第二十三章 ①女たちの決意
所沢市・緑町。
赤煉瓦ベル。
午後十一時。
凛花とノアは布団に入った。
就寝前に会話する。
「ねえ凛花……。
明日、女子会しない?
大学もバイトも休みよね?」
「女子会って?
ここで?
メンバーは?」
「うふふっ。
明日の午後。
ママとユウイが遊びに来るって」
「わあっ!
ほんとにっ?」
「だけどコン太には内緒よ?
あくまでも女子会だから……、ね?」
「わかったっ!
明日の午前中『グランエミオ』と『エミテラス』に行ってくる!
ちょっとだけ奮発してスイーツ買ってくるねっ」
「じゃあ、
キャラメルアーモンドサンドもお願いできる?
あれ、美味しいのよ」
「うんっ、了解!
コン太には悪いけど……。
楽しみだねっ」
翌日・午後二時。
赤煉瓦ベルに女子会メンバーが集結した。
ダイニングテーブルの上には。
キャラメルアーモンドサンドとリンドールのチョコレート……。
しかしスイーツには目もくれない。
四人はお喋りに花を咲かせている。
貝紫色龍神ユウイが先陣を切る。
「凛花、聞きましたわよっ。
イレーズと交際されているんですってね!
龍神界はおふたりの話題でもちきりですのよ」
緋色龍神ミュウズは大げさに頷く。
「そうそう!
辛辣イレーズ優しくなったって評判よ!
泣く子も黙る氷の男……。
神々や神霊獣は震えあがって怯えていたの。
夫(黄金龍王)もそれはそれは安堵していたわ」
「うふふ。本当に!
イレーズの雰囲気が柔らかくなった……。
それもこれも『龍使い凛花』のお陰だ……。
龍神たちは涙を流して喜んでおりました。
夫(龍蛇神王)も手放しで寿いでおりました」
ノアは嬉しくてたまらない。
上機嫌で会話する。
「コン太なんて大興奮よ?
それはもう大喜びっ!
嬉しくて嬉しくて、あちこちで触れ回っているの。
だからね?
イレーズと凛花が恋人同士になったこと……。
知らない龍神は一体もいないはずよ」
凛花は落ち着かない。
照れ隠しに紅茶をすすめる。
「あのっ!
冷めてしまう前に……、どうぞ」
「あら、そうね。
ありがとう」
スッ、
人間に化身した女龍神は背筋を伸ばす。
ティーカップのハンドルを右手につまむ。
王室さながらの優雅な所作だ。
凛花はうっとりする。
絵画のような美景に見惚れる。
カチャリ……。
三人はカップをテーブルに置いた。
ミュウズは改まる。
真剣な眼差しで問いかける。
「ねえ凛花……。
『会いたい人』がいるのでしょう?
その人物に何らかの『メッセージ』を伝えたいって……。
そう願っているのでしょう?」
「え……?」
凛花は動揺する。
あまりに核心に触れた言葉だった。
思わず目が泳いでしまう。
ノアは凛花の手を握る。
切実に訴えかける。
「ねえ凛花?
ひとりで悩まないで?
お願いだから隠さずに話して……?
ママもユウイも凛花の味方よ?
信じてっ」
すかさず。
ユウイが畳みかける。
「会いたい人……。
それは何方なのですか?
私たちが力になれるかも知れません。
遠慮なさらず仰ってくださいませ……」
ノアは凛花の背中をさする。
静かに確かめる。
「羽衣さん……、ね?
羽衣さんと再会したいのね?」
こくり……、
凛花は首肯した。
涙が零れて頬を伝う。
ミュウズは優しく微笑む。
「あのね凛花、よく聞いて?
龍神と龍使いの関係性。
それは『同値の関係』で成り立っているの。
新時代は真心や愛情までもが数値化されている。
そして龍神と龍使いの相対する数値は同等なの。
同等になるように定まっているのよ」
「同値の関係?
アルゴリズム(算法)……、ですか?
太郎さんが仰っていました。
ありとあらゆる事象。
天部によって完全数値化されていると……」
「ええ、そうよ。
そして『同等値』であれば行動制限が定められていない。
つまり。
凛花が与えている『無償の愛』の数値に対して。
龍神は『同値の愛』をお返しすることができるの」
ユウイは淑やかにほころぶ。
「ご安心ください。
同等値の行動に関しましては……。
未來王の許容範疇です。
龍神を私的に使い物にしたことにはなりません」
ノアは訴えかける。
「ねえ?
私たちは凛花のことが大好きなのよ?
だって親友でしょう?
家族でしょう?
だからお願い!
遠慮しないで頼って欲しいのっ」
凛花は感激する。
密かに抱えてきた思いを吐露する。
「私ね? 羽衣さんに会いたい。
会って伝えたいことがあるの。
再会は契約違反だってわかってる……。
でもどうしても会いたいの。
だけど……。
どうしたらいいかわからなくて……」
くるり、
三尊は龍神の姿に変化した。
凛花の心を透視する。
澄んだ瞳を照覧する。
そして。
驚きに目を瞠る。
凛花のフィールリズム……。
最大目盛りを振り切っていた。
読み取れたのは『強い決意』。
そして。
溢れんばかりの『慈愛』と『感謝』だった。
女龍神は感涙する。
決意は固まった。
「……わかったわ。
本当にそれでいいのね?」
「承知いたしました。
私も全面的に協力いたします」
「私たち、運命共同体ね!」
凛花は胸がいっぱいだ。
「それで、あのっ!
実は『稲佐の浜』で……。
太郎さんから教えていただいたことがあるの」
「えっ!
未來王は、なんて?」
「誉には『斥力』が込められている。
だから基本的に。
是・契約者との再会は不可能だと……」
「なるほどね。
羽衣さんと凛花は生活圏が同じなの。
それなのに擦れ違うことすらなかった。
それは斥力のはたらきだったのね……」
「ああ、困りました。
『誉』がお互いを斥けてしまうですね?
だとすれば。
再会は艱難なくしてなし得ないですわ」
「だけど……。
太郎さんはこうも仰ったの。
しかし例外がある。
龍使いから是契約者に会いに出向いた場合は可能かもしれない。
だけど瑞光オーラを見せてはいけない。
何らかの対策が必要、って……」
ピンッ!
ユウイは閃く。
「あら、それでしたら!
もしかすると対策できるかもしれません。
婚姻の儀の際に。
龍蛇神王燦紋 から頂いた『秘宝』……。
そのひとつに。
『帚木の織物』がありましたの。
それなら。
瑞光オーラを遮断できるはずですわ」
ミュウズとノアは顔を見合わせる。
満面の笑顔になる。
「帚木の織物で目隠しすれば!
オーラの光、完全に遮断できるわっ」
「やったわっ、凛花!
羽衣さんに再会できるかもしれないわよ?」
「ほ、本当に……?」
「ええ!
黄金龍王にはこっそり報告しておくわね」
「龍蛇神王様には私からお伝えしておきます。
安心してお任せくださいませ」
「ミュウズママ、ユウイさま……。
ありがとうございます」
ミュウズとユウイは柔らかに微笑む。
住処へと帰って行った……。
赤煉瓦ベル。
いつものふたりが残された。
凛花は深々、頭を下げる。
「あのっ、ノア!
ごめんね?
いつもいつも心配ばかりかけて……。
ごめんなさいっ……」
ノアは眉を下げる。
小さく息を吐く。
そして凛花を抱きしめた。
「んもうっ!
あなたって本当に……。
私が凛花に弱いって、知っているでしょう?
これからは一人で抱えて悩まないで」
ぎゅうぅっ!
凛花はノアを抱きしめ返す。
「あのねっ!
私、ノアが大好きっ!
いつも、いっぱい、ありがとう……」
「私だって同じよ?
だって『同値の関係』ですもの。
十五年前……。
宇和島のみかん畑で出会ったあの日から。
私たちには溶けない本物縁があった。
きっと『貴き御方』が……。
親友としての縁を結んでくださっていたのね」
「うんっ、私もそう思う。
今こうして。
穏やかな日々を過ごせているのは……。
お陰さまだねっ」
「ええ、間違いないわね。
ああっ!
私もいつか、お会いしてみたいわあっ」
「ふふ。
幸せだなあ……」
「ほんとに。
幸せね……」
協定は結ばれた。
女たちは強い決意で結束した。
これから密やかなプランが実行される。
着実に緒についていく……。




