深夜2時のコンビニで毎晩会う無愛想な男が、私のことをラジオに投稿していたらしい――「好きな人がいます。彼女が選ぶアイスのフレーバー、毎回気になってました」って、それ私のことじゃない?
『好きな人がいます』
ラジオから流れてきたその一言で、私の心臓が止まった。
『毎晩同じ時間に、同じコンビニで会う彼女。レジ横でアイスを選ぶ姿を、ずっと見ています。でも話しかける勇気がありません。投稿者、眠れない夜のコーヒーさん』
――それ、私のことじゃない?
イヤホンを押さえる手が震えた。午前2時13分。いつもと同じベッドの上、いつもと同じパーカー姿で、いつもと同じラジオを聴いていたはずなのに。
世界が、ひっくり返った音がした。
◇
話は三ヶ月前に遡る。
大学3年の冬。就活という名の地獄が始まっていた。
『お祈りメール』の数、現在14通。面接で笑顔を作りすぎて顔面が筋肉痛になり、自己PRを言いすぎて自分が何者かわからなくなり、そして今夜も眠れない。
午前2時。
私はベッドを抜け出し、財布とスマホだけ持ってアパートを出た。向かう先は徒歩3分のコンビニ。目的は、アイス。
真冬にアイスを食べる女、と思うだろう。でもね、これが唯一の贅沢なんだ。就活で削られた自己肯定感を、たった150円のハーゲンダッツで補填する。藤村夜織、22歳。生きる理由、アイスとラジオ。
……我ながら、終わってる。
自動ドアが開く。深夜特有の白すぎる蛍光灯。BGMは有線の古いJ-POP。店員の木村さんは今日も眠そうな目で「いらっしゃい」と呟いた。
アイス棚の前に立つ。今日の気分は……ストロベリー? いや、グリーンティー?
「……」
気配を感じて横を見た。
黒いコート。切れ長の目。イヤホンから伸びるコード。手には、いつものブラックコーヒー。
――いた。『深夜2時の住人』。
私が勝手にそう呼んでいる男だ。
同じ時間に必ずいる。同じ棚の前に立っている。でも、目は合わせない。話しかけてこない。私の存在なんて見えていないみたいに、ただコーヒーを取ってレジに向かう。
無愛想。無表情。無関心。
……なのに、なぜか気になっていた。
彼の指が妙に綺麗だったから。ペンを持ち慣れた形をしているな、と思ったから。イヤホンから微かに漏れる音が、私と同じラジオ番組だったから。
「お会計、348円になります」
木村さんの声で我に返る。彼はもうレジを済ませていて、私に背を向けたまま自動ドアへ歩いていくところだった。
見送る私の耳で、ラジオのDJが言った。
『次のお便りです。投稿者、眠れない夜のコーヒーさん』
◇
『眠れない夜のコーヒー』。
この番組の常連投稿者だった。文章がやけに詩的で、私は密かにファンだった。
『午前2時のコンビニは、嘘をつかなくていい場所です。誰も僕に"頑張れ"と言わない。誰も僕に"大丈夫?"と聞かない。ただ蛍光灯が白くて、コーヒーが苦くて、それだけでいい』
わかる、と思った。痛いほど、わかった。
昼間の私は嘘つきだ。「就活どう?」と聞かれれば「まあ、ぼちぼち」と笑い、「彼氏作らないの?」と聞かれれば「今はそれどころじゃないかな」と誤魔化す。本当は14社落ちて死にそうで、彼氏どころか人と目を合わせるのも怖い。
でも深夜2時だけは、嘘をつかなくていい。誰も私を見ていないから。誰も私に期待していないから。
『眠れない夜のコーヒー』の文章には、それが滲んでいた。この人も、夜の住人なんだ。
……まさか、あの無口な彼が書いているなんて、思いもしなかった。
◇
「……嘘でしょ」
布団を被ったまま、私は呟いた。
さっきのラジオ投稿が頭から離れない。
『毎晩同じ時間に、同じコンビニで会う彼女。レジ横でアイスを選ぶ姿を、ずっと見ています』
レジ横でアイスを選ぶ彼女、って。
私以外に、いる?
心臓がうるさい。顔が熱い。なんで。だって彼、私のこと全然見てなかったじゃん。目も合わせなかったじゃん。
『話しかける勇気がありません』
……待って、待って待って。
あの人、私のこと全然見てなかったじゃん。目も合わせなかったじゃん。冷たかったし。私なんか眼中にないって顔してた。
でも。
『彼女が選ぶアイスのフレーバー、毎回違うんです。今日は何味だろう、って考えるのが楽しみでした』
っ……。
見てたの? 私のこと。
……ずっと?
気づいたら、便箋を引っ張り出していた。ペンを握る。何を書けばいい。わからない。でも書かなきゃ。今書かなきゃ、この気持ちが嘘になる。
『深夜のラジオ様。初めてお便りします』
『私も毎晩コンビニで会う人がいます。黒いコートを着た、無愛想な人。でも彼の選ぶブラックコーヒー、毎回同じで、なんか意地っ張りだなって思ってました』
『その人、たぶんこの番組聴いてます。たぶん、私のこと書いてくれた人です』
『……だといいな、と思います』
『投稿者、午前2時のアイス』
翌朝、ポストに投函した。
心臓が、ずっと痛かった。
◇
「夜織ー、聞いてる? お昼どこ行く?」
学食のざわめきの中、真帆の声が遠く聞こえた。
「え、あ……ごめん、なんでもいい」
「なんでもいいって、また? ちゃんと食べなよ、痩せすぎだって」
真帆は私の同級生で、いつも明るい色の服を着ている。よく笑い、よく喋り、就活も順調で、すでに内定を持っている。私とは正反対の、眩しい存在。
「就活どう? 最近顔色悪いけど、大丈夫?」
「うん……まあ、ぼちぼち」
「大丈夫、まあ、なんとかなるよ」
嘘。14社落ちて死にそう。でも言えない。
「そういえばさ、彼氏作らないの? 気分転換になるよ?」
「……今はそれどころじゃないかな」
本当は、気になる人がいる。でも顔も名前も知らない。声も聞いたことない。
そんなの、好きって言えるの?
真帆の話を聞き流しながら、私はずっと考えていた。あの投稿が読まれるかどうか。読まれたら、彼は気づいてくれるかどうか。
気づいて、どうするの?
……わからない。でも、知りたかった。彼の声を。彼の名前を。彼が本当に、私のことを見ていたのかどうかを。
◇
一週間が、永遠だった。
毎晩コンビニに行った。彼もいた。でも相変わらず目を合わせない。私も合わせられない。ただアイスを買って、コーヒーを買って、すれ違うだけ。
「いらっしゃい」
木村さんの声。蛍光灯の白い光。有線の古いJ-POP。全部いつも通りなのに、何も同じじゃなかった。
彼がコーヒーを取る。一瞬、カフェオレに手が伸びかけて、引っ込める。
……見てしまった。見てたから、わかってしまった。
私の投稿、採用されなかったのかな。
そう思い始めた7日目の夜。
『次のお便りです。投稿者、午前2時のアイスさん』
イヤホンの中で、DJの三島涼子さんの声がした。
私は、コンビニの駐車場で立ち止まった。
っ……!
読まれた。私の、読まれた。
『私も毎晩コンビニで会う人がいます。黒いコートを着た、無愛想な人――』
自分の文章が、声になって流れてくる。やめて、恥ずかしい、穴があったら入りたい。でも、足が動かない。
『その人、たぶんこの番組聴いてます。たぶん、私のこと書いてくれた人です』
三島さんが、くすりと笑った気がした。
『……眠れない夜のコーヒーさん、聴いてますか? あなたのアイスの彼女、ちゃんと届いてますよ』
心臓が跳ねた。
その瞬間だった。
コンビニの自動ドアが開いて、黒いコートが出てきた。
目が、合った。
彼の耳にはイヤホン。そこから微かに漏れる、三島さんの声。私と同じ番組。私と同じ瞬間。
彼の唇が、動いた。
「……ふ」
笑った。初めて見た。あの無愛想な人が、月明かりの下で、ほんの少しだけ、笑った。
……っ。
私も笑った。たぶん、泣きそうな顔で。
何も言わなかった。言えなかった。でも、確かに通じた気がした。
見つけた。
見つけてもらえた。
◇
翌日から、往復書簡が始まった。
ラジオ越しの、公開ラブレター。
『眠れない夜のコーヒーさんからです。午前2時のアイスさんへ』
三島さんの声が、毎晩のように彼の言葉を運んでくる。
『君の選ぶアイス、毎回気になってました。ストロベリーの日は嬉しそうで、グリーンティーの日は疲れてる顔してた』
『今日は何味でしたか?』
……チョコミント。
面接で圧迫されて、ヤケ食いだよ。
私は返事を書いた。
『あなたのブラックコーヒー、似合わないと思ってた。本当は甘いの好きでしょ?』
翌週、三島さんが読み上げた。
『……バレてた? 実は缶コーヒー、微糖が限界です』
『でもブラック飲んでると大人っぽいかなって。かっこつけてました、すみません』
……っ、ふふ。
なにそれ。かわいいじゃん。
三島さんが楽しそうに読み上げる。リスナーからは「何この甘酸っぱいの」「深夜の公開処刑」「続報求む」とメールが殺到してるらしい。
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。でも、やめられなかった。
だって、直接話すより楽だったから。
面と向かうと言葉が出ない。目を見ると怖くなる。でも文章なら、本音が書ける。彼もきっと同じだった。コンビニで会っても相変わらず無口なのに、ラジオでは饒舌だった。
『君がアイスを選ぶとき、背伸びする仕草が好きです。届かなくて諦めかけて、でも結局取るところも』
……そんなとこまで見てたの。
顔から火が出そうになりながら、私は返事を書いた。
『あなたがコーヒーを取るとき、棚を二度見するの知ってます。一瞬カフェオレに手が伸びかけて、引っ込めるところも』
翌週、彼は初めて私の隣でカフェオレを取った。
ちらりと目が合った。「バレてたから」と言いたげな、ちょっと拗ねた顔。
私は笑いを噛み殺した。
声は、まだ聞いていない。でも、確実に距離は縮まっていた。
◇
春が、近づいていた。
2月。私の就活は、ようやく終わりを迎えようとしていた。15社目で、初めて最終面接に進んだ。手応えは、あった。
「夜織、すごいじゃん!」
昼休み、学食で真帆が声を上げた。
「最終まで行ったんでしょ? 絶対受かるって! ね、今度お祝いしよ」
「……うん、ありがと」
嬉しいはずだった。でも、別のことが頭から離れなかった。
「そういえばさ、深夜ラジオのあの番組、終わるんだって」
「……え?」
心臓が、止まった。
「三島涼子の夜更かしラジオ。春の改編で。3月末だって」
「あ、夜織聴いてないか。夜型じゃないもんね」
「……うん」
聴いてる。毎晩聴いてる。
あの番組だけが、私と彼を繋いでいる。
終わったら、どうなるの?
◇
その夜、三島さんが告知した。
『リスナーの皆さんにお知らせです。この番組、3月31日をもって最終回を迎えることになりました。残り約3ヶ月。最後まで、一緒に夜更かししてくれると嬉しいです』
知ってた。知ってたけど、改めて聞くと胸が詰まった。
番組が終わる。
私の就活も終わる。
4月からは、この時間にコンビニに行く理由がなくなる。
彼も、きっと同じ。
同じ時間に会えなくなったら、同じラジオが聴けなくなったら、私たちは何で繋がっていられるの?
文通は、終わる。深夜2時の聖域は、消える。
このまま、名前も知らないまま?
◇
数日後、彼からの投稿が読まれた。
『眠れない夜のコーヒーさんからのお便りです』
『番組終了を知りました。君も聴いたよね。正直、怖いです』
『この番組がなくなったら、僕たちはどうなるんだろう』
『……ごめん、弱音です。消してください』
三島さんは、消さなかった。全部読んで、こう付け加えた。
「消しません。だってこれ、大事な弱音でしょう」
「お二人のやりとり、スタッフ一同ずっと見守ってました」
「……終わる前に、ちゃんと会えるといいですね」
リスナーからのメールが殺到したらしい。「会って!」「直接話して!」「公開告白しろ!」
……無理だよ。だって私たち、目も合わせられないのに。声も聞いたことないのに。
怖い。
直接会ったら、今の関係が壊れそうで。文章の中の「私」と、本当の私は違う。彼が好きなのは、投稿の中の私かもしれない。実際に話したら、がっかりされるかもしれない。
――でも。
このまま終わるのは、もっと怖い。
◇
最後の葉書を、書いた。
『眠れない夜のコーヒーさんへ』
『番組終了まであと3ヶ月。その前に、直接話せますか』
『声を、聴きたいです』
『怖いけど、このまま終わるのはもっと怖いから』
『待ってます。いつもの場所で。午前2時のアイスより』
投函した日、手が震えていた。
返事が来るまで、眠れない夜が続いた。
返事が来ない。一週間、来ない。
やっぱり、重すぎたのかな。
◇
3月最後の週だった。
番組終了まで、あと4日。私の最後の葉書が読まれてから、彼の返事はまだ来ない。
毎晩コンビニに行った。彼もいた。でも、いつも通り無言。目は合うのに、口は開かない。
……やっぱり、無理だったのかな。
私の葉書、重すぎたのかな。「直接話したい」なんて、迷惑だったのかな。
自己肯定感が、また削られていく。15社目の内定通知が届いても、喜べなかった。
◇
そして、あの夜が来た。
3月28日。番組終了3日前。
いつものように午前2時、コンビニに向かった。重い足取りで。もう期待するのはやめようと思いながら。
自動ドアをくぐる。蛍光灯が白い。木村さんが「いらっしゃい」と言う。
アイス棚の前に立った。今日は、何を選ぶ気力もなかった。
イヤホンの中で、三島さんの声がした。
『さて、今夜も届いていますよ。投稿者、眠れない夜のコーヒーさん』
……っ。
心臓が、止まった。
『午前2時のアイスさんへ。返事が遅れてごめん。何度も書いて、何度も捨てました』
『直接話すのは、正直まだ怖い。でも、君が待っててくれるなら』
三島さんが、一拍置いた。
『……今夜、行きます』
振り返った。
自動ドアが、開いた。
黒いコート。切れ長の目。イヤホンから伸びるコード。
――彼が、立っていた。
三島さんの声が、二つのイヤホンから同時に流れていた。
『眠れない夜のコーヒーさん、午前2時のアイスさん。今夜、同じ場所にいますか?』
『いるといいな。……会えたら、教えてくださいね』
彼が、一歩踏み出した。
私も、一歩踏み出した。
アイス棚と飲料棚の間。いつもすれ違っていた場所。初めて、向かい合って立ち止まった。
「……」
「……」
沈黙。でも、逃げない。
彼が、口を開いた。
「……俺も」
低い声。初めて聞く声。少し震えていた。
「俺も……最後の葉書だった」
その手が、ポケットから何かを取り出した。
葉書だった。宛名は、ラジオ局じゃない。『午前2時のアイスさんへ』と書かれていた。
「投函、できなかった」
彼の声が、掠れた。
「直接渡そうと思って。でも怖くて……ずっとポケットに入れてた」
私は、震える手でそれを受け取った。
裏返す。
たった一言だけ、書かれていた。
『好きです』
◇
泣いた。
コンビニの真ん中で、声を殺して泣いた。
「え、あ、ごめ……泣かせるつもりじゃ」
「違う、の」
やっと、声が出た。
「嬉しくて……嬉しくて泣いてるの。バカ」
彼が、目を丸くした。それから、困ったように笑った。初めて見る、柔らかい笑顔だった。
「……俺、神崎蒼真」
「藤村、夜織」
名前を、初めて知った。声を、初めて聞いた。三ヶ月間、文章だけで繋がっていた人が、今、目の前にいる。
「夜織さん」
名前を呼ばれた。それだけで、また泣きそうになった。
「俺、まだ直接言えてない。葉書に書いただけで……だからあの、もう一回言っていい?」
彼が、深呼吸した。
「好きです。ずっと、好きでした」
ブラックコーヒーは苦手なくせに。カフェオレに手が伸びかけて引っ込めてたくせに。こんな時だけ、真っ直ぐ言うんだ。
私も、深呼吸した。
「私も。好き」
短い言葉。でも、初めて声に出せた本音だった。
◇
レジの向こうで、木村さんが何も言わずに会計を始めた。アイス1個、カフェオレ1本。いつの間にか私たちの手には、それぞれの定番が握られていた。
「348円になります」
いつもより、少しだけ会計が遅かった気がした。
店を出た。3月の夜風は、まだ冷たい。でも、隣を歩く人がいると、不思議と寒くなかった。
「……番組、あと3日で終わるね」
「うん」
「でも俺たち、もう葉書いらないよな」
「うん」
隣を歩く。肩が触れそうな距離。まだ手は繋いでいない。でも、いつか繋げる気がした。
「夜織さん」
「なに」
「明日も、来る?」
「……行く」
「明後日も」
「行く」
「番組終わっても」
「……しつこい」
「答えて」
私は、笑った。
「行くよ。あなたがいるなら」
蒼真が、小さく息を吐いた。安堵したみたいに。
「よかった」
春が来る。就活が終わる。深夜2時にコンビニに行く理由は、なくなる。
――でも、理由なんていらなかった。
この人に会いたい。それだけで、十分だった。
◇
3月31日。最終回の夜。
私たちは並んでラジオを聴いた。彼の部屋で。肩を寄せ合って。
三島さんが、最後にこう言った。
『眠れない夜のコーヒーさん、午前2時のアイスさん。お二人から、最後のお便りが届いています。一緒に読みますね』
『三島さんへ。ちゃんと会えました。声も聞けました。名前も知りました』
『全部、この番組のおかげです。ありがとうございました。――神崎蒼真、藤村夜織より』
三島さんの声が、少し震えた。
「……よかった。本当に、よかった」
「お二人の夜更かしが、幸せなものになりますように」
「それでは皆さん、おやすみなさい。また会える日まで」
ラジオが、終わった。
静かな部屋で、私たちは顔を見合わせた。
「終わっちゃったね」
「うん」
「……寂しい?」
「ちょっとだけ」
蒼真が、私の手を取った。初めて触れる手は、思ったより温かかった。
「でも、隣にいるから。寂しくない」
不器用な言葉。でも、それが彼らしくて、私は笑った。
「……ブラックコーヒー似合わないって、やっぱり思う」
「うるさい。もうカフェオレにしたから」
「知ってる」
見てたから。ずっと見てたから。
彼も、ずっと見ててくれたから。
◇
深夜2時のコンビニで始まった恋は、ラジオが終わっても、春が来ても、終わらなかった。
むしろ、やっと始まったのだ。
――声を聞ける恋が。名前を呼べる恋が。隣にいられる恋が。
『好きです』
あの葉書は、今も私の部屋にある。投函できなかった、たった一言。でもそれは確かに届いた。声になって、手のひらの温度になって、隣にいる時間になって。
全部、届いた。
届いたから、私はもう、眠れない夜を怖がらない。
隣に、この人がいるから。




