第二話 ゴーストレイトショー②
「うーんん、暑くて考えがまとまらないな」
「ネクタイ外せばいいんじゃないっスか」
「そうもいかん。キャラがブレる」
「いや、知らないっすけど」
四辻はカバンからガムの箱を取り出した。三上にも勧めたが、彼は手を降って断った。
「実は他にも当てはあるっす」
「まじで?」
「廃図書館の幽霊って話が、わたしの地元に」
「四辻の地元は確か…」
「ええ、棚神市っす」
「棚神市。棚神市かあ……」
棚神市。雨ヶ丘高校のある山津市の隣に位置する自治体で、人口は三万人。そこそこの広さを持つがこれといった主産業はなく、ごく地味な市だった。世界樹がそびえ立つまでは。
六年前に棚神市の北西に突如として超巨大な"木”が発生した。"木”は爆発的に成長を続け、現在は約二千メートルの高さとなっている。初めは目新しさにメディアも飛びつき連日報道が続いた。市側も観光資源にできないかと色々画策を行ったが、"木”の発生から三ヶ月もすると、この突然の贈り物がもたらす負の面が徐々に明らかになっていった。
宇宙人、UFO、秘密結社、神隠し、そして心霊現象……ありとあらゆるオカルトの目撃情報や体験談が棚神市のあちらこちらで囁かれるようになっていたのだ。
"木”を世界樹と呼び始めたのはインターネットの書き込みからであったか。すぐにその名は定着した。初めはテレビなどでも世界樹とオカルトを絡めた特集を組んだ番組を作っていたが、いつしか世界樹は新鮮味を失い、オカルトにまみれた日々が棚橋市の日常になるに連れ、ブームは下火になっていった。
世間は興味を失っても、もちろん三上たちオカルトウォッチャーらはその存在を片時も忘れたことはなかった。
棚神市。ありとあらゆるオカルトの宝庫。犬も歩けば怪異に当たる町……。
「なんとなーく、ずるい気がするんだよなあ」
「まあ、そうっすね。うちの部でも明確に禁止されてるわけじゃないのに、世界樹まわりを特集する人、あんまりいませんしね」
四辻が三上の横顔を見る。
「どうするっす?図書館は棚神市の中でもこっちよりなんで、すぐに行ける場所ですけど」
「行こう。うちの部のモットーは、“やらない理由探しはしない”だ。ズルだろうがありがたみがなかろうが、やるだけやってみよう」
「さっすが先輩」
「どうする、すぐに出発するか?」
「そうっすね。とりあえず……アイスもう一本食べていいっすか」
「……まあ、そうだな。暑いし、俺もポカリ飲もうかな」
兎にも角にも暑い日だった。
「四辻はずっとこの町に住んでいるのか?」
「小さい頃に越してきてそれ以来ずっとっすね。世界樹が急に生えたときもここでしたよ」
「大騒ぎになったろ」
「そうっすね。すっごい大変でした」
「オカルトが日常にある街……か」
「地価がめっちゃ下がっちゃって」
「あ、そっちの心配なんだ」
「なんせ二千メートルの木ですからね。街の半分は日当たりが壊滅的に悪くなっちゃって。ローンで家買ったばっかだったもんで、お父さんストレスで髪の毛もすっかり薄く」
「気の毒に。それにしても暑いな」
「先輩は大丈夫っすか、頭皮」
「まだ高校生だからな。今のところはなんとか。でもうちの家系けっこうやばいんだよなあ。父親も祖父も……」
「ハゲファミリーっすね」
「いや、そんな事言うなよ。俺は大丈夫だよ」
「とかなんとか先輩の頭の心配をしている間に、着いたっすよ……」
「これか。幽霊の出る図書館ってのは」
長い坂の途中に、その図書館はあった。三階建ての古い建物で、二階の正門から階段が通りに向けてのびている。
正門はガラス戸だが、外の明るさに反して図書館の中が暗いため、内側を見ることはできない。
ぞくり、と寒気が三上の背中を走った。ついさっきまでうだるような暑さであったのに、いつのまにか汗は引き、肌寒いとさえ思える。
道中四辻とネットで調べたりSNSで情報を聞いたりした結果、いくつか分かったことがある。
まず、ここで幽霊を見たって話は、実は世界樹発生よりも前からあった。そもそもこの図書館は廃館になってすでに二十年が経過しており、その間に取り壊されなかったのは、幽霊の騒動があったからだ、と言われている。
世界樹が発生した後、他の秘密結社やらUMAやらの噂に押されてしばらく廃図書館の幽霊の目撃例は途絶えている。ただ、今年の初め辺りからまたいくつかの目撃例があった……とのことである。
「さてと、それじゃ行くっすか」
チュッパチャップスの棒を口からのぞかせながら、四辻が階段を登り始めた。
「……」
「あれ、先輩?」
階段を登り、ガラス戸の前に立った四辻が振り返ると、三上はまだ階段の下にいた。
「どうしたんスか?お腹とか痛いんスか?」
「いや、まあちょっと考え事をな」
三上は落ち着かなさそうに四辻を見上げた。
「?」
「うむ、つまり……俺は幽霊を見るのは初めてなんだ。それで、これから、幽霊のいる場所に行くわけだろ」
「ええっと、つまり、ビビってるんスか?」
「ビビっているとかじゃないんだが…心の準備をしているというか、行動をシュミレートしているというか。あるいは形而上学的な見地から考えて、幽霊というものの蓋然性について……つまりまあ、ビビってるんだ」
「ははーん、先輩も可愛いとこあるっすね」
四辻は口からチュッパチャップスを取り出した。コーラ味だ。
「どうするっす? わたし一人で取材してきます?」
「いや……行くよ。分かってる。ちょっと言ってみただけだ」
「さっすが先輩。信じてたっす」
「うるせえ」
先程よりも少しだけ、あたりの寒さが和らいだ気がした。
ご愛読ありがとうございます。
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