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盲導犬 秘境に生きる

作者: 山谷麻也
掲載日:2026/03/14

挿絵(By みてみん)


 その1 消えたおにぎり


 地元を流れる吉野川の上空を、カラスが一羽——。生成AIと奮闘していて時間が押してしまった。市の障害者ボッチャ大会の開幕時刻が迫っていた。

 クルマに乗り込むと

「食べてて」

 朝食替わりのおにぎりを、妻に手渡された。サランラップの包みを開けて頬張る。

 盲導犬のエヴァンは足元で何やらゴソゴソしている。


 時間がないというのに、妻はいったん家に戻る。

「おかしいなあ。私のおにぎり、どこへやったのだろ」

 腑に落ちない様子だ。

「あ、お父さんの足元のサランラップ!」

 一瞬のスキを突いて、パクリとやったらしい。しかも、二個。

 筆者がおにぎりを半分食べる間の出来事だった。

「それ、もらっていい」

 残りをねだる。妻も腹を空かせていたのだ。 


 その2 人は褒めるが


 廃校になった小学校の体育館に、ボテ、ボテと鈍い音が響く。

 毎週、練習をしている方もいると聞いた。筆者は二回目の参加ながら、いまだルールも知らない。しかし、とじこもりがちな障害者にとって、またとない交流の場だ。勝敗など度外視して、言われた通りに、大きなおにぎり大のボールを投げておく。


 寒の戻りで、石油ストーブを囲んで順番を待つ。エヴァンは注目のマトだ。

「賢いね」

「偉いね」

 腹がくちくなったせいか、エヴァンはいつになく落ち着き払っている。

「訓練されとるからなあ」

 などと納得の方もいた。知らぬが仏か。 


 その3 妖怪やーい


 この一帯は妖怪の里として、つとに有名だ。

 児啼爺(こなきじじい)は当地の出身だ。往時には六〇種にあまる妖怪がいた、という触れ込みである。筆者もずいぶん妖怪の小説を書いてきた。AIに作らせていたのは、このあたりをイメージした景色である。


 必要は発明の母というか、児啼爺たちはある必要から、この世に生を受けた。

 四国三郎・吉野川は中流域で一千メートル級の山々を縫って流れる。鮎でさえ一気にはのぼれないような急流に加え、川の左右には切り立った崖。古来、遭難事故が絶えなかった。


「あそこに行ったら、(おと)ろしいお化けが出るぞ」

 村の衆は一計を案じたのだった。

 効果のほどは不明である。ただ、筆者の治療院の患者さんには

「(一人になりがちな))小学校の下校時、言い伝えのある場所は怖くて怖くて走って帰った」

 という高齢女性もいる。あまり脅すとトラウマになりかねない。


 その4 イニシアティブ


 エヴァンが間食した日の夕食は、軽く済ませることにしている。何事もなかったかのように、音を立てておいしそうに食べている。

 先日はいつもより早く夕方の散歩に出かけたので、夕食に間があった。取り敢えず、少し水だけ与えようとすると、飲まない。ご馳走の前には何も胃袋に入れたくない、というのは人畜共通の心理なのかも。


 ことほどさように、イヌも自己主張している。

 散歩の時間に通り雨が降ったことがあった。寝る前のトイレをさせるため庭に出ると、雨はすっかり上がっていた。思いついて、ハーネスを付け、散歩に誘った。ところが一歩も動かない。

「えー、行くの? 今日は遅いから、もう寝ようよ」

 そんな態度だった。


 以前は白杖(はくじょう)を突きながら、よくあちこちに往診した。

 盲導犬ユーザーになったのは

「ずいぶん危険な場所が多いみたいじゃないですか。絶対、盲導犬が必要ですよ」

 という障害者仲間の勧めによる。四国にUターンしたのを機に秘境観光に訪れ、自然環境の厳しさを目の当たりにしてのアドバイスだった。


 お陰で、エヴァンがいれば、どこにでも行ける。家の周囲にも危険な場所はあるものの、夜昼を問わず外出できる。しかしまあ、エヴァンが尻込みする時は大人しくしているのが無難のようだ。

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