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第十七話

 上級世界から這々(ほうほう)ていで逃げ帰ったのは6月の初め、あれから2ヶ月が過ぎようとしている。

季節はすでに夏の盛りを迎え達也の会社は夏期休暇に入っていた。


夜の9時 達也は妻子を車に乗せ自宅を後にした。

一路羽田空港を目指し昭和通りへと出る、この時間帯は朝とは違い道は空いていた 達也は予定時間内には空港に着けようかとまずは安心した。


後部座席では志津江と一翔が初めてのハワイ旅行にいつになくはしゃいでいる。

昨年夏の家族旅行は仕事の忙殺やら幻視の悩みで旅行予約をいっしキャンセル空きで何とか沖縄旅行にもぐり込んだ、ゆえに今年は3ヶ月前から予約を入れ奮発のハワイ旅行に決めた。


しかし盆休みのハワイは家族3人で軽く100万円をえることが分かり尻込みもしたが以前より夏休みはハワイに行くぞと宣言していたため渋々(しぶしぶ)決めたのだが…正直言えば 勝手知ったるグァムの方が良かったと旅行当日の今日になってもまだやむ達也でもあった。


車は昭和通りから首都高に乗った ここも空いていて順調な滑り出しである。

フロントガラスから見る西の空にはかすかな明かりを放つ星々が光って見えた(ハワイで見る星はもっと明るいだろうな)そんなことを想いながら達也は胸躍らせ空港を目指した。


暫く行くと右手に東京タワーがくっきりと浮かび上がってきた。

(御成門はあの手前になるのか…うちの整備工場に以外と近いんだ)達也はタワー周辺を目で追いながら暫く会っていない信勝の顔を脳裏に浮かべた。


(あいつ何やってんだろう…)

あの日以来 信勝から二度ほど連絡はあったがこの一ヶ月は音沙汰おとさたがなかった。

一度目は屋敷が売れ港区のマンションに引っ越したということ、二度目は御成門近くの病院に就職したという連絡であった。


彼の電話はよそよそしく上級世界への再度侵入の話は意識的に避けている…そんなふうに達也には感じられ 達也もその件にはれず慳貪けんどんな対応になってしまった。


病院の仕事があれほどつまらないと言ってたくせに何故再び病院勤めなど…彼の手元には屋敷売却や預金やらで数億円は有ろうものを、それなのにどうして就職を急いだのか、上級世界に永住するとうるさいほど言っていた信勝 そんな彼が裏腹に現世で就職を決めるなど達也への当てつけとしか思えない…とあの時は自分から離れていこうとする彼に腹立たしさを覚えたものである。


あの帰還の日から三日間 信勝の落胆ぶりは腕の故障も手伝ってか尋常じんじょうではなかった、以前あれほど頻繁ひんぱんに連絡しまた迷惑なほど達也宅に訪れた信勝が あの日を境に連絡どころか達也を避けているとしか思えなかった、現に妻の志津江も「あなた最近信勝さんから電話がないけど…喧嘩けんかでもしたの」といぶかしるほどだ。


そんな信勝の態度は上級世界への永住どころか再度の侵入さえも拒否するといった表明にも受け取れた、もしそうであるならば今後信勝には一切関知するものかと達也は思う。


あれほど上級世界行きを渋った達也をくどき落としちょうが口から出るほどの転位苦痛を与えておきながら逮捕連行尋問程度で心をえさせる奴…そんな女々めめしい男にもう用は無いと達也は思ったのだ。


一方達也の方は時間が空けば地道に上級世界をのぞき父を探していた、街の辻 ビルの中 家屋と言わず透視バリヤの掛かっていないほとんどの場所を覗き見た、しかし父の手掛かりはいまつかんでいない。


あの街にはもういないのか…そう思い周辺の街に範囲を広げ調査したが同様であった。

最近ではあきらめの境地きょうちに入っていた、現世でも住民登録せず逃亡する者を見つけるのは至難の技であろう。


ましてや上級世界なら尚更なおさらのこと、あの官憲らしき者が10年探しても見つからないと言っていたが…組織力をもってさえ見つけることが出来ないとあらば徒手空拳としゅくうけんの達也には論外であろう。


そんな中 信勝からの連絡が途絶とだえたことも手伝い上級世界への再度侵入の熱意は達也の想いから次第に色褪いろあせていった、一時期は故郷に帰るという郷愁きょうしゅうに似た想いも有ったが…あの世界を目の当たりにしたとき郷愁などという感慨は全く湧きあがらなかったことを覚えている。


これでもし信勝が行こうというなら今度は郷愁からでなく父を探すこと1本に絞るだろう、しかし信勝の方からそれを言い出すとは到底思えず また父を見つけられるとも達也は思えなかった。


また技術者として最大欲求である上級世界の「科学技術探訪」の想いも現世からの覗き見で充分にかなえられることを知り、えて危険をおかしてまでの地に侵入する必要は感じなくなっていた、そんな想いから上級世界への再度侵入は達也の心から次第に消えつつあった。


東京タワーが右の視界を通り過ぎた、達也は信勝の顔を依然いぜん脳裏に浮かべていた。

先月までは自分から離れていこうとする信勝に不審をいだにくみもした…しかし父親探しをかたくなまでにうったえる達也に気圧けおされ、為に距離を置こうとした信勝の不器用さを今は理解出来る。


この理解は信勝の心中と想いは違えど等価したからだろうか…。

相手が先輩だからとこれまで受動に身を置いていた自分、これがある時相手を不甲斐ふがいないと感じ 俄に能動に転ずれば自信喪失した者であれば羞恥しゅうち逃避に流れよう…。


一時期は絶大なる信頼を置いた信勝、それが色褪せたとき彼の脆弱ぜいじゃく部分ばかりが目に付いてくるのはいなめない、しかし先輩また友として心をうち明け行動を共にしてきて 彼以上に自分を同胞として理解してくれた者がこの現世にいただろうか。


そう思うと彼のもろさに一時でも落胆した己の矮小わいしょうさに苛立いらだった。

(ハワイから帰ったら…一番に電話を入れよう)そう思うとハンドルを握る手に力がこもった。


やがて前方に羽田空港が広がってきた、後部座席の妻子の喚声は一際大きく車内に響き達也の心もおどった、羽田発23時55分HA458便、二時間以上も前の空港到着であった。



 ホノルルには昼12時に着き予約しておいた送迎タクシーに乗りホテルへと向かう。

ホテルに着きタクシーから降りるとベルマンが出迎え荷物を預かってくれた、チェックインは午後3時のためその間は街を散策しようと荷物の引換券を受取り3人でホテルの裏からロイヤルハワイアンセンターへと向かう。


センター2階で遅い昼食を取るとカラカウアアベニューを歩く、すれ違う観光客は殆どが日本・韓国・中国人と…まるでアジアの観光地に来た想いでもあった。


それでも陽の光はハワイである、スコールが5分ほど続くとすぐに陽が射しさわやかな南国の風が吹いた、3人はウインドショッピングやアベニュー沿いの砂浜に出てはしゃぎ回った。



 次の日、達也と一翔はホテル前のワイキキの砂浜で波とたわむれた、志津江はと言えば沖縄と同様ホテル内のエステに行っている…達也にすればハワイまで来て何がエステかと苦笑せずにはいられない。


海辺の戯れはさすがに1時間が限度であった、達也はビーチチェアに寝そべりパラソル越しに深い藍色の空を見詰めた(沖縄とはやっぱり違う…)そう思えた、しかし何処が違うと自問すれば答えは出ない、旅行費用がこれだけ違うなら沖縄より良くなければ…そんな想いがそうさせるのかと達也は再び苦笑し砂浜を見た。


一翔は知らぬ間に青い目の女の子と知り合いになったのか二人してチョコチョコ砂浜を走りきもせず水と戯れている、達也は海から視線を左手のダイヤモンドヘッドへと移す(明日はあの山に登ってみるか)そう思いながら視線は下がりモアナ・サーフライダー前のアウトリガーヨットに群がる若者らのにぎわいを目を細めて見入った。


キラキラと光る波間へ今まさにそのヨットは押し出されようとしていた。

(あんなヨット 買ったらいくらするんだろう…)漠然ばくぜんと思いながら沖合おきあいに目を転じたとき水平線には大型クルーザーが優美な姿を見せつけ行き交っていた。


その時 何故か達也の心に嫉妬しっとほむらが揺れた。

わずか100万程度の旅費に一喜一憂した自分…それに引き替え億をえるクルーザーを優雅に海に浮かべる金持ちと称する現世人、彼らは俺以上の何を持ってるというのだ。


今まで羨望せんぼうなど露程つゆほどにも感じた事のない達也だった、しかしこの1ヶ月間 自分が変貌へんぼうしていくのが手に取るように見えた。


それは上級世界から帰還した辺りからだろうか、己を上級人類と認知したとき奇妙な欲求が芽生めばえ始め それは自分が崇高すうこうなる上級人類なのに何故こんな低レベルの現世でそれも中流程度の生活に甘んじねばならないのかと。


その気になれば巨万の富を得ることは造作ぞうさなきこと、現に肉体的にも知能的にも現世人類をはるかに凌駕りょうがしているというのに。


そんな自信が達也の心を変えていくのか…例えば「羨望せんぼう」という形容は以前なら嫌悪けんおする想いだったものが今ではなぜ嫌悪したのかさえ思い出せないといった具合なのである。


この2ヶ月間 父を探すために上級世界を見続け自然と彼らに同化して行き、そののぞきき見行為は別の意味で多くの収穫しゅうかくを達也にもたらした、それは高度に進んだ科学技術の収得しゅうとくであった。


たとえば上水・下水・ゴミ処理等の環境技術には驚異的な情報が得られた、但し最新の環境技術に関してはバリヤが掛けられ透視は出来なかったが それでも古い技術は容易に見ることが出来た、ちなみに古いと言っても現世の数百年は先行く技術であろう。


この技術を現世に合うものに改変しこの現世で一儲ひともうけしようと考えた。

以前であれば他人の技術を模倣もほうし利を得ようなどとは考えもしなかった、それが今では己に唯一ゆいつ与えられた役得とさえ感じている、言い換えれば上級人類が成したものを上級人類の俺が利用して何が悪いといった開き直りであろうか。


達也は一時は躊躇ちゅうちょした…しかし先月の初めより思い直し環境関連の特願を出し始めていた、年内に最低10件以上は出すつもりだが己で製造販売しようとは思っていない、特許公開後はだまっていても大手環境関連企業から特許権買い取りの引き合いが殺到すると見込んでいた。


達也はその売却益で念願の新型MRIや室温超伝導Wireを製造する工場を立ち上げようと計画している、またそのほかに時機が来れば上級世界で知り得た驚異的技術の数々も順次世に送り出して行くつもりだ。


こうした未来技術の現世実現で一躍いちやく時代の寵児ちょうじとなる夢、また低迷する日本の基幹産業を復活し一時代前の工業国日本の威信いしんを取り戻す…そんな思い上がりもはなはだしい夢が今となれば造作ぞうさもないことに思えたからだ。


己が上級世界人類と知覚したあの時から大胆且つ狡猾こうかつな性格に変貌へんぼうしていく…そんな己をまるで他人事のように見ている自分に気付きハッとすることが暫し有った、昔ならばそんな想いに嫌悪さえ感じたのだろうが今の達也は逆にたのもしいとさえ感じられ、変わりゆく自分の心を不思議な感覚でとらえていたのだった。



 沖に浮かんだクルーザーに暫し魅入り 来年の夏には俺もこの海にもっと豪華なクルーザーを浮かべてやると達也はほくそ笑んだ。


その時 海側に視線を感じた、達也はおやっと思いその方向に目を転じる、すると30mほどの距離に一人の老人がこちらを見ているのが目に入った。


初め老人の視線は達也後方のホテルに注がれていると思ったが…暫く見ているとその視線はどうやら自分に向けられていることが分かった。


しかしこんな所で知り合いに会うことはまずない…達也はその視線を無視し一翔の戯れに視線を戻した、一翔は女の子と砂で何かを作り始めていた、達也は見る内自然と目が細まり顔がほころんだ。


その時目端に人影を感じ我に返った、達也の横にはあの老人が立っていたのだ。

その間 わずか数秒、エッと思い老人の顔を見上げた刹那せつな…引きつった悲鳴が達也の口をついて漏れ出た、父であった。


老けてはいるが信勝から以前送られた父の顔そのものである、驚愕きょうがくにチェアーからね起き老人の顔をまじまじと見詰めた、しわが深く刻み込まれせてはいるが父に間違いなかった。


「お父さん…」達也は言ってからすぐに声が詰まり代わりに目から涙が溢れた。


「おおっ達也、久しいのぅ」

昔見たあの父の笑顔である。


「お父さん、どうしてここに」涙で父の顔はおぼろひずんだ、予期せぬ16年ぶりの再会なのだ。


「どうしてって、ここが儂の住みじゃからのぅ」


「ハワイが住み処…上級世界じゃなかったんですか」


「あそこにいてはつかまるからここに避難しておるのよ、ところでお前あの世界に行ったろう、ええか2度と行ってはならんぞ!」


「お父さんどうしてそんなこと知ってるんですか」


「どうしてって…お前らをこの16年間ずーっと見続けてるからじゃよ」


「だったらなぜ家に帰ってこないのですか、母さんがどれほど…」


「そう言うな、儂とて事情はあるのよ…まっ、くわしい話しは後からゆっくり聞かせるでのぅ。

それよりあの子は一翔じゃな可愛いのぅ、ちょっとさわってもええか」


「いいですとも…ちょっと呼んできます」言うと達也はけだした、涙がまたもやあふれてくる。

その時 陽の光が喜びに満ちて達也のまぶたあふれた。

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