第七話 ゴーストレイトショー⑦
「そんなこと、ないですよ。涼子さんくらいおかしな女、オカ研でも外でも一人も見ませんでしたよ」
涼子は目を閉じると悲しげに笑った。彼女の笑い顔は数え切れないくらい見てきたが……そんな風に笑う様はかつて一度もなかった。三上はそう思った。
「さて、積もる話も一生分あるんだけれど、先に要件を済ませてしまおう。マフラーは持ってきてくれた?」
「ええ」
バッグから編みかけのマフラーを取り出す。今度は針を刺さないように慎重に。
「それを、あの人に渡してきてほしい」
「西川匠、ですか」
三上の声が硬くなる。
「うん、頼める?」
「涼子さんの頼みなら何でもするつもりですけど……あ、でもこれそもそもアヤメさんに頼まれたやつなんだよな。アヤメさん!」
「なんだい?」
貸出カウンターから二人を興味深げに見ていた御堂は姿勢を崩さず返事をした。
「今聞いた通り、持って来いって言われたマフラー、西川匠に渡してほしいって」
「血縁ができた彼女と何を約束したのかは知らないが、涼子が持っていっていいと言ったのなら構わないだろう。もともと彼女の持ち物なんだ。好きにするといいい」
「良かった」
不意に四辻が三上の袖を引っ張った。
「あの、先輩。そろそろここを出ません? なんだかすごく、寒くて……」
彼女は真冬に外に出されたかのように白い息を吐き、ガタガタ震えながら自身を抱きしめている。
「む、そうか。幽霊になった涼子さんの影響かな。じゃあ涼子さん、ちょっと行ってきますね」
「即断即決。勇猛果敢。君のそう言うところが好きだったよ」
「俺のは考えなしのただの猪突猛進ですよ。それに俺は今でも……いや、とにかく行ってきます。積もる話はまた帰ったら」
「ほら、早く出るっすよ」
四辻に半ば引きずられるようにして図書館を出る。
日が落ちたあとの柔らかい気温だったが、凍えていた四辻にとってはかけがえのないぬくもりらしい。何度も深呼吸をしている。
どちらともなく二人は駅までの道を歩き始めた。
「大丈夫か?」
「もう、大丈夫っす……空気が張り詰めて、息をするのも辛い場所でしたね。それで、涼子さんとは話せたんっすか?」
「? 何を? 君も一緒にいただろう」
「あたしが見たのは、ひたすら嬉しそうに何もない虚空に向かって話す先輩だけでしたよ」
三上は目を剥いた。
「それじゃあ、最初にスマホを落としそうになったのは」
「先輩が急に大声出すからびっくりして」
そういえば御堂も二人の会話が聞こえていたとは思えない反応をしていたな。三上は思った。
「途中からですが一応スマホで録画もできてるっす。ほら」
四辻の持つスマホの画面内では、白い息を吐きながら三上が室内を徘徊している姿が再生されていた。三上自身は一時も休まずべらべらと何かを話し続けている。
「これが……俺か」
「正直かなりビビったっす。でも、御堂……さんがアイコンタクトで大丈夫だって教えてくれて……」
「そうか。止めないでくれてありがとう。それと、涼子さんとはちゃんと話せたよ。マフラーを西川匠に渡してくれって」
「そういえばそんなことを御堂さんに言ってたっすね。西川ってのはあの写真の?」
「そうだな」
「……格好つけて歩いてるっすけど、その西川とかいう人の住所知ってるんっすか?」
「む? ……そういえば知らないな。本とかに書いてないかな」
「そんな、昭和じゃないんすから」
言っている間に三上のスマホがメッセージを受信してブルっと振動した。
「お、アヤメさんだ。西川の住所送ってくれてる。こっから電車で二十分くらいか。四辻はどうする、一緒に──」
「行くに決まってるっすよ。それに忘れたんすか。これ、そもそもオカ研の取材なんすから」
「そうか、そうだったな。あまりに身近な話題だったもんだから、すっかり意識から外れてたよ。っと、そっち側危ないからこっち歩きな」
そっと四辻の肩を押して、三上が車道側を歩いた。
「……そういう気遣いってどこで習うんすか?」
「え? まあ大体オカ研の先輩らから。ファミレスとかじゃソファー側に女子を座らせろとか、冬場は率先して上着を預かれとか。サラダは男が取り分けろとか。俺も後輩に男が入ったら教えていかないとな」
「ホストでも養成してるんすか、うちの部活は」
「常識だろ。少なくとも先輩らはそう言ってたぞ」
二人は電車に乗り、普段使わない駅で降りた。外はすっかり暗くなっている。
「駅から徒歩五分のマンションっすか。作家ってのは儲かるんすかね」
「そのことだが、西川はあまりいい噂聞かないな。ほら、これ」
スマホの記事を四辻に見せる。
「小説家志望の若い女子に次々手を出して、盗作疑惑もあるって真っ黒じゃないっすか。中村先輩もそんなあからさまな男に引っかかっちゃうなんて災難でしたね」
「SNSで出会ったんだと」
「それもさっき聞いたんすか?」
「いや、生きてるときに……」
三上の顔を見た四辻はそれ以上追求しなかった。
「ここっすね」
「問題はどうやって入れてもらうかだな」
ピンポーン。
三上が悩んでいる間に四辻がオートロックドアのインターフォンを押した。
「デタトコショーブ」
聞いたことのない日本語を話している。
「……はい」
硬質な声がインターフォンから返ってきた。
「雨ヶ丘高校新聞部のものです。ニ年前に亡くなった中村涼子さんの件についてお話を伺えればと思って」
部活の所以外全部直球! 三上は横で口をパクパクさせている。
「話すことはありません。お引き取り下さい」
ブツッ。
とりつく島もなくインターフォンは切られた。
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