第十八章 ②太郎の正体(確証)
夕暮れ前の稲佐の浜。
弁天島の上空。
結界上には二人の人間と二尊の龍神の姿がある。
しかしそれは。
地上から認識できない。
コン太がぼやく。
「あーあっ!
それにしても残念だなあ!
おいらも未來王に拝謁したかったよっ」
ノアは同意する。
「ええ、本当よね。
まさかこんな近くに居られたなんて……」
「それにしても悔しいなあ!
透明結界のせいで気配すら感じなかった。
希少な機会を逃しちゃったよっ」
「きっと完全に気配を消しておられたのね。
だけど、もうっ! 残念だわ。
ぜひとも近くでお目にかかりたかった」
ふたりは口を尖らせた。
凛花は声を震わせ問いかける。
「あの……?
太郎さんって。
……未來王、なの?」
コン太は破顔する。
「そうだよ!
貴き未來王だよ!
本来ならば、まみえることなど叶わぬ御方だよ?
おいらだって一度しか拝謁したことがないんだよ。
それも物凄い遠くからだったしさ。
だからご尊顔は!
実はよくわからないんだよねえ……」
「でも、それなら。
どうしてわかるの?
だってコン太は会っていないでしょう?」
「凛花がもらった蒼い布袋があるだろう?
それを見れば一目瞭然さっ」
「え? この布袋?」
コン太は説明する。
「龍華樹の模様。
未來王のトレードマークだ。
まさに未來王たる証なんだよ。
龍華樹は聖なる木。
艶やかな葉っぱが重なり合う。
龍の鱗を形作る。
広がる枝には龍が吐きだす百宝がたわわに実る。
季節が巡る。
そこから小さな白い花が開く。
縁起のいい言い伝えがあるんだよ」
「そう、なんだ……」
「凛花はさ。
未來王と喋ったのかい?」
「うん……」
「それはすごいっ!
おいらたち龍神はさ。
波動を通じてメッセージを受け取ることはできる。
だけどまだ一度たりとも対話したことはないんだよ。
ま、表裏の龍王は別だけどさ。
それに超絶ウルトラスーパー激レア!
『龍華樹布袋』をいただけるなんてさ!
凛花はまたとない強運の持ち主だよなっ」
「……そっか。
本当に、太郎さんは……」
凛花はコン太の言葉を受け止める。
どうやら私は。
千載一遇の奇跡に遭遇していた。
どうやら私は。
最上の果報を頂戴していた。
知らぬ間に『未來王』とまみえていた……。
太郎さんはユーモアがあって。
柔軟でテンポが良くて。
心安くて然り気ない人柄だった。
だからうっかり親近感を覚えてしまった。
新しい友人ができた! などと。
途方も無い勘違いをしてしまった。
すっかり浮かれていた。
身のほど知らずも甚だしい……。
途端に喪失感が押し寄せてくる。
寂しさと侘しさが襲い掛かってきた。
まさか太郎さんが『未來王』だったなんて……。
きっと秀逸なる神様だろうと察していた。
だけど想像を絶する別次元の御方だった。
私に龍使いの使命を与えてくれた御方だった……。
そして私はまた。
未來王に掬われた。
太郎さんが。
胸の奥に突き刺さった毒針を引っこ抜いてくれた。
わずかに残っていた怨恨を洗い流してくれた。
薄く濁した攻撃的感情と蟠りを消除してくれた。
潜在意識に隠れていたトラウマを解毒中和してくれた。
そうして『赦す心』を与えてくれた。
私は幼稚だ。
呆れるほどの未熟者だ。
貴き未來王に拝謁したのに。
心にぽっかり穴が開いている。
虚しさに支配されている。
太郎さんとの隔絶。
それが寂しくて悲しくて堪らない。
どうしようもなく切なくなってしまった。
凛花は呟く。
「ああ、私って厚かましいなあ……。
もう友人として再会できないって。
住む世界が違うって。
わかったはずなのに…………」
ギュッ、
蒼い布袋を握りしめる。
悲痛に顔を歪める。
そうして天を仰ぐ。
「うっ、……ううっ。
そっか……、……そうなんだ。
もう、会えないのかなあ…………」
ついに堪えきれなくなってしまった。
涙が溢れ出す。
大粒の涙が止めどなくこぼれ落ちる。
嗚咽を必死に押し殺す。
イレーズは静かに傍観していた。
スッ、
凛花に近づく。
「あの、さ……、
少しだけ、俺と話をしようか……」




