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ワタシを削る。

作者: lia
掲載日:2026/04/07

邪心が溶けていくような気がした。以前は毛嫌いしていた流行りのポップスを聴いて脚でリズムを取るとき、賞賛に逆らわず感謝の言葉を述べたとき、本当は嫌いな海を好きだと言ってみたとき……

私は日々、ワタシを削り生きている。 崇高な理由はない。ただ生きにくいワタシをそっと、整えているだけのこと。いつか、世界が求めている形に成るのだと、どこか夢見ている。


それは確かに自分で選んだことだが、時折それが窮屈に感じることがある。ある時、自宅のチャイムを鳴らした来訪者に対応するために立ち上がると、耳の奥で高音が鳴り響いて、音が遠ざかった。見えない何者かに強く耳を抑えられているかのように、音にモヤがかかった。でも、正直そんなことはどうでもよかった。私は一人、自分の存在の全てが削るべきものに思えて、このまま消えていくのかもしれないという形容しがたい感覚に包まれたことの方が何倍も恐ろしかった。だから、大して聞こえもしない大声を出していた。そうすれば、この感覚が少しだけ可笑しく感じられるのだ。


そんな日常に訪れる突飛な出来事、なんてものは今更あるわけもないのだが、熱気が降り注ぐ日曜の昼の出来事が私を確かに変えてしまった。

公園でただぼんやりとブランコで遊ぶ子供を見ていると、1人の少女が駆け寄ってくる。要は、高くに留まり取れなくなった麦わら帽子を取って欲しいということらしい。身長は決して高いとは言えないので、手が届くのか自信がなかった。しかし、少し背を伸ばせば広いつばに触れられたので、ふわりと風に載せて落とすことができた。それを少女に渡すと、嬉しそうにする。「良かったね」と一言伝えてベンチに戻ろうとすると、少女は私の服の裾をつかみ足止めた。振り返ると少女はニヤリと笑い、小さな手から麦わら帽子を飛ばした。当然帽子は風に乗り、先程と同じ大きな木の枝に引っかかった。それを、少女は取ってくれというのだ。なるほど、これは遊ばれていると思った。断るわけにもいかないので、またそれに手を伸ばし、先と同じように少女に手渡した。 また、嬉しそうな顔をする。私は何も言わなかったが、今度は少女が口を開いた。

「ねぇ、良かった?良かったねって、思った?」

その小さな無邪気さにさえ私は気圧され、「うん、良かったね」と呟いた。

「私がなんであなたに取って欲しかったかわかる?」

続けて少女が聞く。私にはまるでわからなかった。ましてや、彼女がわざと私を選んだということにさえ気づいていなかった。首を横に振り分からないと伝えると、彼女はまた笑いながら答えた。

「怒られると思ったの!何も考えてなさそうに座ってたでしょ。つまらないなと思ったの。だから怒ったところが見たかった。でも怒らないんだね」

不思議な子だと思った。怒ったところが見たいというのも、期待に応えられていないのに何故か嬉しそうなのも、私には理解できない。

「いつも何しても怒らないの?何か怒ってみてよ。例えばほら、私はゴミなんかその辺に捨てちゃうのよ」

ポケットを漁りパイン飴の包装紙を投げ捨てる。何が正解なのかわからなかった。だから、何も言わなかった。さぞかしつまらない反応だろう。すると少女は、先程自分で捨てたゴミを拾って私の手に押し付けた。

「じゃあね、ゴミ捨ててみてよ。悪いことをするの、楽しいよ。ほら、ポイってして!」

私は受け取ったその包み紙を、躊躇なく捨てた。少女はそれを見て笑い、歓声をあげながら拳を高くに突き上げた。

「ね、面白いでしょ?ぼーっと座ってるのはつまらないでしょ?たぶんお姉さんは我慢してたんだよね?本当はこういうことがしたかったのに!」

いたずらに笑う彼女を見て、私は思った。それを捨てたのは、もうそこには残っていなかったはずの、削り落としたはずのワタシだ。

「あたしは今のサイコーに面白かったよ。怒らないですぐ捨てちゃうんだもの。あたしだって少しは悪いなぁって思うのに!ねぇ、どうやったらそうなれるの?」

少女はまた包み紙を拾い上げ、今度は大事そうにポケットにしまった。

「お父さんとお母さんもね、つまらないのよ。あれはするなこれはするなばっかりで、あたし、何したらいいのか分からないの。だからね、嬉しいの!初めは人形みたいだと思ったけど、きっとお姉さんは何もないみたいで何でもあるんでしょ?それってとっても素敵じゃない!」

私はその言葉を聞いて、初めて誰かのために、良くあろうとするのを辞めた。色んなことをして見せたいと思った。だから、何度も帽子を投げたり、その場で寝っ転がってみたり、 大きな声を出してみたりした。一挙手一投足を真似して楽しそうに笑う彼女の姿は、落としたワタシの欠片を拾い上げて大事そうに集めているように思えた。それはとうにいらないと判断し捨てたものであったが、彼女がそれを抱きしめると何故だかとても価値の高い美術品のようで、私は嬉しかった。

これは単に少女の気まぐれだろう。明日には忘れてしまっているかもしれない。でもいつか、捨てられた欠片が誰かを守るものになるのかもしれないという安直な明るみを与えた。

もしそうならば、私はただ嬉しいのだ。きっと、その時が来たら、私の全てを捧げられるだろう。

「何をしたらいいかってね、簡単なことだよ。やりたいことをやればいいよ」

きっともう、会うことは無いのだろうけれど。

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