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痴話喧嘩

〈夏曉けの涼しくありてまだ眠る 涙次〉



【ⅰ】


 或る日、唐突に、その別れ話はあつた。楳ノ谷汀が、杵塚に云ふのである。

「あなたにわたし、もう要らないんぢやないかしら。映画、わたしの助けがなくても、撮れるんだもの。その内、バイク買ふ資金だつて、入つてくるわ」

 杵塚「ち、ちよつと待つてくれ。話が見えん」

 楳ノ谷「だから、あなたの才能は開花したつて事よ。わたし、不要物として捨てられるのは、嫌だわ」


 そんな譯で、杵塚、一人窮してしまつた。



【ⅱ】


「それはちと、困りもんだな。楳ノ谷さんの局が出すカネ、莫大な収入に結び付いてるつてのが、一味の現狀なんだ。きみもそれを知らぬ譯ではあるまい」とカンテラ。

「とは云へ、大の女が一旦決めた事だ。さう簡單に覆るとも思へん」。杵塚、忸怩たる思ひである。このハスラーにも、定年が來たか-


 楳ノ谷は* 杵塚の初監督作品(それどころか、脚本、撮影まで一人でこなした)『小さな戀のメロディ』の試冩會には、当然招かれて出席してゐたし、その後も、忙しい身を顧みず、映画館で、2回3回も観てゐるのださうだ。

 確かに、自分の情夫(イロ)が自分を必要とせず、この傑作映画を獨力で撮つた、とあれば、何某(なにがし)かの関興はある筈で、それが捨てられる、と云ふ不安の相を採つたとしても、不思議はあるまい。


「テオに頼んで、仲直り策を練つて貰ひな」。テオはその點、策士振りを發揮するやも知れぬ、さうカンテラは思つたのだ。



* 当該シリーズ第158話參照。



【ⅲ】


 テオは、期待に脊かず、一つのプランを提出した。「こゝは一つ、金尾くんのゴーレムと、遷姫さんの『龍』に一芝居打つて貰はうよ」


 夜、例に依り牧野(彼はその話の圏外にゐた)が寢鎮まると、「龍」が彼の體内を飛び出た。金尾は既に、ゴーレムに變身してゐる。彼らが、中野區某處で、互ひを攻撃し合つたのである。その事を、テオは、楳ノ谷を通さず、テレビ局に傳へた。


「金尾氏と遷姫さん、痴話喧嘩!?」-急遽、楳ノ谷拔きで、特番が組まれた。* 金尾と遷姫は、婚約發表をしたばかり。こんな、大怪獸映画の焼き直しのやうな、取つ組み合ひは、テレビの好餌なのであつた。



* 当該シリーズ第139話參照。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈物語る後に飲みたるカフェオレは缶ごと冷えて頭痛消ゆなり 平手みき〉



【ⅳ】


 寢呆け眼で、楳ノ谷は獨り寢のベッド(さう、もう杵塚はゐないのである)から、テレビを観た。深夜にも関はらず、相變はらずの髙視聴率に迎へられ、その特番は幕を閉ぢた。



【ⅴ】


 だが、楳ノ谷はそこで俄然やる氣を取り戻す。「わたしがゐないんぢや、番組成り立たないぢやないの」と。急ぎ杵塚に連絡、「なんでわたしを呼んでくれなかつたの?」と、詰問。杵塚は、「もうそんな仲ぢやないんだぜ、俺たち」‐楳ノ谷、頭を抱へた。「だうすればいゝの、わたし。あなたに謝ればいゝのかしら」



【ⅵ】


 杵塚「だからさ、俺たちの事も、所謂『痴話喧嘩』に過ぎない、と、あんたが認めてくれゝば、全て丸く収まるぢやないか!」。杵塚、スマホをそこで切つてしまつた。


 楳ノ谷は考へに考へた。「()がわたしを必要としなくても、()()()が彼を必要としてゐるのだわ!」


 その事を認めるのは、楳ノ谷にとつてみれば、業腹なのだつたが、こゝは素直に引き下がらざるを得ない。この儘では、わたし、局に干されてしまふ!


 所詮、彼らの交際は、大人の「計算づく」の交際なのである。この事は、誰もが知つてゐる。今更、何を愧ぢる事もあるまい。楳ノ谷、仲直りを杵塚に約束し、この一件、だうやら光明が見えてきた。



【ⅶ】


 と、云ふ顛末。このエピソオド、誰もがぶつちやけた話を隠さずした、と云ふところに妙味がある。繰り返しになるが、今更、なのである。愧ぢる事は何もない。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈心にも疼痛ありし夏氷 涙次〉



 夫婦喧嘩は犬も食はない。戀人同士だつて、その事情は變はり映えしない。純愛などは、永田と火鳥のやうな、心の中に「子供を飼つてゐる」者らに、任せて置けばよいのである。その事を、皆、考へていた。



 〈もう一度〉此井晩秋


 僕らはみんな生きてゐる

 生きてゐるから

 当然の如く傷付け合ふ

 火傷をしたつて構はずに

 僕らはみんな愛し合ふ

 中年女、れつきとした、が

 ふと氣付く事には

 淋しさは友だと云ふこと

 彼が去れば

 わたしはその友に

 心を拐帯され

 全て失ふ事のないやう

 秘策を授けられるだらう

 淋しい事だが

 それが僕に云へる、全部なのだ

 打算が打算を呼ぶ

 愛とはそんな物なのだ

 もう一度

 純眞さを取り戻したくば

 わたしのどこかゞ死ぬ事覺悟のうえ-

 もう一度

 この世に愛あれ

 もう一度



 お仕舞ひ。


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