第十四話 十三階段の鏡⑤
「お願いします、先生」「お願いします」
東野を始め、三雲学園オカルトサークルの生徒たちも頭を下げる。
「や……あ、あ、う……クソ! い、一時間だ」
新藤はそう言った。
「一時間立ったらまた見回りに来る。その時までにきれいにしておきなさい」
三上は顔を上げた。
「はい、ありがとうございます」
三上の返事に応えず教師は立ち去った。
「生徒思いのいい先生だな」
「見事な土下座にビックリしただけじゃないですかね」と東野。
「随分辛口だな」
「あ、いえすみません。他校の先輩に土下座までさせてしまって」
東野が立ち上がった三上に頭を下げた。
「頭下げて角が丸く収まるならいくらでも下げるさ。それに今回は雨ヶ丘の問題でもある」
三上は憔悴してへたり込んでる四辻を見た。
「さあ、とっととやってしまおう」
そう言うと、東野が支える脚立に乗り鏡を覆う白い布に向かい合った。
前日に四辻がやったように、一気に覆いを取り去る。
高さ一メートルほどの金縁の鏡が再び姿を現した。
背後で生徒たちがたじろいだ。
「もしも気分が悪くなったりしたら──」
三上の言葉は途中で途切れた。
「三上さん?」
東野が心配そうに声を掛ける。
呼ばれて彼女を見下ろすと、その端正な顔は目も、鼻も、涎を吹き出す口に変わっていた。脚立の上から他のオカルトサークルのメンバーを見渡すが、全員が同じような顔になっていた。
「……なるほど、これは辛い」
覚悟をしていたとはいえ、叫びだしそうな光景に三上は奥歯を噛み締めた。
「発症したんですね?」
「ああ」
何度か深呼吸を行う。
「だい、じょうぶだ。続けよう」
そう言う三上の手は小さく震えていた。
改めて鏡に向き直ると、鏡面を縁取る銀細工に顔を近づけてよく見る。
そうしてみて初めて分かった。それらは小さな花の意匠になっている。そして……。
「確かに、逆さまだな」
花はすべて下を向いて咲いていた。
「電動ドライバーを」
三上が脚立に乗ったまま手を出すと、東野が渡してくれた。なるべくその顔を見ないようにして受け取る。
幸いにして大鏡はコンクリートに直接留められているわけではなく、貼り付けられた木の板にビス止めされているだけだ。
「順にネジを外していくから、鏡を持っててもらえる? そう、そんな感じ」
作業に集中することで、『鏡の呪い』についてひとまず頭から締め出す。
電動ドライバーが音を立てて回転する。
一つ、二つ、三つ。容易くネジが外れていった。
三上は一度脚立を降りて場所を少しずらすと残りを外していった。
「次で、最後だ」
「はーい」
東野の元気な声が踊り場にこだまするとともに、大鏡が外された。
三上自身も鏡の天井に近い部分を持って、ゆっくりと脚立から降りる。
御札でも貼ってあるかと思ったが、鏡の裏側は鈍い銀色の平面だった。
その場の面々の顔を見ないように下を向いて鏡を回転させる。
後は先程の作業を逆さまにするだけだ。
脚立に上り、電動ドライバーでビス止めしていく。
脚立を降り、最後のネジをドライバーではめると、鏡から一歩引いた。
「四辻、見てみろよ」
座っていた後輩は三上の言葉に立ち上がり、彼の横に並んだ。
先程まで誰を見ても恐ろしいものだったが、彼女の顔はいつもの目もとがぱっちりしたものだった。いつもの二人の顔が鏡の前に並んでいる。
「治ってるな」
「っすね」
僅かな沈黙の後、四辻は三上に抱きついた。
「やったー。先輩先輩先輩、治ってる、治ってるっすよ。夢じゃないっすよね。先輩の目と鼻、ちゃんとあるっすよね」
「大丈夫、大丈夫だから落ち着けって。目も鼻も口もちゃんといつも通りだ。お前も、俺もな」
「ぅやったー、やったやったやったー! 治ったー、うおー! 先輩ありがとーっす!」
「ん、こほん」
控えめな声で東野が咳払いをして二人の注意を引いた。
「おめでとうございます。症状は収まった、でいいんですよね?」
「ああ。おかげで君の可愛い顔も正面から見ることが出来る」
「まあ」
「ぐるるるるる」
隣で四辻が威嚇をしたが三上は気にしない。
「今回はみどり子を始めそちらのオカルトサークルに随分と助けられたな。ありがとう」
三上が頭を下げると、それを見て四辻も頭を下げた。
東野が慌てて手をばたつかせる。
「い、いえいえ。こちらこそ、何人も被害者のいた十三階段の鏡の謎を解いていただきありがとうございます。あとで新藤先生に報告して他に寝込んでいる生徒たちに案内を出したいと思います」
「そうか。他の子たちも早く回復するといいな」
「ええ。ところで……今は黄昏時ですが、お二人はどんな相手が映ったのですか?」
十三階段の鏡のもう一つの異変、それは黄昏時に覗き込むと結婚相手の顔が映るのだという。
「それはもちろん……」
雨ヶ丘高校の生徒二人は顔を見合わせると東野に向き直った。
「内緒っす」
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