第九話 ゴーストレイトショー⑨
唐突に昔の女の関係者を名乗る高校生たちが現れ、アポもなくインターフォンを鳴らし、挙げ句玄関先で大騒ぎを起こしていったのだ。
女の方がうるさかったか、西川が特に嫌だったのは男の方の目だった。
ドアを開けたときから男はずっと西川を睨んでいた。西川が涼子の話をするときも、女が暴れてそれを男が取り押さえていたときも、男は西川を睨み続けていた。
「ふう」
ため息を付いて頭をふる。涼子との思い出のいくつかが浮かび上がってきたが、彼は意識的に別のことを、例えば直近の締切のことを考え昔のことは努めて忘れるようにした。
ふと、妙なものが目に入る。
それは玄関のサイドカウンターに置かれた、黒と灰色のマフラーだった。
まだ編みかけのようで、畳まれて置かれた先端の部分がほつれている。
いらないと言ったのに、あの高校生たちが忘れていったか置いていったかしたのだろう。全く、どこまでも迷惑をかける。
『涼子が作ったものだ』という考えを押し殺し、捨てるためにマフラーに手を伸ばした。
「痛い!」
西川は思わず声を出した。無造作に掴んだマフラーの中に針が一本紛れており、中指の第二関節に突き刺さっていた。
「クソっ」
突き刺さったと言っても皮に刺さった程度で肉にまで達してはいないようだったが、不意の痛みはジンジンと彼の手を苛んだ。
針をどかすと血が指の上でぷっくりと丸い形を作る。
「錆びちゃいないだろうな」
言ってから自分が独り言を発していることを自覚する。ナーバスになっているのだ。
怪我をしていない方の手でマフラーをそっと掴むと、リビングのゴミ箱に捨てるため踵を返した。
ふと、彼は気付いた。吐く息が白い。
そして、誰かが背後に、玄関に立っている。
「はぁ、はぁ、はぁ」
寒い。いくら冷房が効いた室内だとはいえ、息をするたびに白い煙が口から出るようだ。
「りょ、涼子。聞いてくれ」
男は振り返らず話しだした。
「確かにニ年前にはああ言ったが、本当にお前を邪魔に思っていた訳じゃない。ただ、そう、締切が重なってピリ付いていた時期だったんだ。分かるだろう。お、お前の小説も決して悪いものじゃなかった。何なら今からでも出版社に口を利いてやってもいい。それだけの立場に俺は──」
背後にいる誰かは優しく西川の首に腕を回した。
その腕が雨ヶ丘高校の制服に袖を通していると果たして男が気づいたかどうか。
寒さで肩をガクガクと震わせながら、西川は嬉しそうに喋り続ける。
「そ、そうか。分かってくれたか。そうなんだ、誤解なんだよ。俺はそんなつもりじゃなかった。なのにお前が勝手に死んじまって。あの後しばらくはマスコミが怖くて仕方なかったな。でもお前が分かってくれたならよかった。本当に良かった。は、はは。ははは。あははははははははははは」
一人暮らしのマンションの一室に男の笑い声が響き、やがて消えた。
数日後、連絡のつかないことを心配した編集者が家を訪ね西川の死体を発見。司法解剖の結果、心不全と認定された。
男が亡くなったと思しき日に家を訪ねた高校生二人が確認されたため、事情聴取をしたが二人は異口同音に同じことを答え、それ以外はわからないと回答。
事件性はなしと判断されていたため、それ以上追求することもなく聴取は終わった。
売れっ子小説家の突然の死は、ほんの一瞬テレビやSNSのニュース欄に載ったが、すぐに他の情報に流されていった。
「これで、良かったんっすよね」
警察署からの帰り道、四辻が不意に言った。
「証言の内容か?」
「そうじゃなくて」
「ああ、涼子さんのマフラーを置いたことが、か」
「たしかにやったのはそれだけっすけど、西川がこうなるってわたし、薄々気づいてて、それって」
「四辻」
ずっと考えていたのだろう。一度漏れ出した言葉の奔流は止まらない。
夏の夕日を浴びながら、制服姿の四辻は遠くを見ながらなおも喋り続けた。
「そりゃ西川は嫌なやつでした。中村さんを自殺に追いやって欠片も良心が痛んでなさそうだったし。あの他人を馬鹿にしたような物言いも最悪でしたっす」
「四辻」
「でも、あいつにも家族がいて、死んだのを悼むファンがいてって思うとわたし、わたしひょっとして──」
「あやか!」
不意に下の名前を呼ばれて四辻はビクリと肩を震わせた。
「俺の手を取れ」
彼女は言われたとおりにする。
「……震えてるっす」
「俺も、同じ気持ちだよ。やってよかったのか悪かったのか。今でもずっとぐるぐると考えてる。でも、涼子さんを手伝うって決めたのは俺だ。だから、責任は俺に」
三上の唇に四辻の唇が重なって言葉が途絶えた。数秒して四辻は顔を離す。
「勝手に背負い込まないでほしいっす。言ったっすよね。オカ研の取材だって。わたしだって、自分の意志でついて行ったっすよ」
「……そうだったな。それじゃ責任は半分こだ……いや、そもそも涼子さんがやったから三分の一か? 紹介したアヤメさんにも責任はあるし、もっと言えば部長にだって管理者責任が」
「もー、こういう時他の女の名前出すのはマナー違反っす」
「はっ、悪い悪い。とにかく等分した責任は、お互い墓場まで持っていこう。二人だけの秘密ってやつだ」
「二人だけの……」
何が気に入ったのか四辻の顔は先程の憂いを帯びたものから、いつもの楽しそうなものを探す顔に戻った。
あるいはそれは一時だけのもので、夜一人でベッドに入ればまた罪悪感に苛まれるかもしれない。それでも今は、彼女はリラックスできているようだ。
繋がれた手をブンブンと振られながら、三上はそう思った。
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