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幕末異聞 おらぞの藤兵衛 ~異界帰りの侍、海から歴史を変える~  作者: 曽我部穂岐
第二章 舫と白波

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第十七話 北の橋 南の鞘

 本能寺書院の襖が、ひとつ静かに開いた。

 庭の白砂に淡い日が射し込み、障子越しに揺れた光が畳へ落ちる。寒気はまだ尖っている。だが室の内には火鉢の熱がわずかに満ち、沈んだ空気の底で、炭の匂いだけが生きていた。


 堀田正睦は、書付の束を指先で軽く叩きながら、正面に座す二名へ鋭い視線を投げた。


 越前の製造方頭取・三岡八郎。

 土佐の参政付仕置役・朝倉藤兵衛。


 二人は、初対面にもかかわらず、妙に呼吸が揃っていた。座の深さも、背の低さも、相手の言葉を待つ間も、示し合わせたように噛み合っている。


 だが、堀田の眼が見ているのは、その息の合いようだけではなかった。


 三月十二日。

 わずか二日前、朝廷の公家八十八名が一団となって参内し、幕府の進める条約勅許に異議を唱えた。

 それまでは、条約の理をどう通すかという勝負であった。異国と交わることの是非、海防の備え、幕府の面目――それらをいかに朝議の言葉へ整え、勅許へ運ぶか。勝負の筋はまだ一本であった。


 だが、この八十八卿列参を境に、都の空気は一変した。


 もはや「条約に理があるか」だけではない。

 朝廷の内では、「勅を与えれば朝威が損なわれる」「海防も定まらぬうちに異国へ門を開くは、天朝の名を軽んずるに等しい」という気配が、一夜で濃くなった。議は理ではなく、空気の重さで傾き始めている。


 しかも厄介なのは、その空気が単なる反対ではないことだった。

 善意で国を憂える声ほど、都では強い。強い声はたやすく正義の形を取り、正義の形は、ひとたび固まれば手ではほどけぬ。


 この二人を呼んだのは、その凝り始めた空気を、技と政の手でほどかせるためである。


 八郎が静かに姿勢を正した。


「福井藩、三岡八郎にございます。春嶽公より兵器製造所頭取を任されております」


 声に濁りがない。江戸で鍛えられた政務官らしい落ち着きに、越前特有の理詰めの気質を感じさせた。


 続いて藤兵衛が、柔らかな所作で一礼した。


「土佐藩、朝倉藤兵衛にございます。参政・吉田東洋様の下、新型蒸気船普請に携わり、近ごろは政務の“仕置”にて、諸事の整え役を務めておりました」


 堀田は「ほう」と短く鼻を鳴らした。


「越前からは橋本左内、土佐からは吉田東洋。その名が出るものと思うておったが……なぜ、そなたら二人が推挙されたと心得る?」


 問いは柔らかい。だが刃は鈍らない。

 正睦の勘は鋭く、政の綾を見逃さぬ。ことに今は、列参以後の都である。表へ立つ者を一つ誤れば、献上船の理も、勅許の道も、その場で潰える。


 八郎は即答した。


「仰せの通り、本来なら越前よりは橋本左内が拝謁すべきところ。しかし左内は、すでに京にて公家方へ御内談に出入りし、一橋の諸藩士方とも御懇情の筋目を通しております。ことに此度、三月十二日の列参以後は、宮中も諸家も人の出入りに神経を尖らせております。ここで左内が表向きに姿を見せれば、一橋筋の意図があまりに露わとなり、井伊家中の疑心を一身に招きましょう」


 八郎は一拍置き、静かに続けた。


「ゆえに左内は“裏の火”にございます。京の陰にて、政の理を燃やす役として据え置かれました。春嶽公は、『理は左内にて燃やし、政は八郎にて形にせよ』と仰せられ、表で動く役をこの三岡に命じられた次第にございます」


「いま都に要るのは、理を叫ぶ者ではなく、乱れた空気の中で理を“形”へ落とせる者。献上船は技術の理で動き、しかし勅許は政の理で決まる。その両端をつなぐ“橋”として、この身が推挙されたと心得ております」


 正睦の眉がわずかに動いた。

 名指しこそしていないが、「井伊家中の疑心」という言葉に潜む現実は、堀田自身が最もよく知っている。列参により朝廷の内が硬くなった今、表へ出る顔ひとつで、筋そのものが色づいて見える。見え方を誤れば、それだけで負ける。


「……ふむ。では土佐は?」


 問われて、藤兵衛は静かに答えた。


「土佐にて、私は東洋の“刃”に非ず、その刃を納める“鞘”にございます。東洋は、『刃を抜く者より、刃を収める者こそ国を保つ』と常に申しておりました」


「此度の列参により、都の内には“正しき憂い”が一段と満ちました。正しき憂いは尊いものにございます。されど、それがそのまま人心の尖りとなれば、以後は理ではなく気色が事を決めましょう。献上船の御用は、まさしくそこを和らげるためのもの。国の威を誇るためではなく、朝廷の面目を損なわず、しかも海防の実を示す“和”の形を置くことにござります」


 わずかに息を置く。その間が、言葉を飾るためでなく、座の気を鎮めるためのものと知れた。


「その御用には、刃を振るう者ではなく、事を静め、理を整え、形を乱さぬ者が相応しきと、容堂公はお考えになったのでしょう」


 正睦は、表情を崩さぬまま低く咳いた。


「……なるほど。越前は“橋”を、土佐は“鞘”を寄こしたというわけか」


 二人の返答は、見事なまでに噛み合っていた。

 越前の政務筋と土佐の仕置役――本来なら言葉の立つ場所を異にする二人である。にもかかわらず、この二人は、まるで数年来の同僚のように言葉が連続する。


(初対面の二名が、ここまで呼吸を合わせられるものか……)


 正睦は内心で舌を巻いた。

 越前と土佐。気質も立場も異なるはずの二人が、同じ理を持って語る。しかもその理は、ただの船の話でも、ただの政の話でもない。列参によって一変した都の空気を、どう受け止め、どうほどき、どう朝議へ通すか――そこまで含めて見えている。


(……土佐守の「会えばわかる」とは、このことか)


 その瞬間、藤兵衛が包みを取り上げ、恭しく前へ進めた。


「献上船の御用につき、仕法・上覧・礼式の三事、朝議に掛けて相違なきよう整え直し、ここへ包みて参りました。二日前までは、条約の理を補う書付にて足りたやもしれませぬ。されど列参以後は、それでは足りませぬ。いずれも御前の御作法と、朝廷の御面目を損なわぬよう、語を改め、順を揃えてございます」


 正睦は包みを受け取り、もっとも厚い「献上御船仕法書(朝儀向)」の表紙をめくる。


 その瞬間、目に光が宿った。


 蒸気機関の概念、推進理論、船体安定の理――

 すべてが儀礼語・祭祀語の体系の中に、整然と溶け込んでいる。技術の仕組みをただ説明するのでなく、「朝威をいかに損なわずに御前へ差し出せるか」という順へと、言葉ごと組み替えられていた。


 説明ではない。

 祈りの言葉のように読める。

 しかも祈りに逃げず、理がきちんと立っている。


(……これは、誰が書ける?)


 正睦の指が紙の端で止まった。


(ただの細工者にも書けぬ。式法に通じた者にも成し得ぬ。両つの筋を一つに通す才覚なくして、ここまでは整うまい)


「この“御船の息吹”とは何を指す。蒸気機関なら、“蒸気圧”と書くものではないのか……?」


 その問いに、藤兵衛は間髪を入れず答えた。


「“蒸気圧”は英語で steam pressure、蘭語で stoomdruk。しかし、いずれも朝議の式目には馴染みませぬ。二日前までなら、理のみを通すためそのままでもよかったやもしれませぬ。されど今は、字ひとつが人心の障りとなります。英語の語感に寄せて“息吹”とすれば、御前にても異様に過ぎず、しかも力の意を損ないませぬ」


 その発音は長崎通詞にも劣らない。蘭癖大名と揶揄される堀田でさえ、完全な語彙に驚きを隠さなかった。


「……そなた、英語と蘭語を……。もしか長崎伝習所の者か?」


「恐れながら、長崎には参っておりませぬ。蘭語は本木昌造より手ほどきを受け、英語は中浜万次郎より学びました。また、蘭語・英語に交えて読むため、『三語便覧』にて学んだ独逸語も多少は……」


「……三語……独逸語までもか……?」


 正睦は、口を閉ざして二人を見た。


 八郎が穏やかに付け足す。


「堀田様。朝倉殿は語学だけではなく、“語の造り”を見ておられます。技術語を朝語へ直す際、ただ置き換えるのではなく、どの語なら都の空気に引っ掛からぬかまで見ておられる。列参以後の今、その手つきはことさらに要るものと存じます」


 正睦は深く息を吐いた。


(……異なる家中、異なる務め。しかし二人は、技と政の境を越え、同じ理を語り、同じ方を向いている)


 火鉢の炭が、ぱちりと音を立てた。

 その微かな音さえ、静まり返った室内では妙に大きく響く。


 正睦は書付を閉じ、二人へ視線を据えた。


「よい。筋は見えた」


 声は低かった。だがその底に、老中首座としての決意が沈んでいた。


「三月十二日を境に、都の空気は変わった。もはや条約の利だけを説いても通らぬ。朝廷の面目を立て、朝威を損なわず、そのうえで海防の実を示す――それを一つの形にして見せねばならぬ」


「二日前までの文は、半ば死文と思え。これより七日、こちらは条約勅許を得るために動く。だがその道を開く鍵は、もはや条約そのものではない。献上船を、朝廷が拒みにくい“御治績の形”へ仕立て直し、まず武家伝奏の耳へ入れよ。そこから議奏へ通し、関白筋へ上げる。順を一つでも違えれば、たちどころに潰される」


 書院の空気がさらに引き締まる。


「八十八卿は善意にて動いておる。そこを敵に回してはならぬ。だが、あの列参で生まれた空気は利用される。必ず、誰ぞが火を吹き込む。ゆえに我らは、正面から争わぬ。礼をもって通し、形をもって鎮める」


 その言葉に、八郎と藤兵衛は同時に頭を下げた。


「はっ」


 正睦は、なお二人を見た。

 越前が寄こした“橋”。

 土佐が寄こした“鞘”。


 橋と鞘――いずれも、刃を立てぬための道具である。

 いま都で最も要るものは、まさにそれだった。


「今や、時を浪費する余裕はなくなった。明日より七日にて、事を運ぶ。武家伝奏へ通す文案は八郎、技術書付の語の整えは藤兵衛。両輪にて進めよ」


 その声には、単なる命令を越えた響きがあった。

 正睦自身が、この二人の働きに“まだ失われていない未来”を見いだし始めていた。


 藤兵衛と八郎は、深々と頭を垂れた。


 七日間。

 朝廷と幕府、諸藩と宮家、儀礼と技術、陰謀と正道。

 そのすべてが渦巻く戦場へ、三人はこれより足を踏み出す。


 ――その裏で、すでに“影”が動き始めていることを、この時まだ、正睦は知らない。

【史実解説】幕末の“北と南”の接続――京都に集まる諸藩の政治参加

幕末の京都は、単に朝廷がある都というだけではなく、全国の諸藩が政治の主導権を求めて集まる“もう一つの政権空間” になっていました。

江戸で実務を握る幕府に対し、京都は“正統性”と“国体”を司る場所。この二つの中心が揺らぎ始めたことで、諸藩は京都へと引き寄せられていきます。



■ 都に集まる諸藩――京都が政治の中心へ変わった理由

黒船来航以降、幕府の権威は急速に低下し、外交・海防・条約といった国家の大問題を、幕府だけでは処理できない時代になりました。


その結果、越前(福井)・土佐・薩摩・宇和島などの雄藩が、次々と京都へ使者を送り、朝廷と幕府の間に“橋”を架ける役割を担い始めます。


京都は、幕府 vs 朝廷 の二極ではなく、幕府+諸藩+朝廷 の三極政治へと変化していきました。


作中で堀田正睦が三岡八郎と朝倉藤兵衛を呼び寄せたのも、この“多極化した政治”の象徴です。



参考文献:『三条家文書 第28冊』、『中山忠能日記(正心誠意)』『孝明天皇紀 第2版』

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