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王都直営店シャピリアは、開業初日から大盛況。チョコパイの美味しさ、ペイジーの物語性のある接客が貴族社会の話題の中心という要素が引きつけた。
そんな中、王都に滞在しているペイジーから一通の手紙を受け取る。
「公爵夫人が、当店の最大の顧客になっています」
手紙にはそう記されていた。公爵夫人は毎日店の開店前に使いを送り、大量のチョコパイを注文しているという。
「問題はもう一人。アシュザトン公爵令息の新しい婚約者、シンサリア・ヴェルヌイ伯爵令嬢です」
シンサリアは連日店を訪れ、チョコパイを買っていく。シャピリアのチョコパイを徹底的に分析しているようだ。
チョコパイの成功はこの国の菓子界の不名誉で、貴女のチョコパイを凌駕する、公爵家にふさわしい菓子を作ってみせますと言い切っているらしい。シャピリアはシンサリアの言葉に、静かな闘志を燃やした。
「それは、光栄なことです。私をライバルと認めてくださったということですね」
シンサリアは完璧な令嬢であると同時に、優れた才女としても知られている。本格的にチョコパイに対抗する菓子を開発すれば大きな脅威となる。
「もう一段階、カカオの可能性を追求しなければなりません。冷やしても美味しい、新しいチョコの製法を一緒に開発しましょう」
ペイジーと共に夜遅くまでカカオ加工場に籠り、研究に没頭した。ペイジーの求める口どけの滑らかさと、冷やした時の崩れにくさを両立させるための、油脂の結晶構造に関する錬金術的アプローチを教える。
三ヶ月後。シンサリア伯爵令嬢が、王都最大の社交パーティで、公爵家が全面支援する新しい菓子を発表した。
その名もシンサリアの清らかなる白薔薇。王都で最高級の生クリームと、繊細なアーモンドプードルを使用した、非常に優雅で手の込んだ白いタルトだ。
「あのようなチョコパイは濃厚すぎて下品です。我が公爵家にふさわしいのはこのように清らかで繊細な、芸術的な菓子でなければなりません」
シンサリアは公衆の面前で、シャピリアのチョコパイを批判した。公爵令息のアシュザトンも、横で得意げに笑っていたという。呆れた。
翌日、直営店シャピリアは大きな挑戦を受けることになった。シンサリアの新しいタルトが、限定販売として王都で売り出されたのだ。
「うーん。売り上げが落ちています。シンサリアのタルトは公爵家の威信をかけて宣伝されており、貴族たちがこぞって買い求めている」
焦燥感を滲ませながら、シャピリアに現状を報告した。
「ペイジー様、落ち着いてください。私のチョコパイは魂を揺さぶる食べ物。流行りものではありません」
冷静だったから、この状況こそ新商品を投入する絶好の機会だと判断する。
「今こそ、開発した冷たいチョコパイを投入する時です。名前は雪解けの恋心。清らかな白薔薇に対抗する、濃厚でひんやりと口どけのよい新しいチョコパイを」
アイデアに一瞬目を見張った。
「真夏のこの時期に、冷たいチョコパイ。素晴らしい!この新しさと、シンサリアの清らかさに対抗する情熱的な濃厚さで、貴族の舌を飽きさせません」
自身が王都に赴くことを決めた。勝負の鍵は自身が店の厨房に立ち、出来立ての冷たいチョコパイを振る舞うことにある。
王都の直営店シャピリアで、シャピリアとペイジーは再会を果たした。二人は固い握手を交わし、新しいチョコパイの販売戦略を最終確認し合う。
販売初日。シャピリアはかつての婚約者であるアシュザトンとライバルであるシンサリアを、店で迎え撃つことになった。
「シャピリア・レイモンフダル。貴女の店はもう終わりね。公爵家の威信と完璧な菓子には、貴女の田舎のチョコパイは勝てませんからね」
シンサリアはシャピリアを蔑むように言い放った。アシュザトンはシャピリアに目を合わせようとしない。小心者め。
「シンサリア様。そうでしょうか。私のチョコパイは、人を幸福にするお菓子です。貴方の菓子が、公爵家の虚栄心を満たすだけのものでないことを願います」
言い返してから、店の奥から冷たい雪解けの恋心を一つ、自ら運び出した。
「お二人にも、どうぞ」
アシュザトンとシンサリアは、警戒しながら冷たいチョコパイを口にした。ひんやりとしたパイ生地を噛み破ると、口の中に広がるのは通常のチョコパイよりも格段になめらかで、冷たいカカオの濃厚な香りだった。
清らかな白薔薇とは全く違う、魂に訴えかけるような美味しさ。シンサリアは一口食べた瞬間、愕然とした顔で固まる。
「な、なんてこと……この口どけは……!タルトよりも遥かに複雑で、技術的に優れている!」
アシュザトンは。彼は一口食べた瞬間、堪らず目元に涙を浮かべた。
「ああ……シャピリア……この味だ……隠れて貴女のチョコパイを食べていた、あの時の幸福の味……」
アシュザトンは公爵令息としての体面を忘れ、元婚約者の作ったチョコパイの味に感動し、自身の過ちを悔いた。
「美味しさには降参です。私が作る虚栄の菓子では、貴女の真実の菓子には勝てません」
シンサリアは潔く敗北を認め、深々と頭を下げた。ペイジーはシャピリアの手を握り「貴女の勝利です」とウインクして囁いた。
チョコパイ戦争の勝利は、レイモンフダル領に揺るぎない地位と富をもたらした。
シンサリアも敗北を認めてから、シャピリアの技術を学ぶためにレイモンフダル領を訪れるようになり。彼女たちの間に新しい友情が芽生え始めた。
王都での激闘から数ヶ月後。レイモンフダル領のカカオ畑でシャピリアとペイジーは結婚の誓いを立てた。
「ペイジー様。貴方は腹ペコ男爵から、レイモンフダル領の最高の柱になってくれました。心から感謝しています」
カカオの木を背にペイジーに微笑みかけた。
「シャピリア。貴女こそ第二の人生と、真実の幸福を与えてくれました。一生、貴女の作ったチョコパイを食べ続け支え続けます」
二人の誓いのキスはカカオの甘い香りに包まれ、領地の未来を照らす。
レイモンフダル男爵領はチョコパイの国として、最も注目される幸福な領地へと変貌を遂げたのだった。
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