第十八章 ③凛花とイレーズ
七日間神議の期間。
出雲大社上空には結界が張られている。
目視できない透明結界が張り巡らされている。
稲佐の浜。
凛花とイレーズは結界空間で向き合った。
ノアとコン太は固唾をのむ。
わずかに距離をとって動向を見守る。
凛花は赤く腫れた瞼をこすった。
ズズッ、鼻をすする。
そうして襟を正した。
イレーズは問いかける。
「王と過ごした時間は極上だった?
友人になれて……、嬉しかった?」
凛花はわずかに戸惑う。
消え入りそうな声で答える。
「あ……、あの……、
はい……」
イレーズは呆れ顔をする。
語気を強めて畳みかける。
「あのさあ!
あんたは王と友人になりたくないの?
王のこと嫌いなの?
迷惑だってこと?」
「そんなっ……、とんでもありません!
恐悦至極を通り越し、
あまりに畏れ多くて……」
「王が『友人』って明言したんだろう?
だったら『王の友人』で間違いないんじゃないの?」
凛花は本音を打ち明ける。
「太郎さんと友人になれて……。
嬉しくてたまりませんでした。
出雲の『本物縁』に心から感謝しました。
……ですがまさか。
未來王であらせられるとは思いもよらなくて……」
「ふうん……?」
「魔導師四人衆とは『親友』だと仰っていました。
そしてイレーズさんは。
容貌だけでなく心根の美しい男だと……。
とても深い信頼を感じました」
「うん。
王と俺たちには特別な絆があるんだ」
イレーズは思いつく。
「あ、そういえば!
さっき感応透視したけどさ。
『イレーズと是非とも仲良く』って。
王からお願いされていたよね?」
「あっ、はい……」
「じゃあ、凛花。
俺とも友人になってくれる?」
「…………?」
「嫌なら仕方ないけど?」
思いがけない言葉だった。
ノアとコン太は口をあんぐり、固まった。
凛花は慌てて返事をする。
「はっ、はい! もちろんです!
友人にしていただけるなんて光栄です」
「……うん。
じゃあ、凛花。
今からは友人として話をしようか」
「はいっ」
「正直言うと……。
俺は龍使いとの対面をさ……。
全然まったく微塵も! 望んでいなかった。
王の下命だから渋々承知したけどさ。
心底憂鬱だった。
嫌で嫌で仕方なかった」
「……はい(すみません)」
「凛花は特別な龍使いだ、コン太からそう聞いていた。
だけどそもそも俺は人間が大嫌いなんだ。
だからどうしても気が進まなくてさ?
今日は忌まわしくて。腹立たしくて。
最悪の一日になる、って。
そう予測していた」
「……はい(すみません)」
「だけどさ……、
思いのほか、悪くなかったな」
「…………?」
「たぶん王はさ。
凛花の人物像を掌握していた。
そして実際に対面してみてさ。
結構気に入ったんだよ。
だから率先して友人になった。
ってことはさ。
これは王の決断、ってことだ。
『龍華樹布袋』を渡されたんだ。
『友人』ってことで間違いないよ?」
「そうだとすれば……。
この上なき幸せです。
今さらながら……。
無礼や非礼がなかったか心配です」
「それは心配ないと思うけど?
そもそも王はさ。
大げさに崇められたり。
平身低頭されるのを嫌うんだ」
イレーズは問う。
「それで凛花はさ、
王のことをどう感じた?」
凛花は追想する。
「柔らかな雰囲気で……。
ユーモアがあって。
イマドキだなって感じました。
あまりに気さくなので。
大らかで優しい神様だって、安心してしまって。
調子に乗ってたくさん質問してしまいました……」
イレーズは再度、感応透視する。
王と凛花の対話を映じ見る。
そうしてまた吹き出した。
「クッ、クククッ! あー、笑える。
凛花はそれなりに賢いみたいだね?
ふたりの白熱した対話、
なかなか……、だよ?」
「ああ……っ、恥ずかしいです!
穴があったら入りたいです……」
ふたりは和やかに会話する。
「王の性格ってさ。
気長で短気。柔軟で頑固。
慈悲深くてシビアで。熱くて冷めていて。
丁寧で雑なんだよ。
対極を網羅しているからこそ。
捉え難くて掴みどころがない。
究極のフレキシブル・ジーニアスだ」
「ふふっ、確かに。
一見すると気ままな自由人に見えました。
適当で真面目で不真面目……、
そう仰っていました。
ですがひけらかさずとも。
秀逸な人格者であること、隠せていませんでした。
繊細で誠実な御方であると、すぐに確信できました。
ご光背や非凡な能力。
あえて隠しておられると推察いたしました。
端然として、またとない威厳を感じました」
「そうだね。よく短時間で理解したね。
……とは言え。
王は不真面目でもあるからさ?
人間の機微や心理を見澄まして。
遊興しているところもあるけどね?
だけどその一方では。
『掬いの道筋』を真剣に思案熟考している」
「太郎さんは例えようのない御方です。
他の何かと対比して表現することが難しいです」
イレーズは嬉しそうに笑う。
「王はさ……。
俺たち魔導師にとっての唯一無二。
絶対的な存在なんだ」
凛花は心の内を明かす。
「私は今日も太郎さんに掬われました。
声にならない悲鳴に気づいてくださったのです。
胸の奥に刺さった穢れた毒針。
幼少期のトラウマ。
それらを不思議なお力によって取り除いてくれました。
そして根幹に。
『赦す心』を宿していただきました」
イレーズは頷く。
「実はさ、未來王は人間界に暮らしているんだよ」
「そうなのですかっ?
降臨、されているのですか?」
「うん、『未來』のためにね?
国内屈指の国立大学の学生をしているよ」
「もしや不吉な予兆があるのですか?」
「まあ、そうだね。
良くない予見予兆があるから地上に降りたんだよ。
日々に思案熟考して対策を練っている。
仲間とともに、ね?」
「貴き未來王に。
畏敬恭敬いたします。
きっと多角的視点を持ち。
そしてすべてを見極めて。
潜思潜考、取り組んでおられるのですね。
そうして『未來』に掬いを渡してくださるのですね」
イレーズは感心する。
「あんたの論理、思考回路、構成組成。
意外と悪くないみたいだね?」
「あのっ!
太郎さんとまたお会いできるでしょうか?
せめてもう一度だけでも……。
龍使いに取り立てていただいたお礼を……。
お伝えしたかったです……」
イレーズは即答する。
「王と凛花は友人なんだからさ。
必ず、会えるよ」
不意に、イレーズは考え込む。
……龍使い・凛花は理解能力が高い。
人間のくせに心根が綺麗だ。
だがしかし……。
何だか面白くない。
恐縮した態度に距離を感じる。
もっとフレンドリーに。
もっと打ち解けたい……。
……なんだ? この感情は?




