第二十四章 ②制裁(証憑・エビデンス)
映画館・ステージ上。
コン太はレンジを指さした。
呂色九頭龍神在狼の標的……。
それは。
俳優レンジだ。
レンジは状況整理する。
そして朧げに理解した。
……十五年前から。
龍神に責め立てられる悪夢に魘されていた。
毎夜、眠るのが怖かった。
あの妖異で不気味な九頭龍神が目の前にいる。
そして。
輝章監督の親せきだと嘯いたあの青年。
映画の撮影見学に来ていた在狼くん。
どうやらこのふたり。
『同一』らしい。
しかし疑問は残る。
解せない謎がある。
「在狼くん……。
悪いがひとつ教えてくれ。
羽衣が発した言葉の意味は何なんだ?
『是』とか?
『否』とか?
その訳の分からないワードは……?」
羽衣は目を丸くする。
この場に居る三人……。
すべて『契約者』だと思い込んでいた。
「ええっ?
レンジさんは契約内容を知らないの?
じゃあ『是・契約者』ではないってこと?
それなのに制裁の標的って……。
どうゆうこと?」
ニヤリ、
コン太は冷笑する。
「ではではっ、特別に!
羽衣チャンの質問に答えてあげるねえ?
この俳優レンジはさ?
龍神界を敵に回した極悪人なんだ。
その証拠は『空蝉の烙印』さ!
首筋に焼き付けられているだろう?
ほーら、ねえ……?」
羽衣は背伸びする。
レンジの首元を覗き込む。
「あ……、ほんとだ。
火傷残痕がある……。
蝉の抜け殻みたいな模様になってる……」
「この空蝉模様の焼き印はさ。
龍神界からの指名手配のエビデンス!
つまり『証憑』なんだ。
だからおいらが龍神界を代表して!
スペシャル制裁をお見舞いするってわけ」
「え? だけど……。
あ、あのっ……?」
「もう説明はお終いだ。
悪いけどさ?
そろそろ黙ってくれるかい?」
「でっ、でも…………っ」
「あー、あーっ!
煩いなあ。
いいかい? よく聞いて?
邪魔することは許さない。
あんたに用はないんだよっ」
コン太は凄んで突き放す。
冷ややかな眼差しだ。
羽衣は怯えて足がすくんだ。
俯いて黙り込んだ。
スルリ……、
レンジに近づく。
ヌゥッ……!
覆いかぶさって絡みつく。
「ねえねえ? 覚えてる?
心の中で願ったよねえ?
俺は鬼畜だ。傲慢な破廉恥だ。
九頭龍神よ、俺を……!
ってさあ?」
「え……?
あっ……、ああっ……!」
「思い出したかい?
おいらに願ったよねえ?
俺を殺してくれって、ねえ……?」
「はい……。
間違いありません」
「だ・か・ら!
願いを叶えにきたってわけ!
優しいおいらに感謝してよねえ?」
コン太は造作なく告げる。
無常な死刑宣告だ。
なぜか。
輝章が同調する。
「レンジさん……。
あなたは長きにわたって芸能界で活躍されてきました。
そして絶大な人気と社会的評価を得ました。
人格を具えた名俳優だと尊敬されています。
しかし。
その本性は真逆だった。
理性の欠落した『鬼畜』だったのですね?」
ピクリッ……、
レンジの指先が動いた。
輝章は続ける。
「あなたは過去に二度。
破廉恥罪を犯しています。
そしてその事実を。
我慾のために隠ぺいした。
レンジさんは『善人』ではありません。
『犯罪者』です」
レンジは肩を落とす。
しかし同時に納得した。
「ああ、やはり……。
ようやく腑に落ちました。
映画の脚本台本を初めて読んだとき……。
震えあがって息が止まりました。
身に覚えがありすぎて戦慄しました。
輝章監督はすべてをご存じだったのですね?」
「僕は呂色九頭龍神から詳細を伝達されました。
そして彼の指示通りに脚本を書き上げました。
それは『所沢』と『宇和島』の出来事です。
そして知りました。
俳優・レンジは善人の仮面を被った悪人だ。
巧妙に創り上げられた虚像だ。
根底から軽蔑しました」
「道理で……。
そうでしたか……。
この映画の撮影中、ただただ恐ろしかった……」
「レンジさん。
あなたの役者としての実力は本物です。
見事な演技力、感服しました。
ですが!
類稀なる才能があるからといって!
罪を見過ごすことへの理由にはならない。
トラウマに時効などありません。
被害者の心の傷は想像を絶するはずです。
あなたの犯した罪は重いです。
決して! 許されてはなりません」
輝章は深呼吸する。
改まって告げる。
「十五年前……。
あなたがレイプした宇和島の幼女……。
彼女は僕の『恩人』です。
僕にとって。
かけがえのない大切な女性です」
「え…………?」
「数年前のことです。
当時、僕は夢を諦めかけていました。
彼女はそんな僕を励ましてくれました。
あなたの未來はあなたのもの……。
そう言って、未知なる力を与えてくれました。
今の僕があるのは彼女のお陰です。
だから……。
許せない……。
僕の大切な女性を穢した鬼畜を!
どうしても許すことができないっ……!」
輝章は憤怒の形相だ。
レンジは血の気が引く。
犯した罪の重さを思い知る。
「弁明の余地すらありません……。
謝って済む問題ではない……。
どう詫びたら良いのか……」
ふうぅっ……、
コン太は大げさにため息を吐いた。
「へええ?
流石は実力派俳優だねえ?
この悲哀と哀愁……、これも演技かい?
それとも?
被害者風情で同情を買うつもりかい?」
「い、いやっ、
そんなつもりは……!」
「あんたってさあ?
とことんムカつく野郎だねえ?
知ってるかい?
レイプって犯罪なんだよ?
つまりさ?
俳優レンジは最低最悪の犯罪者だ。
それなのに大衆に支持されて!
偉そうに踏ん反り返って!
チヤホヤされていい気になって!
優雅に暮らしてきたんだろう?」
コン太は唇を噛む。
拳を握りしめる。
「あんたが華々しく活躍する裏側で!
被害者は苦しんでいた。
声にならない悲鳴を上げていた。
身も心もズタズタに引き裂かれて!
這いずり回るような痛みに耐えていた。
当然、家族も心に深い傷を負った。
毎日毎日!
血反吐を吐く思いだったはずだっ」
じわり……、
コン太の目に涙が滲む。
「宇和島の幼女はさあ?
すっごく優しくて我慢強いんだ。
だからさ?
家族のために乗り越える努力をした。
苦痛に耐えながら健気に頑張っていた。
だけど夜……、ひとりになるとさ?
部屋の隅っこで蹲って泣いていた。
布団にもぐりこんで歯をくいしばって泣いていた。
声を押し殺して涙を流していた。
未來を悲観して絶望していたんだよ!」
「あ…………、
嗚呼っ………!
俺がっ、俺が未來を壊した……!
嗚呼……」
「ねえねえ? 今日までさあ?
どれほどの人間を騙してきたんだい?
どれほどの人間を使い捨てにしてきたんだい?
あんたに反省や罪悪感はなかった。
幼女をズタズタに傷つけて、それでも平然と生きてきた。
そんなあんたは!
正真正銘の『鬼畜』だよねえ……?」
レンジは目を閉じる。
在狼の言葉を噛みしめる。
「間違いありません。
すべて在狼くんの言うとおりです。
……俺は破廉恥なレイプ犯です。
最低最悪の鬼畜です」
「うんうんっ!
そうだよねえ!
だから制裁されても仕方がないよねえ?」
「はい。
すべては己の身から出た錆です。
そして。
制裁は当然の報いです……」
レンジはすべてを受け入れた。




