表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

98/142

第二十四章 ①制裁(標的・ターゲット)

 都内・某映画館。


 人気脚本家・輝章(きしょう)

 初監督を務めた映画が完成した。

 タイトルは。

 『リレーション・(えにし)』。


 全国公開を七日後に控えている。

 宣伝活動は盛大だ。

 主要キャストは番宣に駆け回っている。

 メディアは過剰注目して追いかける。

 良くも悪くも話題性抜群だ。

 なぜなら。

 主演のレンジと羽衣(うい)

 このふたりの不倫疑惑が取り沙汰されていた。

 連日。

 週刊誌やネットニュースを(にぎ)わせていた。


 大注目映画『リレーション・(えにし)』。

 本日夕刻より。

 プレミアム上映会が開催される。

 上演後。

 監督と出演者の舞台挨拶が予定されている。

 抽選倍率は異常なまでに高かった。

 レアチケットを手にした幸運者は歓喜した。


 会場には。

 芸能記者がこぞって押し寄せている。

 ネット民たちはリモートだ。

 面白がって動向を注視する。


 上映が始まった。

 観客はすぐさま物語(ストーリー)没入(ぼつにゅう)した。

 独特な世界観に引き込まれる。

 『家族の絆』を再考し共感させられる。

 感情が揺さぶられる。

 想定外の展開に驚く。

 序盤から。

 すすり泣きの声が聞こえてきた。

 エンディングには。

 涙腺(るいせん)崩壊した。


 やはり……。

 輝章の実力は本物だ。

 さらには。

 役者たちの演技が秀逸(しゅういつ)だった。

 『リレーション・(えにし)』。

 それは前評判を遥かに上回る傑作(けっさく)だった。


 感動上映を終えた。

 女性司会者が登壇(とうだん)してマイクの前に立つ。

 まずは溢れ出る涙をぬぐう。

 それから声高(こわだか)に感想を述べた。


 「非常にっ、感動いたしました! 

 あっという間の二時間半でした。

 間違いなく後世に残る作品です。

 素敵な映画と巡り合えて幸せですっ」


 観客は共感する。

 拍手が沸き起こる。

 司会者は続ける。 


 「さあさあ皆さま、お待たせいたしました。 

 これから素敵なゲストをお迎えいたします。

 天才脚本家として名高い輝章監督! 

 そしてメインキャストの俳優レンジさんと羽衣(うい)さん! 

 それでは、どうぞっ!」

 

 きゃああああっ……!


 悲鳴まじりの歓声が上がった。

 盛大な拍手喝采(かっさい)がわき起こる。


 ステージには。

 輝章、レンジ、羽衣。

 三人が横一列に並び立つ。

 観客席に向かって深く一礼した。


 やにわに。

 芸能リポーターは身を乗り出す。

 レンジと羽衣の不倫疑惑!

 ふたりのコメント奪取(だっしゅ)躍起(やっき)である。

 映画などそっちのけだ。

 

 舞台挨拶が始まる。

 三人はスポットライトに照らされる。

 フラシュが光る。

 (まぶ)しい……。


 ヒュウゥゥーーー……………、


 突如として。

 会場に冷たい風が吹き込んだ。

 映画館は屋内だ。

 それなのに何故(なぜ)だろうか? 

 寒風(かんぷう)が吹き抜けた。


 ゴゴゴゴゴ…………

 地響きがした。

 凍てつく風は渦を巻く。

 突風が吹き荒れる。


 ぐらんぐらん、

 天井(てんじょう)のスポットライトが揺れた。


 ガシャンッ……! 

 ステージ脇のライトがひとつ、落下した。

 

 シン………………、

 須臾(しゅゆ)に静まり返った。

 

 ピタリ!

 女性司会者が停止した。

 観客たちも微動だにしていない。

 会場内すべての動きがが止まっている。

 静止画像のように固まっている。


 どうやら。

 『時間(とき)』が止まったらしい……。


 しかしなぜだか。

 輝章、レンジ、羽衣。

 三人だけは時間(とき)が停止していなかった。

 聞こえる。見える。動ける。

 それどころか意識明瞭(クリアー)だ。


 ステージ上。

 三人は固唾(かたず)をのんで立ち尽くす。

 眼下の異様な光景に目が泳ぐ。

 先ほどまで。

 ムンムンとたちこめていた熱気……。

 どこかへ消え()せてしまった。

 すべてが凍りついている……。


 ヒュウゥゥー……………、


 再び。

 冷えた風が音を立てた。

 透明な風の色が漆黒に変わる。


 「ねえねえ?

 驚いたかい? 

 時間(とき)が動いているのは三人だけだよ?」


 背後から。

 不気味な声音(こえ)が聞こえてきた。


 ビクッ……!

 レンジと羽衣は(おのの)く。

 ゾゾッ……、

 背筋が(こお)る。

 恐る恐る振り返る。


 「ㇶッ………………!」


 声にならない悲鳴を発した。

 目の前に。

 漆黒(しっこく)九頭龍神(くずりゅうじん)の姿があった。

 妖異(ようい)(ここの)つの龍頭(りゅうず)

 金色に縁取(ふちど)られた鋭い龍眼(りゅうがん)

 怒りと(さげす)みが(にじ)んでいる。

 

 呂色九頭龍神は向かい合う。

 気さくに自己紹介する。


 「どーもどーもっ!

 おいらは呂色(ろいろ)九頭龍神(くずりゅうじん)! 

 愛称(あいしょう)は『コン太』だよーん」


 軽薄な口調だ。

 しかし険悪な雰囲気(アンビアンス)だ。

 空気は(よど)んでいる。

 底知れぬ恐怖が空間支配(しはい)する。

 

 不意に。

 レンジは何かに気づく。

 記憶を辿(たど)って黙考(もっこう)する。


 ……この龍神には見覚えがある! 

 十五年前から悪夢に(うな)されていた。

 夢の中で俺を(さげす)み『鬼畜』だと(ののし)った。

 ()()『九頭龍神』ではないか……!

 もしや?

 俺を奈落の底に突き落とすつもりか?

 暗黒世界に引きずり込もうとしているのか? 

 いや、まさか? 

 だけどもしかしたら……。

 なるほど、そうか……。

 そうなのかもしれない……。


 羽衣は震えが止まらない。

 そして。

 静かに絶望する。


 ……どうしよう。

 (いな)の制裁だ。

 『()契約書・第七条』に書いてあった。

 契約に(そむ)いたらエラー人間になるって……。

 呂色九頭龍神によって制裁処罰を受けるって……。

 ああっ……、ごめんなさい!

 ママ、ジイジ、バアバ! 

 これから恩返しするつもりだったのに! 

 これから孝行(こうこう)するって決めてたのに! 

 だけどもう無理みたい……。

 ごめんなさい…………

 

 くるり、

 回転する。

 呂色九頭龍神は人間に化身(けしん)した。


 レンジと羽衣は仰天(ぎょうてん)する。

 それは見知った人物だったのだ。


 「え? あれ? 

 (きみ)は、確か……。

 輝章監督のご親戚の……? 

 映画撮影の見学に来ていた…………」


 「あっ、ああっ! 

 在狼(あるろう)くん? 

 在狼くんだよねっ?」


 ニヤリ、

 コン太は不敵な笑みを浮かべた。


 「イヒヒッ! どーもどーも。

 お久しぶりだねえ? 

 レンジさん、羽衣チャン! 

 なかなか元気そうだねえ?

 あっ、輝章くん! 

 先日は美味しいコーヒー、ごちそうさま!

 あともう少し、ご協力をお願いねえ?」


 輝章の表情は険しかった。

 しかし。

 即座に首肯した。

 

 じわじわ……、

 羽衣は状況を察した。


 「そっか。

 そうだったのか……。

 在狼(あるろう)くんが『呂色九頭龍神』だったんだね?」


 「イヒヒッ! 

 羽衣チャン、ご名答!」


 「そっか……。

 それじゃあ今から制裁されるってことだよね?

 契約違反(いはん)しないように気を付けていたのになあ……。

 ママたちと最後のお別れができないのは悲しいな……。

 だけど羽衣が悪いんだから仕方ないよね?

 もう覚悟を決めます!

 迷惑かけてごめんなさいっ」


 「ん? んんんん? 

 いやいやいやっ? 違う違うっ! 

 おいら、羽衣チャンに用はないんだよ」


 「え? 

 羽衣を制裁するんじゃないの?」


 「残念ながら違うんだよ。

 ご期待に添えなくてごめんねえ?」


 「えっ? ええっ? 

 それじゃあ……、誰なの……?」

 

 「イヒヒヒッ!

 おいらの今回の標的(ターゲット)はさ?

 ジャカジャカジャジャ~ンッ! 

 ……こいつだよっ!」


 ビシッ!

 コン太は指差した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ