第五十話 新おこぜ組
浦戸から上がった「世さ来い」の熱は、港の波止で薄れず、川筋を遡って町へ入り、さらに山間の谷へと分かれていった。朝市では銭箱の脇に鳴子札の受け箱が据えられ、店の者が札を落とす音に合わせて算盤の玉が澄んで鳴る。鍛冶場では、火床の合いの手がいつのまにか祭の節に寄り、槌の拍が“叩き”の景気ではなく“掴み”の筋で打たれるようになった。
町の商人座では、祭り明けの「新物市」で余った鳴子札がそのまま使われ、寄進と口銭の勘定が一枚の帳面で地続きに続く。札は銭ではない。けれど銭より速く、場で巡る。巡る速さが心を昂ぶらせるのではなく、心を落ち着かせる――そんな巡り方が、土佐に生まれつつある。
山間の郷士の家では縁側に法被が干され、藍の地に散らした柏と方喰が朝の風で同じように揺れる。上と下の袖が同じ布地の呼吸で鳴った三日間は、見世物で終わらなかった。祭は“器”を見せ、器は“習い”の形を残した。拍を合わせれば、人は自ずと動く――その手触りが、田の畦にも、町角にも、海路にも残っている。
――この拍を、器から法へ、法から習いへ。世さ来いで確かめた“運び”を、今度は紙と印判で運ばねばならぬ。
安政四年八月十五日。夜明け前の城下は、石畳に薄く露が光っている。藤兵衛は、刀の柄頭を指先で一度だけ押さえ、まだ暗い城下の坂を上がった。
大手門の冠木下で一度足を止める。鉄金具の冷えが指先の汗を奪い、夜露を含んだ石垣が黒く息をしている。番の足軽が槍の石突きをそっと敷石へ置き、合図札がかすかに鳴った。枡形をくぐると、群青の空を背に天守の影がすっと立ち上がる。鯱の輪郭が細く光り、軒から露が一滴ずつ落ちる。あの高みが、土佐一国の器と法の重みを静かに載せている。
玄関番の低い挨拶、畳の縁を踏まぬ足の運び、御用部屋へ通されるまでの短い廊の匂い――糊気の残る紙の匂いに、墨と汗の薄い混じり。障子越しに人の息がいくつか重なり、ひとつひとつが定位置へ収まっていくのが分かる。
襖が開き、藤兵衛は座の中央に一礼して進んだ。座には少林塾の面々が列を成す。列の中に、江戸より戻った坂本竜馬の横顔、紋付を正した武市半平太の影、異国帰りの中浜万次郎らしき面差しも見え、息が一拍だけ深く揃った。
しばらくして正面、白布の上に藩主・山内容堂が座した。扇を胸の前でゆるく持ち、威風堂々たる姿。藍地の紋付に薄羽織、裏は緋縮緬で、金の羽織紐がわずかに揺れる。鬢はきっちりと撫でつけられ、眉の下の眼は笑みを含みながらも刃を帯び、麝香のかすかな香に、昨夜の盃を思わせる淡い気が混じる。
左に側用役・小南五郎右衛門。右手に三家老――佐川家老・深尾鼎、宿毛家老・山内太郎左衛門主馬、安芸家老・五藤主計。
そして、容堂の少し後ろに、扇を畳んで控える吉田東洋。
「まずは、“世さ来い”の祭り、大儀であった」
容堂の声は低く、遠くまで通る。扇の先がわずかに揺れ、言葉が座の一隅ずつに置かれていく。
「見世物に終わらず、“胸を揃うる”ところまで皆で持っていった。叩いて昂ぶらせるだけなら易い。だが、掴んで運ぶ拍は、明日へ続く。――ここからが土佐の本手よ」
扇骨が一度、軽く鳴る。
「外に向けては海で道を拓く。内に向けては法と学で道を整える。祭は旗――旗を立てた以上、器を拵え、数を言葉にせねばならん」
容堂はゆっくりと東洋へ視線を送り、再び座を掃いた。
「先ず一つ。吉田東洋を、参政へ復す。――この場にて沙汰す」
畳の向こうで東洋は深々と頭を垂れ、起き上がると、座全体へ向けて短く一言。
「学を器へ、器を世へ。――これを骨に、藩政を織り直しまする」
容堂が頷く。扇が胸元で半ば開いて、また静かに閉じた。
「まず、海のこと。“鳴龍丸”は土佐の舟として第一の鏑矢とする。今月末の参勤出来にて江戸へ乗り入れ、上覧に供す。勝を通じて幕僚にも筋を通してある。潮目は変わった――土佐はただ従うばかりの国にあらず、数で語る国たること、海の上で示す」
「次に、学のこと。少林の枠を広げ、藩校を“文武館”と改める。文と武、内と外、机と工場を分けずに通す。士の子ばかりでない。郷士・町人・工の才も、門を分けて受ける。票の理、海防の理、機巧の理――皆ひとつの“国の理”じゃ。役とは旗、学とは器。器無き旗は風に裂ける」
扇を返し、軽く畳へ当てる。
「さらに、利の筋。国の“開き”は近い。藩直営の“新世社”を興し、産物の見本取立から、長崎・江戸の売捌まで、筋を一本に束ねる。鳴子札の仕掛けは良かった。あれを日々の商いに移す。銭は場で巡らせ、明日へ渡せ」
容堂は言を切り、三家老を順に見た。
「深尾、山内、五藤。上と下の“間”で揉めることもあろう。よい。揉めたら“拍で揃える”。規矩は後から整えよ。先に“場”を保て。――そのための“添え”を付ける」
眼差しが、藤兵衛に落ちる。扇が胸元で半ば開いて、また静かに閉じた。
「――朝倉藤兵衛」
「はっ」
「参政付・仕置添役に任ず」
小南五郎右衛門が扇を横に寝かせ、言葉を継いだ。
「仕置添役――裁可の取次、施行の督促、部局の継ぎ目の調え。参政・家老の“横に付く”役じゃ。刀で押すな。言葉と数で通せ。叩くより掴め。お前にしか出来まい」
筆頭家老・深尾鼎が、穏やかに頷きながら、短く重ねる。
「つまりは、理を短く、手を早く。――それがこの役の息よ。しかと果たせ」
東洋が藤兵衛を見た。目は厳しかったが、底は温かった。
「藤兵衛。器の理を人の法へ織りこむ。海と陸、上と下、学と市――橋を掛けよ。鳴龍丸の“掴む”理で、藩政を運べ」
「謹んで拝命仕り候」
藤兵衛は深々と頭を下げた。異界で拾った痛みと理が、器や術だけで終わらぬよう、ここで人の習いに継ぐ。それが、この二年でやっと手の届くところに来たのだ。
書役が前へ出て、巻紙の端を整えた。各役職の任命目録の読み上げが始まる。漢文調の韻が畳に落ちるたび、座の中で誰かの肩がわずかに動く。
参政 :吉田 東洋
参政付仕置添役 :朝倉 藤兵衛
藩校・文武館
頭取 :武市 半平太
教授
政経学・海防学 :吉田 東洋
蘭語・機巧学 :本木 昌造
英語・航海術 :中浜 万次郎
機巧学 :細川 万
剣術・鏡新明智流
小野一刀流:武市 半平太
剣術・大石神影流:樋口 真吉
絵画 :河田 小龍
半平太の大柄な体が座の端で微かに揺れ、座の呼吸がひとつ落ち着く。昌造は頭を下げ、目だけが柔らかく笑った。万は表情を変えず、指先だけが膝で一度、鳴子を打つように動いた。万次郎は浅黒い手の甲を膝に重ね、海風の色を宿した眼で座を一巡り見渡す。それぞれが土佐の舵を預かる身の重みを、静かに胸底へ据えた。
政務総宰・佐川家老:深尾 鼎
幡多奉行 :後藤 良輔
海防総督・宿毛家老:山内 太郎左衛門主馬
軍制奉行 :乾 退助
海陣奉行所(新設)
海陣奉行 :淡輪 治郎兵衛
造舟御用掛 :細川 万
鼎の扇子が半寸だけ上がり、良輔の眉根は柔らかく、退助の拳は膝の上で一度だけ握られた。主馬の顔は、名を継ぐ者として潮の方向を測る。治郎兵衛の横顔が、海のように澄み、万はその横顔を見ず、ただ小さく頷いた。双胴と螺旋の器が、いま“所”になった。潮の筋が、法の道に変わる音がした。
殖産総監・安芸家老:五藤 主計
新世社(新設)
頭取 :五藤 主計
江戸詰探索方 :坂本 竜馬
長崎会所役 :岩崎 弥太郎
近藤 長次郎
通詞 :本木 昌造
中浜 万次郎
主計は静かに眼を伏せ、竜馬の名が出ると座に一瞬、風が通ったような明るさが差した。弥太郎の算盤は、きっとすでに江戸や長崎の相場を弾いている。長次郎は声の調子で人を動かす。彼らに、藤兵衛は地図と潮の匂いを重ねて見た。
静けさが一拍、座の底に沈む。容堂は最後に、低く、しかし明瞭に結んだ。
「この国は、変わる。異国の理を丸呑みにもせぬ。古き名のみ抱いてもおられぬ。土佐の息で、新しきを作る。――わしは旗を持つ。東洋は道を引く。三家老は背骨を立てる。お前たちは器を据えよ。見せ、数え、備えよ。世を鳴らし、世を運べ」
扇骨がきりと鳴り、言葉の端が畳に吸い込まれた。座の呼吸が、同じ高さで揃うのが、はっきりと分かった。
◆
夜。藤兵衛は城の坂を下り、闇へ歩き出した。振り返ると天守の影は黒く、星がいくつも繋がって夜空に震えている。
二年前に記した『おらぞ漂異録』を思い起こす。――寅の大変。地が揺れ、黒い水が音もなく襲い、火が遠くで鳴き、人の声は風に千切れる。勝浦浜で潮に揉まれ、異界へ押し出された。そこには、魂だけの創造者が寄せ集めた滅びと理と痛みがあった。滅びの果てに辿り着いた者は、還る道を、償う道を、あるいは真の滅びを求めた。彼らは藤兵衛の眼と骨を変えた。戻れば土佐の空は同じなのに、見え方が違っていた。
『漂異録』を怪異の見聞に終わらせはせぬ。――あれは異界で得た理と痛みをこの世へ繋ぎ止める錨であり、明日へ渡す道標である。
二アールの学者から授かった文字と言葉、イオネムの賢者と交わした政と経世の理、クネードの戦士から受けた武の呼吸――五つの言葉、交わりの作法、数理と規矩。これらは器に納めて飾る“珍しき術”ではない。人の心に降ろし、法と教えに織り込み、群れの拍を揃える務めだ。士と庶を結び、海と陸を渡し、時を越えて自ら立ちうる“習い”を遺す。器は、習いに繋がってこそ世を運ぶ。
仕置添役――名は添えである。されど添えは柱を立てる楔だ。楔は目に見えぬ。見えぬものを通すには、先に言葉と数で拍を置く。
言葉は隔てを跨ぎ、数は怖れを溶かし、武は人を傷つけぬために在る。
異界で、楽助たちと別れ際に交わした誓い――「いずれ必ず、道は交わる」
先の世の友らへ届く橋を、今ここ土佐から架ける。――それが、帰還を赦された者の責である。異界の知と、僅かながら先の世の流れを知る者として、時の奔流に楔を打つ覚悟は、すでに定まっていた。
藤兵衛は闇を割って、来るべき夜明けへ歩を進めた。
足裏に石の冷たさはあるが、胸の底には温い拍がある。拍は止まらない。止めるのは誰でもない。置くのは、今、ここに居る者だ。朝倉藤兵衛が置き、次の者が拾い、また置く。そうして橋は先の世へ伸びる。片側からではなく、双方から。いつか真ん中で舫うとき、その橋はもう、自分一人の橋ではない。
風が変わった。東の空がわずかに白む。遠い海で、白い筋が一本、まっすぐに延びるのが見えた気がした。
――時の流れは、人の拍で変わる。
ならば、拍を先に置く。
◆
この後、藤兵衛ら少林塾の実務中枢は、城下で「新おこぜ組」と呼ばれるようになる。「おこぜ」の名は、十三代藩主・山内豊熈期に藩政改革を進めようとした若手「おこぜ組」に由来し、その再来として東洋門下の改革派を指す通称であった。
土佐には“おこぜという貝を懐にすれば猟漁に恵まれる”という俗信があり、かつては抜擢を妬む保守派が「呪い程度の半端者」と皮肉を込めてそう呼んだ。
しかし、「新おこぜ組」はその名を反転させ、 “海へ出る護符”として「おこぜ」の名に誇りを持った。
締め付け一辺倒ではなく、数と規矩で可視化された政務で上・郷・下・工・商の拍を揃え、内の和合を外洋へ通す――それが、彼らの新たな名乗りであった。
おこぜの藤兵衛 第一章「土佐の舟出」 了
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。創作の励みになりますので、ぜひ感想や評価をお寄せください。
第二章では藤兵衛が藩政に関与し、歴史の表舞台へと歩み出します。「異界帰りの土佐藩士」が歴史にいかなる変化をもたらすのか、史実の人物も交えつつ描いてまいります。引き続きお付き合いいただければ幸いです。




