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深夜2時のコンビニで毎晩会う無愛想な男が、私のことをラジオに投稿していたらしい――「好きな人がいます。彼女が選ぶアイスのフレーバー、毎回気になってました」って、それ私のことじゃない?

作者: uta
掲載日:2026/05/21

『好きな人がいます』


ラジオから流れてきたその一言で、私の心臓が止まった。


『毎晩同じ時間に、同じコンビニで会う彼女。レジ横でアイスを選ぶ姿を、ずっと見ています。でも話しかける勇気がありません。投稿者、眠れない夜のコーヒーさん』


――それ、私のことじゃない?


イヤホンを押さえる手が震えた。午前2時13分。いつもと同じベッドの上、いつもと同じパーカー姿で、いつもと同じラジオを聴いていたはずなのに。


世界が、ひっくり返った音がした。



話は三ヶ月前に遡る。


大学3年の冬。就活という名の地獄が始まっていた。


『お祈りメール』の数、現在14通。面接で笑顔を作りすぎて顔面が筋肉痛になり、自己PRを言いすぎて自分が何者かわからなくなり、そして今夜も眠れない。


午前2時。


私はベッドを抜け出し、財布とスマホだけ持ってアパートを出た。向かう先は徒歩3分のコンビニ。目的は、アイス。


真冬にアイスを食べる女、と思うだろう。でもね、これが唯一の贅沢なんだ。就活で削られた自己肯定感を、たった150円のハーゲンダッツで補填する。藤村夜織、22歳。生きる理由、アイスとラジオ。


……我ながら、終わってる。


自動ドアが開く。深夜特有の白すぎる蛍光灯。BGMは有線の古いJ-POP。店員の木村さんは今日も眠そうな目で「いらっしゃい」と呟いた。


アイス棚の前に立つ。今日の気分は……ストロベリー? いや、グリーンティー?


「……」


気配を感じて横を見た。


黒いコート。切れ長の目。イヤホンから伸びるコード。手には、いつものブラックコーヒー。


――いた。『深夜2時の住人』。


私が勝手にそう呼んでいる男だ。


同じ時間に必ずいる。同じ棚の前に立っている。でも、目は合わせない。話しかけてこない。私の存在なんて見えていないみたいに、ただコーヒーを取ってレジに向かう。


無愛想。無表情。無関心。


……なのに、なぜか気になっていた。


彼の指が妙に綺麗だったから。ペンを持ち慣れた形をしているな、と思ったから。イヤホンから微かに漏れる音が、私と同じラジオ番組だったから。


「お会計、348円になります」


木村さんの声で我に返る。彼はもうレジを済ませていて、私に背を向けたまま自動ドアへ歩いていくところだった。


見送る私の耳で、ラジオのDJが言った。


『次のお便りです。投稿者、眠れない夜のコーヒーさん』



『眠れない夜のコーヒー』。


この番組の常連投稿者だった。文章がやけに詩的で、私は密かにファンだった。


『午前2時のコンビニは、嘘をつかなくていい場所です。誰も僕に"頑張れ"と言わない。誰も僕に"大丈夫?"と聞かない。ただ蛍光灯が白くて、コーヒーが苦くて、それだけでいい』


わかる、と思った。痛いほど、わかった。


昼間の私は嘘つきだ。「就活どう?」と聞かれれば「まあ、ぼちぼち」と笑い、「彼氏作らないの?」と聞かれれば「今はそれどころじゃないかな」と誤魔化す。本当は14社落ちて死にそうで、彼氏どころか人と目を合わせるのも怖い。


でも深夜2時だけは、嘘をつかなくていい。誰も私を見ていないから。誰も私に期待していないから。


『眠れない夜のコーヒー』の文章には、それが滲んでいた。この人も、夜の住人なんだ。


……まさか、あの無口な彼が書いているなんて、思いもしなかった。



「……嘘でしょ」


布団を被ったまま、私は呟いた。


さっきのラジオ投稿が頭から離れない。


『毎晩同じ時間に、同じコンビニで会う彼女。レジ横でアイスを選ぶ姿を、ずっと見ています』


レジ横でアイスを選ぶ彼女、って。


私以外に、いる?


心臓がうるさい。顔が熱い。なんで。だって彼、私のこと全然見てなかったじゃん。目も合わせなかったじゃん。


『話しかける勇気がありません』


……待って、待って待って。


あの人、私のこと全然見てなかったじゃん。目も合わせなかったじゃん。冷たかったし。私なんか眼中にないって顔してた。


でも。


『彼女が選ぶアイスのフレーバー、毎回違うんです。今日は何味だろう、って考えるのが楽しみでした』


っ……。


見てたの? 私のこと。


……ずっと?


気づいたら、便箋を引っ張り出していた。ペンを握る。何を書けばいい。わからない。でも書かなきゃ。今書かなきゃ、この気持ちが嘘になる。


『深夜のラジオ様。初めてお便りします』


『私も毎晩コンビニで会う人がいます。黒いコートを着た、無愛想な人。でも彼の選ぶブラックコーヒー、毎回同じで、なんか意地っ張りだなって思ってました』


『その人、たぶんこの番組聴いてます。たぶん、私のこと書いてくれた人です』


『……だといいな、と思います』


『投稿者、午前2時のアイス』


翌朝、ポストに投函した。


心臓が、ずっと痛かった。



「夜織ー、聞いてる? お昼どこ行く?」


学食のざわめきの中、真帆の声が遠く聞こえた。


「え、あ……ごめん、なんでもいい」


「なんでもいいって、また? ちゃんと食べなよ、痩せすぎだって」


真帆は私の同級生で、いつも明るい色の服を着ている。よく笑い、よく喋り、就活も順調で、すでに内定を持っている。私とは正反対の、眩しい存在。


「就活どう? 最近顔色悪いけど、大丈夫?」


「うん……まあ、ぼちぼち」


「大丈夫、まあ、なんとかなるよ」


嘘。14社落ちて死にそう。でも言えない。


「そういえばさ、彼氏作らないの? 気分転換になるよ?」


「……今はそれどころじゃないかな」


本当は、気になる人がいる。でも顔も名前も知らない。声も聞いたことない。


そんなの、好きって言えるの?


真帆の話を聞き流しながら、私はずっと考えていた。あの投稿が読まれるかどうか。読まれたら、彼は気づいてくれるかどうか。


気づいて、どうするの?


……わからない。でも、知りたかった。彼の声を。彼の名前を。彼が本当に、私のことを見ていたのかどうかを。



一週間が、永遠だった。


毎晩コンビニに行った。彼もいた。でも相変わらず目を合わせない。私も合わせられない。ただアイスを買って、コーヒーを買って、すれ違うだけ。


「いらっしゃい」


木村さんの声。蛍光灯の白い光。有線の古いJ-POP。全部いつも通りなのに、何も同じじゃなかった。


彼がコーヒーを取る。一瞬、カフェオレに手が伸びかけて、引っ込める。


……見てしまった。見てたから、わかってしまった。


私の投稿、採用されなかったのかな。


そう思い始めた7日目の夜。


『次のお便りです。投稿者、午前2時のアイスさん』


イヤホンの中で、DJの三島涼子さんの声がした。


私は、コンビニの駐車場で立ち止まった。


っ……!


読まれた。私の、読まれた。


『私も毎晩コンビニで会う人がいます。黒いコートを着た、無愛想な人――』


自分の文章が、声になって流れてくる。やめて、恥ずかしい、穴があったら入りたい。でも、足が動かない。


『その人、たぶんこの番組聴いてます。たぶん、私のこと書いてくれた人です』


三島さんが、くすりと笑った気がした。


『……眠れない夜のコーヒーさん、聴いてますか? あなたのアイスの彼女、ちゃんと届いてますよ』


心臓が跳ねた。


その瞬間だった。


コンビニの自動ドアが開いて、黒いコートが出てきた。


目が、合った。


彼の耳にはイヤホン。そこから微かに漏れる、三島さんの声。私と同じ番組。私と同じ瞬間。


彼の唇が、動いた。


「……ふ」


笑った。初めて見た。あの無愛想な人が、月明かりの下で、ほんの少しだけ、笑った。


……っ。


私も笑った。たぶん、泣きそうな顔で。


何も言わなかった。言えなかった。でも、確かに通じた気がした。


見つけた。


見つけてもらえた。



翌日から、往復書簡が始まった。


ラジオ越しの、公開ラブレター。


『眠れない夜のコーヒーさんからです。午前2時のアイスさんへ』


三島さんの声が、毎晩のように彼の言葉を運んでくる。


『君の選ぶアイス、毎回気になってました。ストロベリーの日は嬉しそうで、グリーンティーの日は疲れてる顔してた』


『今日は何味でしたか?』


……チョコミント。


面接で圧迫されて、ヤケ食いだよ。


私は返事を書いた。


『あなたのブラックコーヒー、似合わないと思ってた。本当は甘いの好きでしょ?』


翌週、三島さんが読み上げた。


『……バレてた? 実は缶コーヒー、微糖が限界です』


『でもブラック飲んでると大人っぽいかなって。かっこつけてました、すみません』


……っ、ふふ。


なにそれ。かわいいじゃん。


三島さんが楽しそうに読み上げる。リスナーからは「何この甘酸っぱいの」「深夜の公開処刑」「続報求む」とメールが殺到してるらしい。


恥ずかしい。恥ずかしすぎる。でも、やめられなかった。


だって、直接話すより楽だったから。


面と向かうと言葉が出ない。目を見ると怖くなる。でも文章なら、本音が書ける。彼もきっと同じだった。コンビニで会っても相変わらず無口なのに、ラジオでは饒舌だった。


『君がアイスを選ぶとき、背伸びする仕草が好きです。届かなくて諦めかけて、でも結局取るところも』


……そんなとこまで見てたの。


顔から火が出そうになりながら、私は返事を書いた。


『あなたがコーヒーを取るとき、棚を二度見するの知ってます。一瞬カフェオレに手が伸びかけて、引っ込めるところも』


翌週、彼は初めて私の隣でカフェオレを取った。


ちらりと目が合った。「バレてたから」と言いたげな、ちょっと拗ねた顔。


私は笑いを噛み殺した。


声は、まだ聞いていない。でも、確実に距離は縮まっていた。



春が、近づいていた。


2月。私の就活は、ようやく終わりを迎えようとしていた。15社目で、初めて最終面接に進んだ。手応えは、あった。


「夜織、すごいじゃん!」


昼休み、学食で真帆が声を上げた。


「最終まで行ったんでしょ? 絶対受かるって! ね、今度お祝いしよ」


「……うん、ありがと」


嬉しいはずだった。でも、別のことが頭から離れなかった。


「そういえばさ、深夜ラジオのあの番組、終わるんだって」


「……え?」


心臓が、止まった。


「三島涼子の夜更かしラジオ。春の改編で。3月末だって」


「あ、夜織聴いてないか。夜型じゃないもんね」


「……うん」


聴いてる。毎晩聴いてる。


あの番組だけが、私と彼を繋いでいる。


終わったら、どうなるの?



その夜、三島さんが告知した。


『リスナーの皆さんにお知らせです。この番組、3月31日をもって最終回を迎えることになりました。残り約3ヶ月。最後まで、一緒に夜更かししてくれると嬉しいです』


知ってた。知ってたけど、改めて聞くと胸が詰まった。


番組が終わる。


私の就活も終わる。


4月からは、この時間にコンビニに行く理由がなくなる。


彼も、きっと同じ。


同じ時間に会えなくなったら、同じラジオが聴けなくなったら、私たちは何で繋がっていられるの?


文通は、終わる。深夜2時の聖域は、消える。


このまま、名前も知らないまま?



数日後、彼からの投稿が読まれた。


『眠れない夜のコーヒーさんからのお便りです』


『番組終了を知りました。君も聴いたよね。正直、怖いです』


『この番組がなくなったら、僕たちはどうなるんだろう』


『……ごめん、弱音です。消してください』


三島さんは、消さなかった。全部読んで、こう付け加えた。


「消しません。だってこれ、大事な弱音でしょう」


「お二人のやりとり、スタッフ一同ずっと見守ってました」


「……終わる前に、ちゃんと会えるといいですね」


リスナーからのメールが殺到したらしい。「会って!」「直接話して!」「公開告白しろ!」


……無理だよ。だって私たち、目も合わせられないのに。声も聞いたことないのに。


怖い。


直接会ったら、今の関係が壊れそうで。文章の中の「私」と、本当の私は違う。彼が好きなのは、投稿の中の私かもしれない。実際に話したら、がっかりされるかもしれない。


――でも。


このまま終わるのは、もっと怖い。



最後の葉書を、書いた。


『眠れない夜のコーヒーさんへ』


『番組終了まであと3ヶ月。その前に、直接話せますか』


『声を、聴きたいです』


『怖いけど、このまま終わるのはもっと怖いから』


『待ってます。いつもの場所で。午前2時のアイスより』


投函した日、手が震えていた。


返事が来るまで、眠れない夜が続いた。


返事が来ない。一週間、来ない。


やっぱり、重すぎたのかな。



3月最後の週だった。


番組終了まで、あと4日。私の最後の葉書が読まれてから、彼の返事はまだ来ない。


毎晩コンビニに行った。彼もいた。でも、いつも通り無言。目は合うのに、口は開かない。


……やっぱり、無理だったのかな。


私の葉書、重すぎたのかな。「直接話したい」なんて、迷惑だったのかな。


自己肯定感が、また削られていく。15社目の内定通知が届いても、喜べなかった。



そして、あの夜が来た。


3月28日。番組終了3日前。


いつものように午前2時、コンビニに向かった。重い足取りで。もう期待するのはやめようと思いながら。


自動ドアをくぐる。蛍光灯が白い。木村さんが「いらっしゃい」と言う。


アイス棚の前に立った。今日は、何を選ぶ気力もなかった。


イヤホンの中で、三島さんの声がした。


『さて、今夜も届いていますよ。投稿者、眠れない夜のコーヒーさん』


……っ。


心臓が、止まった。


『午前2時のアイスさんへ。返事が遅れてごめん。何度も書いて、何度も捨てました』


『直接話すのは、正直まだ怖い。でも、君が待っててくれるなら』


三島さんが、一拍置いた。


『……今夜、行きます』


振り返った。


自動ドアが、開いた。


黒いコート。切れ長の目。イヤホンから伸びるコード。


――彼が、立っていた。


三島さんの声が、二つのイヤホンから同時に流れていた。


『眠れない夜のコーヒーさん、午前2時のアイスさん。今夜、同じ場所にいますか?』


『いるといいな。……会えたら、教えてくださいね』


彼が、一歩踏み出した。


私も、一歩踏み出した。


アイス棚と飲料棚の間。いつもすれ違っていた場所。初めて、向かい合って立ち止まった。


「……」


「……」


沈黙。でも、逃げない。


彼が、口を開いた。


「……俺も」


低い声。初めて聞く声。少し震えていた。


「俺も……最後の葉書だった」


その手が、ポケットから何かを取り出した。


葉書だった。宛名は、ラジオ局じゃない。『午前2時のアイスさんへ』と書かれていた。


「投函、できなかった」


彼の声が、掠れた。


「直接渡そうと思って。でも怖くて……ずっとポケットに入れてた」


私は、震える手でそれを受け取った。


裏返す。


たった一言だけ、書かれていた。


『好きです』



泣いた。


コンビニの真ん中で、声を殺して泣いた。


「え、あ、ごめ……泣かせるつもりじゃ」


「違う、の」


やっと、声が出た。


「嬉しくて……嬉しくて泣いてるの。バカ」


彼が、目を丸くした。それから、困ったように笑った。初めて見る、柔らかい笑顔だった。


「……俺、神崎蒼真」


「藤村、夜織」


名前を、初めて知った。声を、初めて聞いた。三ヶ月間、文章だけで繋がっていた人が、今、目の前にいる。


「夜織さん」


名前を呼ばれた。それだけで、また泣きそうになった。


「俺、まだ直接言えてない。葉書に書いただけで……だからあの、もう一回言っていい?」


彼が、深呼吸した。


「好きです。ずっと、好きでした」


ブラックコーヒーは苦手なくせに。カフェオレに手が伸びかけて引っ込めてたくせに。こんな時だけ、真っ直ぐ言うんだ。


私も、深呼吸した。


「私も。好き」


短い言葉。でも、初めて声に出せた本音だった。



レジの向こうで、木村さんが何も言わずに会計を始めた。アイス1個、カフェオレ1本。いつの間にか私たちの手には、それぞれの定番が握られていた。


「348円になります」


いつもより、少しだけ会計が遅かった気がした。


店を出た。3月の夜風は、まだ冷たい。でも、隣を歩く人がいると、不思議と寒くなかった。


「……番組、あと3日で終わるね」


「うん」


「でも俺たち、もう葉書いらないよな」


「うん」


隣を歩く。肩が触れそうな距離。まだ手は繋いでいない。でも、いつか繋げる気がした。


「夜織さん」


「なに」


「明日も、来る?」


「……行く」


「明後日も」


「行く」


「番組終わっても」


「……しつこい」


「答えて」


私は、笑った。


「行くよ。あなたがいるなら」


蒼真が、小さく息を吐いた。安堵したみたいに。


「よかった」


春が来る。就活が終わる。深夜2時にコンビニに行く理由は、なくなる。


――でも、理由なんていらなかった。


この人に会いたい。それだけで、十分だった。



3月31日。最終回の夜。


私たちは並んでラジオを聴いた。彼の部屋で。肩を寄せ合って。


三島さんが、最後にこう言った。


『眠れない夜のコーヒーさん、午前2時のアイスさん。お二人から、最後のお便りが届いています。一緒に読みますね』


『三島さんへ。ちゃんと会えました。声も聞けました。名前も知りました』


『全部、この番組のおかげです。ありがとうございました。――神崎蒼真、藤村夜織より』


三島さんの声が、少し震えた。


「……よかった。本当に、よかった」


「お二人の夜更かしが、幸せなものになりますように」


「それでは皆さん、おやすみなさい。また会える日まで」


ラジオが、終わった。


静かな部屋で、私たちは顔を見合わせた。


「終わっちゃったね」


「うん」


「……寂しい?」


「ちょっとだけ」


蒼真が、私の手を取った。初めて触れる手は、思ったより温かかった。


「でも、隣にいるから。寂しくない」


不器用な言葉。でも、それが彼らしくて、私は笑った。


「……ブラックコーヒー似合わないって、やっぱり思う」


「うるさい。もうカフェオレにしたから」


「知ってる」


見てたから。ずっと見てたから。


彼も、ずっと見ててくれたから。



深夜2時のコンビニで始まった恋は、ラジオが終わっても、春が来ても、終わらなかった。


むしろ、やっと始まったのだ。


――声を聞ける恋が。名前を呼べる恋が。隣にいられる恋が。


『好きです』


あの葉書は、今も私の部屋にある。投函できなかった、たった一言。でもそれは確かに届いた。声になって、手のひらの温度になって、隣にいる時間になって。


全部、届いた。


届いたから、私はもう、眠れない夜を怖がらない。


隣に、この人がいるから。

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