海霧のレプン・シㇼ -北海道戦争-
初投稿です。軍事描写とか日本語とか細かいところで色々とミスがあると思います。よろしければご教示いただけると幸いです。次回作も投稿したいなと思っています。温かい目で見守ってくださると幸いです。
振り返ると、流麗な利尻富士が霞んで見えた。端正な円錐形の輪郭はぼやけ、尖った山頂だけがこちらを見つめていた。
1997年11月3日、北海道礼文島。利尻富士を隠すのは季節外れの海霧ではなく、立ち込める硝煙だった。
半年前から極東での軍事活動を活発にしてきたロシア連邦に対し、日本国防衛庁は警戒監視とともに島嶼や極北への転地演習を繰り返し実施。10月末には、野党の反対を押し切り、史上初の"防衛出動待機命令"が下令された。
先月奥尻に行かされたばかりの陸自北方2師3連隊2中隊は、一昨日輸送艦「おじか」に押し込まれ利尻島及び礼文島にて島嶼展開演習を行っていた。
礼文島を担当する1小隊、2小隊はそれぞれレンジャー小隊と対戦車小隊であり、中隊でも最大級の戦闘力を有する。中隊本部は利尻島に置かれていたが、中隊の主戦力と言える部分は礼文島にいた。
礼文島担当の中での最先任は1小隊長の柘植2尉。今年で27歳になる。礼文分屯地司令の蓬田3佐と共に3日間の演習で部隊を治める予定だった。
方面から演習の延長が告げられたのは昨日の夜20時だった。ロシア軍の行動が活発化しておりより実践的な訓練によりこれを抑止するため、だとか言っていたと柘植は記憶している。11月3日朝7時、柘植が中隊本部と連絡を取ったあと、0900より開始予定の演習について蓬田3佐と話していたときのことだった。
「司令!陸幕から緊急電です!」
飛び込んできたのは第301沿岸監視隊の当直の2曹だ。
「空自の早期警戒機がウラジオ近郊からの大編隊の離陸を捉えたそうです。」
「これまで通りとは違う、演習ではないと判断されたわけか?」
「そうなります。上はこの動きを奇襲を企図したものと考えたようです。」
「ウラジオには今Mig-23がいたな、それか?」
「恐らくは。稚内にも確認中です。」
そのとき。
「本隊より!空自のレーダーがやられたそうです!本隊との通信も途絶!」
「方面に問い合わせていますが回線が不通!」
部屋に駆け込んできた何人かの隊員は口々に非常を叫ぶ。
「真偽はわかりませんが千歳が攻撃を受けたという情報も!」
「三沢のF4がSQしたとの報告もありました。」
集まってくる情報は全て日本国が攻撃を受けていることを示すものばかりだ。
弾道弾だろうか、本土各地が攻撃に曝されているようだ。
「方面とは連絡が取れないんだな?」
蓬田3佐の確認に頷く隊員たち。
「2尉、中隊本部と連隊に連絡をお願いします。」
3佐がそう言い終えぬうちに柘植は走り出していた。
「小隊長!連隊と連絡がつかないようです。一体何が。」
礼文分屯地の一角に臨時に設営した天幕は紛糾していた。
「千歳のイーグルが撃墜?確認は取れてるのか。」
「海保の巡視船が不審船から銃撃を受けたとの情報が、」
演習に随伴していた2科の隊員たちは天幕の中を走り回っていた。
柘植は第2小隊長の佐倉3尉と小隊陸曹の熊田曹長を探す。
「熊田さん!状況は!」
「わかりません。未確認の情報ばかりです。小隊長、一度利尻の本隊に連絡を。」
熊田曹長の具申から、中隊本部との直通無線を手に取る。
「20こちら21。感送れ。」
『21こちら20。21の感良し。20の感送れ。』
「20こちら21。20の感良し。現在未確認情報が多数あるが把握しているか、今後の指示を乞う。送れ。」
柘植は無線規則に倣った冗長な確認に苛立ちながらも、本隊へ現状を問う。
『21こちら20。連隊ならびに師団より治安出動下令との情報あるが真偽不明。住民の安全確保に努めろ。送れ。』
「20こちら21。安全確保とは市街での警戒か、島内での避難誘導か、島外移送か。送れ。」
『21こちら20。住民の安全確保に必要な最低限の行動をとれ。送れ。』
本隊も状況をあまり掴んでいないのか。指示が不明瞭だ。
「20こちら21。指示が理解できない。送れ。」
『21こちら20。現行法の範疇で認められる行動をとれ。送れ。』
「20こちら21。了解。終わり。」
要するに、何をしたらいいのか本隊もわかっていないのであろう。現行法の範疇といっても許される行動は待機命令下の今はそれほど多くない。
「熊田さん。2小隊を船泊集落の警戒に出しましょう。非常事態につき演習は中止。佐倉3尉を呼んでください。」
「了解。」
情報が錯綜していて、現状を把握できない。本土が攻撃を受けているようだが、どこからの攻撃で何に対してなのか。とにかく行動だ、と柘植は考えた。住民保護と情報収集を並行して行わなければならない。
9時25分、2小隊の1個分隊が分屯地最寄りの船泊集落へ向かった。残りの部隊は分屯地の警護を行う。海自に対して海上警備行動が出たそうだ。先程天売島沖で潜水艦が無線授受を行っていたという情報もある。
「3佐。状況はどうですか。」
蓬田3佐に状況を確認する。
「稚内の隊員によると、18警戒隊が攻撃を受けたのは事実のようです。千歳も攻撃を受けたが新千歳の方をやられて基地は現状無事だそうです。どうやら全機離陸したらしい。」
「やはり敵はロシアでしょうか。」
「ええ、恐らく。」
遠くからジェットエンジンの音が響く。
「空自だ!」
近くにいた隊員が声を上げる。
F15Jだろうか、2機編隊が海の彼方稚内沖を航過する。
「司令!斥候から連絡!海馬島沖に複数船影あり!」
海馬島は礼文島から100kmほどの距離にあるロシア領の離島だ。
「海馬島沖ということは一昨日連絡があったコルサコフの艦隊だな。厄介だ。」
ロシア太平洋艦隊は1週間前に母港を離れオホーツク近海を周遊し、樺太西岸のコルサコフに寄港していた。太平洋艦隊には退役を先延ばしされた空母ノヴォロシースクに、新鋭対艦ミサイルを備える巡洋艦ヴァリャークも所属している。
「艦種は判別できるか?」
蓬田3佐の問いに隊員が答える。
「空母1、大型艦4、小型艦3!」
恐らく揚陸艦を含む大規模艦隊だろう。既に我々は敵の射程に収まっている状態だ。
「小隊長!船泊の分隊より、住民が自主避難を開始しているそうです!」
衛星電話か何かで本土の状況を知ったか、住民が南部へ移動し始めた。
「小隊長!中隊本部より住民保護より分屯地警護を優先との通達!」
指揮系統も混乱している。ほんの30分程度で指示が正反対のものになった。
「分隊を戻せ!防禦を固めるぞ。」
これより1小隊と2小隊は、301沿岸監視隊と合同で礼文分屯地の警護を行う。
10時37分、各員が警戒配置に着き、これより実戦体制になろうかというとき。
轟、と分屯地のレーダーサイトが吠えた。同時に熱焔が噴き出し、建屋が崩壊した。
「敵襲!誘導弾!」
誰かが叫んだ。
海馬島沖に遊弋していた太平洋艦隊によるものだろうか。
「斥候より!揚陸艇接近!船泊漁港方面!」
轟音と共に遥か上空を戦闘機が航過する。
「スホイだ!Su27だ!」
「ヘリ部隊視認!司令、指示を!」
蓬田3佐が柘植に目を向ける。
「2尉。現状この島の最大火力は貴官らです。ロシア軍と思われる勢力による強襲上陸を撃退し国民の生命と財産を保護するため、協力してくれないでしょうか。」
柘植は快諾した。つい数刻前、分屯地が攻撃を受ける寸前から覚悟していたのだった。
10時55分、91式携帯地対空誘導弾を装備した分隊を礼文空港方面へ、87式対戦車誘導弾を装備した分隊を船泊漁港へ向かわせ、残りの部隊で野戦の準備をする。限られた装備を配分し、揚陸や空挺降下を阻止ないし遅延させ、少しでも時間を稼ぐ。
自衛隊法95条によると自衛隊の武器の警護を行う自衛隊員は必要最低限の武器の使用を許可されている。必要最低限の武器、は警察官職務執行法に照らせば相対する敵と同等まで、となる。敵が小銃を使えばこちらも小銃を用いて反撃する、といった具合だ。上陸阻止の分隊は厳しい戦いを強いられるだろう。
しかしそれも防衛出動下令までの辛抱である。現状、無線不通のため照会できないが確実に本土が攻撃を受けている。すでに防衛出動の発動要件は満たしている。そこまで持ちこたえれば。
11時23分、初撃から1時間と経たずして上陸戦が生起した。礼文空港滑走路北端に勢いよく着陸したMi8輸送ヘリと、降下してくる兵員に対し、89式小銃の猛射が加えられる。火点を移しながら散発的に襲撃する自衛隊の攻撃に対し、後続のロシア海軍Ka29戦闘輸送ヘリの7.62mm機銃が横薙ぎに銃撃を加える。
「宮谷士長負傷!」
「持たんな、各員後退!」
時を同じく11時24分、船泊漁港に揚陸艇が襲来する。住民の自主避難により無人と化した漁村。船揚げ場に乗り上げてきたエアクッション艇からBTR80装甲車が飛び出し、兵員を吐き出す。そこに小銃弾の十字砲火を加える自衛隊員。遮蔽物から頭を出したロシア兵の耳を5.56mmNATO弾が掠める。もう1両出張ってきたBTR70装甲車に87式対戦車誘導弾が直撃し大爆発を起こす。弾薬を積んでいたようだ。
「やりィ!」
歓声を上げた3曹はそのまま目を見開き青ざめた。
76.2mmの主砲と共に、前時代的でありながら戦場を支配する、水陸両用戦車PT76がゆったりと上陸してきた。
「水陸両用戦車!退役したんじゃないのかよ!」
分隊長の1曹が悲鳴のように叫びつつ後退を指示する。
その瞬間、PT76が雷鳴のような砲声を上げる。幸い負傷者は出なかったが、背後の漁協の倉庫を貫通し草原に突っ込んだ砲弾は大爆発を起こし4m四方ほどの窪地を生み出した。戦慄した分隊員たちはなんとか87式を撃つも命中せず。持ち直したようにロシア兵が小銃弾を浴びせてくる。逃げるように後退していく。
予備陣地として扱っていた、軽トラックや廃コンテナに囲まれた一角。停めてあった73式小型トラックに飛び込み全速力で分屯地へ戻る。後方で爆発音がし、車体が少し浮いた。手榴弾か?幸いにも、漁港から少し離れた辺りで追撃は止んだ。
11時36分。上陸阻止部隊が分屯地へ逃げ帰ってきた。幸いにも死者は出なかったが3名が銃撃により重傷、5名が軽傷を負っていた。重傷者の呻き声が実戦の現実を自衛官らに植え付ける。そして、反攻の意思も。敵は思わぬ反攻にひるんだか様子見か、上陸地点から動いていない。臨時に礼文島防衛隊を結成し、その司令官となった蓬田3佐が前へ出る。
「時間は稼いだ。衛星電話を通じて本土と僅かな時間だが情報交換に成功した。敵はロシア軍だ。そして先程”防衛出動”が下令された。ここからは徹底抗戦だ。本土も上陸戦らしい。増援はしばらく望めないだろう。しかし絶対に諦めるな。耐え忍べ。必ず勝てる。貴君らの活躍を期待している。これを以て訓示とする。」
雄叫びも歓声も上がらない。しかし静寂の中に確かな意思が宿っていた。
柘植は口を開いた。
「各員配置に着け。北部及び北西部からの侵攻が予想される。C3号作戦だ。軽戦車の揚陸も確認されている。対戦車陣地の増強も行う。」
防衛隊は各担当ごとに別れていく。敵は橋頭保を確保した。至近を抑えられている現状、敵は確実にここを落としに来る。1時間強というわずかな時間で展開させた陣地は心許ないが、我々の背後には民間人がいる。そして我々には本土で戦っている仲間がいる。負けるわけにはいかない。
12時7分、砲声が轟く。続いて爆轟。漁港や空港と分屯地との間に広がる丘陵に着弾した砲弾が火を噴き、衝撃波が陣地まで届く。敵は迫撃砲と榴弾砲の揚陸に成功したらしい。陣地を跳び越す弾もあったが、直撃弾は出ない。分屯地を飛び越えた砲弾が爆発する振動が響く。敵は火点を晒す愚を犯した。自衛隊の反撃は火点へ向けた砲爆撃から始まった。
「後方良し!撃ちます!」
84mm無反動砲が火を噴き、後方に熱と煙をぶちまける。榴弾砲を牽引していた小型トラックの車体下部に吸い込まれた榴弾はその場で秘めていた暴威を解き放つ。下から持ち上げられるように横転したトラックからロシア兵が這い出ようとよじ登り、そのまま車体が爆発した。
駆けてくるロシア兵に、64式小銃の7.62mm弾が殺到する。敵も負けじと撃ち返し、反撃によって露呈したこちらの小銃掩体が1つ吹き飛んだ。
「富田!!」
誰かが叫ぶ。掩体から出てくる者はない。
「クソ!1分隊予備陣地へ後退!」
意味があるのか怪しい作りの遮蔽物に守られた即興の連絡壕を何人かが駆ける。
「敵戦車前進!!」
悲鳴のような叫び声がする。建物の陰からPT76が姿を現し、砲塔をこちらに回す。
「後退!後退しろ!4分隊は戦車を狙え!」
無線に向かって叫ぶ2小隊長の佐倉3尉。最左翼の分隊が79式対舟艇対戦車誘導弾を発射するも右に逸れた弾体はPT76には命中しない。
誘導弾を発射した掩体から分隊員が飛び出し、数秒後掩体が消し飛ぶ。
「各隊予備陣地へ!」
熊田さんが叫ぶ。敵方を射撃しながら後退し、予備陣地へ飛び込む。
既に多数の負傷者が発生し、2個小隊66名と分屯地派遣隊21名の87名に過ぎない防衛隊は2割を損耗していた。重装備を配置した掩体が潰され、一部の装備は既に使用が叶わない。
「小隊長!2分隊長善家2曹負傷のため吉谷3曹が指揮を引き継ぎます!」
柘植のいる掩体に駆け込んできた3曹は了承の返事を聞くと姿勢を低くし走り出す。
そのとき、柘植の掩体の至近に榴弾が着弾する。土嚢が噴き出し、吹き飛ばされる。青い空の向こうに黒々と雲が見える。宙を舞った身体は2mほど先の地面に激突する。
痛い。冷たい。気が付くと分屯地の野戦病院だった。天幕の中を少ない衛生隊員が走り回る。
「柘植2尉!気が付きましたか。」
1人が声を掛けてくる。
「…状況は。」
絞り出すように口を開く。隊員が答える。
各隊は予備陣地へ後退するも激しい砲爆撃に曝され続け、分屯地至近まで後退。装輪車輛による侵攻の懸念から麓の公道を吹き飛ばし、分屯地周辺で防衛線を展開しているらしい。
「外は霙です。風雨を凌ぐためか敵も今は沈静化しています。」
「俺の隊の状況は。」
柘植はまたも問いかけ、隊員が答える。
戦死者5人、重傷者11人、軽傷者多数。装備の損耗は3割ほど。
「…戦死者。」
柘植はつぶやく。そして立ち上がる。
「まだ動いちゃ駄目ですよ2尉、頭を打ってますから安静に!」
衛生隊員が咎める。
「外に行かせてくれ。」
そうつぶやき、天幕を出る。
時間は15時27分。薄暗い。戦闘開始から3時間が経過していた。
雪と雨が混じり、湿った氷の塊が肩に落ちる。
右を見ると、布に包まれた何かがいくつかあった。黒い布越しに、人間の体であることがわかる。遺体だ。
「敵部隊に行動再開の兆候あり!」
防衛線の外側、斥候が声を上げる。
唸るような音がする。
腹に響くような重低音が段々と大きくなる。
「北方!航空機!」
叫び声が聞こえる。
士、という字が近いだろうか。主翼を大きく開いた航空機が上空を航過し、何かを投下した。
「退避!退避!」
「対空戦闘!撃て!!」
突如飛来したSu24戦闘爆撃機による空襲は、分屯地の建屋に直撃し、また複数の車両と地面の舗装を粉砕しいくつかの爆発痕を生み出した。
野戦病院や指揮所の天幕は無事だったが、風雨を凌ぎ休息をとることがままならなくなった。そして、隊員たちに空襲のトラウマを植え付けた。
そして爆煙が晴れると、敵の砲爆撃が再び始まった。鳴りを潜めていた間に狙いをつけていたのだろう。以前より圧倒的に正確に火点を狙ってくる。
「ここは放棄しよう。」
いつの間にか後ろに立っていた蓬田3佐が言う。
3佐自身も戦闘服は傷だらけで、口元には長い切り傷もあった。
15時49分、戦闘が小康状態となると、礼文島防衛隊は後退と陣地転換を開始した。敵に感知されないよう適宜小銃による反撃を行いつつ防衛線から引き上げる。天幕を残したまま後方から負傷者や機材を運び出し、トラックへ載せる。1個分隊を分屯地へ残し、その他は分屯地南方まで引き上げる。
「エリア峠南西に樹林地帯があります。道道40号線は既に破断されているから敵が南下するならここを通るでしょう。挟撃適地だ。」
指揮所を撤収しながら陣地の構造を決定する。
「大備川の両岸に布陣しましょう。教範通りのお手本のような作戦だが上手くいくはず。」
部隊の撤退と陣地再構築が一区切りつくまで、1時間半は確実にかかるだろう。その間撤退を悟られないよう、悟られても動かれないよう、敵をたった1個分隊でこの分屯地に張り付けておかなければならない。
16時21分、分屯地からの撤収が完了した。ここに残す1個分隊は1小隊1分隊。レンジャー小隊である1小隊の中でも、隊員のほとんどが真駒内や松本、習志野などの厳しい訓練を積んだ精鋭たちだ。小隊陸曹であり1分隊出身の熊田さんに分隊を任せ、分屯地営外に停まる82式指揮通信車の後扉を閉めると、柘植たちは後方へ向かう。車両は島の東岸を回り、礼文高校まで南下してから北上し陣地へ向かう。徒歩移動の隊は分屯地入口そばの弾薬庫の脇を抜け、素早く木立に隠れる。16時40分、集合した各隊は分散し陣地構築を始める。
「車両の偽装は念入りに。敵を見通せて、敵はこちらを見通せないように布陣しろ。」
大備川に沿って道路がカーブする。この少し奥に指揮所を配置する。連絡壕に無線を通し、機材を配置する。
「01こちら10。感明どうか送れ。」
新編した通信符号をもとに、分屯地に残した隊と連絡する。
『10こちら01。10の感良し。01の感送れ。』
「01こちら10。01の感明良し。おい、もう隊じゃないから略号はやめておけ。送れ。」
『10こちら01。さーせん、了解っす。敵に動きは見えず。送れ。』
まだ敵は動いていないらしい。気づいていないのか、それとも。
「01こちら10。了解。引き続き警戒監視及び防衛線維持を行え。熊田さんによろしく頼む。終わり。」
降り続く霙が、雪を解かし土壌を湿らせる。
もうすぐ17時だ。冬の北海道の夜は早い。もうとうに日は落ち、しばらく見えていた夕焼けも紫色に染まった。夜戦になるだろうか。
『10こちら01。敵部隊に移動の兆候あり!送れ!』
無線機が吠えた。
「01こちら10。方角は。送れ。」
『西です!集落を抜けて南下するものかと!』
敬語は無線規則違反だ。
敵部隊は船泊漁港北側の船揚げ場から上陸した隊と、礼文空港から上陸した隊の2つがあり、それぞれ連携して攻撃していた。部隊規模からして主侵攻は漁港の隊だろう。実際礼文空港の隊は分屯地レーダーサイトへの攻撃を観測したのち船泊集落の北寄りに展開した部隊へ合流している。集落の中央部から道道40号沿いに南下する魂胆だろうが、40号は既に装輪車輛では走行不可能な状態だ。どう来る。
「久種湖北岸に敵斥候を確認!」
指揮所へ飛び込んできた士長が叫ぶ。
「01こちら10。後退しろ!こちらに合流!」
『10こちら01。了解。』
通信手ではなく熊田さんが答えた。
分屯地の分隊をこちらへ戻し防禦を固めねば。敵の攻勢が迫っている可能性が高い。
「斥候を野鳥小屋駐車場まで戻せ!」
柘植は叫ぶ。夜戦の構えを取らなければならない。最前線の陣地からここまで縦深は1km強しかない。
17時21分、既に辺りは闇に包まれている。虫の声すらしない北の島には、草を揺らす風の音だけが静かにざわめく。その静粛の奥から、何かが近づいてくる。斥候から無線で合図が来る。BTR80だ。敵車輛は3両。規模が小さい。威力偵察か?先頭車が触雷する。タイヤが弾け、突き上げられるように浮かび、擱座する。車体についた雪が解け、涙のように流れ落ちる。そして後続の2両に十字砲火が加えられる。触雷を合図に一斉攻撃を加える、この一帯は部隊のKZとされていた。
「RPG!」
誰かが叫ぶ。
BTR80から降車した1人の兵士が身を乗り出しRPG7を発射する。
闇の中を弾体のロケットが長く鮮烈に炎の尾を引く。狙いは定まっていなかったが、偽装していた車両掩体に突っ込み、土嚢が弾け土煙が上がる。あの掩体の中に車両はない。
89式小銃の3点連射は続く。最後尾の1両が後退しようと動く。すかさず84mm無反動砲を装備した隊員が身を乗り出し弾体を撃ちだす。逃げ出そうと後進したBTR80のフロントガラスに突っ込んだ砲弾は弾け、車内のものを全てめちゃくちゃにした。窓という窓が全て吹き飛び、煙が上がる。
3両のBTR80とその周囲に動くものはない。
「やったか?」
「それ、フラグってやつですよ」
最前線の対戦車分隊員たちが顔を見合わせる。
格闘戦に長けたレンジャー小隊員が隠密に確認へ向かう。
『02βより10。敵車輛沈黙。』
指揮所の無線から成果報告が上がる。
柘植はため息をついた。第1陣は制した。次はいつ来るか。
「敵は久種湖東岸に陣地構築を企図している模様!」
敵方の偵察に出していた隊員が戻ってきた。
道道40号から現在地を抜ける道路が分岐する地点は少し平坦で、こちら側からは手前に丘があり見えない。集落から盗ってきたと思われる重機で陣地構築を始めたらしい。
「あの地点に布陣するとなると、私が敵なら散発的な夜襲で敵を消耗させることを目指します。」
柘植が言うと蓬田3佐は頷き、
「同意見です。おそらくやつらは夜のうちにこちらの陣地を把握するつもりだ。本格的前進は夜が明けてからでしょう。」
1つ幸いなことがあるとすれば、敵が重機を集落から持ってきていることだろう。重機や重装備の揚陸はこの島には行われていないようだ。
「奇襲に備え歩哨を増やしましょう。ローテを組みなおします。」
敵に側方から浸透され、連絡壕を歩いているときに襲われたなんてことになったら最悪だ、と柘植は考えた。敵陣から峠を上りつつ進めば繞回は容易だ。この島は低木の樹林地か草原しかないため見通しは効く。しかし、我々がそうしているように低木の中を進まれると厄介だ。
18時36分、先の戦闘から1時間が経過したが、敵に動きはない。交代を組み回してはいるが隊員らにも疲労が見えてきた。
19時29分、まだ敵は動かない。2時間もの間警戒監視を続け、交代で休憩中でも緊張状態の解けない状態。疲弊している。敵はこれを狙っているのだろう。
『敵方、行動再開の兆候あり。』
20時31分、敵陣地付近に潜伏する隊員から連絡があった。
「とうとう来たか。」
疲れが見えていた隊員たちの目に少しの生気が宿る。
「敵情は。」
「先頭にPT76、その後ろにBTR80、BMP2がそれぞれ2両、トラック少々に最後尾にBRDM2。」
「やつら、そんなに揚陸してたのか。」
近海の揚陸艦から発進した揚陸艇と水陸両用車両群だろう。戦車も複数両存在している可能性がある。
遠くからエンジン音が響く。先のとは異なり大部隊だ。
20時49分、再配置した対戦車地雷を前に、PT76の機関銃手が前方を射撃する。曳光弾が輝き、そして地雷が誘爆する。激しい閃光と熱が湿った雪を解かし、戦いの始まりを告げる。PT76は警戒しながら進み、そして主砲を解き放った。榴弾は道路脇に放置されていた軽トラックに正確に着弾し、業火を噴き出した。
「戦車兵、多分暗視持ってるぞ!」
前線の小銃隊員が叫ぶ。
「ハチヨンを撃て!」
84mm無反動砲が前後に火を噴く。直進した弾は戦車を掠め、後続のBTR80の左前輪に直撃した。擱座し、抉れるように破損した前面に開いた大きな破孔からだらんと人の腕のようなものが垂れ下がった。
後続車はBTR80を追い越し前進する。BMP2が30mm機関銃を乱射しハチヨンを撃った掩体を潰す。そのまま線を引くように横一線に射撃し、前方を蹴散らす。
「大野1士死亡!」
「03、後退しろ!」
後方の陣地から曲射された迫撃砲弾が次々に着弾する。BMP2が1両直撃を受け爆発炎上。すると車列後方のトラックの荷台から兵士が飛び降り射撃を加えてくる。
「撃ち返せ!M2で薙ぎ払え!」
掩体に飛び込んだ3曹がM2を振るように動かす。そして12.7mmの弾雨がロシア兵に捧げられた。アメリカが生んだ傑作機関銃M2ブローニングの斉射が突き進む敵兵をなぎ倒し、戦車と装甲車の装甲板に突き刺さり跳ね返る高音が鳴り響く。
「流石に装甲車は抜けないかァ。退避します!」
3曹が掩体を飛び出た途端先程まで自分がいた地点にPT76の76.2mm榴弾が突き刺さり爆ぜる。足先から衝撃波を食らうような形で倒れた3曹を7.62mm機関銃の射撃が掠める。
「金森!中MATだ!戦車を潰せ!!」
照準器に向かって駆けながら2曹が叫ぶ。名指しされた士長がすぐそばの87式対戦車誘導弾を発射する。暗視装置によって正確にPT76の履帯側面に照射されたレーザーが、セミアクティブレーザー誘導のミサイルを誘う。12kgの誘導弾はPT76の履帯側面、戦車最大の弱点に飛び込み爆ぜた。砲塔が飛び上がり炎が噴き出る。
「戦車をやったぞ!」
前線の隊員らが快哉を叫ぶ。
戦車の損耗に驚いたか敵は後退。しかし鉄屑となったPT76と擱座したBTR80に前後を塞がれ1両のBMP2が身動きを封じられる。
「後方良し!撃ちまーす!」
間延びした掛け声とともに84mm無反動砲が火を噴き、BMP2の砲塔下部に命中する。車体部分から兵士が飛び出し、逃げ帰る車列に飛び込む。砲塔は力なく落下し、鈍い金属音を轟かせた。
22時1分、戦車1両に歩兵戦闘車2両を叩きのめす大戦果を上げた前線の隊員は、進路の地雷の再配置と陣地の配置転換を済ませ交代要員と入れ替わる。
「お疲れ。大金星だな。」
「おうよ。」
同い年の陸曹に肩を叩かれ、仲間を連れて後退する。
「敵は直接対決を中断し、火砲による砲爆撃に移行するものと考えられます。」
301沿岸監視隊の運幹の言葉に、蓬田3佐は大きく頷く。
「夜のうちにどんどん砲を飛ばしてくるだろうな。」
「はい。科員の心理的負担が案じられます。」
共に話を聞いていた柘植も、思案を巡らせる。心理的負担、か。最後方の天幕に臨時で医療セットを設置し衛生隊員を配置しているが、戦闘による負傷者の増加でキャパシティが心配になりつつある。自衛隊は曲がりなりにも軍事組織である。救えない者を切り捨てるというダメージをごく少数の衛生隊員が負っている。彼らが潰れれば当然ながら前線も維持できなくなる。先の戦闘で活躍した金森士長も礼文空港で銃創を負いなんとか復帰したのだ。
遠くで砲声が聞こえる。そして数秒後、大きな爆発音が聞こえる。
「敵の迫撃砲だな。」
つぶやくベテランの1曹の後ろに、若い陸士たちが生気の無い顔で座り込んでいる。
0時0分、日付は変わり11月4日となった。小降りになってきた霙とは異なり、依然敵方からの迫撃砲弾は止まない。こちらも迫撃砲の配置を改め少し前線に近づけ、散発的に砲撃を行っていた。
「いつになったら終わるんだよ、これ。」
半地下と盛り土で偽装された天幕の中で、若い陸士がつぶやく。
夜闇と灯火管制の深淵の中、時折響く振動と爆音は、近づいたり離れたりと、彼の不安をかきたてる。
「交代だ、前出るぞ。」
バディを組む陸曹に言われ、渋々立ち上がる。
「了解。」
1時23分、10分おき程度の間隔で続いていた砲撃がなくなった。
「何の真似だ?」
柘植は訝しむ。
「弾切れが近いのかもしれません。」
蓬田3佐が答える。
「なるほど、補給が行き届いていないと?」
「ええ、私はそう考えます。試しにこちらから何発か撃ってみて、向こうの反応を見るのはどうでしょう?」
敵から見れば中々挑発的な作戦だろうが、やってみる価値はある。
柘植は蓬田3佐の提案に乗り、迫撃砲担当に射撃を行わせる。
2時0分、敵の砲撃はあれから1度しか来ていない。30分に1度のペースだ。これより敵方へ向けて先制射撃を行う。
「半装填!」
「半装填よーし!」
「よーい、撃てェ!」
発射筒内部で信管を作動させた砲弾は勢いよく飛び出し、敵陣地へ向かう。同時に他の掩体からも煙が上がり弾が飛び上がる。
「6、5、4、弾着、今!」
遠くから爆音が聞こえる。遅れて更に5回。FOがいないため命中したかもわからないが、敵は反撃してくるだろう。
「陣地変換!」
2時3分。迫撃砲陣地の中央右翼寄り、FDCでは、礼文島防衛隊の幹部が敵の反撃を待っていた。
轟音。そして振動。その後沈黙。
蓬田3佐が口を開く。
「1発、か。」
「こちらは6発を向こうに送りました。」
6発の攻撃に対し1発の反撃。少ない。
「やはり敵の弾薬は不足しているのでは。」
佐倉3尉の発言を聞き、蓬田3佐が答える。
「いや、まだわかりません。温存しているだけとも考えられる。」
「敵は重装備の揚陸を行っていません。追加で装備を揚陸した兆候も見られませんし、例えこれが弾切れによる小康状態ではないとしても、いつかは向こうの弾薬が尽きます。」
「それはこちらも同じだろう。弾薬庫の物は全て持ってきたが、元々我々が細々といただけの島で、弾薬は演習用の持ち込みを合わせても少ない。それに分屯地をやられて島外と連絡も取れん。」
運幹の言葉に応じた蓬田3佐はそのまま考え込んでしまった。
2時26分、23分ぶりに敵の砲撃があった。振動が響く。
「最前の予備陣地への連絡壕をやられました!」
陣地東側の歩哨が飛び込んできた。今の砲撃が陣地に命中したらしい。
さらに、砲撃の時間が空いたことで、精神を逆撫でされた若い陸士たちの一部が、ローテの交代を拒否しているという。
「蓬田3佐。どうでしょう、ここは1つ賭けてみては。」
柘植が蓬田3佐へ言う。
「わかったよ2尉。明朝日の出より反攻を行いましょう。」
観念したような、決意したような、どうともとり難い笑顔で言った。
3時7分、31分ぶりの砲撃。部隊指揮所で作戦を練る柘植たちのもとにも振動が届く。
「明日の日の出は6時20分頃。ここは谷合だから6時半頃になるだろう。作戦開始は630とする。」
「ハチヨン、重MAT、中MAT、それに迫とM2に余剰があります。」
「弾薬の配分はどうしましょう。」
「陣地防衛の火点と、低木地を越えて道道40号方面から徒歩侵攻。装甲車は正面から前進するぞ。」
作戦の概要を決定し、幹部も交代で休息を取る。4時頃に作戦概要を命下し、行動開始に備える予定だ。柘植は最後に休息を取るローテだ。弾薬の残数を改めて照会しようと立ち上がると、少し立ち眩みがした。疲れた。遠くからまた爆発音がした。
4時15分、1小隊の各分隊長を集める。
「小隊長臨場!気を付け!」
熊田さんが叫ぶ。
「ありがとうございます。皆さん楽にして。命下します。」
柘植は作戦概要を読み上げる。
「行動開始は630。それまでに所定の配置に着くように。1分隊はハイマツ地を横切り伏撃を行います。2分隊3分隊は道道40号まで登り北上してください。4分隊は陣地防護です。各隊激しい戦闘が予想されます。」
「この際熊田さんは4分隊に付いてください。非常時の指揮をお願いします。」
自分の口を通すことで、これから反攻だという事実が一層現実味を帯びたような気がする。
「以上が概要です。質問は。」
「疑義はないようですね。では気を付け。分かれ。」
そして、各隊が準備を始める。
6時30分、行動開始の秋が来た。
「1分隊前進。」
「13より、火点陣地変換完了とのこと。」
反攻の嚆矢となったのは、81mm迫撃砲の斉射である。昨日撤収させた敵陣地付近への潜伏を再開し射撃観測を行う。
「弾着、今!」
爆発音がこだまする。
無線から初弾の状況を知らせるノイズが聞こえる。
「次弾、半装填!」
「半装填よーし!」
同時に82式指揮通信車が車載機銃を撃ちながら前進する。
さらに丘の上から無反動砲や誘導弾が敵陣を見つめている。
「74や90があればよかったんですけど。」
「ないものねだりはよせ。出たぞ、BTR80だ。」
突然の攻撃に叩き起こされたロシア軍は、慌ててBTR80を前進させる。陣地防護の分隊が攻撃を加える。
「ハチヨン撃て!」
84mm無反動砲から飛び出した弾体はBTR80の車体下部で逸れ、丁度運転席の真下で爆発した。鋼鉄の車体がふわりと浮き上がり、そして地面に激突し擱座した。車載機銃はずり落ち、車体のフレームが歪んでいる。衝撃波をもろに食らったか、運転手と車長は突っ伏して動かない。
BTR80から飛び出たロシア兵たちは、すぐに82式指揮通信車の車載機銃による7.62mm弾の雨に襲われた。胴体に2発の銃弾を受けたロシア兵が腕を振り上げ何かを放り投げた。直ぐに腕は撃ち抜かれ千切れ後方へ吹き飛んだが、1歩遅かった。
「手榴弾!!」
数m飛びそのままさらに転がったそれは、連絡壕に転がり込み、陣地変換中の1小隊4分隊の目の前に現れた。
全員が凍り付いた。そして、咄嗟に仰け反り頭を手榴弾から離し寝転ぶ。
「熊田曹長!!」
4分隊に随伴していた熊田さんは、咄嗟に手榴弾の上に覆い被さった。爆轟と共に大柄な身体が軽く浮かぶ。
「熊田さん!熊田さん!」
熊田陸曹長は呼び掛けに応えることはなかった。
6時57分、丘を匍匐で登攀し、道道40号へたどり着いた2個分隊は戦慄した。眼下に見える敵陣地には、戦車が在ったのだ。
伏撃を企図していた1分隊は、想定外である2両目のPT76の存在にも、冷静に対処した。
方法は単純、迂回である。敵陣地と自陣、そして道道40号を見通すことができる配置で敵の行動を待った。
数分後、敵の最後にして最強の装甲兵力である水陸両用戦車PT76が動き出した。敵陣地は迫撃砲弾による破孔に侵されていたが、その全てを無限軌道で乗り越え、戦車は前進した。
「まだ戦車が在ったとは。」
柘植は嘆くようにつぶやく。
重火力を撃滅したと確信したからこその反攻作戦である。この島には未だ、陸戦の王戦車が君臨していたのである。
PT76は、無限軌道を最大限に活用し、破断されアスファルトがめくれ上がった道道40号へ向かった。
勾配の最上部、エリア峠では2個分隊が待ち構えていた。
「クソ!こっちに来やがった!」
「中MATを用意しろ!ハチヨン前に出ろ!」
戦車と闘わなければならない。あくまで軽歩兵に過ぎず、遮蔽物も少ないこちらは圧倒的に不利な状況だ。
主砲の射程にはもう入っているだろう。84mm無反動砲が決死の思いで発射される。飛び出した砲弾はPT76を掠め、左に逸れた。
そして、76.2mmの巨竜が暴威を振るった。発射された戦車砲は分隊のすぐ左の茂みに着弾し大爆発を起こした。何人かの隊員が吹き飛ばされる。
「後退だ!下がるぞ!!」
戦車の存在から隠れ、待機していた1分隊は道道40号の脇へ移動していた。
中MATを展開し、レーザーを照射していた。
「撃てェ!!」
発射された誘導弾はPT76の後部装甲へ突き進んだ。
しかし、戦女神はときに非情である。傾斜装甲に弾かれた弾体はそのまま宙を切った。
「駄目だ!外した!」
戦車と相対する2個分隊も負けじとM2重機関銃を猛射する。しかし、戦車の装甲を前に弾は食い込むことすらできない。
7時15分、戦闘の経過は苦しい。熊田さんの戦死を耳にしたときには柘植は椅子に倒れこんだほどだ。判断ミス、という言葉が柘植の脳内を貫く。
「敵主侵攻は道道方面!」
「1分隊後退し再度伏撃を行います!」
叫ぶような伝達が交差する。
4分隊を陣地防護から道道方面へ転換し、2小隊の半数も道道へ向かわせた。対戦車戦闘の体制を構築する。
兵員を荷台に満載したトラックが戦車の後ろをついていく。そこに79式対舟艇対戦車誘導弾が直撃し、放り出された歩兵はそのまま匍匐で前進する。
土嚢を仮組みしただけの陣地で各種誘導弾を構える自衛隊、戦車の庇護のもと前進するロシア軍。どちらが優勢かは明白だ。
「ハチヨン撃て!」
飛び出した弾体は戦車に阻まれ後方の車列に届かない。
「クソ!小銃前に出ろ!」
誰かが叫ぶ。近接での格闘戦が始まろうとしていた。
そのとき、敵の後方が突然吹き飛んだ。
轟音と火炎に包まれるトラック、車列。
敵も味方も呆然とお互いを見つめた。
斬、と空気を裂くような音がした。
そして、唸るような声を響かせながら、青い怪鳥が頭上を通過した。
部隊の上空を通り過ぎた鳥は、円柱を描くように身体をひねりながら広げていた翼を畳んだ。
日本海の蒼穹を流し込んだような機体にかたどられた日の丸。
空自のF14Jだ。
「おお!」
呆然としていた隊員の中から歓声が上がる。
可変翼を後退させた雄猫は高空へと駆け、そして爆音を残していった。
STOL性能の高さから、C1輸送機と同様に有事や地方の劣悪な滑走路でも運用できるように、と試験的に1個飛行隊分が導入された支援戦闘機F14J。翼下にはMk82 500ポンド爆弾を吊るしていた。
「中MAT撃て!」
吹き飛んだ車列の左奥から声が聞こえた。
「発射!」
伏撃のため潜伏していた1分隊は87式対戦車誘導弾を発射。見事にPT76の砲塔に飛び込み、爆炎を上げた。砲塔が吹き飛び、鈍く落下した。
「やったぞ!!!」
歓声が上がった。
空自の支援があった。この島は本土から認知されている。
小銃を構え車列へ前進する。
息のあるロシア兵が多い。
「Я сдаюсь. Помогите мне.」
武器から手を放しこちらを見つめる様子から、降伏と判断した隊員が次々に彼らを拘束する。
「銃撃だ!下から!」
ある3曹が鉄帽を掠めた弾丸に驚き声を上げた。
下を向くとロシア軍陣地に人影が見えた。
士官らしき男がこちらに拳銃を向けている。
「応戦しろ!」
89式小銃の発砲に貫かれた男は崩れ落ちる。
「救護に行け!」
1分隊が坂を下り男を拘束する。
彼が最後のロシア軍兵士だった。
前線指揮所で蓬田3佐が宣言した。
「作戦を終了する。」
唸り声のような低温が響く。先程のF14Jが再び上空を航過する。
そして数分後、4発のプロペラ機が航過し、7人の人間と支援物資を空挺降下させた。
「空挺だ!空挺が来たぞ!」
戦を司る神であり英雄ヘラクレスの名を持つ輸送機C130Hハーキュリーズ。低音を残し飛び去る姿と、青空に開花した8つの落下傘が、戦いの終わりを告げていた。
1997年北海道戦争
礼文島の戦い
1997年11月3日、道内の主要施設を弾道弾によって奇襲攻撃したロシア軍は稚内、紋別、根室の三方面から上陸戦を展開。予備作戦として礼文島の占領が画策された。
転地演習中だった第3普通科連隊第2中隊と、礼文分屯地の第301沿岸監視隊派遣隊の奮戦により、半年間続いた北海道戦争において初の勝利を収め、2日という圧倒的な短時間で戦闘を終結させた礼文島防衛隊は後世において近代島嶼戦の理想形と言われている。




