第1話 雪の夜の迷い猫
【主な登場人物】
■佐々木 圭人 / 25歳
カフェオーナー。一見クールで無口だが、根は面倒見が良く優しい。
優秀な兄と比較され続けてきたコンプレックスを抱え、大学中退後に梨夏に救われた過去を持つ。
雪の日に拾ったソラの甘い誘惑に、理性が溶かされていく。
■ソラ / 23歳
職業不明。白い肌にグレーの瞳を持つ、女よりも美しい中性的な美青年。
気まぐれで自由、かつ無防備な甘え上手。
雪の日に圭人に拾われ同居を始めるが、その裏にはある「執着」が見え隠れする。
■梨夏 / 28歳
隼人の秘書であり元婚約者。黒髪でスタイル抜群の美人だが、中身は豪傑で酒豪の姉御肌。
かつて行き場を失っていた圭人を助けた恩人であり、物語の鍵を握る人物。
■佐々木 隼人 / 30歳
大手企業の常務で、圭人の兄。何事も完璧にこなす後継ぎ。
梨夏との婚約を解消し別の女性との結婚を決めるが、弟である圭人との溝は埋まらないまま。
「拾ってくれたら、お礼はたっぷり身体で返すよ」
雪の中にしゃがみこんでいた青年は、まるで迷子のネコみたいな潤んだ瞳で俺を見た。
可愛い顔をした悪魔の誘惑。
その声は、降りしきる雪の中でさえ、甘くクリアに響いた。
やがて、俺の静かな日常は、甘くて危険な“同居生活”に変わった。
まだ恋じゃないはずなのに、彼の笑顔を見るたび、理性という名の雪壁が、音もなく少しずつ溶けていく――。
◆◆◆
「じゃあね、圭人くん」
「ありがとうございました、お気をつけて」
最後の客を送り出し、俺は静かに夜空を見上げた。
ヒラリと雪が舞い降りる、寒い夜だった。
予報どおりの雪は、わずか30分足らずで積もりだした。
ラジオでは、たった数cmの積雪で都心が混乱していることを伝えている。
「客なんて来ないよな」
カフェのBGMを止め、木製のドアに『CLOSED』の札を下げる。
カラン、とドアベルが鳴るのは、静かに一日の終わりを告げる合図だ。
駅から徒歩10分、繁華街のはずれにある小さな5階建てのビル。コンクリート打ちっぱなしのおしゃれな外観。
通りに面した1階が、俺のカフェ『POCHITTO』だ。
自宅は3階。
通勤時間は、階段を上がるだけのわずか30秒。
悪天候の首都圏の大混乱も、俺には無縁――そう、無縁のはずだった。
白い息を吐きながら空を見上げる。
ふわふわと舞う雪は、街灯の光を受けて銀色の粒のように見えた。
車の通りも、まるで深い雪に吸い込まれたかのように少ない。
俺の帰宅ルートである、ビルの裏手にある鉄格子の外階段。
屋根のないそこには、すでにうっすらと雪が積もっていた。明日の朝は、雪かきをしないと階下に行けないだろう。
そんなことを考え、滑らないように慎重に、一段ずつ鉄の階段を上っていた、そのときだ。
「えっ!」
視線の先の、次の踊り場に、フードを深くかぶった人物がぐったりと雪に沈んでいた。
雪は容赦なくその細い肩に降り積もっている。
「ちょっと、大丈夫ですか!」
声をかけると、かすかなうめき声が返ってきた。
良かった、生きてる。
安堵と同時に、厄介なものに遭遇した焦燥が押し寄せる。
酔っ払いか?近ビルの住人ではなさそうだ。
しかし、ここを通らないと俺は家に帰れない。
守るべき日常のすぐそばに、異物が紛れ込んでいた。
そして何より、このまま雪の中に放置していたら、明日の朝には凍死した死体が転がっていることになりかねない。
「救急車、呼びましょうか?」
いや、それとも警察だろうか。
こんな雪の日に通報したら、おまわりさんも迷惑だろうが仕方ない、緊急事態だ。
後ろポケットからスマホを取り出したそのとき、か細い声が響いた。
「誰も、呼ばないで……」
ハスキーでありながら、どこか甘さを含んだ声。
「え、でもこのままじゃ……」
華奢な体つきに一瞬「女か」と思ったが――、違う。男だ。
だが、その中性的な美しさに言葉を失った。
フードがずれ、ビルの隙間から差し込む月明かりに顔がさらされる。
……俺の息が、止まった。
濡れた白磁のように透き通る肌、粉雪が積もりそうなほど長いまつ毛、細い首筋から覗く鋭い鎖骨。
吐息で濡れた唇は、寒さに震えているはずなのに、妙に色っぽく艶めいていた。
「お兄さん、少しだけ、手を貸してもらえます?」
白い指先が震えて宙を彷徨った。
その弱々しさに抗えず、俺が差し出した手を、彼はそっと握る。
ひやりとした感触が電撃のように、手から頭のてっぺんまで突き抜ける。その冷たさが、現実感を伴って俺の思考を凍らせた。
彼はふらりと立ち上がると、髪に積もった雪を払うように振るい落とする。
まるで、犬や猫がするような仕草だった。
肩の辺りまで伸びた黒髪が、月光の下で濡れた光を反射した。
「ご迷惑ついでに……、お願いがあるんだけど」
顔を上げた青年の瞳は、薄いグレーだった。
雪よりも淡く澄んでいて、底が見えない。
どこかで見たことのある瞳の色――その視線。絡んだ瞬間、背筋にぞくりと、寒気と熱が同時に走る。
「行くところがないんだ。僕のこと、拾ってくれない?ちゃんと、お礼はするから」
雪の中に鳴る鈴の音のような言葉。冷たい外気とは裏腹に、その声は甘い毒のように感じた。
なぜか、どうしようもなく心臓が高鳴った。
助けるべきか?
いや。関わるべきじゃないだろう――俺の中の理性が、激しい警鐘を鳴らす。
このとき、すでに俺の心は完全に奪われていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
圭人とソラ、ふたりの甘い同居生活がここから始まります。
ソラの裏の顔や、圭人が抱える過去の因縁など、少しずつ明かされていく物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。
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