第十話 十三階段の鏡①
「足りない……足りない……」
薄暗い部屋で小柄な女性が歩き回っている。長い髪をツインテールに括り、猫背になりながら親指の爪をかじって。
「何が足りないんですか、部長」
三上がそう言って部屋の電気をつけた。神棚にケニア産の巨大なお面、首をくくる用のロープにビジャボード。そういったものがそこかしこに飾られている。
ここは雨ヶ丘高校オカルト研究部の部室。
先程から不景気な顔で部室をうろついているのはオカ研の部長こと一ノ瀬花子その人だった。
「うるさい、この顔は自前だ」
「?」
「とにかく、足りないのは紙面だ。ホラー小説担当がバックレやがった」
秋。
夏休みも終わり、実りの、食欲の、読書の、そして文化祭の季節となった。
「作家は今、亮に探させてる。すぐに見つかるだろうが、原稿が完成していない以上載せることは出来ないだろう」
「二ツ目に行かせたんですか? そりゃ相手も気の毒に」
狂犬、二ツ目亮か。三上は彼女の罪状を思い出す。
学校に無許可で素手格闘大会を開いたり、繁華街で「うっかり」ガタイのいい連中にぶつかって平謝りし、それでも相手が手を出してきた場合は喜んで喧嘩を買うという趣味の悪い女であった。
「気の毒なもんか。こっちは大急ぎで紙面を埋める記事を書かないと学祭に間に合わない。もう一千二百部刷る注文は出してしまってるんだ」
雨ヶ丘高校の文化祭、秋雨祭で発行されるオカルト研究部の季刊誌はいくつかの企業から広告を載せてもらっている本気仕様である。紙面抜けなど許されるはずもない。
一ノ瀬は足を止めると三上を正面から見つめた。
「そんなわけでお前にはあやかと一緒に三雲学園の十三階段の鏡の調査に行ってもらう」
「げ、それって」
「そう、棚神市。世界樹案件だ」
三雲学園のある棚神市には、世界樹と呼ばれる街半分を覆うほどの超巨大樹がある。
世界樹が呼び寄せるのか、幽霊、陰謀論、未確認飛行物体その他思いつく限りのオカルトの噂が流れているある意味で聖地だ。
「ある意味で、ですよ。俺はあそこ──」
「お前が世界樹を好きでないのは知っている。だが、時間がなければ私の心の余裕もない」
「部長はどうするんですか?」
「私は七星と別件だ。二つ原稿が揃えば何とか紙面も埋まるだろう。それに安心しろ、他校とはいえすでに三雲学園に行く準備はできている」
「お、今回はまともな取材ってことですか?」
「いや、学園に許可を取っている時間はなかったし、許可は下りない。それゆえ向こうのオカルト同好会の知り合いに渡りをつけて、潜入用の制服を手配してもらった。ちょっと問題があるが、お前なら着こなせるだろう」
「ちょっと問題?」
聞き捨てならない言葉に三上が片眉を上げた。そんな彼の肩に一ノ瀬が手を置く。
意外に大きな胸が三上の視界の下半分を占領した。
「いいか悟。次期部長はおそらくお前になるだろう。亮を含め二年生の他二人は性格にやや難があるしな。それに当たって少しでも異変の経験を積ませたいというのも、私のまぎれもない本音だ」
「四辻も連れて行けって、危険はないんですか?」
「無論、ある。異変はいつだって危険と隣り合わせだ。お前もあやかも、そのことはゆめゆめ忘れるな」
一ノ瀬が視線を上げると、下を見ていた三上は部室の天井に目をやった。
「分かったよ、分かりました。三上・四辻両名、今日の放課後に三雲学園へ向かいます」
「頼んだぞ。それと、原稿の提出はどんなに遅くても来週の月曜までだからな」
「はいはい」
「って無理だろこれは~~~!! 俺のキャラがブレるだろ~~!!」
と三上は人目を引かない程度の声で叫んだ。
場所は棚神市、三雲学園の校門前。そこには三人のスカートを履いた人間がいた。
一人は東野みどり子。三雲学園一年のショートヘア。
もう一人は四辻あやか。雨ヶ丘高校一年のポニーテール。三雲学園の制服を着ている。
最後の一人は三上悟。雨ヶ丘高校ニ年生男子にしてカツラのセミロング。三雲学園の制服を着ている。
「ほんっとごめんなさい」
東野が頭を下げる。
「急だったもので制服女子のしか用意できなくて。で、でも似合ってますよ?」
「そうっすよ。無理言って用意してもらったものにケチつけるなんてだめ……だ、め、うぷぷ。くふふ。あとでみんなに見せてあげよ」
四辻がスマホで写真を取りながら笑い出す。つられて東野も必死に手を口に当てて笑いをこらえている。
ああ、下校していく男子生徒たちの制服が羨ましい。そう三上は思った。
「おら、とっとと行くぞ。」
そう言って三上は大股で歩き出す。
「ちょっと先輩、だめっす。もっとおしとやかに歩かないと。しゃなり、しゃなりっすよ」
一歩目からさっそく四辻のダメ出しが入った。こいつ一度調子に乗ると際限なくうなぎのぼりだな。三上は思った。
「東野さん」
「みどり子、で結構ですよ」
「みどり子」
そう呼ぶと四辻から不機嫌オーラが出た気がしたが、無視して三上は続けた。
「一応は調べてきたけど、改めて確認しておきたい。三雲学園に伝わる十三階段の鏡ってのは、どんな話だ?」
彼女によると、それはこんな話だった。
三雲学園の端にある屋上へと繋がる階段。その十三段目は踊り場となっており、そこに大きな鏡が飾られている。
鏡自体のいわれは古く、三雲学園が前身の旧制高等学校時代から校舎を立て直すたびにわざわざ運び出し設置し直していたらしい。
当初は黄昏時にその鏡を正面から覗き込むと、自分の将来結婚する相手が見えるという噂が広まっており、三雲学園オカルト同好会の記録でも「実際に異性の姿を見た」という生徒の証言が残っていた。
だが、数年前に校舎の一部改築に伴い鏡が現在の場所に移動された後、鏡を覗き込んだ生徒が不登校になる事象が相次いでいる。
オカルト同好会が不登校になった生徒の見舞いに行ったが、親が代わりに出てきて『「顔が」としか言わない』と説明されたという。
事態を重く見た学園は十三階段を立ち入り禁止にし、くだんの鏡には白い布をかけている。
「祝福の鏡が一転、呪いの鏡にということか」
眉をひそめてあごに手を当てていた三上は、東野からの視線に気づいて手を下ろすと精一杯しゃなりと歩いた。
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