第十七章 ④新たなシステム
稲佐の浜。
ダイアローグは続いている。
凛花は素朴な疑問をぶつける。
「人間の死没後。
どのような基準で審判が下されているのですか?
閻魔さまですか?」
「閻魔大王……。
ハハ、残念。違います」
太郎は人差し指をピンと立てる。
大空を指差した。
「その判断は天部がおこなってます。
明確な『数値データ』に基づいて、です」
「システム化されているのですか!」
「そうです。
生存中、日々に数値の増減が繰り返されています。
そして死没後。
最終的な数値データが算出されます」
「すごい…………」
「皆さんの大好きな『平等』ですよ。
生い立ち、生活環境、精神状態など。
あらゆるバックグラウンドに至るまで数値化されています」
「地獄の沙汰も金次第、ではないのですね。
忖度はないのですか?」
「そんな古臭い時代は終わりました。
ですから。
贔屓容赦はありません。
森羅万象のすべて。
最終数値に則って粛々と処理されます。
生前に。
称賛され崇めらた人物だとしても関係ありません。
言い訳や言い逃れも通用しません」
「数値データが低いのはどのような人種ですか?」
「善人の仮面を被って人を誑かす。
そのような『輩』の数値は最悪です。
呆れるほどの底辺です」
「殺人犯より……、ですか?」
「善を装った悪。
そういった輩は人間の『善意』を悪用します。
巧妙に人心を操ります。
利権特権を独占し手中にします。
金品だけでなく生命までもをせしめます。
結果として。
『ヒトの尊厳』を殺しています。
ですから殺人鬼と何ら変わりがありません。
善人面をしているぶん。
余計に質が悪いです」
「正義の自己判断。
それは可能ですか?」
「不可能です。
『己が正しい。正義である』などと。
胸を張って言い切る者は自己判断ができていません。
それは単なる思い込みの戯言です」
「結局のところ。
信仰には意味はないのですか?」
「そうは言っていません。
あくまで個人の自由です」
「信じる者こそ救われるのでは?
有無を言わさず神仏を信じなさい!
ではないのですか?」
「そもそも神仏は無形の存在です。
盲目的に崇拝したり。
リアリティを追求したり。
各々の勝手なイメージを具現化しようとする。
だから迷って分からなくなるのです。
何事においても。
闇雲に信じることは危険です。
まずはとりあえず疑うことが大切です」
凛花は問う。
「どうすれば綺麗な心を保つことができますか?」
「人の心は変動します。
誰一人として同じ状態のままにいられません。
美しい心を汚している要因は自らにあります。
しかしながら。
美しく戻す力も自らにあるのです。
変動するからこそ、修正可能といえるのです」
「一度下がった数値を再び上げること。
それも可能ですか?」
「もちろんです。
シンプルに此岸のひと時を奮起発揚して。
人格を培っていけばいいのです。
他と交わって泣き笑い。
学び働き耕して。
日々を努めているからこそ。
苦しいことは当然あるでしょう。
しかしどうせ足掻くなら生きているうちに奮闘して。
間違えたら即座に心を入れ替えて。
日常を修正して頑張るのです。
ままならない現状を解決することは難しい。
けれど理論上。
苦難を軽くしているといえます」
「軽くなったことを実感できますか?」
「雅量とは。
『楽』であり『是』です。
他に寛容であることは気楽です。
狭量とは。
『苦』であり『否』です。
他を否定することは気苦労です。
つまりは。
憤りを増長させず寛大であり続けること。
それが『実感』に繋がります。
かなり難しいですが……」
「とても難しいです。
簡単に乗り越えられない苦しさを抱えたとき。
ときには何年も何十年も葛藤が続いてしまいます」
「本当にそうですね……。
傷ついた心が癒えるのは簡単ではありません。
それでも、生きたい。頑張りたい。
毎日が闘いですね。
だから苦しいときこそ。
下を向かずに空を見上げるのです。
心に翳りが生じたときこそ。
空を見上げるのです」
空を見上げる……!
凛花は深く共感する。
……思い出すのは幼き日々。
宇和島の空を見上げて生きる希望を見出していた。
移ろう空。
朝に夕に。
天象に。
時候に。
一日として同じ表情などなかった。
太郎は流麗に語る。
「人間の時間軸。
それは宝探しイベントです。
人生の物語は切なくて儚くて。
瞬く間に過ぎ去って終わってしまいます。
それならば面白く生きたほうが得ですよ。
どうせなら脱俗超凡を目指すのです。
自らを奮起させ高めること。
律することを継続し貫くこと。
それらは容易ではありません。
しかしながら。
方向性を決定づけることも。
心の在り方を定めることも。
すべて自らが選択した決断に他なりません。
死没後に審判されるのは過程です。
実のところ。
結果なんてどうだっていいのです。
言い訳をして努力を惜しむ人間は不運です。
大きな幸運は舞い込み難いです。
だからこそ。
折角生きているこの寸刻を奮闘して。
自らの潜在能力を高めるのです。
寿命は限られていますが可能性は無限です。
苦しみは乗り越えようと思って越えられるものではありません。
ふと気が付いたときには越えていた。
叶えられていた。
そんなものなのです……」
太郎はそっと目を伏せた。
わずかに口角を上げて微笑んだ。




