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第十一話

 マンションだろうか、そんな感じの薄暗い玄関に達也は男と立っていた、男はまるで親友に語りかける様に「散らかしてるけど…いいよね」と言いながら靴を脱いでホールの奥へと達也を案内した。


ホールに面した扉を開けるとリビングダイニングが有り、男は南に面した壁全体に切られた大きなウインド付近まで歩くと白衣を脱ぎ一気にカーテンを開けた。


部屋内は一瞬で陽光に溢れた、その陽光にさそわれるように達也は男の肩越しから外を見た。

しかし男の肩越しから見る視界は空一色で一体ここは何階なんだろうとウインドに近寄った。


ウインドからの眺望ちょうぼうは先と一変し名古屋の街が眼下一杯に広がっていた、達也は(おおっ)という軽い驚きとともにこのフロアはそうとう高所に位置すると感じ、「ここは何階…それと名古屋のどの辺りになります」と近くにそびえるテレビ塔を見ながら横に立つ男に聞いた。


「ここは北区成願寺と言う所で この階は37階なんだ」と男は応え、「まぁ座って」とウインド前に置かれた瀟洒しょうしゃなソファに座るよううながされた。


達也はソファに座り部屋内を見渡す、30畳ほどの広いリビングダイニングに品良く置かれた調度品はどれを見ても洒落しゃれた造りで男のセンスのほどがうかがい知れた、しかし女っ気は全く感じられない部屋でもあった。


男は達也をソファに座らせると「何か飲む」と気さくに聞いてくる、「今し方コーヒーを飲んだばかりだから…」とこたえると「じゃぁビールにでもしようか」男はそう言うとリビング奥のキッチンに向かった。


南向きの大きなウいンドから差し込む午後の陽光は暖かく 達也はソファにもたれるとくつろぐように背を思い切り延ばした。


「フーッ」と息を吐きセンターテーブル上に置かれた時計を見る、時間は4時30分をさしていた。


(4時30分か…)

達也はそう思いながら喫茶店からの奇妙な成り行きを反芻はんすうし始めた。

40分前に初めて出会った男、それが今ではその男の自宅ソファにゆったりとくつろいでいる、これを奇妙と言わずして何と言う…。


そんな男の後をためらいもなく のこのこ付いてきた、そんな今の感情をどう表現したら…。

例えばこの世が犬ばかりで達也だけが唯一人間だとして、日々己を理解してくれない犬とのむなしい生活の中 ある日人間に出会えた、いや…そんなものじゃない もっと親密なもの。


達也は今の感情をどう表現したらいいか解らなかった、ただ涙が溢れるほどの親近感、それ以上の表現は思いつかない。

たった5分見詰め合っただけでその男は達也を理解し達也もその男を理解した、かつて達也にはそんな経験は無かった、ゆえにその驚きが達也に強烈な親近感を与えたのか。


「酒のつまみはこんなものしか無くてごめん」そう言いながら男はキッチンから戻ってきた。

ビールと皿に盛られたつまみをセンターテーブルに置くと グラスを達也の前に置きビールを注ぎ始める。


「さー乾杯しよう、えーと再会に…は変だよね、しかし僕にはそんな気がするんだ、じゃぁ乾杯!」そう言うと男は達也に言葉を求めることなく一気にビールを飲み干した、達也はそれを見ながらあわてて追随ついずいする。


「フーッ明るい内からのビールは旨い」そう言いうと空になったグラスにビールを注ぎ達也のグラスにも注いだ。


この男…勤務途中で抜けてきたはず、もう今日は病院に戻る気はないのか、そんな危惧きぐをもって達也は男の挙動きょどうをしばししうかがった。


「さて…自己紹介と言ってもお互いもう殆ど理解してるいるが まだ名前は聞いていなかったね、僕は小田信勝、歳は45 現在大学病院で臨床遺伝医療部の准教授をやってる、父親は15年前に失踪しっそう 母親は現在深川に健在、兄弟はいないんだ」男は簡潔に言うと達也に自己紹介をうながすよう見詰めてきた。


少し乱暴な まるで旧知の友に語る口調である、しかし達也にはその乱暴さが逆に親しみを感じさせるのか、実の兄と喋っている…そんな様にも感じられた。


「私は五十嵐達也と申します、年齢は42歳 現在中古医療機器の商社をやってます、父親は15年前に失踪 母親は中野で兄夫婦と暮らしています、兄弟は二つ上に兄が一人います」と同様に簡潔にこたえた。


「ふむぅ、やはり君の父親も15年前に失踪しっそうしているんだ…これは単なる偶然かな、ちなみに君の祖父はひょっとしたら満州から引き揚げてきたのでは」


「えっ、そうですが…満州からの引き揚げ者と聞いています」


「やはり…」


「やはりというと、何か調べているのですか」達也はグラスをテーブルに置くと身を乗り出した。


「ええ、職業がら遺伝の研究をしていますが…6年前からドイツの知り合いの研究者と密かに祖父・父と自分の遺伝子分析を進めており、平行して年6回ほど中国吉林省の長春から20km南の粉房という小さな町にも行って遺伝子調査をしているんだ」


「吉林省と言うと昔は満州…」


「そう吉林省の長春は旧満州の首都新京になり、昔は関東軍の司令部が有った所だよ」


「そんなところへ何の目的で…」


「うん、祖父の出自しゅつじとその町の人々の遺伝子調査でね…まっ、その話しは後ほど詳しくお話しするとして、その前に君の方も相当調査したはず、それを先に教えてよ」


「はい…」達也は促されてこれまで己の脳のMRIを撮ったこと、その脳の容積とヒダが常人と異なっていることや早坂教授のこれまでの研究成果、それとラピュタ世界を見てきたことなど30分ほどかけて詳しく男に語った。


「そう…早坂教授に調査を依頼したのか、しかし言っては何だけどそれが彼の限度だろうな、彼の能力ではそれ以上の進展は望めない、彼の成果程度なら僕は8年前にすでに終えているよ」


達也は男のもの言いに早坂教授よりはるか先を進んでいるという自負が感じられた。


「達也君…おっとごめん君呼びして、しかし多少なりとも僕の方が年上だから君でもいいよね」そう断ると男は一気に語り出した。


「君が先程ラピュタと形容した浮島世界だけど…あそこは父親の失踪先なんかじゃない、あの浮島世界には僕も何度か行ったが、現生人類より1レベル上級な人類 つまり後で説明するが太古の昔、上級階層あるいは最上級階層の人類とネアンデルタールもしくはクロマニヨン人と交配し劣性遺伝した下等人類、また近親交配による劣化人類のたまり場的な階層時空なんだ、まっ上級階層の犯罪者も流されることから収容所列島と言った方が的確かな。


この進化階層を語るに宇宙とか時空という拙劣な表現で語り尽くすは困難だが…君が成長するまでは元世の言葉で説明しようか。



 地球を含めたこの宇宙空間にはディメンションの異なる4つの世界が存在すると思いなさい、それらは時空差の断層をもって互いに干渉することなく存在し、それらは時間階層的に空間世界を成している。


これを秒という元世の時間を基準にすれば各階層の位相は僕の調査では125.63秒の差で位相し、また各階層に於ける時間の進み方は元世を1とすれば上位階層は1/2 その上層はさらに1/2と連鎖し、元世に対し4階層目の最上級階層では時間の進み方は元世の8倍の速度で時間が流れている。


何故そうなっているのかは僕の脳レベルでは解らない、これは元世の科学者がいくら束になっても宇宙の本質を解き明かせないと同様 与えられた脳レベルの遥か上位にある事象なんだろうね。


現世の生物類系と同様、人類起源より持てる脳の性能差からその感性レベルは自然と階層化され我々が今存在していると感じているこの現生人類世界は1階層目を成し、君が見たラピュタ つまり混血種集合世界は2階層、その上に上級階層がありさらに最上級階層がある、しかし植物系は進化に関係なく全ての階層に共存しているんだ。


階層にはさらにその上があるのかも知れない、しかし僕の脳ではこれ以上を考察することは不可能、だからこの宇宙空間には4つの階層が存在すると仮定している…でも階層という認識は僕の脳レベルの感性であって恣意しい的に過ぎない、ゆえに真理は全く異なるのかもしれないが…。


父や僕とか君は脳性能から言えばレベルは上級階層の人類で、祖父等は最上級階層の超人類と言えよう、それは元世人類から最上級階層の人類まで一通りゲノム解析を行った僕が勝手に分別しただけで、実際のところは先と同様 暗中模索あんちゅうもさくの域は出てはいないがね。


しかし思ってもみなさい、先程あの喫茶店で見つめ合った瞬間 君も僕も同胞と感じただろ、海外旅行に行くと不思議に日本人と中国人を分別出来る…あれと同じなんだね。


またもう一つ、現生人類と混血種集合階層の人類にはこの4つの階層は全く知覚できていない、また上級階層から送られる犯罪者が突如とつじょ鎖に繋がれ現れているのに彼らには見えていない、この点を考察すれば僕も君も上級階層の人類ということが出来ようか。


先程聞いた内容から君はまだ混血種集合階層しか見えていないと言う話しだったよね。

まっ、そのうち上級階層も見えてこよう、またその4つ世界の構成や時空階層が知覚出来るようになってくると僕と同様にいろいろな屁理屈へりくつをこねて解析を試み 解ったような顔になるんだろうが…。


例えば我々があの路地からここへ空間移動したこと、あんな事は元世人類や混血種集合階層の人々には考えも及ばない事柄だろうが現に我々はそれをごく自然に実行している、君ももう薄々感じているだろう 1m先も1000km先も己の一跨ひとまたぎ圏内に存在していることを…。


飛躍して考えれば月も星も宇宙全体も同様と感じられる日は遠くはない、しかし何故そうなるのか…その真理は我々でも永遠に掴めないかも知れないな…しかし下等な元世人類がその真理も知らず物質特有の現象挙動を利用しそれを何の疑いも持たず ごく自然に生活利用しているのと同様、我々もそれにならうしかないのかも。


でも僕はその真理を掴みたいと未だに足掻あがいているんだけどねフフフッ、どうせ解りはしないのだろうが、しかし最上級階層の人類なら僕が無理と思うことも難なく解き明かしてくれる…そう思うんだ。


だから足掻きかも知れないが祖父のことを調べている、上級階層からどうやって最上級階層に行けるかの手掛かりを掴むためにね、だけどその想いには弊害へいがいも付いてくる。


君がまだ上級階層が知覚出来ないのは現世界の影響やしがらみから脱し切れていないという証拠なんだが、僕は7年前 上級階層に侵入し最上級階層の存在を知った、しかしそれを知ったからなのか それとも上級階層の人間らと付き合ったからなのか解らないが 上級界層から帰ると僕の感性は一変していてね…結果 妻と子を捨てることになった。


妻や子を捨てるなど今の君には思いもよらぬ事だろう、しかし君も上級世界に行けば僕の気持ちが理解出来ると思う。


7年前のあの日…上級世界から戻り妻や子を見た時、自分の目に映る妻子は表現はうまく出来ないがまるで別人、いや僕の方が変わったのだろうが、正直言って妻子を見たとき路傍ろぼうの犬猫でも見る様な感覚、そんなふうに見えたんだ。


脳レベルが桁違いなのか強烈に元世人類を拒否する自分自身に驚いた…。

例えればどんなに可愛い犬猫であっても妻子を愛でる感情には至らない そんな想いなんだ。


帰ったあの夜、あんなに愛していた妻との性交渉がおぞましいと感じた…となれば自然夫婦関係は破綻はたんしていく、まっ 最上級人類でも現生人類と交配したのだから おぞましいと感じるは人それぞれなんだろうけど…。


君もあの混血種集合階層に行ってから会社の同僚や知人と会話することが億劫おっくうになってきたと言っていたが、それの強烈版と思えば理解して貰えるかな。


だから君もその脳が本来のレベルに達した時点で僕と同様 妻子を否定し始めるかもしれない、それは個人の感性差次第で僕と同様とは言い切れないが今から覚悟しておいた方がいいと思うな。



 僕は7年前初めて上級階層(世界)に行った…しかしその時はあることがあって逃げるように帰ってきた、それ以来今日まで再来していない、上級階層に行きその上の最上級階層に行くにはどうしても「ある物」が必要なんだ、その事もおいおい君に教えよう。


この6年のあいだ中国吉林省周辺を調査し3年前ようやく長春から20km南の粉房近くに目指す落村を探り当てた、この村に昭和17年なぜ最上級階層の超人類が突如現れたのか、またなぜ元世に落草し何処へ散って行ったのか、そしてその時持参したであろう「ある物」…。


ところで君の祖父の遺品だけど…何か残ってない」


男は疑問符で突然語りを中断した。

達也は男のこれまでの語り一言一言が息も継げぬほど驚異に感じ ただ目を丸くして聞いていた、ゆえに突然の疑問符中断にキョトンとした顔でうなずくしかなかった。


「達也君…僕の言うこと聞いていなかったの」


「ああぁいえ、聞いてました 祖父の遺品でしたよね…いえ何もありません」


「君ぃ即答に過ぎるよ、一度でも調べたことあるの」


「ええ、先日祖父の遺伝子調査のため一応は調べたのですが遺髪しか残ってなくて…」


「それって自分自身で調べたの」


「いえ母が…」


「でしょう、今度は自分で徹底的に調べてくれないかなぁ」


「しかし調べると言っても…どんな形なのかも」……


それから男との会話は明け方近くまで続いた。

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