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とある日のヒトコマ

作者: 林檎

空は憎いほど真っ青で、雲と言えば遠くに見える入道雲くらい。

それを眺めているだけでも暑さが増すのに、追い討ちをかけるようにセミが大合唱している。

たまに風鈴が涼しげな音をかなでてくれてはいるが、それも気休め程度にしかならない。

せめて、ここが畳ではなくフローリングだったら冷たくて気持ちいいのに……。


「暑い……」

 

誰に聞かせるわけでもなく呟いてみたが、それも暑さを確認しただけだった。


「美香、ちょっといいかしら?」


「なに?」

 

お母さんの声に力なく返事する。


「倉庫からたまねぎを数個持ってきてくれない? 今、手が離せないの」

 

お母さんのお願いに私は不満の声を上げる。

 

「私、寝不足なの。お父さんにでも頼んでよ」


「……おとうさんは、今いないの」


「……まったく、こんなときにいないんだから。」

 

お父さんはいつもタイミングが悪い。

いて欲しいときにいなくていなくていいときにいる。

そういえば今日は姿を見ていない。寝ているだけだと思ったけど、日曜日なのに仕事なのかな。


「それに、あんた一昨日からまったくうごいてないでしょ。太るわよ」


「……いいよ、別に」

 

正直言って面倒だ。この暑い中、無駄に動きたくはない。


そんな私の考えを察してあきらめたのか、お母さんは浅いため息を一つして台所の方へ引っ込んでしまった。……否、あきらめていなかった。


「あ……!」


私のいる座敷へと戻ってきたお母さんの手にはスイカバーが握られていた。

ただのスイカバーされどスイカバー。

この暑さの救世主である。


「それ、頂戴。もう、暑くて溶けそう」


「いいわよ。……ただし、たまねぎを持ってきてくれたらね」

 

勝ち誇ったように笑うお母さんの笑顔が、青空よりも憎かった。


 

             ***

  


音を立てて倉庫の扉を開ける。中は意外と綺麗だった。

お父さん、いつの間に掃除したんだろ……。

 

あくびをかみ殺しながらたまねぎを数個手に取る。

寝不足はその場しのぎの言い訳でも嘘でもない。本当のことだ。


昨日、変な夢を見たのだ。

どんな夢かはっきりと覚えていないが、誰の悲鳴を最後に目を覚ましたことだけ覚えている。

はっきり覚えていないくせにとにかく“怖い夢”だったということは分かっていて、そのあとも遠くから低い悲鳴が聞こえる錯覚に襲われてなかなか眠れなかったのだ。

本当、どんな夢だったんだっけ。


「うわっ……と」

 

考え事をしていたせいだろうか。なにかにつまづいて転んでしまった。

 

転がったたまねぎを拾いながら転んだ原因を見ると、それはチェーンソーだった。


「うわ、うちにこんなのあったんだ」

 

好奇心でそれをながめる。

暗くてよく見えないが、たぶん、さびか何かで汚れている。

……倉庫掃除したときにでてきたのだろうか。

どうせならついでに手入れすればよかったのに。

手を切らないようにそっと指でなぞった。


「純子! まだ?」


「あ……はーい」

 

お母さんの声でわれに返り、倉庫から出た。


「はい、これくらいでいい?」


「ええ。ありがとう。冷蔵庫に入ってるわよ」


「はーい」

 

リズミカルな包丁の音を聞きながら、冷凍庫からスイカバーを引っ張り出した。

 

そういえば。ふと思い出し、お母さんに聞いてみた。


「……ねぇ、お母さん」


「なあに?」


「うちにチェーンソーとかあったんだ?」


「……お父さんが、持ってたんじゃないの」

 

お母さんの声がつめたかった。まるで、氷のように。

なにか、聞いてはいけないことを聞いてしまったらしい。


「……ふぅん」

 

こういうときは、そっとしておいたほうがいい。

そう判断して、静かに座敷へもどる。

平然を装っているが内心では、これでも何を間違ってしまったのだろうとビクビクしている。

心臓だってばくばくしてうるさい。

おかあさんが怒ることなど滅多にないのだ。

 

ふと、手を見ると指に黒いものが……ちがう、赤いものがついていた。


「…………血?」


一瞬怪我でもして血が出たのかと思ったが、傷はない。どうやら違うらしい。

じゃあ、なんで指にこんなものが……。

そういえば、私はこの指でチェーンソーに触った……。


一瞬頭の中に浮かんだ推測に思わず身震いをする。


「……まさか、ね」

 

さっきまで快晴だった空が、いつの間にか雨雲によってすこし薄暗くなっていた。

なんか、雨降りそうだな。

そう思いながら私はスイカバーをほおばった。


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