元最強の騎士は再び剣をとる
暗く湿っぽい地下深く、聞こえるのは金属が当たる音
居るはずの人物の姿すら見えない程に奥行きがある。
僅かだった金属音が大きく音を立てる
立ち上がったのだろうか、ペタペタと足音を鳴らし此方へと音が近づいてくる。
警戒しながら腰の剣に手を添える。
近づいているのだろうがそれでも姿は見えない
「…おい、飯の時間は?過ぎてるぞ」
低く気怠げな声が静かな暗闇に響いた。
「…おい、お前
いつもの看守じゃねぇな?…誰だ」
警戒の滲む声に殺気が滲む、相手は鎖に繋がれていると言うのに汗が止まらない。
これが、伝説の存在……
強く握り締めた拳を解き檻の中に手を差し出した
「貴方を、迎えに来ました」
浴場で身体を洗わせ適当な服を見繕い現在、酒場にいる。
老夫婦の営む昔ながらの店に数人の店員があくせく働き
人々が楽しそうに酒や食事をとりながら笑い合う声が聞こえる。
その声を聴きながら目の前で忙しなく飲み食いしている男を見る。
こちらの視線に気づきながらも気にせずその手と口を動かし続けている。
こちらを気にせず男を見つめる。
全体的に黒っぽかったこの男は洗うと髪は紫がかった黒い髪と綺麗な緑の瞳をしていた。
とても整った顔をしている為、先程から女性達からの熱視線が痛い程注がれている。
目の前の男はその視線と目が合えば時折、片目を瞑ったりして愛想を振り撒いていた。
その度に他所の席からは黄色い声が聞こえてきていた。
溜息を吐くと目の前の男が手を止め僅かに首を傾げた
「…なに、俺の態度が気に入らないか?
なら、別に元の場所に戻してもいいぜご主人様ぁ」
ふんっと鼻を鳴らし止めていた手を再び動かした。
「…別に、構いませんよ。
貴方の行動自体に制限はありません
ただ、僕の旅路に付き合ってもらいたいだけです。
それから僕は主人ではありません、対等な仲間を探しているだけです」
手で払うようにしてハイハイと、適当に返された
彼が漸く食べ終えたのは店の客がほとんど減り
片付けに掛かっていた店員が少し落ち着いてきた頃だった。
机の上には皿とコップで溢れかえっていた
驚く事にこれでも山となる皿を大慌てで店員が下げていたというのに
それに間に合わない程次々と平らげていたのだ。
それでも『八割位だな』などと言ったこの男の胃袋はきっとドラゴンよりでかいかもしれない。
会計をしにやってきた店員は顔を曇らせていた
チラチラと彼と僕を見て金額を提示する
そんな店員に申し訳なく思いながら袋を取りだし
そこから1枚、金貨を机に置いた。
「え、あの、これでは多いですよ」
あわあわと手を震わせていたのでその手を取り金貨を乗せてやる。
「いいえ、これは彼がペースも考えず大量に頼んだ迷惑料も入っていますので
これはあなた方への感謝の気持ちも入っています
どうか受け取ってください
また、お邪魔するかもしれませんし。ね?」
裏から飛んできた店主の老人がペコペコと頭を下げながら
出ていく僕達を見えなくなるまで見送ってくれた。
「…お前、気持ち悪いやつだな」
何処で調達したのか煙草を咥えながら見下す様に上から見下ろされる。
その顔にはうげーとでも言いそうな様子がみてとれた
「…貴方には今、目立ってもらっては困るのです。
貴方はこれから僕の切り札となってもらいたい
それなのに、貴方ときたら出てからこんなに目立つだなんて……
貴方の顔に仮面でもつけた方がいいかもしれませんね」
「…そういう金ねー。
俺みたいな罪人にあんたみたいなお貴族様の切り札だなんて務まるかぁ?
それで、あんた何を企んでるんだ」
ふと、立ち止まり咥えていた煙草に手を添える
口元が隠されていてその表情はよく分からないが
よく見えるその紫の瞳にはまるで何かを探る様な目をしていた。
「…僕はアーサー。
先見の眼を持つ魔術師に希望を託された者です」
不思議な子供だと思った。
牢でいきなり『貴方を迎えに来ました』等と言い放ち
入れられてから風呂や飯以外で開けられる事のない扉が開かれ
久しく見ていなかった夕日と外の空気に気分が良くなり愚かな事にのこのこ着いてきてしまったんだが。
俺はこの子供から何も説明を聞いていない。
だが、この子供の容姿を見た時
かつての主に似たものを感じた気がした。
もしやとも思ったが、何も言わなかった
日に照らされ輝く金糸の髪に澄み渡るような碧眼
まだ、成長しきっていないのだろうその手足は細く
剣を振るえば折れてしまいそうだ
それでも、あの差し出された手には剣だこが何度も潰された痕があった。
それだけでも、同じ剣の道を行く者として好ましくは思う。
この思いも、剣の道ももはや己の中には無いのだと思っていたが
この子供と出会い、再び剣の道に戻りたいなどと思う日が来るとは思いもしなかった。
……どうやらかなり酒がまわっているらしい。
横に歩く子供…アーサーの肩に腕を回し体重をかける
肩を跳ねさせたが何も言わずにこちらの肩下に左腕を回し右手で俺の腕を掴んで溜息を吐いていた
呆れた様な顔に横目で見て笑ってしまった。
朝、起きると隣のベッドで寝ていたはずのアーサーの姿が無かった。
欠伸を零しながらのそのそと起き窓に手をかけ煙草を吹かした
下から聞き慣れた音がしたのでそちらを見ると鞘に収まったままの剣を振るアーサーが居た
吹かしていた煙草を消し2階の窓から降りる。
そのまま着地後に足払いをしてやると体勢を崩し
尻もちを着いてこちらを見上げるアーサーの額に人差し指で突いてやる。
ぽかんとしていたのを意識を取り戻し眉を寄せ睨みつけると声を荒らげた。
「…何をするのですか!
危ないでは無いですか、いきなり足払いをするなんて!」
立ち上がりこちらに詰寄ると今度は腕をとりそのまま地面へと押さえつけた
その手から逃れ鞘のついた剣を此方へ向け掛かってきたので適当な枝で払ってやる。
そのまま打ち合い数分程手合わせをした後に息を切らし倒れ込んだアーサーに貰ってきた水をやった。
不服そうな顔をしながらも素直に受け取り律儀に礼を言って飲んでいた
育ちが良いな、などと思いながら水を飲む。
「……はぁ、まだまだですね。
先程は失礼しました、集中していたとはいえ
周りに気を巡らせるという基本が疎かになっていました
もし、あれが暗殺者であれば僕は死んでいたでしょう」
気を落とししおらしくなった様子を笑い飛ばしてやった
「ふっ…あれはちょっと遊んだだけだ、敵意や殺意があれば気づけただろうよ。
だがな、全く気配を感じさせねぇ奴だって居るし
周りに気を巡らせ警戒しておくのに越したことはねぇのは確かだな」
「…はい、精進します」
こくりと頷き素直に俺の言葉を受け取っていた。
それから朝に手合わせをするようになった
驚く事に教えた事を1度で覚えどんどんとその腕は上がっていった。
その上、覚えても必ず繰り返しその動作を行い自分の体に合わせた動きに変えて行った。
恐ろしい程の成長速度に変な汗をかきながら
日々、同じ様に鍛錬を重ねていた。
彼…ランスロット卿には数々の伝説がある
たまたま遭遇したドラゴンを一人で倒したとか、一人で何百人もの敵を薙ぎ払ったなど…
噂が絶えない程だった。
中でも有名であり事実なのは体術、槍、剣、騎馬戦全てにおいて彼の右に出る者はいないと言われている事だろう。
彼が居ればその戦に負けは無し、敵も膝をつく事だろう。
彼はこの世の最強でありこの世の武神であると敵すらもそう話すと言う。
彼はその強さだけではなく精神、そして騎士としての騎士道も素晴らしいものだと誰もが言った。
彼の部下だけでは無く他所属の者達でさえ彼が捕えられる事に異議を唱えた。
彼の部下達は抗議の為、反旗を翻そうとすらしていたらしくそれを知ったランスロット卿は部下を一喝。
それにより事なきを得て、部下達は暫くの謹慎のみで済んだ。
彼が何故、罪人となってしまったのか
それは聞かされていないし、僕も聞かなかった。
彼は軟派な性格ではあるものの、正しく騎士道の精神を持っているのだと確信している。
ランスロット卿と過ごしたこの二週間、彼の行動を見ていたが老人、子供には特に優しく接し
言葉遣いや行動には粗さがあるものの品行方正であった。
剣に対する思いは真っ直ぐで繰り出される技は研ぎ澄まされそしてそれを奢る事なく研鑽を重ねる。
その真摯なまでの姿は紛うことなき騎士の姿と言える。
僕の目指すべき姿はこの男の様な生き様なのだと思う程だった。
ニヤニヤと余裕顔を浮かべ模擬刀を肩に携えている本人に向かって行った。
笑っていた顔をすっと消し真剣に向き合ってくれる。
言葉も無くただお互いの磨き上げたものを更に磨く為にどちらかが膝をつくまで打ち合い続ける。
その日の夜、夢を見た。
『…きて、起きてください』
意識がふわりとしたまま目を開けるとそこには不思議な空間が広がっている。
どこを見ても真っ白、何も無い。
けれどその空間は何処までも続いているかのように先が見えない。
この空間を私は知っている。
彼の仕業だろう
離れている時に僕を呼ぶ時はいつもここに呼ばれてお願いをされるのだ。
『あぁ、良かった。目が覚めたのですね
この私に限って失敗など有り得ないとは思ったのですが…
全く、驚かせないでくださいよ。私の心臓はウサギよりも繊細なのですから』
白くふわりとした服を纏いその手には彼の身長程ある杖を持っている。
その杖には虹の様な色合いのリボンがまちまちと括り付けられていて
くるんと丸まっている空洞の中に小さな彼と同じ瞳の色である赤紫の宝石が輝いていた。
華奢な身体を包む様なふわふわとした白髪は相変わらず羽毛の様でこの世の者とは言い難く
その中性的な顔立ちは多くの者を魅了すると言う。
久しぶりに見た彼の顔をまじまじと見ていると彼は得意気に鼻を鳴らした。
『ふふっ、私の顔に見惚れましたか?
私ったら魔術の素晴らしさだけでなく外見も素晴らしいときました。
神は二物を与えず、と言いますが私には多くの者を与え過ぎたようですね!』
杖を持つ反対側の手で顎を触りまたも鼻を鳴らしている。
神は中身を与えなかったらしい。
……コホン。
ひとつ咳払いをしてから瞬きをして意識をはっきりとさせ礼をとり微笑む。
「我が友であり、稀代の魔術師マーリン殿。
久しいですね、何か頼み事でしょうか」
彼はこちらを見てにんまりと顔を綻ばせると頷く
『…そんな畏まった言い方やめてよ。
そんな他人行儀なの私は嫌だよ、マーリンと呼んでよ
私の運命の王、アーサー
貴方に探して欲しい人がいるのです』
先程迄の表情は消え真剣な表情で言った。
真っ白だった空間は一瞬で暗くなりある人物の姿が映し出される。
煌めく様な金髪に明るい月のような金の瞳、まだ幼さの残る少年は剣を手に駆け回っていた。
周りには木々や草花が生い茂っており森にいるのだとわかる
何かを探し回る様にきょろきょろと首を動かしている。
ぱっと表情を明るくしたかと思うと剣で草を掻き分け
勢い良く突き刺すそこにはお目当ての獲物がいたのだろう。
そのまま捕らえて後ろから歩いてくる青年に手を振っていた。
明るい少年に笑いかけたその青年は…良く知る人物に似ている気がした。
その青年は前髪が顔を覆うほど長く視線などよく分からないが
此方に気付いたかの様にこちらを見ていた気がした。
そこでその姿は消え失せ真っ白の空間に戻った。
『…彼、此方が見えていたみたいだね。
不思議な子だなぁ…彼は予定には無かったけれど。
彼も仲間に入れよう!きっと良い影響を与えてくれる筈だよ!』
指を鳴らしたマーリンはそうだったと何かを思い出した様に言う。
『…あぁ、さっきの彼とランスロット卿。
訳ありだから、上手いこと引き合わせないと話しがややこしくなるかも!
アーサー頑張ってね!』
それだけ言って浮き上がる僕に手を振っていつもの様にヘラヘラと笑っていた。
全く、困った人だと苦笑いをして意識が1度途切れた。
目を覚ますといつもの時間だった。
彼は時間すらも容易く動かせるのではないだろうか
彼は万能で、予見の眼を持ち、何を考えているのか常人には理解が難しい。
今は人々の味方ではあるが彼が人類の敵となれば……
適うもの等、居ないのかもしれない
だから、かの王もマーリンには好きにさせているのだろう。
宮廷魔術師とは名ばかりで彼は世界中の何処にでもいるし何処にもいない。
彼はその広い視野であらゆる世界を見ては楽しんでいるのだろう。
彼とは僕が赤子である時からなのでかなり長い付き合いではあるものの彼の事を良く知る仲とは言い難い。
小さく溜息を吐くとそのまま深呼吸をして着替える。
そしていつもの様に鍛錬をするのだった。
鍛錬を終わり汗を流し朝食を軽くとったあと
目の前でやはり食べ続けている男に昨夜のお願いを叶える為、ある人物に会いにいくと伝えると
特に嫌な顔もせず頷き食べ終えた後、宿を出て目的の森へと向かった。
今居るここから東の方にある魔物や悪魔が沢山いる暗闇の森という所に居るらしい。
どうしてそんな所に居るのかは分からないけれどあの二人は何かを探してずっと旅をしているらしい。
今回はその二人と出会って仲良くなる事が目的らしい。
『仲間とは必ずしも同じ時、同じ場所にいるから仲間というのではないよ。
ただ、お互いを信頼し必要な時に駆けつけ時には馬鹿笑いするのが仲間ってものなのさ。
まぁ、私はろくに仲間なんてものが出来たことは無いのだけれどね』
珍しく真剣に語ったかと思うとすぐにおどけて笑って見せていた。
その瞳にうつる心情は果たして笑っていたのか…
ここ数年、彼の実体を見ていない。
彼は今、何処にいるのだろうか…
兎に角、今はその彼の願いを叶えるべく行動するのみだ。
首を振り目線をあげ歩き始める。
「おーい!ギャリー!こっち、来て!」
狩人の様な格好をした少年が大声で友の名を呼ぶ
その手には仕留めたのだろう魔物の姿があった。
眠る様に目を閉じた猪の様にも見える魔物はまるで人形の様に少年に抱かれていた。
それを見たギャリーと呼ばれた青年はにこやかに笑いながら歩み寄り共に運んだ。
猪を横たえ手を組み二人で祈りを捧げた後、青年はそっと触れた。
「パーシーは凄いな
まるで眠っているかの様におだやかだ。
生きる為とはいえ彼等を苦しめてしまうのは心苦しい…
もし、俺が死ぬ時が来たら君の手でお願いしたいな」
長身の彼はそう言って身体を少し屈めて少年を見て穏やかに笑った。
すっとした鼻から上は見えないというのに
その微笑みは人々を惹きつける程の麗しいものであると同時に神聖さもあった。
その微笑みを向けられた少年は嬉しそうに笑った後、少し寂しそうな顔で眉を落とし言った。
「…ギャリー、冗談でも死ぬ時なんて言わないで。
悲しくなっちゃうでしょ、いつも言ってるけど
褒める時はうんと優しい言葉だけ言ってって」
頬を膨らませまるで小さい子供のようにそう言った
彼は屈んでいる青年の頭に両手で挟みわしゃわしゃと撫で回した。
「す、すまない。
パーシー、純粋に褒めただけのつもりだったんだ。
でも、信じて俺は死ぬ気なんてない。
親友である君を一人残して逝く事は無いさ約束する」
またもやわしゃわしゃと頭を撫で回した少年はふはっと笑った
「まさか僕とおじいちゃんになる迄一緒にいるつもり?
まぁ、それもいいかもね。いいよ、約束!
僕は君より先に死なないし君も僕より先に死んじゃダメだ!
死ぬ時も、どんな時も一緒だよ!」
今度は青年が少年の頭を優しく撫でた。
「……うん、そうだね」
射した光により黒髪に見えたその髪は紫色が浮び上がる。
長い前髪によりその表情は見えないが口元に浮かんだ笑みは
その雰囲気は優しく穏やかでその少年が大切なのだと言っているようだった。
漸く辿り着いた森には数多くの魔物や悪魔が居た。
何故こんな所であの二人はあんなにも穏やかに過ごせていたのか…
尊敬の念を抱きながら会ったことの無い相手へと心で称賛を送った。
さて、この森に居るのは確かなのだろうが…
この広く暗い森の中、あの二人に辿り着けるだろうか……
ふと、声が聞こえた気がしてその声のする方へと向かう事にした。
後ろにいるランスロットと顔を見合せ頷き警戒しながら進んでいく。
「え、そうなんだ。
それは大変だ!僕で力になれたらいいんだけど…
ん、そっち?分かったよ君について行けば良いんだね!」
生い茂る草の間から覗き見たその姿は例の少年だった。
何やら誰かと話しているようだったので様子を伺うことにした
よく見れば少年の話し相手は赤い服を着た小さな女の子だった。
こんな危険な森で子供?疑問を抱いているとランスロットが黙ったまま指を指す。
その先には少女の足元だった
そこにはある筈のものが無かった。
それに気がつき飛び出して行こうとしたのを止められる。
首を横に振り口元に人差し指を持っていき座るように促される。
眉を寄せながら促されるまま腰を落としランスロットを見ると此方には目線を向けず少年の方を見ていた。
同じ様に少年の方を見ると彼は少女に連れられるまま
歩いて行ってしまう。
ランスロットは足音を消しその後を追う僕もそれについて行く。
辿り着いたのは禍々しい程の黒々とした木で根元近くに大きな穴が空いていた。
そう、大の大人の人間が入れそうな穴が空いていたのだ。
声を掛けようとしたその時だった。
少年は少女の頭をそっと撫で少女が指さす穴を見下ろした。
駄目だ!声を掛けてももう、間に合わない。
今にも少女が覗き込むその背に手を触れさせる
走り出したその時だった
物凄い速さで何かが駆けて行った
残像の様に見えたその姿は間違いなく少年のそばに居たあの青年だ。
青年が辿り着いた時には少女の首は落ちていた。
少年はその少女の首を抱き上げぎゅっと抱き締めていた。
薄く涙を流した少女は『ごめんなさい』と口を動かし
音は聞こえなかったがその表情は泣いていた。
更にぎゅっと強く抱き締めた少年はその少女と一緒に涙を流していた。
そこから視線を逸らす様に俯く青年はただ、黙って少年が泣き止む迄そばに居た。
少女の姿が完全に消えたあと少年は空を見上げ唇を噛み締めた。
そしてひとつ深呼吸をした後、涙の跡が残る顔で青年に向き直り笑った。
「…助けてくれてありがとう。ギャリー」
ずっと俯いていた青年、ギャリーは顔を上げ少年の頬に触れ薄く濡れた所を拭ってやっていた。
そして、その青年がまたもや此方の気配を感じ取ったのだろう。
振り向きこちらを警戒する腰に戻していた剣を抜き剣先を向ける。
「…そこに居るのは誰だ!」
誤解を解こうと手を挙げ出て姿を現した次の瞬間だった。
隣に立っていたランスロットは吹っ飛ばされていた。
彼等とは数メートル離れていたと言うのに一瞬で距離を詰められ
あの、最強と言われるランスロットを吹っ飛ばしたのだ。
あまりの一瞬の出来事に頭の処理が追いつかず固まっていると
少年がギャリーの腕を掴み同じ様に困惑していた。
「急にどうしたの?ギャリー!」
頭に血が登っているらしく前髪を片手で持ち上げランスロットと同じ瞳で血走った目でランスロットを睨みつけていた。
少年が必死になって止めている中、ランスロットがふらりと立ち上がりギャリーの方へと歩く。
「…随分な挨拶で驚いたよ。
見ない間に大きくなったものだなガラハット…
騎士になったと聞いていたが何故こんなところにいるんだ?」
その言葉に激しく反応を示し牙を剥く様に声をあげる
「よくも…よくも俺の前に姿を現せたな!
この、恥晒しめ!
母さんが…母さんがどれ程お前を想っていたのか!
お前は知りもしないだろう!
騎士である事だけが唯一尊敬できたなのに、なのに!お前がそれすら失うとは!お前と同じ血が流れていると思うだけで俺は……俺は!!!」
少年の静止を振り払い再び切りかかってきたギャリー
いや、ガラハットは無抵抗で手を平げるランスロットの喉を僅かに剣先で触れさせ止まった。
「……ガキのお前に何がわかるって言うんだ?」
そう言って目の前のガラハットの腹に思い切り蹴りを入れた。
膝から崩れ落ちたガラハットは睨めあげ歯を食いしばった。
「…ゲボッ、グッ、ゲホ…は、はは、ははは
そうだな、俺には何一つ理解できない!
母さんはもう居ない、お前へ恨みと俺への憎しみで苦しみながら死んだよ!
それでも、ずっと会いたがってたのはお前だったんだ!!!
…なのに、なのにどうしてッ…来なかったんだよ」
駆け寄ってきた少年に抱き締められ涙を流すガラハットを見下ろしながらランスロットは目を逸らした。
そして、首に掛けていたロケットペンダントを首から外しガラハットの前で開いて見せた。
そこには赤子を抱く濃い緑の髪をした女性が嬉しそうに微笑んでいた。
その左下辺りには『愛しい宝物』と書かれていた。
それをそのままガラハットの手へと乗せてやると顔を背け頭をかいた。
「……俺達は間違えたし、愛と言うには歪んでいたんだ。
だが、お前の存在を間違いだと思った事もなければ
どうでもいいとか、憎いと思った事もないんだ。
ただ、どう接すればいいのか分からなかった。
だから、一度だけお前が赤子の頃にお前達の所に行ってからはお前達を見守る事くらいしか出来なかった。
会いに行かなかった訳じゃない、あいつが危篤だと聞いた時に会いに行ったが追い返されてしまった。
当然だがな……
お前に恨まれるのは仕方がねぇと思ってる。
けど、お前が困ってる時や危ねぇ時は助けたいと思ってる。
俺の助けなんて、要らねぇだろうがな……」
最後にはしっかりとガラハットと目を合わせ真剣に話していた。
「…無事に、生きてて良かった」
そう言って頭を撫でた。
それに肩を跳ねさせハッとしたガラハットは手で払い
顔を赤くしていた。
前髪で隠れてはいるものの耳や首まで真っ赤なので照れているのだろう。
まだ、抱き締められたままのガラハットは長身を縮こめパーシーの腕にしがみついていた。
ランスロットは頭を掻き視線を逸らしていたこちらも照れくさかった様だ。
その様子にふと、笑ってしまった僕に振り返ったパーシーも笑い出した。
僕は簡単にマーリンにより彼等に会いに来たことを伝えた。
するとパーシー…パーシヴァルは快く手を差し出してくれて固く握手を交わした。
何かあった時はお互いが助け合おうと約束をした。
ガラハットとランスロットはぎこち無いながらも殺伐感は消えていた。
大きく手を振って見送ってくれるパーシヴァルに手を振り返すと更にブンブンと腕を振っていた。
素直で気の優しいパーシヴァルと穏やかで真面目なガラハット
彼らと出会えて良かった、心からそう思う。
次は一体、どんな仲間と出会う事が出来るのだろうか?
すると1羽の隼がやって来た…あの子は!
手早く腕に布を巻き呼び寄せると降りてくる。
足に付いている紙を急いで開けて見ると慌てて返事を書き足に付ける
飛び立って行く隼を見送りすぐに歩き馬の元へ向かう。
後ろから何事かと声を掛けられて説明を忘れていたことを思い出し口早に説明した。
「…兄上から連絡が来た。
近々、王が危ないかもしれないと…
ただでさえ隣国が此方に手を伸ばそうとしてきている時期だこのままでは国が荒れるだろう。
急ぎ戻り領を安定させ来たる時に備えなければ!」
只事ではない事は元騎士であるランスロット卿もすぐに理解し静かに頷いた。
これは物語の始まりに過ぎない、僕はこれから自分の出自と運命について知ることとなる