ります」言うと達也は父と前に座る3人に思念で当時見たままの映像を送った。


暫くすると前に座る3人の内 先程コーヒー入れてくれた水谷哲也が「あ…あれは父です!」と立ち上がって叫んだ。


達也は思念を止め水谷哲也に見入った、彼は涙を浮かべ達也に見入っていた。

「あぁぁ生きていた…父は生きています」


「達也よ、この映像はいつ頃のものじゃ」父の顔つきは真剣そのものに変わっていた。


「はい たしか去年の9月10日午後2時40分頃だと思います、東都大の早坂研究室で脳波テストを受けている最中のものです」


「何と早坂君のところでか…あやつ今でも生きとるのか」


「はい、お父さんのことやお母さんとのなれそめも聞きましたよ」


彼奴きゃつめいらぬことをいいおって…

お前今たしか9月10日午後2時40分頃と言ったな、うむぅ何か手掛かりになるやもしれん、これからお前の脳をちょっと調べるよってドイツ組の研究室に一緒に行ってはくれぬか、なにここから5kmの所よ、それと哲也君も一緒に来てくれ」そう言うと父は立ち上がった。

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