第十八章 ④イレーズとの約束
稲佐の浜・結界上。
イレーズに未知なる感情が芽生えていた。
凛花と心を通わせたい……。
イレーズは不満を漏らす。
「あのさあ?
俺たちは『友人』なんだよね?
だったらもっとさ?
率直に話そうよ」
「え? あ……、
あの……、はい……」
凛花は心の中で葛藤する。
……どうしよう。
急に馴れ馴れしくして大丈夫なのかな?
うっかり怒らせてしまって。
木っ端微塵にされたりしないかな?
イレーズは心奥を感応透視する。
そして返答する。
「心配しないで?
馴れ馴れしくして大丈夫だよ。
凛花に怒るつもりはないし?
それに数少ない俺の友人だ。
木っ端微塵にしたりしないよ?」
凛花は目を瞠る。
「わわっ?
ぜんぶ見透かされている……?」
慌てて深呼吸する。
雑念を振り払う。
「イレーズさんは極等級の魔導師だ。
平常心、平常心……。
変なこと考えないようにしないと……」
イレーズは小首を傾げる。
「……そうだな。
普段の凛花は……。
食べ物のことを考えている時間が多いね?
何を食べようかな、とか?
美味しそう、とか?
なかなかの食いしん坊だね?」
ボボッ!
凛花は赤面する。
「うっ……。確かにそうですけど!
そこはスルーしてくださいっ」
クスリ、
イレーズは笑みをこぼす。
なぜだか。
凛花の心安い反応を嬉しいと感じた。
イレーズは認める。
「コン太、納得したよ。
凛花に打算はなかった。
どうやら本当に『特別』な龍使い、みたいだね?」
コン太は激しく首肯する。
「そうなんだよっ!
賢くって憎めなくって可愛いだろう?
なんといっても!
凛花は龍神界のアイドルだからねえ!?
おいらなんて初対面でさ。
たちまちに懐柔されちゃったんだよ!」
イレーズはノアに告げる。
「ノア、よくやった。
秀逸な龍使いを見つけたな。
判別魔眼、だいぶ磨かれているね?」
ノアは驚く。
辛辣イレーズに褒められた。
生まれて初めて評価されたのだ。
「フッ、フフ、フフフフ……。
そうでしょう?
ああ、今日は良い日だわっ。
もっと褒めてもいいのよ?」
自慢げにしたり顔をしてみせた。
イレーズは頷く。
「恐らく。
ほかの魔導師も凛花を認めると思う。
王の『新たな友人』だってこと。
あいつらに伝えておくよ」
ノアとコン太は手を取り合って喜ぶ。
「ああ、良かったっ!
心の底から安心したわ」
「イヒヒッ! やったね!
まさかまさかのミッションクリアーだ!
これは嬉しいねえ」
スッ、
イレーズが右手を差し出した。
「じゃあ、凛花。
これからよろしく」
「はっ、はい!
どうぞよろしくお願いします」
ふたりは優しく握手を交わした。
その刹那。
稲佐の浜が真っ赤に染まった。
凛花とイレーズ。
ふたりの姿は夕日に赤く染められた。
海も、砂浜も、人々も。
斜陽に赤々と照らされている。
ふたりは無言のまま。
美景に見惚れた。
……なんて美しい夕日なのだろう。
名残惜しくてたまらない……。
ああ、太陽が隠れてしまう……。
水平線の向こうに沈み込んだ。
辺りは一気に暗くなった。
ふと凛花は焦り出す。
……どうしよう!
イレーズさんと握手をしたままだった!
そっと。
バレないように手を放す。
ちらり、
イレーズを窺いみる。
視線が合わさった。
フッ……、
イレーズが優しく微笑んだ。
凛花は動揺する。
……ああ、困った!
予期せぬキラッキラ笑顔。
目がつぶれてしまいそうだ。
全身が白金色に煌めいて輝いている。
容貌だけでなく心根も美しい……。
太郎さんの言う通りだった。
それにしても。
イレーズさんは美しすぎる……。
スルリ、
コン太が近づく。
「それじゃあそろそろさ。
『赤煉瓦ベル』まで送ってやるよ。
ほらほら、遠慮は無用だ。
おいらの背中に乗って!」
「うんっ。ありがとう。
お言葉に甘えるねっ」
「…………。
ちょっと、待って」
なぜかイレーズが制止した。
そして信じられない言葉を発した。
「凛花は俺の『友人』でもあるからさ。
俺が送ってあげるよ」
「え……?」
コン太とノアはびっくり仰天、
のけ反った。
ピンッ、
イレーズは左手の人差し指を立てた。
ふぅっ、
息を吹きかける。
すると。
煌めく蒼蝶が舞い出てきた。
その蒼蝶に息を吹きかける。
ぶわ……っ!
青白い光りが放たれた。
数多の蒼蝶が噴出す。
ひらりひらり、
蒼蝶の群れが宙を舞う。
ぐるり、
凛花を取り囲む。
「わあっ、綺麗……!
ユリシスかな? モルフォかな?」
「これは『藍方蝶』。
地球には生息していない。
『兜率内天院』と。
俺たちの住む『藍方星』にいるんだ」
「瑠璃色に煌めいて……。
とてもとても!
美しいです……」
「さあ、目を閉じて……」
イレーズに促される。
凛花は静かに目を閉じた。
その途端。
藍方蝶の羽ばたきが起こる。
風が渦巻く。
ふんわり、
包み込まる感覚が生まれた。
「あれ? ……寝ぐせかな?
後ろの髪、ハネてるよ?」
大きな手が首元を掠めた。
イレーズが凛花の髪を撫でた。
「あっ……!」
凛花は眼を閉じたまま小さく声を上げた。
……ああ、恥ずかしい!
朝からスッピン顔。
ぼさぼさ寝ぐせ頭だった……!
イレーズは愉快気に笑う。
そして耳元に何かを囁いた。
「ククッ!
あのさ、凛花。
………………。
………?」
空気が変わった。
ゆっくり目を開ける。
いつの間にか。
赤煉瓦ベルの居間に戻っていた。
なぜか凛花は落ち着かない。
どくん、どくん、
動悸がする。
「……あれ?
なんでだろう?
胸が苦しいかも……」
頬と耳が熱い。
鏡を見る。
紅潮している。
耳が赤い。頬は淡く染まっている。
「熱があるのかな?
そういえば。
ちょっとフワフワするかも……」
ふと。
耳元に囁かれた『言葉』を思い出す。
……必ずまた会おう。
約束だよ?
穏やかな低い声。
静かな息遣い。
ぐるぐる、
脳内リピートする。
寝ぐせのついた髪を掠めた手の感触。
ありありと残っている。
鼓動が強く脈打って高鳴る。
胸が締めつけられて痛い。
ふわふわ、心が浮き立つ。
恥ずかしさが込み上げる。
両手で顔を覆い隠した。
だけど不思議と幸せな心地だった。
「ああ、素敵な一日だったなあ……」
神在月の出雲大社。
凛花はカリスマ神霊獣使い・イレーズと友人になった。
そして再会の『約束』を交わしたのだった。




