第二十四章 ①制裁(標的・ターゲット)
都内・某映画館。
人気脚本家・輝章。
初監督を務めた映画が完成した。
タイトルは。
『リレーション・縁』。
全国公開を七日後に控えている。
宣伝活動は盛大だ。
主要キャストは番宣に駆け回っている。
メディアは過剰注目して追いかける。
良くも悪くも話題性抜群だ。
なぜなら。
主演のレンジと羽衣。
このふたりの不倫疑惑が取り沙汰されていた。
連日。
週刊誌やネットニュースを賑わせていた。
大注目映画『リレーション・縁』。
本日夕刻より。
プレミアム上映会が開催される。
上演後。
監督と出演者の舞台挨拶が予定されている。
抽選倍率は異常なまでに高かった。
レアチケットを手にした幸運者は歓喜した。
会場には。
芸能記者がこぞって押し寄せている。
ネット民たちはリモートだ。
面白がって動向を注視する。
上映が始まった。
観客はすぐさま物語に没入した。
独特な世界観に引き込まれる。
『家族の絆』を再考し共感させられる。
感情が揺さぶられる。
想定外の展開に驚く。
序盤から。
すすり泣きの声が聞こえてきた。
エンディングには。
涙腺崩壊した。
やはり……。
輝章の実力は本物だ。
さらには。
役者たちの演技が秀逸だった。
『リレーション・縁』。
それは前評判を遥かに上回る傑作だった。
感動上映を終えた。
女性司会者が登壇してマイクの前に立つ。
まずは溢れ出る涙をぬぐう。
それから声高に感想を述べた。
「非常にっ、感動いたしました!
あっという間の二時間半でした。
間違いなく後世に残る作品です。
素敵な映画と巡り合えて幸せですっ」
観客は共感する。
拍手が沸き起こる。
司会者は続ける。
「さあさあ皆さま、お待たせいたしました。
これから素敵なゲストをお迎えいたします。
天才脚本家として名高い輝章監督!
そしてメインキャストの俳優レンジさんと羽衣さん!
それでは、どうぞっ!」
きゃああああっ……!
悲鳴まじりの歓声が上がった。
盛大な拍手喝采がわき起こる。
ステージには。
輝章、レンジ、羽衣。
三人が横一列に並び立つ。
観客席に向かって深く一礼した。
やにわに。
芸能リポーターは身を乗り出す。
レンジと羽衣の不倫疑惑!
ふたりのコメント奪取に躍起である。
映画などそっちのけだ。
舞台挨拶が始まる。
三人はスポットライトに照らされる。
フラシュが光る。
眩しい……。
ヒュウゥゥーーー……………、
突如として。
会場に冷たい風が吹き込んだ。
映画館は屋内だ。
それなのに何故だろうか?
寒風が吹き抜けた。
ゴゴゴゴゴ…………
地響きがした。
凍てつく風は渦を巻く。
突風が吹き荒れる。
ぐらんぐらん、
天井のスポットライトが揺れた。
ガシャンッ……!
ステージ脇のライトがひとつ、落下した。
シン………………、
須臾に静まり返った。
ピタリ!
女性司会者が停止した。
観客たちも微動だにしていない。
会場内すべての動きがが止まっている。
静止画像のように固まっている。
どうやら。
『時間』が止まったらしい……。
しかしなぜだか。
輝章、レンジ、羽衣。
三人だけは時間が停止していなかった。
聞こえる。見える。動ける。
それどころか意識明瞭だ。
ステージ上。
三人は固唾をのんで立ち尽くす。
眼下の異様な光景に目が泳ぐ。
先ほどまで。
ムンムンとたちこめていた熱気……。
どこかへ消え失せてしまった。
すべてが凍りついている……。
ヒュウゥゥー……………、
再び。
冷えた風が音を立てた。
透明な風の色が漆黒に変わる。
「ねえねえ?
驚いたかい?
時間が動いているのは三人だけだよ?」
背後から。
不気味な声音が聞こえてきた。
ビクッ……!
レンジと羽衣は慄く。
ゾゾッ……、
背筋が凍る。
恐る恐る振り返る。
「ㇶッ………………!」
声にならない悲鳴を発した。
目の前に。
漆黒の九頭龍神の姿があった。
妖異な九つの龍頭。
金色に縁取られた鋭い龍眼。
怒りと蔑みが滲んでいる。
呂色九頭龍神は向かい合う。
気さくに自己紹介する。
「どーもどーもっ!
おいらは呂色九頭龍神!
愛称は『コン太』だよーん」
軽薄な口調だ。
しかし険悪な雰囲気だ。
空気は澱んでいる。
底知れぬ恐怖が空間支配する。
不意に。
レンジは何かに気づく。
記憶を辿って黙考する。
……この龍神には見覚えがある!
十五年前から悪夢に魘されていた。
夢の中で俺を蔑み『鬼畜』だと罵った。
あの『九頭龍神』ではないか……!
もしや?
俺を奈落の底に突き落とすつもりか?
暗黒世界に引きずり込もうとしているのか?
いや、まさか?
だけどもしかしたら……。
なるほど、そうか……。
そうなのかもしれない……。
羽衣は震えが止まらない。
そして。
静かに絶望する。
……どうしよう。
否の制裁だ。
『是契約書・第七条』に書いてあった。
契約に背いたらエラー人間になるって……。
呂色九頭龍神によって制裁処罰を受けるって……。
ああっ……、ごめんなさい!
ママ、ジイジ、バアバ!
これから恩返しするつもりだったのに!
これから孝行するって決めてたのに!
だけどもう無理みたい……。
ごめんなさい…………
くるり、
回転する。
呂色九頭龍神は人間に化身した。
レンジと羽衣は仰天する。
それは見知った人物だったのだ。
「え? あれ?
君は、確か……。
輝章監督のご親戚の……?
映画撮影の見学に来ていた…………」
「あっ、ああっ!
在狼くん?
在狼くんだよねっ?」
ニヤリ、
コン太は不敵な笑みを浮かべた。
「イヒヒッ! どーもどーも。
お久しぶりだねえ?
レンジさん、羽衣チャン!
なかなか元気そうだねえ?
あっ、輝章くん!
先日は美味しいコーヒー、ごちそうさま!
あともう少し、ご協力をお願いねえ?」
輝章の表情は険しかった。
しかし。
即座に首肯した。
じわじわ……、
羽衣は状況を察した。
「そっか。
そうだったのか……。
在狼くんが『呂色九頭龍神』だったんだね?」
「イヒヒッ!
羽衣チャン、ご名答!」
「そっか……。
それじゃあ今から制裁されるってことだよね?
契約違反しないように気を付けていたのになあ……。
ママたちと最後のお別れができないのは悲しいな……。
だけど羽衣が悪いんだから仕方ないよね?
もう覚悟を決めます!
迷惑かけてごめんなさいっ」
「ん? んんんん?
いやいやいやっ? 違う違うっ!
おいら、羽衣チャンに用はないんだよ」
「え?
羽衣を制裁するんじゃないの?」
「残念ながら違うんだよ。
ご期待に添えなくてごめんねえ?」
「えっ? ええっ?
それじゃあ……、誰なの……?」
「イヒヒヒッ!
おいらの今回の標的はさ?
ジャカジャカジャジャ~ンッ!
……こいつだよっ!」
ビシッ!
コン太は指差した。




